メルセデスAMG W03の強みとは
4月のF1は中国GPとバーレーンGPだった。
先月のオーストラリア、マレーシアからのフライアウェイ(飛行機による長距離移動)戦の延長にあったため、インターバルの間に多少の改良が準備されていたものの、実戦での勢力図に大きな変更はなかった。それでも、優勝ドライバーとチームはこの4戦で毎回異なるという、興味深く、面白い展開になった。
■メルセデスAMG W03の強み
第3戦中国GPでは、メルセデスAMGのニコ・ロズベルグが初ポール、初優勝を達成した。ロズベルグは、スムーズなドライビングで速く、非凡な才能をもつドライバー。それは初代チャンピオンとなったGP2時代にも随所に見せていた。だが、F1に来てからはマシンに恵まれなかった。そのロズベルグのよいところが一気に開花したように見えた。
このロズベルグの速さと巧さを活かしきれるW03というマシンも出色だった。前回も書いたが、昨年のW02はブレーキングからコーナーの立ち上がりでスロットルを踏んで加速する間、とても不安定で、ドライバーはステアリングを細かく動かしながら、スロットルを繊細にコントロールしながらの操縦を強いられた。W02は、運動性のよさを追求するあまり、かえって不安定な特性が出やすくなるという、相反する特性のうち望ましくない方が出てしまう欠点を抱えていた。これはレーシングカーでも、戦闘機でもよくあった問題だ(戦闘機は操縦にコンピューターを介在させて安定を創出させることができ、これが「フライ・バイ・ワイヤ」の大元であった。たが、F1では操縦技量を競う競技なため、ドライバーの操縦を支援する自動の制御装置は禁止されている)。
今年のW03は、車載カメラ映像を見ていても、細かなステアリングによる修正操作も、スロットルを恐る恐る踏むこともなくなった。安定していて、ドライバーはマシンを信頼してブレーキングし、ステアリングを切り、スロットルを踏み込めている。とても乗りやすそうなマシンになっている。
これを可能とした要因の1つが、W03特有の空力にあるようだ。W03ではフラップの両端が翼端板にあけられた穴のフタの役割をしている。DRSを作動させるとフラップが持ちあがり、翼端板の穴のフタもあがって、穴が開口する。翼上面は比較的気圧が高いエリアなので、そこから穴に空気が入る。その穴から入った空気は、リヤウイングの下面とフロントウイングの下面にあけられたスリット(隙間)から吹き出される。W03はこれを実現するために、リヤウイングの翼端板の中からフロントウイングまで車体の中に空気を流す配管を仕込んでいる。
ウイング下面のスリットから空気を噴き出すことで、ウイング下面の気流を途中でカットして剥離させ、ウイングの効果を減少。ダウンフォースも減るかわりに、ダウンフォース発生によって必然的に起きる空気抵抗も減らせて、スピードが上がる。つまり基本的な仕組みと原理は、Fダクトと同様だ。ただ、Fダクトがドライバーの直接的な操作だったのに対して、このW03のしくみ、ドライバーの操作はDRSだけで、DRSが動くことでこの気流の通路ができるという、ドライバーの操作とは「間接的な」ものとなっている。そのため、中国GPでロータスが提出したメルセデスAMGのウイングに関する抗議も却下され、「合法的なもの」という判断を改めてスチュワード(競技審判団)から受けた。
2010年のイタリアGPで、マクラーレンのジェンソン・バトン車は、超高速のモンツァ用とは思えない、通常型のリヤウイングを装着した。それでもFダクトで空気抵抗を減らしたおかげで、ストレートでは遅くならず、コーナーでは充分なダウンフォースで安定して速かった。今回のW03はこれをさらに進化させたものに思える。基本のウイング類を充分なダウンフォースを発生する仕様にして、コーナーではより安定して走れるようにしている。そして、ストレートでは空気抵抗を減らしてスピードを稼いでいる。実際、W03はDRS(+前後ウイング下面の気流カット)を作動したときと、作動をさせないときとでは、スピードが20㎞/h以上異なる。これは大きなアドバンテージとなる。
ただし、そのファインチューニングは難しいようで、微調整がつめきれないとタイヤへの負担を大きくするのかもしれない。いずれにせよW03はじつに興味深いマシンで、戦えるマシンを手にしたロズベルグとミハエル・シューマッハーともども、今後を注目したくなる。
■レッドブルRB8はまさにニューウィーのマシン
昨年の圧勝から一転、レッドブルは開幕から楽ではない戦いをしていた。だが、第4戦バーレーンGPでセバスチャン・ベッテルが先行逃げ切りという、得意のパターンで優勝できた。
レッドブルチームは、RB8に矢継ぎ早の改良を加えて、速さと強さを引き出そうとしている。その1つの結果が、バーレーンでの勝利だったのだろう。マシンの戦闘力が劇的に進化するのは、エイドリアン・ニューウィーならではと感じた。
極めて極端な例だが、1990年にはニューウィーが手掛けたレイトンハウスCG901が、メキシコGPでは2台予選落ちしたが、次のフランスGPではイヴァン・カペリがトップ争いをしての2位になったこともあった。
ニューウィーの強みは、他のデザイナーやエンジニアでは軽視するか、効率上問題ないレベルとしてしまう空力の微細な部分まで突き詰めるところにある。マーチ、レイトンハウス、ウィリアムズ、マクラーレン、レッドブルと、彼の一連のマシンは細部を見るほど「ニューウィーの仕事」「ニューウィーのマーキング」のようなものがすぐ目に着く。
半面、この空力を突き詰める姿勢は両刃の剣にもなるようだ。空気は温度によって密度が変わり、効果も変わる。速度によっても効果が変わる。しかも、地表面はただでさえ気流が乱れやすいのに加えて、他車がかき乱した空気の中も走る。また。路面状態はわるく車体の姿勢が変化するほど、空力性能は変化しやすくなる。すると、空力性能を突き詰め過ぎると空力性能が過敏に変化し、ドライバーにとっては「扱いにくい」「急に性格を変えるので信頼できない」「気難しい」マシンになりやすい。
チームはマーク・ウェバーが装着する、より新しい排気口の方が空力性能が上がるとして推奨したのに対して、第3戦までベッテルが発表直後の排気口の位置を使ったのも、こうした過敏で気難しいマシンになることを避けたかったからだ。
だが、第4戦ではベッテルも新しい排気口を装着し、優勝した。これには、絶対的な性能の高さに加えて、ニューウィーとチームも「気難しい」性格にならないようにする改良を加えたことが容易に想像できる。
目に見えず、高空を飛ぶ航空機よりもはるかに乱れた乱流となった空気と格闘し、対話し、てなづけるというレーシングカーの空力を考えても、RB8のこれからの開発もまた興味深い。
■さらに見つかった注目点
この2チームのほかにも、興味深い注目点が多く見つかった。
ロマン・グロジャンはバーレーンGPで3位に入った。速さはあったが、これで強さの手繰り寄せ方も身に着ければ、より伸びるだろう。
バーレーンGPでは、トロロッソのダニエル・リカルドも予選で6番手につけた。決勝ではスタートから上手く行かなかったが、その才能の片鱗を見せはじめた。
F1に復帰したキミ・ライコネンも、バーレーンGPでトップのベッテルを追い詰めての2位に入賞。中国GPで終盤ユーズド(使用済み)タイヤがもたずに大きく順位を落とした教訓から、予選Q3進出を犠牲にしてでも、新品タイヤをより多く決勝に残すという作戦も「転んでもただでは起き上がらない」というしたたかさを見せてくれ、実に見事だった。それでも、「2位には満足してない」と旺盛な意欲を見せてくれるところに、ライコネン復活をはっきりと印象着けてくれた。
そしてケーターハムチームは、バーレーンGPでヘイキ・コバライネンがQ2に進出した。どのレベルでも、どの側面でも、興味深い展開が豊富な序盤の4戦だった。
F1はこのあと、ムジェロで合同テストを行う。ここで開幕4戦での課題解消や、改良を試すことになる。そして第5戦のスペインGPを迎える。今年のチーム、マシン、ドライバーの組み合わせによる勢力図が本当にはっきりするのは、このスペインGP以降になるだろう。不振のフェラーリは活路を見いだせるのか? ザウバーのマシンは相対的な戦闘力を維持向上できるのか? ロータスはさらに強くなれるのか? メルセデスAMGの空力装置が合法と判断されたことで、これに追従するところは現れるのか? など、興味深い展開がさらに続いてくれるだろう。
■バーレーンGPの開催について
バーレーンGPの開催については、さまざまな声があった。
スポーツが暴力や紛争を超えて希望をもたらすものという側面では、開催する価値があったかもしれない。対立する双方の主張の中で、F1を政治的あるいは闘争の道具や理由にされるリスクを負うことは避けるべきだったかもしれない。
政治情勢的に不安定な中でのF1開催は、過去にも例があった。アルゼンチンでは1970年代におきた「汚い戦争」という軍事政権時代の弾圧があり、近年その調査究明する動きが盛んだった。これは、軍事政権によって少しでも反体制的と疑いをかけられた国民が多数逮捕、拷問、暴行を受け、1万人~3万人が殺害されたという事態だった。いまだ消息不明な人もいると言う。こうした状況の中でもF1アルゼンチンGPは開催された。当時の振り返ったイギリス人ベテランジャーナリストから「本当に異様だった、恐ろしかった」と話を聞いたのを思い出した。
現代のF1開催は、1970年代よりももっと多額の開催費用が必要になり、多くのGPが国や自治体の支援を受けるようになり、政権とより密接となっている。それだけに、今回のバーレーンGPのように政権側にも、その政権に対立する側にも利用されやすい、あるいはターゲットにされやすいものになってしまっている。かつてのアルゼンチンGPと同様に、今年のバーレーンGPとそのとりまく状況は「異様」なものだったと言わざるを得ない。
ただ、バーレーンGPは、コース上で展開されたレース自体は素晴らしいものだった。それだけに、より安定した状況の中での開催だったらと思う。そして、多くの人が心から笑顔でレースを迎えられたらと願ってしまう。
■モータースポーツが本格的に開幕
4月に入って国内レースも本格的に開幕した。SUPER GT、FCJ、F3、フォーミュラ・ニッポンと、どのレースも魅力的で、激しいバトルを展開している。
フォーミュラ・ニッポン第1戦では、予選からF1をしのぐ僅差の中での順位争いとなり、決勝ではオープニングラップで130Rに3ワイド(3台が横並び状態)で飛び込むシーンを筆頭に、激しく、高度なバトルが随所にあった。さらに、ピットストップの速さと技、戦略の面白さ、中盤から終盤のドライバー間の駆け引きと、自動車レースの面白さが満載だった。これには、チャンピオン経験者4人がいる上に、若い世代のドライバーが大きく成長してきているところによるところが大きい。
国内レ―スもまったく目が離せないシーズンになっている。
■日本のレスキュー30周年
また、フォーミュラ・ニッポン開幕戦では、土曜日に鈴鹿サーキットで「JRC(ジャパン・レスキュー・クラブ)」の創立30周年記念パーティーが行われた。「鈴鹿は世界一だ」と、FIAの関係者はレスキュー、メディカル、マーシャルをよく賞賛する。そのレスキューを担当しているのがJRCだ。
このJRCの活動と貢献はモータースポーツだけに留まらず、消防、警察、自衛隊、海上保安庁など各種レスキュー活動に多大な影響を与えた、日本のレスキューの草分けでもあった。
F1でのKERS導入を筆頭に、現在のレスキューは電気に対する対応も必要となっている。だが、FIAが指定する装備にはまだ改良の余地がたくさんある。こうしたところでの装備や対処方法の改善と確立は、ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)が増え続けている中、こうした電動系統をもつ自動車による交通事故の救助対応の向上にも直結するはず。
現在も、JRCはそのよき伝統を引き継ぎ、さらにその技量を伸ばしていくために研鑽を重ねている。モータースポーツで選手が極限に挑められるのも、そのみごとなパフォーマンスが観られるのも、こうしたレスキュー、メディカル、マーシャルが常に見守っていてくれるおかげだ。晴れの日も、雨の日も、暑い日も、寒い日も、早朝から夕方遅くまで、常に緊張状態にありながら、ときには身の危険すら感じながら、選手と競技の安全のために尽くしてくれている。こうした影のヒーロー達に感謝と賞賛をあらためて贈りたい。
■URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/
■バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/
(Text:小倉茂徳)
2012年 4月 27日