【シンガポールGP】
ヨーロッパでの戦いを終えて、F1は再び海を越えた戦いに出た。だが、その前の9月21日に、パリのFIA(国際自動車連盟)本部で、WMSC(世界モータースポーツ評議会)の臨時総会が招集され、そこでルノーF1チームとのその関係者たちに処分が言い渡された。
ブリアトーレ(中央)はモータースポーツから無期限追放に |
■ルノー・スキャンダル、決着
ちょうど1年前のシンガポールGPでは、ルノーのフェルナンド・アロンソが予選での燃料ポンプトラブルから15番手スタートながら、大逆転の優勝を成し遂げた。アロンソが12周目に燃料を補給した直後の14周目に、ネルソン・ピケJrがターン17でクラッシュ。これでセーフティーカーが入り、アロンソは大きく順位を挽回し、その後の逆転優勝への足がかりを作った。
だがこのピケJrのクラッシュは、アロンソを有利にさせるための不正行為で、それをチームからピケJrが要請されたということが、ピケJrによる宣誓供述やルノーF1チームの内部関係者の証言から明らかになった。FIAのモータースポーツに関する最高議決機関であるWMSCによる調査と事情聴取の結果、次の処分を決定し、言い渡した。
ルノーF1チームに2年間の執行猶予つきの出走資格停止、このWMSC臨時総会直前に辞任した元ルノーF1チーム代表のフラビオ・ブリアトーレは無期限のモータースポーツ界追放。元ルノーF1チーム技術担当最高責任者のパット・シモンズは5年間のモータースポーツ界追放となった。
ルノーF1チームは不手際が重なった。当初は、無実を強く主張するブリアトーレの立場を汲み、ピケ親子を脅迫の疑いでパリの裁判所に刑事告発までしていた。しかし、FIAによる調査や独自の内部調査の結果、ルノーF1チームにとって不利な、ピケJrの主張に沿った証拠が多く出てきてしまった。そこでルノーF1はWMSC直前に態度を翻し、反省の態度を見せたことで「執行猶予」を得ることができた。
このスキャンダルの結果、ルノーF1チームはメインスポンサーのINGを失った。大手金融機関のINGは、今季末までの契約だったが、それを前倒しして出て行ってしまった。
ルノーF1チームは、技術部門をボブ・ベル、チームの統括をジャンフランソワ・コベという新首脳による体制とし、F1参戦を継続する意思を表明した。
■低速だがバンプやダストが多いコース
F1GPで唯一のナイトレースであるシンガポールGPは、こうしたゴタゴタの余波の中で始まった。だが、ひとたびコースがライトで照らし出され、そこにF1マシンが走りだすと、すべてはレースに集中していった。
シンガポールGPの開催コース、マリーナベイ・ストリートサーキットは、シンガポールの中心部を使った市街地コースで、マーライオン、アンダーソン橋、有名ホテル群などの名所の脇を抜ける。
コース特性はモナコやハンガリーと同様な低速コーナーが多いもので、マシンは空気抵抗が増えてでもダウンフォースを増やしたい。また、低速コーナーで安定させるために、リヤサスペンションを柔らかめにして、タイヤのグリップを上げたい。
シンガポールGPは市街地で開催される夜間レースだ |
ところが、昨年の第1回よりも改修されたものの、まだ路面のバンプは多かった。結果、車高調整と、サスペンションの硬さと、グリップの関係を最適にするのも難しい。一方、ダウンフォース増加と空気抵抗の低下という、相反する要求がされる中速や高速のコーナーがほとんどないため、高速コーナーが不得意なマクラーレンには有利とも考えられた。
照明によって強調されてはいるものの、路面にはかなりダストがあり、初日の走行では勢力図が掴みにくい状況だった。路面状態は予選でもまだ好転途上で、タイヤをどう使いこなすか難しいところだった。
こうした中で、予選はハミルトンが征した。2番手にはベッテルがつけたが、これは車重651㎏と、燃料搭載量をかなり減らしたおかげだった。昨年の覇者のアロンソも、658kgと軽めの車重で、6番手に入った。
チャンピオンを争うブロウンGPの2人は明暗が分かれた。バリチェロは5番手につけたが、バトンはマシンバランスとタイヤのグリップに苦しみ、12番手になってしまった。バトンは車重を683kgとして、レース中盤まで走れるようにすることで活路を見出そうとした。バリチェロは、ベルギーGPの時にギヤボックスに過大な負担をかけていたため、4戦連続使用義務に反して今回ギヤボックスを交換。これで、5つグリッドを下げられた。
予選8番手のニックハイドフェルドは、誤ったバラストを搭載してしまい、最低重量よりも車重が軽くなることが分かった。そのため、BMWザウバーチームは、バラストの交換のついでにエンジンとギヤボックスなども交換して、ピットレーンからのスタートを選択した。ミスはあったものの、今回もBMWザウバーF1.09は大幅な改良が施されており、マシンのポテンシャルが向上したことはうかがえた。
マリーナベイ・ストリートサーキットは、追い抜きが難しい。そのうえ、コース上はまだダストが多く、走行ラインを外して追い抜きをしかけると、タイヤのグリップが落ちて滑ってしまう恐れもあった。そのため、コース上での追い抜きよりも、ピットストップ戦略で順位を上げようとする。さらに、壁に囲まれたコースのため、クラッシュがあるとセーフティーカーが出やすく、このタイミングをうまく利用できればさらに有利な展開も開ける。バトンら車両重量が重めのグループは、セーフティーカーを利用しようという戦略も含んでいた。
■セーフティーカーが鍵に
スタートでハミルトンがトップを守り、3番グリッドのロズベルクが2位につけた。20周目までに、グリッド上位だった燃料搭載量の少ないグループは1回目のピットストップを行った。その中で2位だったロズベルクはピット出口で滑ってしまい、アウト側のラインを越えたため、ドライブスルーペナルティとなってしまった。
この直後の21周目に、スーティルがハイドフェルトと接触。この処理でセーフティーカーが出た。これで、ピットストップを済ませていないマシンが続々とピットに向かった。
一方、セーフティーカーの後ろにできた隊列には、ハミルトン、ロズベルク、ベッテル、グロック、アロンソ、バリチェロの、すでに1回目のピットストップを済ませたドライバーたちが並んだ。そのすぐ後ろには、セーフティーカー中にピットに入ったグループの先頭としてコバライネンとバトンがつけていた。
26周目からレースが再開されると、ハミルトンがふたたびリードした。ハミルトンは序盤KERSに不具合が出たが、その後は安定した好ペースで46周目にピットストップを済ませると、トップでゴールした。
セーフティーカー導入寸前に1回目のピットストップを済ませてグロックは、昨年のアロンソ同様にこれを足掛かりとして、上位で優位に展開し、最後は2位でゴールしていた。一方、アロンソはセーフティーカーラップ中を利用して、ピットストップでも順位を落とさなかったことが功を奏して3位になった。
ロズベルクはセーフティーカー周回が終わったあとにドライブスルーペナルティを実行せざるをえず、これで入賞圏外に転落してしまった。
ベッテルは2番手につけていたが、39周目のピットストップの際に、ピットレーンで速度違反。これでドライブスルーペナルティとなったために、4位に。速度違反がなければ、2位でバトンに点差を詰めて、チャンピオン争いに望みをつなげるチャンスだった。これでベッテルの王座はかなり厳しいものになった。ウェバーはブレーキトラブルでクラッシュ。これで、ウェバーの王座獲得は絶望的になった。
終盤、バトンもブレーキに苦しんでいた。ここシンガポールGPは気温が高いうえに、ブレーキング回数が多く、その間隔が短いため、ブレーキが過熱して消耗しやすい。バトンは、スタートで燃料を多く積み、21周目のセーフティーカーでまた燃料を搭載したことで、車体が重い時間が長く、これがブレーキの負担を増やしたようだ。だが、反面、戦略上の自由度も増え、2回目のピットストップも予定よりも早めに入って、セーフティーカーが入っても順位で不利にならない安全策がとれた。結果、バトンは持ち前の丁寧な操縦でマシンをいたわりながらゴールに運び、5位=4点を獲得した。
バリチェロは、45周目にウェバーがクラッシュした瞬間に、2回目のピットストップに入った。セーフティーカーが入る事を期待してのアクションだった。だが、このピットストップでバリチェロのギヤボックスがニュートラルにならなくなり、かなりタイムをロスした。これで、バリチェロはバトンの前に出て、点差を縮めるチャンスを逃してしてしまった。終盤はバリチェロブレーキが苦しくなり、結果は6位で、バトンに点差を広げられてしまった。
ハミルトン、グロック、アロンソという、今季としては、今までと違う顔ぶれの表彰台になった。グロックとトヨタにとって、翌週の日本GPへの弾みになった。
バトンは楽な戦いではなかったが、ライバルたちの失敗やトラブルのおかげもあって、結果的にはリードを広げることに成功。鈴鹿でチャンピオン争いに王手をかける可能性も出てきた。
■鈴鹿でタイトル決定か?
F1サーカスは大急ぎでシンガポールをたち、2週連続開催の舞台、日本GPへやってきた。今年から日本GPは、2006年までと同様に鈴鹿に戻る。
その鈴鹿は、観戦施設やピットは改修されたが、コースのレイアウトは以前と同じ。スパと並んで、世界で最もチャレンジのしがいのあるサーキットと多くのドライバーに評される特性も、そのまま残されている。バレンシア、スパ、モンツァ、シンガポールという、これまでのコースとは、展開も異なるだろう。
事前の予想では、中・高速コーナーでレッドブル勢が空力性能で優位にたちそうだが、エンジンへの負担も大きめなコース特性は、レッドブル勢には不安要素にもなる。ブロウンGP勢も速さが出せそうだが、路面温度と、雨の可能性は懸念材料だ。
一方、マシン改良で進境著しいマクラーレン、トヨタ、BMWザウバーの真価も問われるだろう。トヨタはシンガポールGP以来、トゥルーリの体調が芳しくないのが不安だが、グロックは好調で、リザーブには小林可夢偉もいる。ウィリアムズの中嶋にとって、鈴鹿はレーシングスクールで鍛えられたホームコース。これまでの不運を払しょくする走りが期待される。
鈴鹿は、オールラウンドに速いマシンと、優れたドライビングテクニックをもつドライバーの組み合わせがはっきりと際立つ。この鈴鹿が今年の世界最高のドライバーとマシンを決定する場になるかもしれない。
■URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/
■バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/
(Text:小倉茂徳)
2009年 10月 1日