日本GPで見えたこと【前編】
F1日本GPのスタートシーン |
■その1~「レッドブルの速さの秘密」
「レッドブルはあれだけ車体を前傾させた姿勢で走っていて、車検のときどうするんだろう? 車検を見てみたい」。日本GPのために鈴鹿へ向けて移動しているなか、ずっと考えていた。
レッドブルRB7は、車体が大きく前傾した姿勢で走っている。真横から見たときに、車体中央部の底が前に行くほど下がっていて、後ろに行くほど上がっている。これがRB7の空力性能のよさに寄与していることは、色々と想像できた。
木曜日の夕方。さまざまなチームが車検場にきて、車体各部の寸法がレギュレーション通りかチェックされている。車検場にはFIAのF1専用の車検台があり、そこで車体各部の寸法や重量が計測できる。その装置の中央部分は水平に持ちあがり、車体中央部の底にぴったりと合わさり、車体を水平にするようになっている。そして、車体各部の寸法は車体が水平になったときに計測される。
日が落ちて暗くなったころ、レッドブルが車検場にやってきた。RB7を車検台に置き、車体中央の底に接する中央部分をあげながら、やおらリアタイヤを外した。「何をやってるんだろう? 車検台でリアタイヤを外すなんて」と思いつつ、その疑問はすぐに解消した。それはリアタイヤが車検台に引っかかってしまい、水平にできないからだった。
RB7の平常時は車体が強い前傾姿勢になっているので、リアタイヤはシャシーに対して低い位置につくサスペンション形状になっている。その前傾した車体の底を車検台で持ち上げて水平にすると、リヤタイヤはより下がった位置になってしまう。すると、タイヤの位置の下にある重量計測装置に当たってしまい、水平にならないのだ。この重量計測装置は、車検台よりも少し凹んだ位置にあり、それにつかえてしまうというのは、よほど車体が前傾し、リアタイヤが低い位置にあるということを、改めて実感させてくれた。
車体が水平になると、レッドブルチームのクルーたちは車検用の器具を使い、各部の寸法をチェックし始めた。フロントウイングの高さ、サイドポンツーンの高さ、ディフューザー後端の高さ、リアウイングの高さなどである。
「やはりそうか」。
これまでの想像や疑問がかなり晴れた。フロントウイング、ディフューザーの後端、リアウイング。これらの高さは、車体の底の寸法計測基準面(実際にはモノコックの底面)を基準としてレギュレーションで指定されている。実際の車検での計測でも車検台で車体中央部を持ち上げて、水平にし、そこで寸法基準計測面からの高さを調べる。
RB7は車検台で水平にされて計測されれば、フロントウイングもディフューザー後端も、リアウイングも、レギュレーションに合致した車体である。だが、前後タイヤを装着して、車検台から路面に降りると、ライバルよりはるかに前傾した姿勢となる。
すると、フロントウイングはライバルよりもはるかに路面に近くでき、ダウンフォース量が増やせる。ディフューザー後端はより高くでき、傾斜はより強くなり、その気流拡散効果が高まる。そして車体の底でのダウンフォースが増やせるとともに、リアウイングはライバルよりも高くでき、ダウンフォースが増加する。結果、すべてがダウンフォース増大につながるというわけだ。
このからくりに他チームも気づいているようで、マクラーレンやフェラーリもやや前傾姿勢にしているが、レッドブルには及ばない。レッドブルは最初から大きな前傾姿勢で設計を開始していたはず。一方、ライバルチームは最初は大きな前傾姿勢を想定しないで設計したため、大きな設計変更は不可能だったのだろう。
もちろんRB7各部の空力設計が優れていたことは確かで、これはエイドリアン・ニューウィーらしさである。が、この前傾姿勢と車検計測のからくりを利用してレギュレーションの盲点をついてでも性能と速さを徹底的に追求した点もまた、もう1つのエイドリアン・ニューウィーらしさである。木曜日に遅くまで残った甲斐があった。
日本への応援を積極的に行ってくれたヤルノ・トゥルーリ |
■その2~「つながりの美しさ」
今年の日本GPは、東日本大震災を受けたものになった。多くのドライバーやチームが日本への応援のメッセージを掲げて走った。
なかでも小林可夢偉とヤルノ・トゥルーリの活動はすばらしかった。
トゥルーリは、開幕戦のオーストラリアGPの決勝直後に、日本への応援メッセージを描いたヘルメットを「日本でチャリティオークションにかけてほしい」と述べ、日本GP直前に都内でチャリティオークションが開催された。ヘルメットのほかにチームロータスからのパーツなども出品され、震災支援のためにかなりの額を集めることができた。
トゥルーリの地元であるイタリア・アブルッツォ州は2009年に大震災に遭った。「あのとき、日本から多くの支援や応援をいただいた。だから今度は僕が日本に何かをするときだ」と、トゥルーリ。
土曜日の予選でも、セッション開始とともに真っ先にコースに入り、先頭で走行。「僕はここにいるよ、僕が応援しているよ」というメッセージを走ることで表現した。日曜日のドライバーズパレードでも日の丸の旗を用意して、パレードの間ずっと振ってくれていた。「僕は半分日本人、半分イタリア人だ」というトゥルーリは、結果はどうあれ、日本GPでとても輝いていた。
F1の夏休みの間も日本で精力的に震災復興活動を行った小林可夢偉 |
小林可夢偉の活躍はいわずもがなである。
震災発生直後から「何かできないか?」と、小林は多くの人に連絡していたと言う。そしてF1の夏休みの間も日本で精力的に活動し、とくに子供たちのための活動に力を注いでいた。そして、日本GPでも南相馬市の少女コーラスグループとその家族を招待し、日曜日のセレモニーで国家斉唱を務めてもらう機会を提供した。
小林の祖国への想い、子供たちへの夢と希望をつなぐ想いは、予選での大活躍につながった。決勝はスタートと戦略で苦戦となったが、それでも小林は立派なナショナルヒーローだった。
そのほか多くのドライバーたちが、それぞれの形で日本への声援を送ってくれた。日本は確かに厳しい状況だ。だが、F1を通して日本を想う心や、日本を応援する声に接することができた。これは25年間、F1を熱心に応援し続けてきたファンの皆さんの熱意と努力による結果だ。
F1もまた、日本GPで日本のファンの皆さんから大きな応援と勇気をもらったと言う。ドライバーズパレードでは10万人の大合唱として「上を向いて歩こう」の歌声がコース全体に響いた。実は、ドライバーズパレード中にこうした行事を行うのは規定外であった。そのため「禁止」とされる可能性も大きかった。それでも関係たちは、サーキットのファンの皆さんと全員で、開幕戦から日本への応援をしてくれたF1ドライバーやチームに感謝の気持ちを伝えるためにこれを実行した。この歌は希望と連帯感を感じさせてくれた。
小林可夢偉はF1日本GP決勝の翌日にファンミーティングを開催した | 可夢偉応援席には多くの人が集まった |
今年のドライバーズパレードも見事だった。日本各地から集まったヒストリックカーとそのオーナーたちが、全ドライバーを乗せてパレードした。毎年このパレードのためにフィオレンティーナ470クラブの皆さんやオーナーの皆さんは多大な努力を重ねている。そして乗車したF1ドライバーには、記念として「2011年日本GP」と書かれ、全ヒストリックカードライバーたちの寄せ書きをした記念の色紙をプレゼントしている。これもまた、車が好きな仲間としてのつながりである。
鈴鹿での日本GPは1987年以来、このヒストリックカーによるドライバーズパレードの伝統を守り続けている。これには、歴史的な車が走るところを見ることで、ともに車の楽しさを共感しようという「つながり」を、世代を超えて続けていこうという参加ドライバーたちの想いもこめられている。
ドライバーズパレードに参加した小林可夢偉 |
「モナコでさえ入場者数が前年割れなのに、日本はこの厳しい時なのに前年よりも観客が増えたんだって? すごいな。本当にF1を大切に想ってくれるファンがどこにいるかよく分かったよ」。あるF1関係者がパドックで語った言葉である。F1は近年観客動員数が頭打ちか、前年比割れが多く、危機感を抱く人が増え始めている。そのなかで、今年の日本GPは誰が本当の支持者で誰が大切なのかをF1関係者たちに知らしめることになった。日本と世界とF1界とのつながりがより深まった、今年の日本GPだった。
筆者も多くのお客様と接するなかで、名取市、仙台市、南相馬市など、震災被災地からいらした方々の声を聞くことができた。また、放送席のそばには車椅子観戦をできるエリアがあり、そこで車椅子で観戦する皆さんとも触れあうこともできた。皆さんとても素敵な笑顔だった。そして、その中に芯の強さも見えた。
ヤルノ・トゥルーリもパレードに参加した |
「非日常」のなかで、人々が集い、つながりを広め、深める。これは「お祭り」にも通じる。自動車レースは「非日常」そのものであり、今年の日本GPはとりわけ素晴らしい「お祭り」だった。今年の日本GPは、金曜日から日曜日まで3日間、よい天気に恵まれた。が、天候だけでなく、さまざまな意味でもっとも美しい日本GPに思えた。
日本GP後の月曜日、メインストレート上で、赤いバラの花束をもった男性が女性にプロポーズをする姿があった。これも新たなつながりの始まりだ。お2人の幸福を祈りたい。そして、多くの皆さんが少しでも早く平常な生活を取り戻せることを祈らずにはいられない。モータースポーツを通して夢、希望、意欲、活力を提供できることを願い、また、その方法を色々と考えていきたいという思いをより強くした日本GPでもあった。
ここまで書いてきて、かなりの文字数を使ってしまった。しかし、モータースポーツと安全のことなど、直近でさまざまなことが起きた。そのため、こうしたことを後編として、近々に掲載したいと思う。
■URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/
■バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/
(Text:小倉茂徳)
2011年 11月 1日