【年末拡大版/その1】日本GPで見えたこと【後編】
■急拡大するF1のなかで
日本GPのあと、韓国、インド、アブダビ、ブラジルと4戦が展開された。レッドブル勢の速さと優位は変わらなかった。アブダビでは優勝は逃したものの、ほかで3勝した。
この4戦で、ブラジルを除く3戦は、近年F1が世界的に急拡大していく中でカレンダーに加わった新興のグランプリだった。だが、この3戦はF1の拡大路線に警鐘を鳴らしているようにも見えた。
韓国、初開催のインド、アブダビの3戦で、インドとアブダビはそこそこ観客は入ったが、韓国はあまり多くなかった。
韓国は前年に初開催を迎えたが、当時のプロモーターと地元自治体の首長は更迭されてしまっていた。開催に向けて公的資金が注入されたが、赤字になり回収の見込みがないことが明白なのに、そこに公金を投入したという問題だった。
そして新たなプロモーターと首長は、バーニー・エクレストンへ開催契約金額の減額を申し出ていると言う。だが、開催契約自体は存続している。法人と法人の契約で、一方の担当者が変わったのでその契約内容の変更を申し出るというのは、契約慣行上ありえないし、それを変えるのはほぼ不可能だろう。結果、さまざまな志で始まった韓国GPの行く末は、暗礁に乗り上げた船のようになってしまっている。
この韓国のケースは極めて極端な例だが、これは現代のF1開催に秘められる危険性を示してくれた。F1の開催契約はどんどん高騰し、観客が決勝日に満員になってもサーキットやプロモーターに利益が出るかどうか分からないレベルになりつつある(あるいは利益を出すためにチケットの金額を上げてしまう)。そして、日本GPを別として、多くのGPが観光促進や経済活性化などの名目で、開催地域の自治体や国からの公的資金による支援を受けて開催している。
それが4年に1度行われるオリンピックやサッカーのワールドカップなら、なんとかなるかもしれない。特別予算も組めるだろうし、実際に多くの観客が世界中からやってくるからだ。しかも、開催期間が長いことも開催国や開催地域にお金がより落ちることになる。
一方、F1は毎年行われ、開催期間は3日ないし4日間(モナコ)である。上記の国際スポーツイベントと比べるとメリットは少ない。しかし、開催に要求される金額は少なくない。すると、いずれは韓国のように息切れするところも出てくるだろう。実際、ベルギーは地元州政府が観光などの経済促進が可能という調査発表を元にF1ベルギーGP開催の支援を行っている。だが、地元の人たちはあまり経済効果が感じられないと言う。しかも、それがホテル業者など観光産業から出ているのだ。結果、地元州政府はベルギーGP支援について、岐路に立たされはじめている。こうした例は、さまざまな開催地で出始めていると言う。
自治体や国の行政が関わると、F1開催への支援と公的資金注入が選挙などで政争の具にされる危険性も増す。決してわるい数字でなくても、顕著な結果が出せていないと、政権を狙う野党側からの攻撃対象になってしまう。すると、開催はより不安定なものになってしまう。
インドGPは国の支援を受けようとしたが、政府はF1への認識がないため支援が受けられなかった。さらに、機材の搬入に関する通関でもカルネ通関と保税地域指定の許可が得られず、チームは関税を払わされることになった。これは、プロモーターが肩代わりすることで事なきを得たようだが、プロモーターはより多くの出費を強いられることになった。関係者、メディアなどへのビサの扱いも、各国に展開するインドの在外公館によってまちまちだったと言う。
初開催国では、政府がF1への認識が低いことによる苦労が伴う。わが国でも1976年にF1を初開催する際には、通関、ビサなど監督官庁へ協力をお願いする際に、まず「F1とは」という説明から始めて、粘り強い交渉が必要だったと当時の事務局関係者から伺ったことがある。
インドはその説得が間に合わなかったということだろう。だが、半面それはよい事なのかもしれない。通関やビサの問題のクリアは必要だろうが、開催に関する公的資金の注入はあてにしないほうが、政治的には健全な運営ができるからだ。
それでは開催資金が足りなくなるかもしれない。しかし、それが身の丈にあった開催と言えるだろう。そして身の丈にあった開催にするには、開催契約金を下げる必要があるだろう。アブダビとて、観光事業促進策の中でF1のメリットとデメリットを天秤にかけるときがくるだろう。すると、シンドバッドに描かれた時代のはるか以前から交易でも手腕を発揮してきた地域の人達なので、ドライな決定をする可能性もあるかもしれない。しかも、ヨーロッパと違って自動車レースは伝統に根ざしたスポーツでもなく、自動車レースにこだわったとしてもF1以外のチョイスもある。
では身の丈に合った開催をするにはどうしたらよいのか? それは、開催契約金を下げるのがもっともシンプルな方法だが、現状ではそれは難しい。
F1の開催をつかさどるバーニー・エクレストンのF1企業は、現在CVCキャピタルパートナーズの出資を受けている。これによってF1は経営上の独立性を確保しているが、半面F1はCVCに対して利益を出さなければならない。そのためもあって、開催契約金やテレビ放映権料などの商業収入の半分がエクレストン側に落ち、残り半分をチーム側で分配という取り決めになっている。
F1チームは2009年のイギリスGPでFIAが提案したコスト抑制策を却下。活動資金の不足分は、商業収入の分配割合をより多くすればよいと当時発言していた。だが、商業収入を増やすことは厳しく、エクレストンとF1のグループ企業はCVCへの利益提示も必要だ。そこから、収入の半分より多くの割合が引き出せるのかは、2009年当時でもはなはだ疑問だった。今年から、HRTを除く全チームが加盟していたFOTAというF1チームの団体は、独自の資源抑制協定を実施したが、それは限定的で、基本的には今もF1チームは高コスト体質なままである。
F1チームとF1開催プロモーターは新たなスポンサーを獲得すればなんとかなると、と声高にいう関係者やメディアも2009年頃にはいた。だが、そのわずか2年後の現在の欧州は経済的に厳しくなり、アメリカの経済はまだ芳しくなく、中国経済もバブルのはじけ始めのように停滞気味になっている。こんなことはちょっと経済状況をみれば2年前でも簡単に想像できた。とくに欧州の経済問題は、当時すでに氷山が水面から頭を出し始めていた。「なんとかなる」という人達はあまりに楽観的だった。
韓国、インド、アブダビと見ていて、こうしたことを考えてしまい、「F1らしさ」とその魅力を残しながらも、よりコストを削減する方法が必要なのでは? と考えてしまった。「F1らしさ」という点も、何が「F1らしさ」になるのかさらなる考察や議論が必要なように思える。そして、開催地域を拡大する必要が本当にあるのだろうかとも考えてしまった。
一方で、ヨーロッパの開催を減らすことは、F1とグランプリの原点とアイデンティティを薄めてしまい、足場を失う危険性もあるのではないか。F1開催の在り方とF1でのコストの問題を真剣に考えるよいときなのだが……。
■モータースポーツと安全
シーズン終盤に入り、F1が長距離転戦をしている一方で、インディカーとモトGPでは死亡事故が起きた。インディカーでは多重衝突事故からダン・ウェルドンが、モトGPでは転倒事故からさらなる接触事故が起きて、マルコ・シモンチェリが他界してしまった。
いずれのケースも、不可避の事故だった。しかも、さまざまな安全対策をしていて、さらなる安全対策も研究開発中での事故だった。
インディカーでは多重衝突事故によりダン・ウェルドンが他界した |
こうした中で、F1関係者の中には「インディカーの安全対策がF1よりも20年も劣っている」という無知なコメントする者もいた。元ドライバーというその人の名声と影響力を考えると無責任だった。一方、安全活動の草分けだったサー・ジャッキー・スチュワートの発言は的を射たものだった。同じ国の元F1ドライバーでも、安全に関する認識は隔たりに差があるのが現状でもある。
F1は1994年にローランド・ラッツェンバーガー、アイルトン・セナと連日で死亡事故があり、さらに次のGPでカール・ヴェンドリンガーが脳に重篤な外傷を負うクラッシュを経験した。ここからFIAはそれまでの安全対策を大幅にスピードアップさせた。結果、専門の研究機関であるFIAインスティテュートが生まれ、今日のより安全なF1実現になった。そして、その成果は各種フォーミュラからレーシングカートまで、さらにはラリーカー、ツーリングカーなどにも応用されている。
FIAがこの急速な安全向上を果たした期間に大きな援助の手を差し伸べたのは、アメリカのインディカーだった。HANS(Head and Neck Support)、衝撃吸収構造、ADR(アクシデントデータレコーダー)などなど、多くの安全対策技術がF1に提供された。その過程で、インディカーの医療と安全に関するスペシャリストたちもFIAインスティテュートのフェローとして協力する立場になっている。一方、F1からもインディカーからのデータをもとに独自の研究を重ねて確立した、モノコックの安全基準などがインディカーに提供された。互いに受け取った情報や成果をもとにさらなる安全向上に活かしながら、また相手にその情報と成果を渡してきている。
大西洋をはさんでアメリカとヨーロッパで安全開発は蜜月な関係の中で進み、そこにはNSCARやNHRA、ACO(ル・マン)も加わっている。つまり、F1だけが安全で20年もリードしている訳ではないのである。逆の言い方をすれば、インディカーの安全が20年遅れているということは、F1もまた然りという、天に唾を吐くのと同じことになってしまう。
インディ・ジャパン・ファイナルで優勝したスコット・ディクソン |
モータースポーツは、人間が生物として進化してきた歴史の中でつい最近始まったものであり、そこで受ける激しい力と衝撃の登場は、人間が生き物として進化して対応できるスピードを大幅に通り越したものである。そのため、クラシュによる衝撃で重篤な状態にも死亡にも陥りやすい。ならばと、その激しい衝撃を和らげて生存の可能性を高めることが、過去10年以上研究開発されてきた。そして、その研究開発はFIAでもインディカーでもNASCARでもNHRAでもル・マンでもモトGPでも続けられている。研究者たちは、他よりも進歩しているなどという慢心はしない。ただ、より安全でより実現可能性が高いものを求め続けている。
悲劇的な事故が連続して起きたが、安全研究者たちはそれを元にさらなる安全のために努力を重ねている。元ドライバーであれ何であれ、私たちメディアに関わる者はこの事故とこれまでの安全研究について重視し、少なくとも他山の石とすべきだろう。モータースポーツファンの皆さんにより正確な情報を提供するためにも、安全をさらに促進し、ひいては乗用車の安全技術向上にさらに研究成果をフィードバックするためにも。
■URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/
■バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/
(Text:小倉茂徳)
2011年 12月 27日