インプレッション

ダイハツ「ムーヴ」「ムーヴ カスタム ハイパー」

ダウンサイザーを意識したカスタムの新グレード「ハイパー」

 2014年も押し迫っての登場となったのが、数えて6代目のモデルへとフルモデルチェンジを行ったダイハツ工業「ムーヴ」。

 そんな新型では、これまで“若者仕立て”を意識してきた「カスタム」のラインアップに、さらに「ハイパー」グレードを設定。ダークメッキのグリルやLEDシグネチャーの大胆な採用などでより上級感・高級感の演出を意図したこの新設グレードは、昨今目立つ小型車からのダウンサイザーを意識したことが明白だ。

 そうした新しい意匠も提案する一方で、「短いノーズに代表されるフロントセクションに、直方体のキャビン・セクション」というボディーの基本的な成り立ちには、今回も大きな変化は見られなかった。そもそもは、ライバルのスズキから放たれた「ワゴンR」のヒットに刺激を受け、その2年後の1995年秋に初代モデルがローンチされたというのがムーヴの生い立ち。その後の歴代モデルも、ノーズ部分を短く切り詰めた1.6m級の全高の持ち主という点は大きくは変えられていない。この種のモデルは、今や間違いなく「軽自動車の定番の1つ」なのだ。

 かくして、今回のムーヴも各グレード間で異なるデザインのグリルやバンパー、ライトの造形が与えられるといった差別化は図られているものの、基本的には「いかにも室内の広さを連想させる箱型デザインの持ち主」という印象だ。

 そうした中で、これまでムーヴがこだわり続けてきた横開き式のテールゲートも、今回ついにオーソドックスな跳ね上げ式へと変更されたのは1つのトピックとなりそう。雨天時の“傘代わり”に使えないという点や、コストや重量のハンディキャップも考えると、もはやそこにこだわり続ける必要性は薄れたという判断が下されたようだ。ちょっとした小物を出し入れしたいといった場合、軽い操作とわずかなスペースでそれが可能となった横開き方式にも、見逃せないメリットがあったのだが……。

従来からの横開き式のテールゲートは跳ね上げ式へと変更

 一方、従来型以上に高まることになったインテリアの質感や充実した装備のラインアップなどについては、なるほど「これならばダウンサイザーをがっかりさせることはないだろう」という実感が確かにある。というよりも、各部の質感などは「ヴィッツ」や「マーチ」「ミラージュ」など、新興国のマーケットを獲得すべくコストの低減ばかりに躍起になった一部のコンパクトカーなどに比べると、「むしろこちらの方が遥かに上」と納得できる仕上がり具合なのだ。

撮影車はカスタムの新グレード「カスタムRS “Hyper SA”」(2WD/ターボ)。搭載する直列3気筒DOHC 0.66リッターターボエンジンは最高出力47kW(64PS)/6400rpm、最大トルク92Nm(9.4kgm)/3200rpmを発生、JC08モード燃費は27.4km/L(4WDは25.6km/L)。ボディーカラーはブラックマイカメタリックとファイアークォーツレッドメタリックからなる2トーンカラーを採用。ボディーサイズは3395×1475×1630mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2455mm。車両重量は850kg。価格は166万8600円
ハイパーでは前後カラードエアロバンパー、ダーククロームメッキ(LEDイルミネーション付)仕上げのフロントグリルに加え、LEDヘッドランプなどを装備。なお新型ムーヴをデザインするにあたっては、ムーヴ カスタムを軸にデザインの開発を行ったといい、ムーヴを含め迫力と質感の底上げを図っている
オート格納式のドアミラーはターンシグナルランプを内蔵
ハイパー専用となる15インチアルミホイール(タイヤサイズ:165/55 R15 75V)
リアスポイラーはカスタム系全車に装備される
LEDストップランプを内蔵するリアコンビネーションランプ
カスタムRS“Hyper SA”のインテリア。専用となるギャラクシーマーブル調のインパネガーニッシュ&ドアオーナメントパネル、本革巻きステアリングを採用するなど、質感の高い仕様となっている。室内サイズは2080×1320×1280mm(室内長×室内幅×室内高)。荷室長はクラストップの575mmを確保
ペダルまわり
ステアリングの右側にプッシュエンジンスターターボタンが配置されるほか、アイドリングストップ機能やトラクションコントロールのON/OFFボタンが並ぶ
ドアパネルやカップホルダーまわりにもギャラクシーマーブル調の加飾が与えられる
自発光式2眼メーターの中央に軽自動車初採用となるTFTカラーマルチインフォメーションディスプレイを採用
オプション設定の8インチメモリーナビ(19万8180円)。このほかバックカメラと16cmリアスピーカー&ツィーターなどをセットにした「純正ナビ装着用アップグレードパック」(2万1600円)を装着する
インパネセンターシフトの隣に空調まわりの操作ができるボタン式のスイッチ類が並ぶ
助手席前のイルミネーション付インパネボックス(上段)とグローブボックス(下段)
インパネロアポケット(写真左)や運転席用の収納付アームレスト(写真右)など、収納が豊富に用意される
50:50分割可倒式リアシートは、左右それぞれで最大240mmのスライドやリクライニングが可能。またラゲッジスペースには大容量の深底ラゲッジアンダーボックスを用意し、4人乗車のまま背の高い荷物を積むことが可能になっている
リアシートのアレンジ
TFTカラーマルチインフォメーションディスプレイではアイドリングストップ時間、アイドリングストップ積算時間、ガソリン節約量、、平均燃費、航続可能距離、外気温、メンテナンス情報などを確認できる
こちらは標準グレードのX“SA”(2WD/自然吸気)。搭載する直列3気筒DOHC 0.66リッターエンジンは最高出力38kW(52PS)/6800rpm、最大トルク60Nm(6.1kgm)/5200rpmを発生、JC08モード燃費は31.0km/L(4WDは27.6km/L)をマーク。ボディーカラーはシルキーブルーパールで、価格は130万6800円
X“SA”のインテリア。撮影車は標準仕様の明るいベージュ内装を採用するが、ブラックのフルファブリックシートや本革巻きステアリング、メッキインナードアハンドルなどをセットにした「ブラックインテリアパック」をオプションで用意する

“普通車並”の静粛性、フットワークの仕上がり

 今回テストドライブを行ったのは、前出の“ダウンサイザー”を意識したカスタムRSハイパーSAグレードと、売れ筋の1つとも目されるX SAグレードのいずれも2WD(FF)仕様。前者はターボエンジン、後者は自然吸気エンジンを搭載し、トランスミッションはともにCVTを組み合わせる。

 まずはハイパーへと乗り込んで好感が持てたのは、上級グレードにもかかわらず空調の操作系などに無闇にタッチパネル式などが用いられなかったこと。そもそも歩行者がスマホを操作しながら駅のホームから転落するという事例もあるなど、“ながら操作”は危険極まりないのがこの種のアイテム。それを、走行中どうしてもある程度の操作が不可欠なクルマの操作系に採用しなかったのは、それだけでも見識というものだ。

 一方、それとは逆に評価に値しないのが、操作後は元の位置に戻ってしまう電子式のウインカーレバー。クリックを乗り越えるための操作力と操作角度が思いのほかに大きいことと、レバーに触れた時点でウインカーの3回点滅が始まるため、「作動させたつもりでも3回点滅しただけで終了」という事例が発生してしまいそう。確かに、同様のシステムはBMW車などに採用例があるものの、それよりも遥かに不特定多数のユーザーが扱う可能性の高い軽自動車では、この種の操作にコツが必要な“オシャレ・アイテム”は採用すべきではないと思う。

 ドアの開閉感から静粛性、そしてフットワークの仕上がり具合に至るまで、このモデルの走りのテイスト全般はなるほど“普通車並”と言ってよい印象だ。後席スペースはドカンと広く、視界の広がりも不満ナシ。ステアリングフィールはなかなか滑らかで、路面によっては多少ゆすられ感が強めに現れるものの、少なくとも無風に近かったテスト当日は高速道路上での直進性にも不満はナシ。日常シーンでの3000rpm程度から、少々急いでも4000rpmも回せば動力性能はほぼ十分という印象。

 こうしてさほど高回転まで回さずに済むのに加え、ロードノイズが予想より小さいので、多くのコンパクトカーよりもむしろ静かな印象が強いのだ。

カスタムRS“Hyper SA”に搭載するターボエンジン

 一方、そんなハイパーから乗り換えると、「自然吸気エンジンを積んだ普通のムーヴ」は、やはりまず少々非力な印象が目立つ。こちらでそれなりに活発に走り回ろうとするならば、どうしても5000rpm付近まで常用する必要に迫られる。当然、その分エンジンノイズが高まることは避けられないし、こちらの自然吸気モデルではターボ付きユニットでは気にならなかった、回転数とリンクして周波数が上下する、補器類からと思われる高周波のノイズもちょっと耳障り。

 さらに、こうしてエンジンを高回転まで引っ張らなければならなくなるほどに、CVT特有の“ラバーバンド感”が目立つようになってくる。多人数や高速道路への乗り入れの機会が頻繁なユーザーは、標準モデルにも用意されるターボエンジン車の検討が賢明だろう。

 また15インチシューズを履くハイパーに対し、こちらは1サイズダウンの14インチシューズを装着。だが、基本的にフットワークに対する信頼感が大きく見劣りしてしまうような印象はない。

 路面状況によっては、こちらも時にゆすられるような挙動を示すことになるが、これはもはや軽自動車の枠が生み出す“トレッド幅とホイールベース長の限界”からくると思える動きでもある。サスペンションが妙に突っ張ったり、逆に腰くだけになったりするような感触を伴わないのは、前後のサスペンションにしっかりスタビライザーを加えることで「スプリングの定数やダンパー減衰力でその非装備を肩代わり」というセッティングを行わずに済んでいることも大きいはずだ。

 「そろそろ、これまでのしがらみにとらわれない斬新なスタイリングを提案してくれるのではないか?」、あるいは「ライバルメーカーを出し抜くような、大幅な減量ぶりを見せてくれるのではないか?」という期待に対しては、「さほどの大きなインパクトは感じさせてくれなかった」というのが新型ムーヴの内容が明らかにされての正直な第一印象。特に、スズキが新型「アルト」で「誰にでもハッキリと分かる新たな提案」を示してくれたことに対すれば、ちょっとばかりの物足りなさが残らないわけでもない。

 一方で、これまで小型車に乗り慣れてきた人々に対し、もっとも抵抗なく乗り換えを薦められそうな軽自動車というのはなるほど実感。そうした点では、まさに「狙い通りのモデルチェンジの成果」が味わえる新型ムーヴでもあるわけだ。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

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Photo:堤晋一