【マレーシアGP】
雨でも速いブロウンGPとバトン
戦略面でも成長を見せるトヨタ
今年のマレーシアGPは、予選開始とレースのスタートが現地時刻の17時になった。ヨーロッパでのテレビ放映時間が、日曜日の早朝から午前になるためだ。
だが赤道直下にあり、両脇を海に挟まれた細長い半島であるマレーシアでは、夕方にスコールになりやすい。しかもその降り方は、温帯地方の集中豪雨並みとなる。そうなれば、果たしてF1が走ることができるのか? マレーシアGPのスケジュールが発表されたときから、この懸念があった。そして、これを最も心配していたのは、現地のセパン・サーキットのスタッフたちだった。
セパン・サーキット |
■KERS車の事故対策が問題に
木曜日、公式記者会見のときも激しいスコールになった。しかし、F1が金曜日から走り始めると、フリー走行は雨にみまわれなかった。そして、ドライコンディション用のセットアップとタイヤ選択の作業も進んだ。
また、暑さ対策もほぼ問題ないことが確認できた。というのも、今年のF1マシンは、空力性能を規制するレギュレーション変更によって、サイドポンツーン上のルーバーやチムニー、エンジンの排気管カバーといった排熱装置にも大幅な規制がかかっているからだ。
技術的に目立ったトラブルは2件だった。1つはフェラーリのKERS(運動エネルギー回生システム)関連で、金曜日午前のフリー走行では、ライコネン車から走行中に煙が出てしまうトラブルが出た。これは、KERS関連の電気回路がショートしたのが原因だとフェラーリは発表した。ライコネン車についてはその日の午後も、KERSに問題が発生したことを伝える無線交信が公開されていた。
KERSは高電圧の直流を扱うため、漏電などで感電するととても危険だ。しかも、KERSの蓄電装置は、小型軽量化のために、エネルギー充填効率が高いリチウムイオン電池が主流。ところが、エネルギー充填効率が高いがために、トラブルに会うと爆発するような事故も起きかねない。
F1は新たな分野の技術を取り入れたが、それには安全確保や救助作業などで新たな対応方法の確立が急務なことも改めて認識させてくれた。こうした分野での実験的なトライが技術へと確立されることで、電気自動車やハイブリッド車、燃料電池車が一般道路で事故を起こした場合の救助対応マニュアル作成にも活かされることになるだろう。そして、より安全なリチウムイオン電池が自動車用に実現できれば、より効率のよいハイブリッド車や電気自動車など、モーターと電池を使う自動車技術の確立にもつながるだろう。
このKERSと電気、バッテリーへの救助対応技術策定の遅さを批判する声もある。確かに、新技術を導入するときは、同時に万全の対策ができていることが望ましい。しかし、現実はつねに人間の想像を超えていて、想定を超えたことが起きやすい。だから、ひとつひとつステップを踏まなければならないだろう。それでも、安全に関する技術や考え方が発展した現代では、ガソリンエンジン車のときよりも早く、安全と救助の対処方法が確立できるはずだ。
ガソリンエンジン車は、19世紀末の自動車発明から今でも一般的だ。それは、19世紀末から始まった自動車レースの中で、蒸気エンジン車や電気自動車を淘汰して生き残った。結果、F1の原点ともいえる1906年の第1回フランスGPは、ガソリンエンジン車によるレースになった。ところが、F1でガソリンエンジン車の火災事故への対処方法がきちんと確立されたのは、1970年代後半になってからだった。
それまでは、現在のように消化剤の種類や、消火器の配置の仕方も、それを扱うファイアーマーシャルの服装に関する規定やマニュアルもなかった。平服のマーシャルは燃え盛る車両に近寄れず、遠くから消火剤を撒くだけで、有効な消火活動ができないまま、鎮火するまでドライバーが焼死または重度の熱傷に陥るのを見守るしかなかった。これが70年近く続いていたのだ。
バリチェロはギアボックスを交換した |
■ブロウンGPの数少ない弱点
話を戻そう。マレーシアGPで見られた2つ目の技術的問題点は、ブロウンGPのギアボックスだ。開幕戦のスタートでバリチェロが出遅れたのはギアボックスに原因があったとして、チームはバリチェロ車のギアボックスを交換した。現行レギュレーションでは、ギアボックスは4戦連続使用が義務とされているため、バリチェロは5グリッド降格のペナルティを受けた。
絶好調のブロウンGPチームとそのマシンにBGP001にとって、ギアボックスの信頼性が「数少ない弱点」になっている。「数少ない」と言えるほど、今回もBGP001は安定して速かった。
ドライコンディションでのフリー走行ではロズベルクと中嶋のウィリアムズ・トヨタ勢が速かった。しかし、同じドライコンディションで行われた予選ではブロウンGP勢が速さを見せた。しかも、決勝スタート時の燃料も搭載した最終予選(Q3)でのブロウンGP勢は、また別格の速さを見せた。ブロウンGPチームは、フリー走行で決勝を重視したマシンのセットアップに専念できるほど、余裕があることがよく分かった。
ブロウンGP勢に予選で肉薄できたのは、パナソニック・トヨタ勢だけだったが、予選でわずかに速かったブロウンGPのバトンのほうが、トヨタ勢よりも燃料搭載量が多いことが分かると、改めてBGP001の素性のよさが際だった。しかし、トヨタTF109もまたほかとは一線を画する速さを備えていることも示していた。
本戦はウェットレースに |
■雨への対応にチーム差
決勝の日曜日。昼すぎのGP2アジアのレース2が豪雨に見舞われ、スタート延期を繰り返した。F1チーム関係者はこの現実を目の当たりにしていた。過去の経験、この週末の夕方に連日経験したこと、気象予報データとも、夕方にもスコールがあり、それは激しい豪雨になると予想するに足るものだった。
17時、雨雲がたちこめる中でスタートを迎えた。路面は乾いていたが、柔らかいほうのソフトタイヤ(グリップ特性はよいが、持ちはやや悪い)を全車装着した。雨がすぐに来るという予測も、この選択を後押ししていた。スタートではロズベルクがよい出足でトップをとり、バリチェロも好ダッシュを見せた。
雨はいつ来るのか? チームごとにその予測は、微妙に異なった。そして、19周目に雨がポツリポツリと落ちはじめた。これが、ちょうどピットストップのタイミングと重なった。だが、雨量は極めて少なく、大部分がドライコンディション用のソフトタイヤを装着し、燃料は天候の様子を見るために必要最低限の周回数の分だけ搭載していた。
ところが、ライコネンだけはこの段階でウェットタイヤを装着した。今年の雨天用タイヤは去年のものと同じだが、呼び名は、溝が浅く少ないスタンダードウエットが「インターミディエイト」に、より激しい雨に対応したエクストリームウェザーが「ウェット」にと、それぞれ変わった。
5番手だったライコネンとフェラーリチームは、雨が激しくなると判断して、先手を取ることでトップを狙おうとした。しかし、これが裏目に出た。ウェットタイヤはほぼ乾いた路面にこすりつけられたことで、1、2周でひどく消耗してしまっていた。そのため、雨が本格的に降ってきたときには、ライコネンのウェットタイヤは本来の機能を果たさなくなってしまい、13番手に転落した。今回のフェラーリは、予選でもほかのチームの動きを見誤って、マッサに念押しのタイムアタックさせずにQ1で敗退させるなど、すべてがうまくいかなかった。
雨が本降りになった22周目に、大部分のチームがマシンをピットに呼び戻し、ウェットタイヤを装着させた。だが、チームの予想したほどの激しいスコールにはならず、ウェットタイヤは正しい選択ではなかった。このことは、11番手でピットストップをして、インターミディエイトタイヤを装着したグロックが、別格の速いタイムで周回を重ねていたことでも明白だった。
結果、グロックは29周目には2番手に浮上していた。トヨタのピットストップと判断は、タイミング、タイヤ選択、燃料搭載の仕方など、すべてが最適なタイミングで行われていた。トヨタチームの成長がうかがえた。
晴れても雨でもブロウンGPとバトンは速かった |
■今回も魅せた、ブロウンGPとトヨタの戦い
トヨタと対照的なピットストップを見せたのはブロウンGPチームで、とくにバトンへの対応に顕著だった。それは、その場でよいと思われる策を選択をすることで、常に後手に回るものだった。
バトンは、19周目のピットストップではソフトタイヤを選択した。雨が本格的になった22周目に、ウェットタイヤに換えた。しかし、このタイヤは路面にあわないため、29周目にインターミディエイトタイヤに変更した。このピットストップで、バトンは17周目に奪還したトップの座をグロックに明け渡していた。
ところが、ここで大方の予想どおりの豪雨がやってきた。グロックはじめ大部分のドライバーは即座にウェットに交換するため、ピットに入った。ところが、バトンはピットストップのタイミングを1周遅らせた。激しい雨の中、バトンはインターミディエイトタイヤでも最善のペースで周回した。繊細なテクニックで、荒れて難しい状況でも高い安定性と速さを備えたドライビングをする、バトンの真骨頂だった。そして、これを高次元で可能としたBGP001は、レーシングマシンとしても自動車としても優れた素性を持っていた。
グロックのピットストップは最善のタイミングだった。しかし、グロックにとって不運があった。ピットから出たとき、その前には22周目から使い込んだウェットタイヤで、コース上にとどまるのが精いっぱいだったハイドフェルトがいた。しかも、ハイドフェルトはグロックと同ラップで順位が上のため、グロックをできる限り抑えた。グロックはこれに行く手を阻まれてペースが落ちてしまい、最適なタイミングでのタイヤ選択による効果を奪われてしまった。
その間にバトンは、ピットに入り、かろうじてハイドフェルドとグロックの前でコースに復帰。トップに返り咲いていた。ハイドフェルドが32周目の1コーナーでアウト側に大きくふくらむと、ここでやっとグロックは2番手となり、再びバトンに迫ろうとしていた。しかしここでセイフティーカーが入り、33周目の時点で赤旗中断となった。規定に従いストレート上で全車は待機となった。
雨足はやや弱まったが、今度は夕暮れが迫っていた。しかも、夜間照明もない。ドライバーの団体であるGPDA(グランプリ・ドライバーズ・アソシエーション)は、役員のウェバーがドライバーたちの間をまわり、危険であるためレース続行は不可能という意見をまとめた。レースコントロールも同様の判断から、レースの中断と再開不能を決定した。
これによって、レースの結果は、レギュレーションに従って、赤旗が出たときの33周目よりも2周前の時点での順位となる。それは、31周目終了時点にフィニッシュラインを通過した順となり、1位バトン、2位ハイドフェルド、3位グロックとなった。ハイドフェルドは、直後の1コーナーでグロックに抜かれ、さらにはスピンしていたのだが、この規定に救われての2位だった。一方、グロックはあと1周赤旗が遅れていれば2位だった。そしてバトンは、後手に回った戦略ながら、マシンのよさを最大限に引き出す絶妙なドライビングで2連勝を獲得した。晴れでも雨でもブロウンGPとバトンは速かった。不運に見舞われての3位だったが、トヨタはTF109の速さと、ピット戦略の巧さを見せた。
■次戦こそKERSが効果を発揮?
F1は1週間のインターバルを置いて、第3戦は中国GPとなる。例年、秋の開催だったものが春の開催となり、気象条件など未知の要素が加わることになる。また、マレーシアGPでは決勝が雨になったために、決勝でのKERSの効果があまり見られなかったが、上海国際サーキットでの決勝が晴れれば、その長いストレートなどで効果が見られるかもしれない。
また、中国GPに先立つ4月14日には、国際控訴院(International Court of Appeal)でフェラーリ、ルノー、レッドブル、BMWザウバーによる、ブロウンGP、トヨタ、ウィリアムズのディフューザーに関する聴聞が行われ、レギュレーション解釈に対する最終裁定が下される。この裁定がどちらに転んでも、どちらの側も対策ディフューザーを持ち込むだろうし、それによってチームとマシンの勢力図に変化が起こるかもしれない。
■URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/
■バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/
2009年4月9日