F1合同テスト始まる

段付きノーズマシンが主流
 2月初旬のヨーロッパは歴史的な大寒波で、フェラーリは大雪のためにマラネロでの新車発表会を中止するほどだ。モナコにほど近く、歴史的に避寒地として知られたコートダジュールのニース、カンヌなども雪と氷に覆われた。だが、スペインのヘレス、バルセロナではさほど影響もなく、合同テストが始まった。テスト開始に合わせて、各チームは2012年用の新型車を相次いでお披露目した。その特徴はノーズだった。

 鈴鹿サーキットの場内実況などで知られるモータースポーツアナンウンサーのピエール北川さんは、今年のF1マシンのノーズになぞらえて、FacebookにレゴのフェラーリF1の画像を掲出してくれた。マクラーレンを除く今年の大部分のマシンは、まさにこのレゴブロックのF1よろしくノーズ部分に段がついている。まさに「レゴ・ノーズ」という感じだ。

 この段は、今年から導入された新規定に対応したもの。今季からノーズの先端付近の高さがモノコックの底面から最高で550mmまでとされた。ところが、モノコックのコクピット前部の高さは、最高でモノコックの底面から625mmとされている。そして、この高さ規定が変わる部分は前後方向で150mmとなっている。つまり、最高の高さをできるかぎり維持しようとすると、わずか15cmの中で7.5cmの高さを急激に変化させることになり、段ができてしまうことになる。

 このノーズ先端付近の新たな高さ規定は安全上の措置だった。車体側面に衝突するTボーンクラッシュの際に、ノーズ先端がコクピット上のドライバーの側頭部を直撃しないようすること。また、2010年のヨーロッパGPでマーク・ウェバー車がヘイキ・コバライネン車に追突して空中に跳ね上げられたが、FIAの研究機関であるFIAインスティテュートによる解析の結果、ウェバー車のノーズ先端がコバライネン車のリアタイヤに乗り上げたことが、マシンが空中を舞う引き金になっていたことが分かった。そこで、ノーズ先端を下げて、リアタイヤへの乗り上げの可能性を少しでも減らすという目的があった。

 一方、モノコックには最少断面寸法規定もある。これを満たしながらも、コクピット前部分(ドライバーの脚が収まる部分)の下側は、車体の底でダウンフォースを稼ぐための空気の通路として、できる限り空間を稼ぎたい。すると、大部分のチームのようにモノコックの前側部分は規定いっぱいまで高くしたくなる。その結果、ノーズ先端部と段差ができてしまう。

今年度のフェラーリチームのマシン「F2012」

 マクラーレンは、新型車MP4-27のモノコック前側部分をやや低い設計にして、ノーズ先端部との段差がない形状にしている。結果、その下側部分の空間はモノコックが低くなった分、狭くなる。マクラーレンは設計フィロソィーが他チームとは違うと言う。これで速ければお見事だし、技術のオリジナリティを求めるF1ならではの魅力を見せてくれることになる。

 この段付きのノーズは、よく見ると色々と試しているチームもあるようで、些細なことかもしれないが、オリジナリティのある対策を施しているところもあるようだ。3月のバルセロナテスト2回目と開幕戦で、もう少し様子を見てみたい。

 2012年の新規定では、昨年までのブロウンディフューザーを禁止するために、エンジンの排気口位置を昨年よりも高い位置に定めた。その結果、各車とも排気口の位置が昨年とは異なっている。新車に関することは改めて、次回触れてみたい。

2012年シーズンのマクラーレン・メルセデスのマシン「MP4-27」

押し出されたトゥルーリ
 テストが始まったあとに、ケーターハムF1チームはヴィタリー・ペトロフの起用を発表した。

 ペトロフは昨年までロータスに在籍し、荒削りながら入賞もしていた。天才的なトップドライバーではないにしても、努力型で場数を重ねることで成績を伸ばしてきた。ペトロフにとってはよいニュースであり、ロシアや東ヨーロッパでのビジネス拡大に期待するF1とエンジンサプライヤーにもよいことだろう。チームにもこの発表の後、ロシアのスポンサーが追加された。

 半面、この起用でトゥルーリが押し出されたのはもったいない。トゥルーリは豊富な経験を持ち、F1ドライバーの中でも並はずれた繊細な感覚を持っている。これは、マシン開発の上で有用な才能だった。また、ケーターハムの前身であるロータスF1時代からチームのけん引役だった。これらの才能は、トヨタ時代にもフルに発揮されていた。

 ケーターハムチームはまだ若い。コバライネンは若く、速く、堅実さがあり、才能も充分だが、マシン開発役とチームリーダーの重責が一気にのしかかってしまう。するとトゥルーリの抜けた穴は大きいかもしれない。だが、ここでコバライネンがチームリーダーとしての頑張りを見せれば、その評価を大きくあげるチャンスでもある。

 昨年末のウィリアムズのルーベンス・バリチェロも、今回のトゥルーリと似たようなケースでウィリアムズのシートを失った。いずれのチームも経験と知識よりも若さ、賃金支払いよりも持参スポンサーありを選んだ結果になった。

 ちょっと余談だが、バリチェロもトゥルーリも年齢は重ねていたが、まだ現役を続行する意思でいっぱいだった。最近、この2人にメディアはそろそろ引退とか報じていた。だが、アスリートは自分の肉体的能力と競争力を誰よりもよく分かっている。メディアが引退を勧めるのは大きなお世話だと思う。

ヤルノ・トゥルーリ(写真は昨年のもの)ルーベンス・バリチェロ(同)

昨年のインディ・ジャパンに参戦したKVレーシングの佐藤琢磨

新たなチャンスのはじまり
 だがバリチェロにしてもトゥルーリにしても、これで現役生活が終わったわけではない。バリチェロはインディカーのKVレーシングチームでテストを開始し、インディカーへの動きをとり始めた。このKVレーシングはバリチェロと親しいトニー・カナーンが在籍する。昨年は佐藤琢磨も在籍していた。

 トゥルーリはこの記事を書いている時点では「(F1以外で)まだ選択肢がある」としているが、今年から復活する世界耐久チャンピオンシップ(WEC)のトヨタチームに行く可能性が高い。新設計のハイブリッドマシンで参戦するトヨタチームは、以前のF1チーム「TMG」をベースにしている。トゥルーリは今もトヨタF1チーム時代のメンバーを「トヨタ・ファミリー」と愛情を込めて呼ぶ。トヨタチームもまたトゥルーリのリーダシップ、チームへの貢献度、繊細で正確なドライビングによる開発能力を高く評価していた。

 あいにく、トゥルーリのケーターハム離脱が決まった時点で、トヨタのWECチームはドライバー体制が発表されてしまっていた。しかし、耐久レースは複数のドライバーで戦うものであり、トゥルーリをうまく組み込むことも可能だろう。耐久レースはマシンの熟成度の高さに裏打ちされた信頼性の高さが極めて重要となる。マシンの開発テストは極めて重要で、ここでもトゥルーリの才能は活きるだろう。繊細な感覚とドライビングはマシンに優しい走りとなり、耐久レースでは大きな武器になる。

 志を全うすることなくF1を離れたのは残念だが、このバリチェロとトゥルーリの動きはモータースポーツ界にとってはプラスになるだろう。

 佐藤琢磨もF1から離れざるを得なくなり、独力でインディカーの道を選んだ。そして、佐藤の活躍とともにそのファンの多くがF1以外にインディカーの魅力も知ってくれるようになった。このことは、ツインリンクもてぎで開催されたインディ・ジャパンでの観客の動向でも明らかだった。

 日本で高い人気があるジャンカルロ・フィジケラもF1を離れて耐久レースに移り、そのファンは耐久レースに注目し、GTマシンのレースの面白さも知ってくれるようになった。

 バリチェロやトゥルーリの動きも同様になるだろう。とくにトゥルーリの場合、WECにトヨタで参戦すれば、中嶋一貴、石浦宏明の日本人ドライバーとともに高性能ハイブリッドマシンによる挑戦と、ル・マン24時間を中核とした耐久レースの新たな魅力をより多くのファンに伝えてくれるだろう。

 ちなみに付記しておくと、現時点でのトヨタのWECチームの体制は、1号車が中嶋一貴/アレックス・ブルツ/ニコラス・ラピエール、2号車が石浦宏明/アンソニー・デビッドソン/セバスチャン・ブエミで、マシンは新開発のハイブリッドマシンTS030。10月14日には富士スピードウェイでWEC第7戦「富士6時間レース」も開催される。

 ファンにとって応援するドライバーがF1を離れるのは寂しいことだが、応援するドライバーとともに新たなレース世界を訪ねるのもまた、新たな発見や楽しさを見つけるチャンスになるはず。ドライバーがF1を離れて、他のシリーズやカテゴリーで活躍してくれることは、ファンの視野を広げてくれる。これは、モータースポーツ界全体にとってよいことだと思う。モータースポーツはF1だけではなく、さまざまなシリーズやカテゴリーがあり、それぞれの魅力があるのだから。

今年から復活する世界耐久チャンピオンシップ(WEC)のトヨタチーム。写真は1号車の中嶋一貴/アレックス・ブルツ/ニコラス・ラピエール

イタリア0-4フランス
 トゥルーリがシートを失ったことで、今年のF1のスターティンググリッドからイタリア人ドライバーが消えてしまうことになった。ちょうど、トゥルーリ放出の発表の日、筆者はイタリアに入り、RAI(イタリア放送協会)のテレビニュースでこのことを知った。トゥルーリ自身は、RAIのテレビインタビューで「トニオ・リウッツィがすぐに出てきてくれるだろう」とコメントしていた。筆者の元にもイタリア人ドライバーがいないF1に対して「悲しい」とか「ショック」といったメールやメッセージがいくつかきた。だが、これは時代の流れやうねりによるものだと思う。

 2006年にスーパーアグリF1チームが、フランク・モンタニーを起用したとき、フランスのメディア仲間はこう言った。「嬉しいよ。やっとフランス人が戻って来た。一時期はグリッド半分近くをうめたのに、最近は0だったからね」。

ロマン・グロジャン

 フランスはモータースポーツとグランプリの発祥国である。ドライバー育成にも早くから熱心な国だった。1980年代初頭のF1まではフランスがF1の大勢力だった。グリッドの半分とはいわないまでも常に数人のフランス人ドライバーいて、フランス製のヘルメットやレーシングウェアがマジョリティを形成していたときもあった。その中でアラン・プロストという歴史に残る偉大なチャンピオンも輩出した。ところが、フランス人ドライバーの数は下降傾向になり、オリヴィエ・パニスを最後に0になっていた。そしてフランク・モンタニーがF1を離れると、フランス人レギュラードライバーはロマン・グロジャンがルノーから参戦するまで0だった。

 しかし、フランスは決して手をこまねいているわけではなかった。FFSA(フランス・モータースポーツ連盟)は若手育成と支援に力を入れていた。ロータスに復帰したロマン・グロジャン、トロロッソのジャン・エリック・ヴェルニュ、マルシャ(ヴァージン)のシャルル・ピック、フェラーリからフォース・インディアのリザーブになったジュール・ビアンキ。FFSAやフランスのモータースポーツ界が育成した優等生たちが、今F1にたどり着き始めている。

トロロッソのジャン・エリック・ヴェルニュ(写真右)

 フランスのモータースポーツは一時期活気がなく、スポンサー企業も少なかった。だが、こうして若手が台頭してきたことで活気を取り戻そうとしている。同時に、若手を支援するだけの国力が残っていた。

 一方、イタリアは現在経済危機にあり、支援企業も少なくなっている。F1やGP2に若手が進出するには莫大な費用が求められる。現在の経済状況では才能があっても難しい状況に陥りやすい。スペインも同様で、昨年のユーロF3チャンピオンのロベルト・メーリもGP2を諦めざるを得ないところにいる。

 時代、国力、商業的な思惑など、さまざま波とうねりの中でF1やモータースポーツは変動する。今はイタリア人ドライバーにとって厳しい時期なのだろうが、状況が好転すればまたイタリア人もF1のグリッドに戻ってくるだろう。フランスもそうだったし、メキシコも長年の大空位からレギュラー1名、有望なリザーブ1名を擁するようになった。ドイツも、幾度かの空白の時期を経てミハエル・シューマッハ以後、今やマジョリティを形成するようになった。

 同時に新たな波も確実にきている。ロシアのヴィタリー・ペトロフやポーランドのロバート・クビサ(現在は欠場中)を筆頭に、旧「鉄のカーテン」の国々からドライバーが新たに加わってきている。ワールド・シリーズ・バイ・ルノーあたりまで目を向けると、東ヨーロッパ諸国の若手ドライバーの数がもっと増えてきている。

 近い将来、中東を含むアジア太平洋圏出身のドライバーも増えてくるだろう。そのとき、歴史と伝統がある日本、オーストラリア、ニュージーランドがそのリーダーになれるかは重要なことだと思う。景気はあまりよくない日本だが、未来に向けて若い世代への支援やチャンスの提供が重要なときだ。

ちょっと夢物語
 今回のバリチェロ、トゥルーリや、トロロッソのセバスチャン・ブエミとハイメ・アルグエルスアリがシートを失ったことを受けて、ちょっと夢物語を考えてしまった。サードカーの参戦だ。

 フェラーリは3台目のマシンであるサードカーを、レースに出走させたいと頻繁に主張している。1970年代まではこれはフェラーリだけでなく、マクラーレンやロータスといった有力チームがよく行っていた。

 こうすることで、配下の若手ドライバーに実戦経験を積ませることができたのだ。伝説的なドライバーとして知られるジル・ヴィルヌーヴも、マクラーレンのサードカーでF1にデビューできた。現代でも金曜日のフリー走行に若手を走らせることがあるが、路面状態のわるい中での走行では本当の経験にも評価にもならない。サードドライバーとして飼い殺しにしてしまうと、いざ参戦となったときに実戦感覚を取り戻すのに時間を要することになりかねない。その対策として、GP2にリザーブドライバーを参戦させているチームが多いが、ならばサードカーでF1の実戦に出させた方がよいのではないか。こうすることで、GP2にできた空席にGP3やF3などからより多くの若手が納まるようになる。

 チームにとっても、サードカーを出すことで実戦でのデータ収集やテストが可能になる。1960年代終わりに4輪駆動の波がきたときも、マクラーレンやロータスは4輪駆動車をサードカーとしてエントリーさせ、実戦テストを兼ねて戦わせていた。テスト規制のある中で、これはチームとって有効な開発手段というメリットがあるはずだ。新たなデバイスやマシンを試すことで、コース上のマシンもよりバラエティに富んだものになるかもしれない。サードカーはカラーリングが異なってもよいとすれば、チームは新たなスポンサーを獲得するチャンスも増える。

 サードカー参戦を認めてグリッドの台数が26~28台に増えれば、賑やかで迫力のあるスタートとレース展開になり、見ているファンにとってもよいことではないか。そして、サードカーにワイルドカードとして、開催地の有力/実力のあるドライバー(例えばフォーミュラ・ニッポンの上位ドライバーやインディカードライバー)を乗せれば、もっと盛り上がるだろう。観客が増えればサーキットも喜ぶだろう。

 しかし、フェラーリのサードカー復活提案にイギリス勢は冷ややかだ。まずコストの面で折り合いがつかないと言う。だが、現状でもF1は高コストでほころびが出始めている。だとしたら、そろそろ劇的なコスト抑制策を導入してもよいのではないだろうか。そして、ほんの少し背伸びしてサードカーを出せるくらいの状況にしてもよいのではないだろうか。

 また、チャンピオンシップのポイントの扱いについても、2台エントリーと3台エントリーでは不公平が生じると言う。だが、これは調整の余地が充分あるはずだ。例えばドライバーには順位に応じてポイントをきちんと与え、コンストラクターズでは各チームの上位フィニッシュ2台を配点対象とするという方法もある。そうすれば、1台がリタイヤしても生き残った2台が入賞すればポイントを稼げるという、リスク軽減とポイント獲得のチャンス拡大のメリットができる。あるいは、2台は通常通りの配点で、サードカーには入賞してもコンストラクターズポイントの半分を与えるという方法もある。いくらでも考えて交渉はできるはずだ。

 マシンが増えればシートも増え、ベテランから若手までドライバーの顔ぶれはより多彩になる。賑やかなグリッドとレース展開。サードカーは多くの人にメリットが生まれるはずだ。もちろん、コストの劇的な削減など大きなハードルがある。だから「夢物語」とした。でも、夢を実現するのもF1の魅力の1つだろう。これまでも夢のようなことを数多く現実にしてきたのだから。

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/

バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/

(Text:小倉茂徳)
2012年 3月 1日