シーズン開幕、速さのマクラーレン優位
■「マシンは速く、しかも美しい」
F1のシーズンがいよいよ開幕した。オーストラリア、マレーシアの2週連続開催となったおかげでマシンに大きなアップデートが入らなかったため、開幕時の段階でのマシンの勢力図がほぼ見えた。
単純な速さで見ると、2戦連続で予選トップ2を占めたマクラーレンMP4-27がトップといえる。オーストラリアGPのアルバートパークの減速、旋回、加速というコース特性でも、マレーシアGPのセパンサーキットのストレートに多様なコーナーを含むコース特性でも、MP4-27は速かった。
MP4-27は、他の上位チームと異なりモノコックのノーズ部分がやや低く、ゆえにノーズ上に段差がない。モノコックの最少断面寸法は規定で決まっているため、MP4-27はライバルよりノーズ下の空間がやや狭いことになる。ライバルチームはここが狭くなることを嫌い、ノーズまわりを規定ギリギリまであげて、車体の底に向かう気流をより確保しようとした。だが、マクラーレンはやや低いノーズでも充分に必要な空力効果が得られる設計を実現してきた。これは前作MP4-26からその傾向があり、独自の技術開発の成果だった。
「マシンは速く、しかも美しい」と、ジェンソン・バトンはオーストラリアGPを優勝した直後、チームにこう無線で連絡した。
たしかに美意識でみても段差のない美しいノーズを持つマシンであり、技術的に見ても独自の設計コンセプトを貫いて開発を続けた設計上の美しさがあった。
マレーシアGPの決勝では、天候の変化と不運に振り回された感があったが、現状ではマクラーレンMP4-27が最速、最強と言える。
■やや不振のレッドブル
レッドブルRB8は、昨年のRB7のような圧倒的な優位は見られなかった。予選では2戦連続でマクラーレンに敗れ、ロータスやメルセデスAMGにも先を越されてしまった。決勝でも2戦連続未勝利だった。
レッドブルは空力性能の高さを大きな武器としてきた。一昨年から昨年は、排気ガスをディフューザーに流すことで、車体の底面と路面との間で発生するダウンフォースを増す方法であるブロウンディフューザーとエクゾーストブロウでリードしていた。そして、コーナリングで他車を圧倒する速さが武器だった。
ところが、今年はレギュレーションでこの方法を徹底的に規制された。排気口は高い位置にされ、ドライバーがスロットルペダルから足を離しても排気ガスが出続けるエンジン制御プログラムも規制されてしまった。結果、他チームにリードをつけていた技術をレッドブルは奪われることになった。レッドブルのエイドリアン・ニューウィーはこれに対し、さらなる開発で対応したことがRB8を見るとよく分かる。
排気口は、排気ガスがリアボディーの絞り込みに沿って流れるよう開口されている。排気ガスは高温で、空気は温度が上がるとより車体の表面から剥がれずに流れてくれるようになる。これを利用して、より細く絞り込んだボディーに沿って気流が流れるようにすることで、リアウイング下側のビームウイングとディフューザー上面に向かう気流をより改善し、ひいてはディフューザーの効果が上がるように助けようとしている。
だが、同様の考えはほぼ全チームに採用されている。排気口の後ろの部分は耐熱性の高い素材となり、無塗装の黒い部分となっている。この黒い部分の形と後方へ伸展していく形が、排気ガスが車体表面に沿って流れる部分を示している。つまり、「このように排気ガスと気流を流しています」と語りかけてしまっている。結果、これだけではレッドブルRB8の大きなアドバンテージにはならないことになる。
一方、開幕前の最終テストから、RB8のサイドポンツーン後部の下側に、小さな空気取り入れ口を設けている。これは、ここから取り込んだ気流をサイドポンツーン後部のディフューザー上面に流すことで、排気ガスの流れと相まって、より空力効果を上げようというもの。
しかし、マレーシアGPのフリー走行では、低速の最終コーナーでレッドブルの2人のドライバーはともにスロットルワークでリアを外側に振るようなコーナリングをしているように見られた。これは素早く車体の向きを変えるにはよいが、リアタイヤの消耗を早めてしまう。当然、決勝ではこうした走りは見えないようだったが、最終コーナーでの動きはやや緩慢に見えた。どのマシンでも低速では空力の効果が落ちてしまうものだが、昨年の排気ガス利用がなくなったことで、RB8は低速でのコーナリングがやや苦しそうに見えた。
もちろんレッドブルはこの状況に甘んじるわけではなく、昨年と同様か、それ以上のハイペースでアップデートし、弱点克服と打倒マクラーレンを狙ってくるだろう。これがマシンを独自開発できるF1の面白いところだ。
■メルセデスも速く
メルセデスAMGのW03も速さを見せた。ミハエル・シューマッハが3番手につけたマレーシアGPの予選での速さは出色だった。
昨年のW02では、ブレーキング、コーナリング、コーナーの立ち上がりで、ドライバーが小刻みにステアリングを操作しているのがオンボード映像で見えた。これは、リアが乱れようとする(最悪の場合スピンになろうとする)のを、ドライバーが小刻みにフロントタイヤを操作することで、なんとかマシンを安定させている状態だった。結果、メルセデスエンジンのパワーでストレートは速くなっても、コーナーでは神経質なマシンとなってしまい、結果として遅かった。
ところが今年のW03はオンボード映像を見ても、ブレーキングからコーナー立ち上がりまでドライバーが小刻みにステアリングを修正することがほぼなくなった。これはマシンが安定して、コーナリング速度も上がることにつながる。しかもエンジンパワーによるスピードもある。
W03がどこまで戦えるかは、今後楽しみなところ。W03については前後のウイングについても、いろいろ工夫がなされている。これはとても興味深いのだが、画像が乏しく説明がしにくい。そのため、もう少し後の本連載で扱いたいと思っている。
■ロータスも速い
ロータスE20も速い。開幕戦の予選ではロマン・グロジャンが3番手になった。F1に復帰したキミ・ライコネンもマレーシアGPではかなり勢いを取り戻していた。
E20は、ブレーキをかけてもフロントのノーズが下がらない装置を、フロントサスペンションの先のアップライトに装着していた。これは、ブレーキングでも車体の姿勢が変わらず空力性能を追求するには有利と思われた。だが、この装置は開幕前のテストの段階で禁止になってしまった。こうした新たな装置やアイデアは事前にFIAに打診することが義務であり、当然ロータスもこの手順に従って一時は合法の判断を受けていたはず。でなければこのような装置を作り、装着しなかっただろう。だが、他チームからの「空力的な効果がある」という指摘により、一転禁止となった。
ロータスE20は開幕前に武器を1つ失ったが、それでも高いコーナリング性能を見せる。イギリスのオールドロータスファンは、このエンストーンに所在する元トールマン、ベネトン、ルノーだったチームが“ロータス”を名乗ることを“ニセモノ”のようにとらえる向きが多い。が、ハンドリング性能のよさ、運動性能のよさを追求する姿勢は、奇しくもメインスポンサーであるロータスカーズが生み出してきた歴代スポーツカーと、ノーフォーク州にあったチーム・ロータスが繰り出してきた歴代F1マシンと同様となっている。
■不振のフェラーリ
フェラーリはとても苦しんでいる。F2012はタイヤがしっかりと路面をとらえられないマシンのようだ。とくにフェリペ・マッサの不振が取りざたされるが、開幕戦ではナンバー293のシャシーにも疑いがもたれた。そこで、マレーシアGPでナンバー294のシャシーに換えられ、やや好感触にはなったと言う。F2012が不振なのは、フェルナンド・アロンソの予選でのタイムをみても明白だ。そして、このようなタイヤが働いているのかグリップしているのかはっきりしないマシンに対して、マッサはより信頼できないのが現状のように見える。
ただ、マレーシアGP決勝では雨、中断、変化していく路面という中で、アロンソがもちまえの勝負強さと巧さをみせて優勝した。これは、もちろんチームもピットストップや戦略上のサポートはあったが、アロンソの卓越した実力による勝利だった。そしてF2012の現状の実力を考えれば、その優勝はゴール時のフェラーリチームのピットサインにもよくあらわされていた。
「P1 MAGICO(1位 奇跡だ)」
フェラーリはF2012の改良を続けるとしているが、それをどこまでできるだろうか。上手く改善ができればマシンを自力開発するF1の面白さになるが、上手くいかなければ独自開発するがゆえにマシンの性能差が勝敗を大きく分けるという、F1の残酷さも示すことになる。
■ザウバーとペレスの大躍進
マレーシアGPでは、レース終盤でのセルヒオ・ペレスの追い上げと、2位が大いに沸かせてくれた。ペレスはみごとな走りでアロンソを追いつめた。だが、チーム無線の直後にコースアウトし、アロンソとの差が再び開いてしまった。このときの無線はさまざまな憶測がよぎった。
「気を付けろ、この順位が必要なんだ」
無線の内容を直訳すればこうなる。ここから「2位を維持しろ」(≒アロンソを抜くな)という意味にもとれてしまうものだった。だが、これは英語を母国語としないチームとドライバーが無線という条件下で簡略化した会話だ。本来は「気を付けて走れ、この順位を失うな」ということだろう。
ともあれ、F1にセルヒオ・ペレスという新たなスターが生まれたのは事実だ。ザウバーチームにとってこの2位は、スポンサー獲得の弾みなるだろう。そうなれば、シーズン中盤以降に開発ができないために成績が落ちていく、という状況から脱却できるかもしれない。
今年のC31は昨年のC30よりはよさそうだ。それでも、ダウンフォースをかなり付けた仕様にする必要があるようで、ストレートのスピードではあまりよいとは言えない。
小林可夢偉は開幕戦こそわるくなかったが、第2戦は散々だった。予選ではリアサスペンションが故障していて、アンバランスなマシンに苦しんでしまった。決勝でもタイヤ交換の戦略などすべてが上手くいかなかった。そして最後はリタイヤに終わってしまった。実力が出しきれない不運な状況にフラストレーションが溜まる状況だろう。だが、チャンスがくればC31はフェラーリを凌ぐ速さがあることも見えたので、小林にその高い実力を発揮できるチャンスがくることを願って待つしかないだろう。
1つ問題として感じるのは、マレーシアGPでザウバーチームは小林のマシンに予選でトラブルがあったことを公式に表明しなかったことだ。予選後のリリースは、問題の発見とのタイミングの差で書けなかったのだろう。だが、決勝のリリースなど状況説明にさまざまな手段や機会があったはず。優勝目前の2位に喜ぶのは大いに好ましいことだが、不運に見舞われたきちんとした状況説明がなければ、そしてきちんとした擁護がなければドライバーは誤解を受け、ひいてはチームにもその誤解がかぶってしまう時が来てしまう。そういう点ではフェラーリチームが見せる、メディアによるマッサへの批判に対抗する姿勢は立派と言える。
トヨタのハイブリッドレーサー「TS030」 |
■モータースポーツシーズン本格スタート
F1以外にも、モータースポーツシーズンが本格的にスタートした。
今年から始まったFIA WEC(世界耐久選手権)は、伝統の1戦であるセブリング12時間レースで開幕した。最上位クラスのLMP1ではアウディが圧勝だったが、GTクラスでは最終ラップでトップが2度入れ替わるという激戦だった。
このセブリング12時間では、ユニークなマシンであるデルタウイング・日産もお披露目走行を行い、レース後のテストでもアウディのディーゼル・ハイブリッドマシンとともにテストを重ねていた。
5月のスパ6時間はル・マン24時間前のレースで、実戦テストも兼ねた戦いとなる。そこにはトヨタのハイブリッドレーサー「TS030」も参戦する。LMP1はトヨタ、アウディのハイブリッド車、アウディのディーゼルターボ車、アストンマーチンの直噴ガソリンターボ車の戦いが見られる。そしてル・マンには実験車の扱いでデルタウイング・日産も出てくる。
デルタウイング・日産 |
FIA WECは、近未来の乗用車に直結した動力技術を競うもので、「走る実験室」としての技術的な魅力がとても大きい。10月には富士6時間レースも開催される。
インディカーもセントピーターズバーグで開幕戦を迎えた。今年はマシンが全車新型のDW12に変わり、安全性が高くなった分、接近戦とバトルがより白熱した。しかも、エンジンはバイオエタノール燃料のV6ターボになり、シボレーとロータスはツインターボ、ホンダはシングルターボと技術的な違いもある。開幕戦ではシボレーエンジン勢がやや優勢だったが、ホンダもそれに食らいついている。
佐藤琢磨はチームの体制と技術力が心配されたが、開幕戦では途中マシントラブルでリタイヤになるまではかなりの時間トップを走行し、トップドライバーとしての存在を見せていた。
国内でもスーパー耐久が開幕し、SUPER GTも今週末開幕する。また、フォーミュラ・ニッポンも4月の開幕に向けて、神宮外苑の絵画館前で今年の体制発表を行った。
フォーミュラ・ニッポンは、4人のチャンピオン経験者に才能に恵まれたドライバーたちが挑む、全日本選手権にふさわしいシーズンになるだろう。
テレビでレースを追うのもとても楽しいこと。それに加え春の陽射しの元で、サーキットでレースをご覧になってはいかがだろうか。
■URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/
■バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/
(Text:小倉茂徳)
2012年 3月 30日