【連載】クルマはパーツでデキている
スプリングの反発力はどこを向いているのか?

 

 Car Watchではいつも最新のクルマの情報をお届けしているが、そんな最新のクルマの性能も、タイヤやサスペンション、プラグなど、様々なパーツが少しずつ性能を向上したことで成り立っている。そこでそんなクルマを支えるパーツにスポットを当てようというのがこの企画。普段あまり注目されることのないパーツに着目し、それらのパーツにはどのような性能が要求され、どのような技術が盛り込まれているのか? さらにそのような最新技術が盛り込まれたアフターパーツも紹介していく。

 記念すべき第1回は、1tを越える車重をしなやかに支えるスプリングに注目したい。取材に応じてくれたのは、トヨタを筆頭とした自動車メーカーにスプリングを供給するサプライヤーの中央発條だ。


クルマの車重を支え、乗り心地や運動性能を左右するスプリング

車重を支えるスプリング
 クルマのサスペンションに使われている「スプリング」には、おもに2つの大きな役割がある。1つはクルマの車重を支えること。そしてもう1つは路面から受ける衝撃を緩和・吸収し、必要以上に車体や乗員にその衝撃を伝えないことだ。一般的な乗用車では、4つの車輪それぞれに1本のスプリングが装備されているが、走行中、これら4本のスプリングがそれぞれ独立して伸び縮みを繰り返すことでクルマの姿勢が保たれ、乗り心地を確保している。

 そして、このスプリングの仕様によって、クルマの操縦安定性や乗り心地が変わってくる。いわゆる「スプリングの硬さ」だが、この硬さを数値で示したものが「スプリングレート」と呼ばれるものだ。スプリングレートの数値が高いものほど硬く、低いものほど柔らかいスプリングということになる。

 スプリングレートは基本的には車重の大きさに比例して数値の高いものが組み合わせられるが、よりスポーティなモデルでは車重に対して硬めのスプリングを組み合わせることが多い。スプリングレートが大きい方が、カーブ走行時の踏ん張りが効くからだ。

 ただ、スプリングレートが大きすぎると、路面から受けた衝撃が車体に伝わりやすくなり、ドライバーにはそれが振動や乗り心地のわるさとして感じられるので、市販車ではそのクルマのキャラクターに応じて、最適なスプリングレートが設定される。

 なお、いわゆる「サスペンションの硬さ」となると、これはスプリングのスプリングレートだけでは決まらず、タイヤの硬さやたわみ量(ダンピング特性)、スタビライザーと呼ばれるサスペンションの補助装置の反発力、そしてダンパー(ショックアブソーバー)の特性などを合わせたトータルの硬さということになる。

 この中で、とくにダンパーの特性が操縦安定性や乗り心地に与える影響は大きく、ダンパーとスプリングの組み合わせでサスペンションの基本特性が決まると言われる。サスペンションの基本的な硬さを決めるのはスプリングだが、そのスプリングが伸び縮みする速度を決めるのがダンパー。ダンパーはスプリングが縮むとき、伸びるときともに、その動きにブレーキをかけるよう作用(減衰作用)するため、その力(減衰力)が強いと、スプリングのスプリングレート以上の硬さを感じさせる。ただ、減衰力が弱すぎるとスプリングの伸び縮みが収まらず、フワフワとした乗り心地になってしまうので、スプリングとのバランスで減衰力の落とし所を決めるわけだ。

スプリングの力の方向「ばね反力線」

 スプリングの硬さ=スプリングレートは、スプリングを縮める力への反力として数値化され、そのスプリングの基本特性の1つとして設定される。スプリングレートの測定は、専用の測定機で上下方向に押し縮めていったときに「1mm縮めるのにどれだけの力を必要とするか」を測る。そのため、スプリングレートの単位は「N/mm」となるが、この測定方法は、「スプリングが均等、かつ直線的に縮んでいるだろう」という想定で決められている。

 乗用車用のサスペンションでは「コイルスプリング」という、つる巻きばねが使われることが多いが、「つる巻きばねが縮むときには、線材が巻かれているそれぞれの部分が均等に縮み、なおかつスプリングの仮想中心線に沿って反力が発生する」ということが前提でスプリングの仕様が決められている。

これはプリウスαのフロントサスペンションだが、ダンパーの中心線からスプリングの向きがオフセットしているのが分かるだろう

 そこで、たとえばスプリングとダンパーが一体型となっている同軸式サスペンションで、ダンパーのストローク方向と、タイヤからの入力方向(荷重線)が異なるような場合には、スプリングの仮想中心線をダンパーの中心線から少しずらして組み付けるよう、スプリングシート(受け皿)の位置や角度を設計する。スプリングが伸び縮みする方向(ばね反力線)と、入力荷重線の方向、ダンパーのストローク方向との関係性を考慮して、それぞれの配置が決められるのだ。

 こうすることにより、スプリングが伸び縮みするときにダンパーにかかる横向きの力(横力:よこりょく)が軽減され、ダンパーのスムーズな動きが期待できる。この「スプリング・オフセット理論」は、20年以上前から多くの国産車で活用されてきたもので、とくにフロントサスペンションにストラット式を採用するモデルでは装着例が多い。

 ところが、せっかくスプリングをオフセットして組み付けているのに、実は横力が計算通りには軽減されない場合がある。その理由は「ばね反力線が、必ずしもスプリングの中心にあるとは限らない」からだ。

 これまで、ばね反力線がスプリングの仮想中心線上にあるものという前提で、自動車メーカーではスプリングのストローク方向を想定していたわけだが、その常識が覆されたわけだ。

 この「理論と現実とのずれ」に注目したのが、トヨタ系のOEMサプライヤーとして歴史のある「中央発條」。「ばね反力線が計算上の位置にないなら、任意の位置に来るようにスプリングを設計すればよい」という考え方に立ち、ばね反力線を制御できる独自のスプリング「SASC(サスシー)」を開発したのだ(SASCは「Side Action Spring by CHUHATSU」の頭文字を取ったもの。「Side Action」は日本語にすると「横力制御」という意味)。

バネ反力線を制御するスプリングを開発した中央発條、通称チュウハツだ今回お話しを伺った中央発條 技術開発部の山本浩之氏(写真左)と青木匡史氏(写真右)

冷間成形で100個所以上の加工ポイントで緻密に制御して作るSASC
 ばね反力線を制御するべく、新たなスプリングの開発を始めた中央発條だったが、ばね反力線を任意の方向に設定するには、より繊細に設計された複雑な形状のスプリングを作らなければいけないことがわかった。複雑な形状のスプリングを成形するには、製造技術や機械も独自で開発しなければならない。

 そこで、スプリングを成形する方法として「冷間成形」を選択。より一般的な熱間成形は、棒状のばね鋼を加熱し柔らかくしてから「型」となる芯金に巻き付けるという製造方法だが、形状や寸法面での誤差が小さいというメリットはあるものの、型を抜き取るという工程上、あまり複雑な形状を成形するのには向いていない。それと、ばね反力線を制御するためには、スプリングに100個所以上の加工ポイントを用意し、それぞれ最適な“曲げ”を持たせる必要があったため、冷間成形を選択した。加熱したばね鋼を芯金に巻き付ける熱間成形では、そうした繊細な設計をすることができにくいからだ。

 冷間成形は、ばね鋼を常温のまま成形していく製造方法で、イメージとしては、針金を少しずつ変形させながら曲げていく感じだ。場所によって曲げの角度や方向をコントロールできるため、SASCに要求される複雑な設計に対応できる。

 こうして、スプリングの形状を細かく制御することにより、応力ポイントを任意の位置に設定し、ばね反力線の方向をコントロールできるようになったSASCだが、応力を均等化することは、別のメリットも生み出した。それはスプリングの耐久性を向上させたということだ。

 少し話がそれるが、コイルスプリングは「まっすぐな鉄の棒材」を巻いたものだ。とここまでは容易に理解できるが、ではコイルスプリングが縮むとき、その鉄の棒にはどのような力が掛かっているのだろう? 何となく曲げの力のように思ってしまうが、実はねじれの力なのだ。実はコイルスプリングはスタビライザーやトーションバーと同じねじれの反力を利用したばねなのである。

 そして、そのばねとしての効果を発揮するためには、コイルの上から下まで均等にねじれる必要がある。ところが、成形の段階で一部分に曲げが集中したり、スプリングシート(受け皿)の形状に合わせて両端部分を切断・切削したことで圧縮する際の力が偏ったりするため、実際に車両に装着して連続使用した場合には、ある特定の部分に応力が集中し、金属疲労が発生することがある。

 これを一般的には「スプリングのヘタり」と呼んでいるが、ヘタりが進行すると、最悪の場合スプリング同士が干渉する「線間接触」が起き、干渉部分の塗装が剥がれて錆が発生するなど、耐久性に影響を与える。

 SASCは応力を均等化することで、スプリング全体を使ってストロークする特性にでき、線間接触や錆の発生可能性も小さい。線間接触の抑制に関しては、線材自体に高応力材を採用したり、「樽型形状」のようにスプリング設計の自由度が高いことも一役買っている。またスプリングの素線同士が重なり合うことがなくなったおかげで、全体的なストローク量(タイヤが上下動する限界幅)も大きく設定できるようになった。

写真はいずれも冷間成形のSASCだが、熱間成形の場合、右のスプリングのように比較的シンプルな形になるスプリングを樽型にすることで縮みきったときでも線間接触しにくくできる
車高調整式ダンパーと組み合わせられるシンプルな形状のスプリングにもSASCの技術が用いられる一見シンプルな形状のスプリングでも普通は台座付近に応力が集中してしまうそうだ。それをSASCは絶妙な曲げ加減で分散させている

ばね反力線がコントロールできると何がよくなる?

 少々話が前後するが、そもそも、ばね反力線を任意の位置に設定することに何のメリットがあるのだろう。それはどんな圧縮状態でも「設計値」に限りなく近いスプリングレートを実現するとともに、ダンパーのフリクションロスを減らし、スムーズなストロークを実現することにつながるということだ。

 サスペンション形式によって多少の違いはあるが、乗用車のサスペンションでは、どうしてもダンパーにはストローク方向以外の力(横力)が加わってしまう。なぜなら、加速したり曲がったり、あるいは段差を乗り越えたりするなかで、常に路面からの入力方向と同じ方向にダンパーをストロークさせることは不可能だからだ。

 ダンパーには走行中、常に前後・左右・上下のいずれかの方向で入力がある。また、その力の方向や大きさは、車両姿勢やストロークの始まり、途中、終わりとで異なる。そういう状況でスプリングが伸び縮みをすると、ダンパー内部のピストンシールとダンパーケースの間の摩擦、あるいはダンパーのロッド部分とオイルシール(またはダストシール)の間の摩擦が増え、とくに初期ストローク時のフィーリングを悪化させる。

 よくジャーナリストの試乗記などで「ダンパーの初期の動きが硬い」というような表現があるが、すべてとは言わないものの、そういう場合、ダンパーに加わっている「横力」が原因である可能性は否定できない。また、ダンパーの動きがわるくなると、それが抵抗となって事実上のスプリングレートが上がってしまう。つまり、体感上の乗り心地は悪化してしまうということだ。

 SASCではダンパーにかかる横力を軽減することで、こうしたダンパーのフリクションロスを低減させ、さらにダンパーの耐久性の向上にも貢献するという2次的効果を生んでいる。10年・10万km以上の耐久性が要求されるサスペンションパーツだけに、その部分でのアドバンテージは大きいだろう。だからこそ、SASCはトヨタの市販車(プリウス系など)にも純正採用されているのだ。

普通のスプリングはばね反力線が不明確なためダンパーに無駄な横力が発生してしまうSASCではスプリングがきっちりと荷重を支えるため、ダンパーは減衰という仕事に専念できるSASCと普通のスプリングでのダンパーの抵抗値の比較。25%もの低減をしたと言う

ローダウンスプリングにもSASCを

 というわけで、SASCは乗用車用のスプリングとしては、ある意味で理想的なパーツといえるが、今は逆に、そのおかげで困っている人たちがいるという。今どきはハイブリッド車でも車高を下げる「ローダウン」がポピュラーになっているが、プリウスなど、新車にSASCが使われているモデルに他社製のローダウンスプリングを組むと、乗り心地が悪化してしまうことがあるというのだ。その理由はSASCの存在を知った今ならわかるだろう。

 もちろん、そこそこスポーティな味付けが欲しくてローダウンするユーザーもいるだろうし、また、多少、乗り心地がわるくなっても仕方がないと割り切っている人もいるだろうが、ファミリーユースの多いプリウスでは、やはり最低限の乗り心地を確保しておきたい。

 そこで、中央発條ではSASCの技術を投入したローダウンスプリング「チュウハツプラス」を開発した。ドレスアップ効果と乗り心地の両立を狙いスプリングレートやローダウン値を設定した。製造工程にはもちろん純正OEM製品同等のクオリティが適用され、しかも、製品誤差の許容範囲(公差)については、メーカー基準よりもさらに厳しく設定するなど「精度」にこだわっている。

 スプリングレートの数値は公表していないが、それぞれ数種類の試作品を用意してテストした結果、そのクルマにとって最適な「乗り味」になるようにレートが決められている。対応車種はトヨタの小型ハイブリッド車系で、30系プリウス、40系プリウスα、アクアとなっている(現在、20系プリウスおよびGN6・86用を開発中)が、たとえば30プリウス系では、年式やグレード(おもにタイヤサイズ)に応じて設定の異なるキットを用意するなど、かなり緻密な車種専用設計を行っている。

 コンセプトは「スプリング交換のみ」でローダウンを実現し、さらに乗り味を向上させるというものなので、純正装着タイヤとのマッチングも十分考慮された設計となっているのは嬉しいところだ。

チュウハツプラス(写真はプリウスα用)素材には軽量で高剛性のバナジウム鋼を採用し、ヘタリを抑制
ノーマルでもSASCスプリングを採用するプリウスα。ノーマル(写真右)と比べると形状は似ているが全長が短いのがわかるローダウンするとバンプラバーにぶつかりやすくなるためバンプラバーもショートタイプが付属する

 今回、実際に「チュウハツプラス」を組み込んだプリウスαに試乗し、高速道路、一般道を合わせると数百kmにも及ぶテストを行ったが、その乗り味はまさに満足のいくものだった。従来のローダウンスプリングにありがちな突き上げやダンピング時の収まりのわるさはいっさい感じられず、運転席からの視点はローダウンされている分だけ下がっているためスポーティな印象なのだが、何も知らずに運転したならば「これ、ノーマルでしょ」と言ってしまいそうなほど自然なフィーリングだった。もちろんもっと硬い方がよいという人もいるだろうが、ノーマルと同等の乗り心地のまま、車高だけ下げたいという人にはオススメできる商品だった。


(松本尊重/Photo:水川尚由)
2012年 10月 1日