開幕直前、2009年シーズンプレビュー
F1開幕戦を今週末に控えて、今年は例年とは異なった状況になっている。レースの行方がまったく予想もつかないのだ。
今年は、テクニカルレギュレーションの大幅な改編によって、車体が大きく変わった。追い抜きを増やすために、前の車両に接近してもフロントのダウンフォースと安定性を失わないように、フロントウイングは低く、幅広くなった。
前を行く車体は、後続車の安定を乱す乱気流を発生しにくいようにと、ディフレクターやバージボードに大幅な規制が導入され、サイドポンツーン上はチムニーや排熱装置が規制されてシンプルになった。後方への乱気流の発生源であったリアウイングも、幅が狭く、高くなって、乱気流の発生エリアを狭くした。
さらに、ダウンフォースという空気による下向きの力でタイヤのグリップを増して安定することに強く依存していたのでは、離着陸時の飛行機と同じで、乱気流や突風で車体が翻弄されやすくなってしまう。そこで、タイヤ溝のあるグルーブドタイヤから溝のないスリックタイヤにして接地面積を増やし、タイヤ本体が路面を捉えるグリップ能力を回復することで、空力への依存を減らした。
■レギュレーション変更という大雪崩の中で
FIA(国際自動車連盟)はベテランのエンジニアたちによる実験の結果、先に書いた今年のF1車両とテクニカルレギュレーションを導入した。そこでは、ダウンフォースを昨年までの半分に減らすとしていた。だが、現在は昨年の2~3割減にとどまっている。F1チームの高い開発能力が、2~3割分を取り戻してしまったのだ。FIAもこれを見越していて、昨年の半分という法外ともとれる大幅なダウンフォース削減を提案したのだった。
かくしてマシンは大きく変わった。この変わりようは、1983年に車体の底面を平らに成型させて、車体底面でダウンフォースを発生させる方法を制限したとき以来だ。結果、どのチームも今まで築き上げた技術を大幅に崩されることになった。トヨタのテクニカルアドバイザーでF1歴30年近い大ベテランのフランク・ダーニーは、この状況を登山に例えてこう表現する。
「これまで全チームが必死で、テクノロジーという絶壁を登ってきた。その中でマクラーレン、フェラーリが上にいて、BMWザウバーやトヨタがそれを追い、ほかのチームも続いていた。この差が経験と技術蓄積の差だ。ところが、レギュレーション変更という大雪崩が起きた。ここで必死に壁にしがみつけるか、雪崩に巻き込まれるかだ」。
つまり、レギュレーション変更にうまく対応したチームが、上位になる可能性が高く、対応に失敗するとこれまでの地位を失いかねない。ここ数年、毎年優位に立っていたチームと、追い上げるチームとの格差が埋まり、大逆転が起きるチャンスとなる。開幕直前のこの時期はまさにこの過渡期で、開幕前のテスト結果では、どのチームがどれだけ前にいるのかまったく分からなくなっている。
■台風の目、ブロウンGP
さらに3月のテストからやっと参加できた元ホンダのブロウンGPチームが、この状況をさらにかき回してくれている。ジェンソン・バトンも、ルーベンス・バリチェロも、新車BGP001メルセデスで、連日トップタイムを叩き出したからだ。しかも、他車を1秒前後も引き離す圧倒的な速さと、ほとんどトラブルもなく連日順調に走行距離を稼ぎ、テストプログラムをこなしてしまうという、高い信頼性も備えている。場合によっては、開幕戦で表彰台にブロウンGPが来る可能性も高まっている。
昨年12月5日にホンダの撤退発表を受けて、チーム代表のロス・ブロウンとCEOのニック・フライらは、チームの存続を賭けて新たなオーナーを見つけようとした。しかし、12月では時間がなさすぎた上に、F1に興味のある優良企業はすでに他チームと契約をしてしまった後だった。
厳しい状況の中で、ブロウン、フライらチームの現地首脳達は、MBO(役員買収)を提案。ホンダがそれを認めて、チームの権利は代表であるブロウンに譲渡された。かくしてブロウンGPとなった。エンジンは、チームの苦境を助けるというダイムラーの友情的な厚意によりメルセデスが、マクラーレン、フォースインディアのほかに追加としてブロウンGPにも供給された。
ここでF1のレギュレーションが功を奏した。2006年以来、F1のエンジンは、基本寸法が規定されていて、車体とエンジンとのマウントは共通設計になっている。そのため、チームはエンジンがホンダからメルセデスになっても、冷却や油圧系統、ギヤボックスとの組み合わせ作業など、最小限の変更で済んだ。
■“悪役”ニック・フライも残留
チームの首脳と陣容は、ブロウン代表、フライCEOと、昨年のホンダチームの現地スタッフとなっている。これも、チームにとってはよい方向のようだ。ホンダチーム時代、意思決定の機能が、日本(東京本社と栃木研究所)、イギリス(ブラックネルのホンダレーシングディベロップメント=HRDと、ブラックリーのF1チーム)と煩雑で、非効率的という声もかなりあった。ブロウンは、「イノベーションとは、シンプルにすること」ということをモットーにしている。ホンダの離脱は予想外の驚きだっただろうが、結果として組織をシンプルで効率のよいものにできたのは、ブロウンにとってうれしい誤算だっただろう。
ブロウンは、CEOとして経営実務のパートナーとしてフライの残留を決定した。フライは優れたマネージャーである。それはヨーロッパ・フォードやプロドライブでの経歴でも明らかだ。昨年、フライはその言動から日本では悪役のようにされた。しかし、昨年のフライの立場は、ホンダが所有するF1チームの雇われCEOであった。フライは賢い人物でもあり、立場上不用意な発言をなかなかしない資質も備えている。
すると、フライは話してよいこと、やってよいこと、話すべきこと、やるべきことという、規範に従って動いていたと思われる。ではその言動の規範を出していたのは? 大きな組織には、1つのプロジェクトにも多様な意見と解釈が出やすい。昨年のフライはその中の歯車だったのではないか?
だが、この答えは今となっては、どうでもよいことだ。元ホンダF1チーム総監督の桜井淑敏氏の言葉を借りれば、F1は「日進月歩」ではなく「分進日歩」で、急速に、休みなく前に進む世界だからだ。大切なことは、表層的な情報だけですべてを判断するのは簡単だが、それでは正しい判断できず、かえって誤った方向に進みかなねいということだ。
■ブロウンGPの速さは本物?
ブロウンGP・BGP001の速さを、スポンサー獲得のためのゴマカシのタイムだと見る向きもある。規定重量よりも軽くした車体で、速いマシンにしていたのではないかというものだ。だが、それも疑わしい。というのも、ゴマカシによってだましてスポンサーを獲得しても、開幕すればスポンサーはそのトリックに気づいて、すぐに去って行ってしまうのが明白だからだ。今のブロウンGPは、中期的な展望を持てるパートナーが欲しいはずで、ゴマカシは自らの手で未来を細めてしまうことになる。
ブロウンGPのGBP001は、とても低いノーズとともに、とても凝った形のフロントウイングの翼端板が特徴的だ。細かく見ると、3枚の翼端板で構成され、一番前で内側のものは、カスケードウイングと呼ばれる追加ウイングのマウントを兼ねている。そのすぐ外側には2枚目の翼端板があり、その外側の3枚目の翼端板とともに、翼端とフロントタイヤ付近での乱気流を車体から遠ざける気流を発生するようにしている。
ディフューザーも、トヨタTF109、ウィリアムズFW31と同様に、ボディに関するレギュレーションの条文をうまく突いて、ダウンフォースの発生効果を高める形にしている。この3チームのディフューザーについては、開幕戦で入賞したらレース後の再車検で抗議をするチームが出るかもしれないというウワサがある。だが、レギュレーションでは、チームが新たなレギュレーション解釈による仕組みや形を導入するときは、事前に図面などの必要書類を添えてFIAに合法性を問い合わせて確認することが義務とされている。この3チームが事前確認したかは、公式には発表されていない。
全チームの団体であるFOTAとFIAは、今年からファンに情報をより多く提供して、より楽しめるようにしたいと宣言している。ならば、このディフューザーの問題も事前に明確にしておくべきだろう。レース後に抗議が出て、正式結果確定まで数週間かかるというのは、競技遅延行為のように興ざめで、ファンに楽しんでいただくというコンセプトから外れてしまう。
むしろ、ルノーの技術責任者で、今年のF1のレギュレーションを研究・決定したメンバーの1人でもあるパット・シモンズのように、この3チームのレギュレーションを詳細に読んでディフューザーを作り出した努力と発想力を賞賛するほどの度量があってもよいのではないか。F1が技術チャンレンジの場ならば、そうすべきだろう。
■悩むマクラーレン?
一方、マクラーレンは、MP4-24のディフューザーの性能に悩んでいたようだ。テストではリアのダウンフォースが不足していて、昨年の大型リアウイングを装着することが多かった。そして、今年型のものにするとタイムが落ちていた。チームは、車体やディフューザーに蛍光液を塗って、その流れで走行中の気流を確かめる方法も行なった。これは、他チームの専門化が見れば、問題点も明らかになってしまう。なりふりかまっていない様子だった。
さらに、ディフューザーの出口に空気の様子を検知する装置も装着していた。リアタイヤ前の床板の形を変えたりもしていた。だが、テスト最終日には、上位勢に迫るタイムも出してきた。この結果を受けて、ルイス・ハミルトンの開幕戦への展望も積極的なものに変わってきた。
開幕戦の勢力図は、ブロウンGPがやや速そうだが、テスト距離が短い分未知のところもある。そのほかは、ほとんどのテストタイムが接近していて、どこが上位になっても不思議ではない状況だ。フォースインディアはVJM02のダウンフォースが足りないとしているが、それでも昨年ほどの大差で負けることはなさそうで、バトルに加われるレベルにあるはずだ。
■タイヤ、KERS、未知の要素はまだまだある
開幕戦の予想をさらに難しくしているのが、タイヤと天候だ。オーストラリアのメルボルンは英国風の変わりやすい天気で、1日のうちに雪以外のすべての天候になることが多い。しかも、雨とその前後では、夏なのに温度が20度未満に下がることもある。
一方、今年からドライタイヤは、ソフト側とハード側の特性の差を明確に出すため、硬いほうからハード、ミディアム、ソフト、スーパーソフトの4スペックあるうち、1段離したスペックが投入される。開幕戦ではミディアムとスーパーソフトになり。暑くなれば、スーパーソフトの耐久性を出すセッティングと走りがカギになり、寒くなればミディアムタイヤを発熱させて能力を引き出すセッティングと走りがカギとなる。相反する要求に、新たなマシンでどう対応してくるのか、フリー走行開始から、見逃せないところだ。
雨用のタイヤは、昨年同様インターミディエイト(昨年までのスタンダード・ウェットから改名)とウェット(昨年までのエクストリームウェザーから改名)の2種類だが、車体のダウンフォースが減って、路面にタイヤを押し付ける力が減ったことで、雨用のタイヤの性能を引き出すセッティング能力と、より慎重で巧みなドラインビングが求められるだろう。
フェラーリとルノーは、開幕戦でKERS(運動エネルギー回生システム)を搭載すると言明している。これによって1周につき約6秒半にわたって80馬力のパワーブーストが利用できる。これでストレート立ち上がりでの加速性を高めてラップタイムを縮めてくるはずだろうし、追い抜きにも利用するだろう。
ただし、これを搭載することで、20~30kgの重量増となり、バラストを積む量が減ってしまう。すると、重量配分とセッティングの理想化がよりしにくくなる欠点もある。マクラーレン、BMWザウバーは開幕戦でのKERSの導入をまだ言明していない。トヨタは、セッティング上のデメリットなどを考慮して、開幕戦ではKERSを搭載しないとしている。
大きく変わったマシン。新たなタイヤ。KERSという新たなデバイス。開幕戦は未知のことばかりだ。しかも、テストタイムは、昨年よりもはるかに接近している。誰が勝ち、誰が入賞するのか? 分からないから、今年の開幕戦は、例年よりもはるかに面白い。
新しい時代のF1が始まる。大きく変わる中でも、ドライバーとチームの「速く走りたい」「勝ちたい」という情熱だけは、1906年に第1回グランプリが開催されたときから、変わらない。
■URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/
2009年3月26日