連載
三宅健のクルマで音楽! クルマでiPhone!
第3回:よい音を手軽に楽しむためにAppleロスレスでのiTunesライブラリ構築を
(2014/8/29 00:00)
クルマの中のミュージックソースとしてすっかりポピュラーな地位を占めるようになったiPhoneにもいくつか悩みはある。その1つが後から記憶容量を増やせないことだ。iPhoneは初代からメモリーカードなどで容量を追加する仕組みがなく、まもなくの発表が噂されている次期iPhoneでもそれは変わらないと思う。これがiPhoneの基本スタイルなのだ。
現在のiPhone 5sでセレクトできる最大容量は64GB。普通に使う分にはこれだけあれば充分、という人も多いと思うが、それでも徐々にアプリや写真、動画にスペースに浸食され、音楽のためのスペースは圧迫されてくる。筆者のように16GBモデルを使っている人にとってはメモリースペースの確保は切実な問題だ。お持ちのiPhoneの容量に関わりなく、iPhoneでミュージックライフを楽しむためには限られたメモリー容量をできるだけ効率よく、そして音質を損なうことなく活用する方法を模索する必要がある。今回はiTunesを使用して音楽ファイルを保存する方法にフォーカスを当てよう。
iTunesによる取り込みはAAC圧縮が標準
第2回で「ビットパーフェクト」でリッピングを行う方法を考えた。ピュアリード機能を搭載するパイオニアのドライブを利用するとハードウェア的にビットパーフェクトに一歩近づくことが分かった。ここまではリッピング作業の前半に相当する話で、取り込んだデータをファイルとして保存する後半の話が第3回のテーマだ。
iPhoneに音楽を転送するには、iTunesを経由させることが前提だ。iTunesの重要な機能には音楽CDを取り込んで管理することのほか、「圧縮」をして保存することがある。iPhoneやiPodといった現行のアップル製品は「AACフォーマット」に対応しており、PCやMacに音楽CDをセットしてそのままの状態でリッピングを行うと、ビットレート256kbpsのAAC方式(VBR、可変ビットレート)で圧縮保存される。プリセット名は「iTunes Plus」となっているが、これは2009年よりスタートした高音質で、著作権保護を取り除いた新しい音楽配信サービスに付けられた名前だ。これに合わせて2009年リリースのiTunes 8.1から初期設定のビットレートが128kbpsから256kbpsに高められた。
「AAC」という圧縮フォーマットはこれまで広く用いられてきた「MP3」の後継を目指した新しい圧縮方法で、著作権保護やマルチチャンネル対応、ストリーミング再生などMP3では対応できなかった新しい機能を備えたうえで音質も向上させたと言われている。もともとiPhoneが出る以前の初期のiPodはMP3プレーヤーであったが、2005年にスタートしたiTunes Storeのオープンとともに著作権保護が可能なAAC対応に移行したという経緯がある。AACフォーマットはアップル製品が対応したおかげで、すっかりポピュラーな圧縮フォーマットとして広く普及することになる。
●槻ノ木 隆のBBっとWORDS その100「MP3/MPEG Audioの仕組み」(BB Watch)
http://bb.watch.impress.co.jp/cda/bbword/16152.html
●槻ノ木 隆のBBっとWORDS その101「AACの特徴」(BB Watch)
http://bb.watch.impress.co.jp/cda/bbword/16246.html
圧縮を考える上でビットレートも音質を決める重要な要素だ。ビットレートの単位は「bps」(ビット・パー・セコンド、1秒あたりのbit数)。この数字は大きいほどデータ量が多い、つまり音質的に有利であることを意味している。音楽CDを再生するときにプレーヤーから流れ出てくるデータ量、つまりビットレートは、44,100(サンプリング周波数)×16(量子化bit数)×2(チャンネル数、ステレオ)=1,411,200bpsで、約1411kbps。これが圧縮率を考える時の基準となる。iTunesの初期設定値である256kbpsは、音楽CDのビットレートに対して約5.5分の1(1,411,200÷256=5.5125)に圧縮されることを意味する。
音声圧縮のメカニズム
大きな音のする工事現場や、地下鉄の車内で小さな声で話しかけられても騒音にかき消されて話し声は聞こえない。これはマスキング効果と呼ばれる人間の耳の持つ特性だ。もしこの状態の音をマイクで記録すると騒音も話し声も両方とも記録されているが、小さな声はマスキング効果で聞き取れないので記録時にカットしてしまう。大変おおざっぱに言うと、これが音声圧縮で用いられる手法の1つだ。データを切り捨てることでファイルサイズは小さくなる。
同様に、音楽CDには人間の知覚レベルをカバーする非常に低い音から高い音(音楽CDの規格上は44.1kHzの半分となる22.05kHz)までが記録されているが、あまりにも小さな音、特に高音部は聞き取りが難しいので、経験的に聞き取りが困難な小さな音はカットする、ということも行われる。カットすることでスペースを空けるわけだ。
いずれも人の耳に聞こえにくい音だけをカットするので聞こえ方は変わらないはずだが、切り捨てられたデータは元に戻ることはないので、音は元の状態と完全に同じにはならない。このような圧縮方式を「非可逆圧縮」と呼ぶ。
iTunesでは環境設定メニューから全部で5種類の読み込み方式が選択できるが、この中では「AAC」と「MP3」の2つのエンコード形式が非可逆圧縮だ。エンコードとはデコードと対になる言葉で、エンコードはデータを他の方式に変換すること、デコードは元に戻すことだ。この時使われるプログラムが「コーデック(CODEC)」だ。
音楽をイヤフォンやカーオーディオで普通に聞く分には初期設定のAAC圧縮でまったく問題はない。iTunes Plusの256kbpsの圧縮であれば音質的な不満もまず生じることなく対応する機器も多いので、ほかの機器で再生する時に困ることも少ない。最近のAVカーナビはたいていAACファイルのダイレクト再生に対応しているので、iTunesで圧縮したファイルをSDカードやUSBメモリーにコピーしても再生が可能で、応用範囲は広い。
ビットパーフェクトを活かすロスレス圧縮
さて、AAC圧縮であれば実用面では不満を感じる場面は少ないが、非可逆圧縮では一部のデータは欠落し完全復元はできない。つまりビットパーフェクトにはならない。せっかく前回の記事ではビットパーフェクトでリッピングを行う方法を模索したが、保存の段階でデータを切り落とすのは残念だ。これを何とかしたい。その期待に応えてくれるのが「可逆圧縮」だ。データを切り捨てずに信号を完全に元に戻すことが可能なので「ロスレス圧縮」とも呼ばれている。
iTunesで選択できる5つのエンコーダの中で「Appleロスレス」がその名のとおりロスレス圧縮だ。正式名称はアップル・ロスレス・オーディオ・コーデック(Apple Lossless Audio Codec)で、これを略して「ALAC」などと呼ばれたりもする。
カーオーディオユーザーからのよくある質問に、iPhoneでアップルロスレスを使ってみたいが自分のAVナビがAppleロスレスフォーマットに対応していないので使えないのではないか、というものがある。これは間違いだ。
Appleロスレスの音楽をAVナビにUSB接続して聞くときには、iPhoneの内部でAVカーナビが再生可能なデジタルストリームに変換され、デジタル信号のままナビに転送される。この間に原理的には信号の劣化はない。お使いのAVナビがiPhoneのUSB接続にさえ対応していれば問題なくAppleロスレスは再生が可能だ。
現在はAppleロスレスファイルのダイレクト再生に対応したAVカーナビはないため、楽曲ファイルをUSBメモリーやSDカードにコピーしたものは再生できない。Appleロスレスを聞く時にはあくまでもiPhoneの本体が必要だ。
利用価値の高くなったAppleロスレスフォーマット
Appleロスレスフォーマットは当初はアップル製品しか対応していないクローズドな規格で、アップル製品とiTunesを使わない限りPCやホームオーディオで聞く方法がほとんどなかった。そのためライブラリを構築する目的には勧めづらかった。しかし、2011年10月にオープンソース化されて他社がライセンスフリーで使用できるようになり、いまではソニーのウォークマン、Android携帯、家庭用AV機器など多くの機器で対応が進むようになった。広く使用されるフォーマットとして安心して利用できるようになったわけだ。
●アップル、「Apple Lossless」をオープンソース化(AV Watch)
http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20111028_487055.html
Appleロスレスを使用するにはiTunesのインポート設定を「Appleロスレス・エンコーダ」に変更することでカンタンに対応できる。他のコーデックと違って「自動」以外のオプション設定はなく、圧縮率も変更できない。実にシンプルだ。
ロスレスフォーマットとしては以前よりフリーのロスレスフォーマット「FLAC」がポピュラーな方式として利用され、ハイレゾ音楽配信などでも利用されているが、Appleロスレスとは互換性はない。iTunesではFLACファイルを再生することは不可能で、iPhoneでもそのままでは再生することはできない。
第5世代以降のiPhoneでは「FLAC Player」(有料)やオンキヨーの「HF PLAYER」(ハイレゾ再生は拡張パックの「HD Player Pack」[有料]が必要)といったアプリを購入することでFLACファイルの再生は可能となるが、通常の音楽とは管理方法が異なり、「書類」としてアプリケーションに直接ファイルを渡す必要があるため、ライブラリの管理は不便になる。すでにFLACファイルを持っている場合を除けば、これからiPhoneを中心に新たなライブラリを構築するのであればFLACを選ぶ必然性は少ない。
ところで、長年ロスレスの主流として利用されてきたFLACとAppleロスレスにどのような違いがあるのか少々気になっていたが、「AV Watch」に関連する記事が掲載されていた。
●藤本健のDigital Audio Laboratory 「FLACとApple Lossless圧縮で、変換速度や圧縮率に違いはある?」(AV Watch)
http://av.watch.impress.co.jp/docs/series/dal/20140526_650133.html
藤本氏のこの連載は500回以上続く歴史あるシリーズで、プロオーディオの観点から実証的な実験を重ねる興味深い記事が数多く掲載されている。この他にもロスレス圧縮に関する記事のほか、広く圧縮フォーマットに関する記事がたくさん掲載されているので、より深く詳しく知りたい人はぜひチェックすることことをお勧めする。
ロスレス圧縮のメカニズム
ロスレス圧縮はデータを捨てるのではなく、収納スペースを上手にやりくりすることでサイズを小さくしようという発想だ。デジタル信号というのは1であっても0であっても1bitを消費する。まったくの無音であっても0というデータが延々と記録され続け、音楽CDフォーマットの場合1分間で約10.6MB、1時間では約635MBの容量が消費される(音楽CDの盤面上にはEFM変調されて記録されるため0が連続することはない)。これはもったいない。ということで同じデータが連続するところなどではうまくスペースを詰めてサイズを小さくしましょう、というのがロスレスの考え方だ。
PCで大きなファイルをメールで送るときなどにZIP形式で圧縮することはよく行われるが、これもロスレス圧縮だ。音楽のロスレス圧縮ではZIP圧縮などで用いられる数学的手法を駆使してリアルタイムでファイルサイズを圧縮、展開する。PCではテキストファイルやプログラムファイルなどは結構小さくなるが、MP3やJPEGなどすでに圧縮されているファイルは思ったほど小さくならずに困ったことがあるだろう。
音楽のロスレスフォーマットも同じで、複雑に音が変化する曲だとあまり小さくならない。このようにロスレスフォーマットは圧縮率が一定しないことは意識しておく必要がある。一方でAACやMP3などの可逆圧縮は、基本的にはデータを切り捨てでも常に定められた一定の圧縮率(正確には単位時間当たりのビットレート)に収めることを優先しているため、事前にどれくらいのサイズになるか予測できることが特徴だ。
AppleロスレスやFLACなどの音楽のロスレス圧縮での平均的な圧縮率は1/2から1/3程度になる。ファイルサイズとしては音楽CDの半分から30%くらいになると見込んでおけばよい。iTunesの初期設定の256kbps AACの圧縮率は約1/5.5。音楽CD1枚分のスペースにロスレスならば2~3枚、AACならば約5.5枚入る計算となる。
ライブラリーを作る
音楽をリッピングしてコレクションを充実させていく作業はとても楽しい。クルマの中がいつでも自分の好きな音楽で満たされるのは素晴らしいことだ。しかし、そのためには時間の蓄積と手間ひまがかかる。あとで後悔しないためには、ライブラリを作る前に少しだけ検討を行うべきであろう。
使用する圧縮コーデックはできるだけ上位のフォーマットをセレクトしておくのがよい。最初は非可逆のAACで何の疑問を感じなくても、オーディオシステムをグレードアップするうちに音に目覚め、後で不満が出るとやり直すのはたいへんだ。iPhoneを音楽プレーヤーとしてiTunesでライブラリ構築する際は、ファイルサイズはやや大きくなるがAppleロスレスを選んでおくのがベストだ。
音楽が増えてくると重要性を増すのが「タグ情報」による楽曲管理だ。楽曲数が少ないうちはあまり気にならないが、音楽CD数百枚分に達すると「ジャンル」「アーティスト名」「アルバム名」といった情報が重要になってくる。iTunesではインターネットが接続されているとグレースノートのメディアデータベースを使用して楽曲のタグ情報が取得できる。たいていの音楽CDでは問題なくデータが取れるはずだが、マイナーなタイトルや市販されていないオリジナルの音楽CDの場合はデータは登録されていないので、面倒でも手作業で打ち込んでおいた方が後々便利だ。AACやMP3はもちろん、Appleロスレスもファイルにタグ情報を埋め込むことができるので、ライブラリ構築には不自由しない。
非圧縮という選択
さて、ここまでライブラリ構築にふさわしいコーデックとしてAppleロスレスを紹介してきたが、これとは別にもう1つ選択肢がある。音楽CDのフォーマットは「リニアPCM」とよばれるデジタル信号だが、これに手を付けずにそのまま「ベタ」で記録する方法だ。これが「非圧縮」フォーマットだ。
iTunesでは「WAV」エンコーダと「AIFF」エンコーダの2つの非圧縮フォーマットが選択できる。「WAV」はファイルの拡張子名が一般化した名前で、本来はマイクロソフトのWindows用に作られた「WAVE」が正式名称。ADPCMなどの収納も可能だが、主に非圧縮のリニアPCMデータの格納に用いられている。一方「AIFF」はアップルのMacintoshで主に使用されているフォーマットで、こちらは非圧縮PCMのほかに圧縮データの格納もできるようになっている。
●槻ノ木 隆のBBっとWORDS その103「WAVの構造と現状」(BB Watch)
http://bb.watch.impress.co.jp/cda/bbword/16386.html
●槻ノ木 隆のBBっとWORDS その104「AIFFの構造」(BB Watch)
http://bb.watch.impress.co.jp/cda/bbword/16493.html
音質を重視する人は非圧縮にこだわりWAVフォーマットを使う人も多い。原理的にはAppleロスレスやFLACのロスレスフォーマットも完全に元のデータが復元できるのでWAVファイルとは音質的な差異はないはずだが、方式や手順が異なれば音が変わるのがオーディオの世界。両者の音質の違いを指摘する声があるのは事実だ。
データとしては両者の違いはなく、ロジックとして正確に解明されているわけではないが、ロスレス方式の場合、信号をデコードする際にシステムの負荷が大きい、あるいは再構築する手順が加わり、時間軸でのわずかな差異や揺れ(ジッター)が影響するのではないか、といった違いが指摘されることが多い。
WAV形式はロスレス方式との比較でも音質的には有利に見えるが、実際にライブラリを構築する観点で見ると必ずしもベストとは言えない側面がある。まずロスレス方式に比べてファイルサイズが大きく、iPhoneに収録できる曲数が半分から1/3程度に減ってしまう。収納効率は非常にわるいのだ。
さらにWAVファイルはアルバム名などの楽曲情報をタグ情報として記録できない点が不便だ。iTunesで管理している限りはiTunesが独自のデータベースを用意することで楽曲情報が表示できているが、これはファイルそのものに記録されているわけではない。たとえばパソコンを買い換えたりOSをアップデートする際に、iTunesのデータベースを適切に保存・復元しないと楽曲情報は消えてしまう。もちろん、ファイル単体をiTunesの外にコピーして持ち出した時にも楽曲情報は一緒には付いてこない。
Macを使用した音楽制作現場などでよく使用されるAIFF形式は、一般的なオーディオ機器で再生できないので、ライブラリ構築には不向きだ。
利便性を考えた現実的な選択としてAppleロスレスの優位性は変わりない。将来よりよいフォーマットが出現したとしても、iTunesの機能の1つでプレイリストを作って、ブランクCD-Rに音楽CD(iTunesのメニュー上は、ディスクフォーマット:オーディオCD)として書き出せば、音楽CDと同様に扱うことができ、結果WAV形式として取り込むことができる。WAVファイルになれば先ほどのシステム負荷などの問題については軽減されるだろう。Appleロスレスは音楽CDのオリジナルデータと同等に戻せるので、将来的に長期にわたって使用する保存用のフォーマットとして安心して使い続けられる。
Appleロスレスの活用方法
Appleロスレスの問題点はAACと比べてファイルサイズが大きいことだ。Appleロスレスを使用したいが手持ちのiPhoneの残容量が不安で踏み切れないという場合は、iTunesで転送する際にAACに変換して送る機能がある。iTunesの転送メニューでビットレートを指定すれば自動的に変換が行われるので手間はかからない。
この方法は変換作業のため転送に時間がかかるが、iTunesには時間のある時にあらかじめ別にAACバージョンを作成しておく機能も用意されている。この機能を使用すると同じ曲に対してAppleロスレスとAACの2つのバージョンができるので管理に工夫が必要となるが、Appleロスレスに対応していない機器で再生したい場合などにも便利に使える機能だ。
現在所有する機材では容量や対応モデルの問題でAppleロスレスが使いにくい状況であっても、将来的にはメモリー価格は大きく低下するのは確実だ。初代のiPhoneの容量は4GB~16GBと現在の1/4であった。次の買い替えのタイミングではより大容量モデルの入手が容易になっていることだろう。オープンソース化により今後Appleロスレスに対応する機器やサービスはさらに増えて行くことが見込まれている。ハイレゾ音楽にもフォーマット的には対応しているので将来性にも問題はない。
さて、ここまででビットパーフェクトでリッピングを行い、ロスレス方式でライブラリを構築するところまで話を進めた。次回は実際にクルマに最新のAVナビを装着してiPhoneの音楽を楽しむ方法を探求してみよう。