タイヤがレースに与える多大な影響
5月のF1は、上旬が遠征からの移動とムジェロでのテストにあてられ、レースは13日のスペインGPから。その第5戦スペインGPでは、今季5人目の勝者が生まれた。
スペインGPは、その前のインターバルとムジェロテストでの結果を受けて、多くのアップデートが持ちこまれた。おかげで、初日のP1はさながらテストデーのようで、90分のセッションでテレビカメラも追い切れないほど多くの変更が試された。
■タイヤが予選をより面白く
さらにスペインGPでは、ドライタイヤのスペックがハードとソフトと1段階間をおいた選択とされた。これによって、どちらのタイヤがよいのか選択が難しくなり、ドライバーとチームには大きな課題が与えられた。
そして、この2種類のタイヤ選択で、予選はより難しい(≒観ている者にとってはより面白い)ものになった。ハードとソフトのラップタイム差が1秒近くになったため、Q1、Q2での当落線タイムが見えにくかったからだ。バルセロナは事実上1コーナーしか抜けないため、普段、下位から中段グループのチームはソフトタイヤを多用して、グリッドを少しでも上位につけようとする。結果、上位チームも、決勝のメインタイヤ用に温存したいソフトタイヤを使わざるを得なくなってしまうことになる。こうして、予選からとてもエキサイティングな戦いになった。
Q2ではバトンとウェバーのまさかの敗退があった。そして、Q3はまるでスーパーラップのような緊張感に満ちた1本勝負でのタイムの出し合いになった。
小林も健闘していたが、Q2でマシントラブル(油圧系統の作動液漏れ)のために停まってしまった。Q3進出権を得ていたにもかかわらず、アタックできなかった。これは決勝にも影響を残すことになり、残念な結果だった。
残念と言えば、ハミルトンとマクラーレンチームにも言える。ポールポジション獲得タイムを出したあと、ハミルトンは無線で「問題があるのでマシンをコース上に停めるように」と指示された。ハミルトンはこれに従ったが、これが元で予選除外(失格)処分となり、グリッド最後尾からの出走を特別許可される立場になってしまった。
Q2ではバトンとウェバーのまさかの敗退があった | 小林もQ2でマシントラブルに見舞われた |
F1のテクニカルレギュレーション6.6.2.では、次のように記されている。
「6.6.2.競技参加者は、競技会期間中つねに車両から1リットルの燃料サンプルを抽出できる状態を確保しなければならない。不可抗力を除いて(それが競技会審査委員会に認められたなら)、フリー走行および予選セッションの終了後に燃料見本抽出の要求がある場合は、当該車両はまずはじめに自力でピットに走行して戻らなければならない」
予選上位、とくにポールタイムを出した車両は予選後の車検チェック対象となり、燃料サンプルが抜き取られることは明白。だがマクラーレンは、これに必要な1リットルを残せなくなるので、途中でマシンを停めさせたのだった。しかし、これは「自力でピットに走行して」という部分に違反していた。
「この自力でピットに走行して」という部分は、2010年のカナダGPの予選でハミルトンのマクラーレンが車検のための燃料残量を確保するために、コース上でスロー走行と停車させたことを受けて追記されたものだった(この2010年カナダGP予選Q3での一件でも、マクラーレンチームは1万ドルの罰金を科されていた)。
原因は、チーム側の燃料を入れる際のミスで、燃料タンク内の残量がはっきり分からないままハミルトンを送り出してしまったことだった。アタックに入ったときにチームは残量不足が分かったが、アタックを中断させることは、残り時間からも1周勝負のタイヤからも不可能だった。
今年は予選タイムが拮抗し、1秒のラップタイム差に10台を超えるマシンがひしめくため、予選はチームとドライバーに極度の緊張を強いる。しかも、このスペインGPではハードとソフトのタイヤ選択で1秒前後の差ができることで、Q1から上位チームも緊張せざるを得なかった。ハミルトンのケースはこうした中でのミスだった。
だが、マクラーレンはピットストップでの遅れなど、チーム側のミスが続いてしまっている。かつてのマクラーレンでは考えられない状況だ。ミスが続くと、ドライバーのモチベーションに響かないか心配になる。とくにハミルトンは、今季から新規まき直しのように真面目に取り組んできただけで心配になる。
予選では、さらにもう1つ残念なことがあった。それはシューマッハとベッテルが決勝に向けたタイヤ温存のために、Q3をスロー走行1周で終えたことだ。
新品のソフトタイヤを温存させて決勝でより有利に戦う。これがシューマッハとベッテルの意図。F1はワールドチャンピオンシップで、決勝の順位に応じてポイントが付与されることと、その決勝での戦略で考えれば、この意図はとても理知的で正しく、「あり」と言える。
だが、F1はスポーツエンターテインメントでもある。この興行的側面から考えれば、ドライバーが予選でアタックをせずスロー走行だけというのはあまりに消極的で、「なし」だろう。決して安くはないチケットを購入し、交通費と宿泊費をかけてきて下さっているお客様や、有料の放送をご覧になっている視聴者の皆さんのことを思えば、これはやってはいけないことだろう。
スポーツエンターテインメントが多様化し、多くのスポーツイベントで観戦者が減っていく中、F1も例外ではない。戦略的な予選アタックの放棄は、昨年からしばしば見られ、今回が初めてではない。だが、これが続けばF1は多くのファンを失い、レース開催とテレビ放映も減ってしまうだろう。F1チームの財源の大きな柱は、レース開催権料とテレビの放映権料である。ファンが減り、開催やテレビ放映に影響が出れば、F1そのものの存続を難しくしてしまう。
この問題に対してピレリは、モナコGPを前に予選用にタイヤの追加供給は可能と発表した。が、ルール決定に関する権力はチーム側が握っている。そしてチーム側は、現在のタイヤ供給ルールに満足していると言う。チームに危機感はあるのだろか? ファンの皆さんへの想いはあるのだろうか?
シューマッハとベッテルは勝に向けたタイヤ温存のため、Q3をスロー走行1周で終えた |
タイヤについては、チームの見通しが甘い部分もあることは否めない。2年前のベルギーGPでは金曜日から連日雨となり、決勝日では雨天用のタイヤが不足気味となった。このとき、チームはブリヂストンが雨天用タイヤを追加供給すべきと声をあげた。
だが、そもそもタイヤの種類と供給セット数は元から決まっている。その中でチームは予選と決勝でフルにパフォーマンスを発揮できるように、タイヤを「うまくやりくり」しなければならないはずだ。しかも、2年前のベルギーGPでは3日間とも雨になることが予報ではっきりしていた。エンジン(9基目以降)やギヤボックスは交換にペナルティが伴うためチームは必死にやりくりするが、タイヤについてはマシンの性能を左右する極めて重要な部品であるにもかかわらず、チームは甘えがちのように見える。
■タイヤがよりエキサイティングにした決勝
決勝はとてもエキサイティングになった。レース展開についての詳しいことは、Webや雑誌のリポート、データをご覧いただければと思う。
タイヤの性能変化が読み切れない中、ピットストップ回数も読み切れなかった。これはレース中無線でも、「プランBでいくぞ」「長いスティントになるぞ」などと、戦略プランの変更が伺える内容も多かった。そしてタイヤの使い方が上手いドライバーとマシンとチームが際立つようになった。
スペインGPの開催コースのカタルーニャは、左前輪とリヤの両輪への負担が大きいとされる。左前輪の負荷が大きいのは、ターン3を筆頭に高速で長く続く右コーナーがあるため、遠心力で左前輪がより路面に押しつけられて、踏ん張ることが求められるからだ。
リヤの両輪への負荷が大きいのは、コーナーでフロント側がすばやく向きを変えて、すばやい動きをしようとするために起きる。フロント側がすばやくイン側に向きを変えることで、リヤ側のタイヤが路面によりこすりつけられることになるからだ。アメリカのレース用語では、フロント側が向きを変えるオーバーステアのことを、「ルース(ルーズではなくルース)」と言う。これはリヤタイヤに主眼を置いた表現で、フロントがイン側に入りやすいことは、リヤタイヤのグリップが少なくてルース=しっかりしていないということになる。余談だが、アメリカの用語では、フロントが曲がりにくいアンダーステアを「プッシュ」という。フロントのタイヤの向きを変えても、エンジンのパワーが伝わる後輪に押(プッシュ)されて、横車を押すように、曲がらなくなるという意味だ。
話を戻すと、中低速のコーナーをすばやく抜けるには、フロントが向きをすばやく変えるマシンがよい。だが、これはリヤタイヤを路面によりこすりつけてしまう。結果、多くのマシンがリヤタイヤの性能に苦しみ、これでピットストップ戦略が左右された。結果、誰がどこでピットに入り、それがどういう展開になるのかが読みにくくなり、とても面白いレース展開になった。そして、これが多くのオーバーテイクや順位変動を実現する要因となった。
昨年からのピレリタイヤ導入に際して、タイヤの性能変化を読みにくいものにすることが求められた。ピレリはそれをほぼ忠実に実現し、よりエキサイテキングなレースの実現に貢献していると思う。タイヤの性能変化でレース展開が左右されることに異論もあることは分かる。だが、タイヤの性能変化でレースが左右されるのはよくあることだし、これまでもあったことだ。
例えば、モトGPではタイヤ性能の有効なところが短いこともあった。その中で、ライダーはタイヤの性能変化を感じとりながら、その勝負所を絞って戦っていた。これがタイヤ戦争の中で起きたから、タイヤ+マシン+ライディングによって勝負どころが異なり、より追い抜きが多いレースにもなった。
F1でも基本的にレース中のピットストップがなかった1970年代以前は、タイヤの性能変化を感じ取りながら、勝負どころを探る戦いがあった。そして、そこにタイヤ戦争という要素が加わったこともあった。そのため、単調そうなレースから俄然展開が動き始め、劇的な展開になるということもあった。
現代はタイヤの製造技術が遙かに向上し、真面目に造れば性能変化が安定した、安全で高性能なものができやすい。それでコスト抑制とタイヤ戦争による急激な性能向上を抑えるためにワンメイク化してしまえば、レース展開が単調になりがちになってしまう。
DRS、KERSも、レースの追い抜きを増やし、面白さを増やすための措置。マシンと路面をつなぐ最重要部品であるタイヤもまた意図的に性能変化を読みにくくすることで、レースの展開に変化を起こしやすくしている。
技術的に洗練されて収れんされた中で純然たる戦いだけにすれば、ハイレベルだが順位変動の少ないレースになりやすい。でも、これはより広いファンを確保するということでは、うまくいかない。現状ですべてよいとは思わないし改善の余地は常にあると思うが、ひとまず「面白さを出している」と言えるだろう。
みごとな走りを見せた小林 |
■マルドナドと小林:GP2卒業生の活躍
この決勝の中で、ウィリアムズのマルドナドは、みごとな走りを見せた。絶妙なペース配分で、攻めるべき時は攻め、安定したラップを出すべきときは安定した走りをみせた。勝者にふさわしい走りと戦いぶりだった。
マルドナドは、2007年にGP2にあがってきたときから気になるドライバーで、フジテレビのGP2の番組の中でもよく取材対象になった。野球のピッチャーで例えると、速球派だがややノーコンの荒れ球気味だった。とにかく速く、集中力もあった。だが、とにかく粗っぽくクラッシュや接触も多かった。
「僕は毎年新たな課題を自分に与えているんだ」
真面目に語る言葉どおり、マルドナドはGP2でレースを重ねるごとに、レース中のペース配分や戦い方を向上させていった。そして、GP2チャンピオンになった2010年にはレース中のペース配分だけでなく、シーズン全体を考えた戦い方もしていた。
F1に上がってきてまだ2シーズン目のマルドナドは、まだ粗削りな部分も見える。だが、ウィリアムズを2004年以来の優勝に導いた走りは大きな成長の証であり、今後への期待にもつながった。
スペインGPでは小林の善戦も目立った。バトン、ロズベルグとのバトルと追い抜きは、小林らしい思いきりのよい鮮やかさだった。結果は5位。予選Q2でのストップから、Q3でのアタックができずに9番手スタートになってしまったことを考えると、もっと上が狙えたはずと悔やまれる部分もあるだろう。しかし、少なくともバーレーンからのインターバルでのアップデートがあっても、ザウバーのマシンにはまだ戦闘力があり、小林自身の実力は表彰台争いができるレベルにあることを示したことはなによりだった。
優勝のマルドナド、4位グロジャン、5位小林、7位ロズベルグ、8位ハミルトン、10位ヒュルケンベルグと、トップ10のうち6人がGP2とGP2アジアシリーズのチャンピオンたちが占めた。2005年に始まった同シリーズは、F1にあがったときにより実戦的なドライバーになれるような、教育的配慮も込めたものとされていた。その効果がよりはっきりと出てきているようだ。そしてこの世代が、次の時代のF1を担う中核的存在になるだろう。
■日本大活躍!
小林が善戦したスペインGPの前後にもさまざまなレースがあり、日本人のよいレースがみられた。
インディカーでは、第4戦サンパウロで佐藤琢磨がインディカー史上日本人最上位となる3位を獲得。モナコGPと同日開催となるインディ500へ大きな弾みをつけた。
ニュルブルクリンク24時間耐久レースでは、レクサス「LFA」、トヨタ「86」、スバル「WRX STI」など日本勢がクラス優勝を多数獲得し、日本のマシンとドライバーの実力の高さをみせた。
FIA-WEC第2戦スパ・フランコルシャン6時間では、アウディ勢の1-4独占だったが、その優勝車はロイック・デュバル、2位のハイブリッド車はブノワ・トレルイエ/アンドレ・ロッテラーと、日本のレースで育ったドライバーたちが走らせていた。
国内レースでは、ゴールデンウィークのSUPER GT富士500㎞は波乱の展開だったが、脇坂/石浦組が安定した走りとライバルの攻撃をかわす走りで優勝。GT300では、トップからもらい事故で順位を落とした谷口/片岡組の猛烈な追撃で優勝という、見応えのあるレースを展開した。
フォーミュラ・ニッポンと全日本F3は、ツインリンクもてぎでゴールデンウィーク明けに開催され、追い抜きどころの少ないコース形状もあって、いずれもやや固い展開になったが、ハイスピードでハイレベルのレースばかりだった。
ニュルブルクリンク24時間耐久レースではレクサス「LFA」、トヨタ「86」など日本のマシンが活躍 | SUPER GT富士500㎞では脇坂/石浦組が優勝 |
■レースを観ませんか?
このほか、先週末には東京・お台場で、メガウェブ・フェスタと東京ノスタルジックカーショーが同日開催され、前者のイベントではクラシック・チーム・ロータス・ジャパンが、ウェッジシェイプのロータス72Eと初のグラウンドエフェクトカーの78を展示走行させた。また、来年からシリーズ展開が予定されるインタープロト“Kuruma”のお披露目走行や、日曜日にはマクラーレンMP4/5・ホンダなども走行。ナマで見るレーシングカーの音や迫力、魅力を多くの皆さんにお伝えできたと思う。
5月末から6月にかけては、伝統のレースでいっぱいになる。第70回モナコGPと101年目で第96回のインディ500が5月27日に決勝。6月16~17日には第80回ル・マン24時間もある。国内では、5月27日にフォーミュラ・ニッポンが第3戦オートポリス、SUPER GTは6月10日にセパン(マレーシア)戦もある。モータースポーツファンにとって嬉しく忙しい時期だ。筆者もいろいろ動きまわり、インディ500ではないがアメリカにも行ってみようと思っている。
■URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/
■バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/
(Text:小倉茂徳)
2012年 5月 25日