災い転じてEVレース

マツダ・レースウェイ・ラグナ・セカ

 7月8日に開催される予定だった、パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムレース(米コロラド州)は、会場となるパイクスピーク周辺が大規模な山火事に見舞われ、急遽延期となりました。そもそも雨や雪、ヒョウまで降る高山でのレースはときに豹変する自然を相手に戦うこのレース。今回はさらに山火事という自然災害がレース開催を阻むことになってしまったのでした。

 今年も私は「TEAM YOKOHAMA EV CHALLENGE」を中心に、パイクスのレースを取材するため、延期が決まった日、まさにLA経由で現地に向かう予定でした。

 この日は木曜日……マシンはすでにLAに到着し、1~2日以内にはチェックや整備を行って陸路(トラック)にてコロラドに向かう予定であったため、マシンの製作者でありドライバーでもある塙郁夫さんや、エンジニアもLAに入ったところでした。

 というわけで、クルマもチーム・クルーも現地にいるわけだし、せっかくだからテストができないかと画策。その週末にマツダ・スピードウェイ・ラグナ・セカ(カリフォルニア)で開催されるローカルイベントにEVレースがあることが判明、急遽参加したのでした。エントリー中、オーバーオールでも2位という結果でしたが、目的は順位ではなく、あくまでもテストでした。

 このEVレーシングカー「HER-02」(以後、「塙号」と書きます)でパイクスに参戦するのは、今年で3年目。しかし昨年とは少々仕様が異なり、今年はACP(ACプロパルジョン)製の最新のモーターを誰よりも先に搭載するという光栄なチャンスが与えられ、さらに横浜ゴムのブルーアース・エース(市販のエコタイヤ)で参戦するという点からも、もう少しマシンのテストが必要だったのだそうです。

レースのエントリーフィーは310~340ドル。細かいことだけれど、入場料は参加費に関係なく1人10ドル。賞典レースは、上位3人に次回のエントリーフィーが順位によって安くなるクーポンが出るだけで、REFUELクラスのようなトロフィーや賞品はないのだとかシボレー「ボルト」が走行に参加していましたボルトのEVモードでの走行距離は40~60km。走行時間内はEV走行を楽しんでいたようです(エンジン音はしていなかったので……)
走行会のみの参加でしたが、サイオン「xB」のコンバートEV多くのEVファンに常に囲まれていた塙選手のHER-02。このマシンの存在を知る人も多く、塙さんもそれが嬉しかったそうですおそらく今回最も参加台数が多かったのがテスラ「ロードスター」と「ロードスター スポーツ」。ラグナ・セカはサンフランシスコやサクラメント、シリコンバレーなども近いため、EV好きが多く、テスラファンも多いのかもしれません

 思いがけず憧れのコークスクリュー(ラグナ・セカの、高低差の大きな下り坂のシケイン)を走れることになった塙さんは、「コロラドスプリングス周辺の山火事が早く収まることを願いたい」と開催地を気遣いつつ、サーキット走行については「何となくコースが分かれば大丈夫。それにここはサーキットとは言え高低差もあって、マシンのデータを取るのにもちょうどいい」と楽しそう。

 SPEED VENTUREという会社が主催するこのイベントは、カリフォルニアをメインに年間25回開催されている、タイムトライアルレースと走行会です。レースと言っても“一斉にスタートして誰が最初にチェッカーを受けるか”という一般的な日本のレースとは方法が少し異なり、個人タイムを競うもの。技量によって初級、中級、上級にレベル分けされ、クラスごとに走行タイムが決められている点が日本とは違うのでは? ただしローカルなイベントなので、細かなレギュレーションまでは不明。いろいろな車が参加しますが、Miata(マツダ ロードスター)Challenge、Corvette Challengeといった、ワンメイクのタイムトライアルも行われます。

 今年で4年目というEVレースは、「REFUEL Clean Power Motorsports Event」という独立イベントになっていました。日曜日の午前中に2回の練習走行があり、午後に1台ずつのタイムトライアルが行われます。表彰台を使った表彰式まで行われるので、少し特別なのだとか。

 日産「リーフ」や「MINI E」、テスラ「ロードスター」のほか、発売されたばかりの「モデルS」がテスラ関係者らとともに参加したほか、コンバートEV、塙号のようなプロトタイプのレーシングEVもやって来て、70台近いEV4輪と数十台のEVバイクが、極めて静かに、しかし熱い走行をしていました。環境対策が厳しいカリフォルニアらしく、ローカルイベントながら集まる台数は多く、圧倒され興奮します。

サーキットに突如、エントリーリストには載っていなかったテスラ「モデルS」が5台もやって来てビックリ! 高出力型モーターを搭載するこの4ドアモデルはスタイルもカッコよく、その走りはとにかく速くて2度ビックリ! 1台を除きプロダクションモデルということでしたが、インテリアは試作状態。まあシステムが市販モデルであればよいのか……?アメリカ発のEVメーカー「CODA」も参戦。システムはアメリカ製ですが、ボディなどは提携先の中国のグレートウォールのものを採用しているそうです。試乗させていただきましたが、その感想はまた別の機会に……CODAはテストと宣伝を兼ねて参加していたようです。一般向けに簡単な試乗も行われました
1回目の走行の後、日産が運んできた充電器に列を成すリーフたち。サンフランシスコのリーフ・オーナーズクラブの方が多く、サンフランシスコでは3000台が販売され、そのうち300人がクラブ会員なのだとか。規模が違いますね~当日はガソリン車の走行もありましたからサーキット内のガソリンスタンドも稼働していましたが、日曜日はガソリンよりも電気のニーズが高かったはずです。あちこちに充電器とコードが設置されていました
BMW 1シリーズベースのEV。日本には導入されていないため、私にとっても初対面のモデルでした。アメリカでもまだリース販売のみ。しかし、走行風景はBMWらしくて楽しそうでした。が、サーキット走行時はバッテリーの温度上昇が問題なのだとかタイムアタックを待つ参加EVたち。1台ずつコースに入り、1周でタイムアタックが行われました

 データ取りとテストが目的の塙号は、土曜日の走行会から参加、充電を行いながら2度のテストを行いました。が、2度目の走行で塙号に搭載する最新のモーターの温度が上昇するというトラブルが発生。モーターの温度が上昇するとリミッターが働き、自動的に加速できなくなってしまいます。今回から最新のモーターにリキッド(オイル)系の冷却システムが採用されており、昨年までの空冷式よりも冷却効果は明らかに高いはずでしたが、どうもオイルが循環していないらしい。

 翌日、日曜日もテスト走行を行うも、相変わらずモーターの温度は上昇傾向。しかしながらタイム計測は1台につきたった1周のみだったため影響はなく、計測に参加しました。結果はプロトタイプクラス2位。車重が塙号の半分でスリックタイヤを履くKleenSpeed製のレーシングカーに次ぐタイムで、表彰台に立つことができました。

 塙号は練習中、1度のコースオフでダートに飛び出した際にも安定したダート走行をし、コークスクリューでは縁石をカットする大胆な走りで1度はオフィシャルに“キケン走行”疑惑をかけられるようなアグレッシブな走行をし、周囲を驚かせました。それもこれも、塙さんがラリードライバーであり、塙号はサーキット走行が目的ではなく、パイクスピークのようなヒルクライムをするために仕立てられたマシンであるからこそ。マシンとドライバーのコンビが、ラグナ・セカという有名なサーキットで周囲も驚くような走行を披露し、注目を集めたのでした。また、会場ではEVオーナーたち(=EV好き?)が塙号に集まり、大人気でした。

Kleen Speed EV-X11。Kleen Speedという会社はバッテリーやEVシステム、EV車輌を開発する会社で、NASAにも技術を提供しているのだとか。本格的なEVプロトマシンも製作しており、今年後半からは北米のあちこちのレースに参戦予定だとか。残念ながらバッテリーを15kWしか搭載していないこのマシンでは、パイクス参戦は不可能。しかし、将来的にはパイクスにもチャレンジしてみたいとおっしゃってました。今回の1分32秒046というタイムは、オーバーオールでも断トツの速さ。このレースのために先週、同コースでテストを行うほど、気合十分!コークスクリューを下るタイムアタック中の塙号。初めて走ったラグナ・セカでのタイムは1分48秒936。「アドバンタイヤならもっとタイムが縮まっただろうね~」と自身が製作したマシンのポテンシャルには十分満足されていた塙さんでしたテスラ「ロードスター」で最も速かったのがこのマシン。タイムは1分58秒499
ピンボケ写真ですみません。サスペンションやタイヤ、ルックスをいじった改造リーフ。参加したリーフの中でのトップタイム2分2秒883をマークポルシェ「914」のコンバージョンモデルは、コンバージョンクラスで1位。タイムは2分36秒961

 塙さんは今回のテストを振り返り、本番前にトラブルが見つかってラッキーだったと言い、さらに以前から参加してみたかったというアメリカのEVレースに、憧れのラグナ・セカで参加できたことも嬉しかったそうです。それに多くのEV仲間と友達にもなれ、そういう仲間たちが塙号のパイクスでのチャレンジを知っていてくれたことも、今後の大きな力になると言っています。思いがけず行くことになったラグナ・セカで、私自身も初めて見たアメリカのEVレース。アメリカのEVレースの世界は広く、日本よりも進んでいるという印象を私自身も受けました。

 ところで、この原稿を書いている最中に、パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムレースの新たなスケジュールが発表されました。レースウイークは通常のスケジュール通り約1週間。8月7日に車検が始まり、決勝は12日に行われます。

 ラグナ・セカでのレース参加後、モーターや冷却システムは取り外され、今頃はACPで原因究明が進められていることでしょう。そんなわけでマシンの状態はまだまだ完全ではありません。が、今年から完全舗装路となるパイクスに、横浜ゴムのブルーアース・エースというエコタイヤとEVマシンの組み合わせで参戦し、今年もタイム更新を狙うチームとしては、このトラブルを乗り切って好成績を期待したいものです。

レース終了後、塙号からモーターユニットが外される様子表彰されるクルマやバイクが集められ、集合写真が撮影されました。残念ながら塙号は参加できませんでしたが……
表彰式では各クラスごとに表彰台でトロフィーが授与されました。「飛び入り参加した自分がトロフィーをいただくなんて申し訳ないけど、よい記念になります」と喜んでいた塙さんでした

飯田裕子のCar Life Diary バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/cld/

(飯田裕子 )
2012年 7月 6日