東京ヴァーチャルサーキット

 その名前だけ聞くと、仮想的もしくは擬似的なレース体験ができるのは想像し易いけれど、少し変わったインドア・サーキットがお台場あたりにありそうな印象を持つ方はいないでしょうか? いや、実は私がそうだったのです。ヴァーチャルなわけでリアルではないにしろ、どうヴァーチャルなのか……と。しかし、訪れた場所は赤坂にあるビルの一室。ならば、ドアの向こうにはゲームセンターのような機器がいくつか置かれているのでは? と想像すると、なんとフォーミュラカーが1台、部屋の中央に鎮座しているではありませんか。

 季節は夏(8月)。「それじゃ、また明日ね!」と見送られ、ちょうど帰るところだったのは、まるでジムでトレーニングを終えたばかり(?)という汗が残る高校生の男子。しかし彼はそれなりのレーシングギアを持っていて、何やら本格的な雰囲気を醸し出していました。そう言えば、私もこちらにお邪魔することになった際、レーシングシューズやグローブがあれば持ってきたほうがよいと言われ、持参したのでした。エアコンが効いた部屋でどうしてあんなに汗をかくのだろうか……。


港区赤坂にある東京ヴァーチャルサーキットは、マンションの1階にあります

東京ヴァーチャルサーキットでインストラクターを務める砂子塾長に、ドライビングテクニックについて教えていただきました

 東京ヴァーチャルサーキットは、フォーミュラマシンのコクピットでリアルな運転操作を行うレーシング・シミュレーターを導入し、ドライビングスキルやレーシングスキルを磨く場所なのです。今やF1ドライバーたちもシミュレーターでコースを覚え、マシンのセッティングすらヴァーチャルで決めてレースウィークを迎える時代。こちらでは世界にもまだ5台しかないという最新のレーシング・シミュレーターを日本で初めて導入し、すでにTDP(トヨタ・ヤングドライバーズ・プログラム)や筑波ウインズガレージのドライバーたちがこちらのシミュレーター・トレーニングを採用しているのだとか。

 この日、私とすれ違った男子もNDDP(NISSAN DRIVER DEVELOPMENT PROGRAM)の生徒さん。当然ながらレーサー志望で、夏休みを利用して塾の夏期補習授業ならぬドライビング補習を東京のど真ん中で行っていたのでした(ちなみに毎回リポート提出をする必要があるらしく、今どきのレーサーの卵は頑張ってます)。

 「プロとして世界を目指すためには若いドライバーは走る時間が足りません。だからこういうもので補う必要があるんです」とは、東京ヴァーチャルサーキットでインストラクターを務める砂子塾長(本名:砂子智彦さんは日本のトップレーサーとして活躍。自らがドライビング塾を主宰していたことから生徒からも周囲からも“塾長”と呼ばれるようになった)。

 こちらにはレーサーの卵はもちろん、現役プロレーサーが海外レース参戦前のトレーニングをしたり、アマチュアレーサーにとっても練習費用の軽減や万が一のクラッシュなどのリスクのないヴァーチャルを上手く利用したりしているようでした。もちろん、「一度リアルなレーシング体験をヴァーチャルでやってみたい」という方など、誰でも体験できます。

マシンのボディーは2008年製ムドブル(RB4)。シミュレーターを体験するには、レーシンググローブ/シューズが必要(持っていない場合は相当する代用品)になります

 筐体(マシンのボディー)は2008年製ムドブル(RB4)。シミュレーターのソフトはF1シミュレーター製作を行っているRファクタープロが採用されているそうです。そして実際に操ることのできるヴァーチャル・マシンは、フォーミュラでは最高峰のGP2やF3、フォーミュラ・ルノー2.0など、ツーリングカーではアストンマーチンGT1・GT2やアウディR8 GT3 LMSなどなど、10車種以上から選ぶことができます。

 コースは国内では富士や鈴鹿、もてぎ、SUGOなど、また世界もニュルブルクリンクをはじめフェラーリのテストコースであるフィオラノまで走ることができるのだとか。その数は80個所以上。そしてマシンのセッティングはタイヤ空気圧やスプリングレート、車高、キャンバーなど実車でできるほどんどのセッティング変更が可能なのだとか。

 私もGP2のベーシックなセッティングのマシンで富士スピードウェイを走らせていただいたのですが、ドライブフィールも空気(風)やGが発生しない以外、すべての操作や挙動が超リアル。まず視界を180度カバーする巨大なスクリーンにコースが映し出され、流れる景色もスピード感もリアル。これはアクセルやブレーキ、ステアリングやエンジン音などが物理演算により画面とリンクしているのだそうです。

富士スピードウェイを走行! 操作や挙動が超リアルでただただ驚くばかり
マシンのセッティングは実車でできるほどんどのセッティング変更が可能です

ハンドルもブレーキもリアルに重いから、ペースが上がっていくほどにコーナーでは操作がハードに。気付けば汗だくでした……

 動きも誤魔化しなど効くわけがなく、オーバーステアに対するカウンターステアがちょっとでも遅れようものなら、簡単にスピンしてしまう。ブレーキは本当に強くしっかりと踏まなければ効かないし、シフトダウンもできない。シフト操作に失敗するだけで、クルマの挙動が乱れたり、オーバースピードでコーナーに突っ込むことになったりするのも、経験者ならばよりリアルに自らのドライビングミスを反省することができるはず。

 最初はほんの少しですがゲームの延長のような印象を抱いていました。だって、いくらリアルなドライビング体験ができると言われても、どういうものがヴァーチャルでリアルに体験できるのか、未経験の私には想像がつかなかったのです。実際に体験してみると、ハンドルもブレーキも重いからペースが上がっていくほどにコーナーでは操作がハードになり、ハァハァと呼吸も荒くなる。そして気付けば汗だくでした。おかげさまで、最近はお仕事でもこれほど真剣にサーキット走行をしたことがなかった自分に気づかされ、とても新鮮かつ衝撃的な体験をすることができました。

 こちらではそれだけでは終わらないのです。「タイヤが温まっているかどうかを感じないと、グリップの様子も掴めないよね。ブレーキももっと詰めて行ける。後半で上手くカウンターを当てられたところはよかったよ」など、プロのデータと比較しながら走りを分析していただきました。東京ヴァーチャルサーキットではコース内容にもよりますが、自分のドライビングデータが記録され、プロとのデータ比較やドライビングアドバイスを受けることができます。


走行後にプロのデータと比較しながら走りを分析していただきました

 こちらではF1ドライバーもトレーニングに採用するという、ヴァーチャルの恐るべきリアルさを知ることができ、さらに私にとってはリアル(現実)を超えたドライビングをこのヴァーチャルで体験することができました。GP2で富士なんて絶対に走れないですからね(苦笑)。このヴァーチャルのリアルさは体験しなければ分からないかもしれません。

富士スピードウェイのデモ走行(飯田裕子)

富士スピードウェイのデモ走行(砂子塾長)

飯田裕子のCar Life Diary バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/cld/

(飯田裕子 )
2012年 10月 18日