特別企画

【特別企画】日下部保雄のEVレースに参加してみました

 ある日1本のメールがあった。同業者の菰田潔さんからでEV(電気自動車)レースへの参加の誘いだった。菰田さんはEVレースの団体であるJEVRA(日本電気自動車レース協会)が始まった時からのお付き合いで、何回かEVレースに参加している関係で、私にもお誘いの連絡があったというわけだ。

 JEVRAはレース終了時に電池残量がギリギリというエコ耐久に近いレースを開催しており、微妙な駆け引きが勝敗を決める。もともとEVと耐久レースは相性がわるい。言うまでもなくEVは航続距離がいつも問題になるが、使ったエネルギーを回生する間もなく全開走行が多いレースを行うと、あっという間に電池残量がなくなる。

 さて今回、私がドライブする車両は三菱自動車のi-MiEV。三菱自動車の所有で、このクルマそのものはアメリカの著名なヒルクライム、パイクスピークに昨年出場したクルマである。パイクスピークは文字どおり山登りの競技で、モーターは回りっぱなし、エネルギーは出しっぱなしになるので20kmの山登りも航続距離としてはギリギリと言われる。

 i-MiEVは写真のようにカラーリングこそ華やかで、いかにも競技車然としているが、ほとんどノーマル。ベースが北米仕様であり(実はi-MiEVは北米でも販売されているのだ)その為に外観上では大型の突き出したフロントバンパーが国内仕様とは異なる。

 モーター出力は49kWで国内仕様の47kWよりは高出力となっているが、バッテリーは16kWhで変わりがないので、電費は若干わるくなりそうだ。

 サスペンションは基本的に市販車と変更がなく、ダンパーのみ減衰力を高められている。このほかではブレーキパッドが変わっているのが機能パーツでの主な変更点。つまりほぼノーマルである。

 室内はコックピットを張り巡るロールゲージに交換されたバケットシート、ステアリングホイール、それに助手席やリアシートも取っ払われているのでここだけ見ればレーシングカーそのものだが、付加物と撤去物の行って来いで重量はほとんど変わらない。ちなみにタイヤもノーマルのダンロップ エナセーブでフロント:145/65 R15、リア:175/60 R15である。

 カテゴリーはシンプルで、今回は4つのクラスに分かれる。綜合優勝を争う「EV1」はモーター出力が110kW以上。ここにはテスラ「ロードスター」などが入る。「EV2」はモーター出力が60kW~110kW未満。日産「リーフ」が主力だが、今回はマツダ「デミオEV」が参加する。

 あまり知られていないがマツダもデミオEVを100台ほど実験的に販売している。「EV3」は私が参加するクラスでモーター出力が60kW未満でi-MiEVが主力になるが、スマートEVもこのクラスに入る。そして市販車ベースでバッテリーとモーターをコンバートした「EV-C」クラスがある。このほかに、レース専用の「EVプロトタイプ」もあるが、今回は出走していない。

さまざまなEVが参加

 このクラス分けで分かるように、レースは本格的なレーシングカーというよりも普段乗っているEVをサーキットで遊ぼうというのがコンセプト。レースが行われる袖ヶ浦フォレストレースウェイは千葉県の袖ヶ浦市にあるクラブマンコースで1周2436m。2つのタイトコーナーを含んだアップダウンのあるレイアウトでEVにとって優しいコースではない。我々のレースは50㎞のレース距離だから、およそ21周走ることになる。と言ってもEV1クラスとはラップタイムが違うので、EV1クラスが1周何秒で走るかによってEV3クラスの周回数が変わってくる。ここも頭を使うところだ。

 レース当日の天候は曇りで肌寒く、風も強い。気温が上がらないのはEVにとって幸いだが、風はどのように影響を及ぼすのか初めてのレースで未知数だ。

 車検は安全面を中心に行い、いよいよ予選。一応満タン(満充電)でスタートして、どれだけ電池が減るかチェックする。回生ブレーキが強く効くBレンジを選択してタイムアタック的なことをやると16コマあるバッテリーインジケーターが1周で1目盛り弱減ることが分かった。走り方を探りながら出たタイムは1分38秒29(自己計測)。まだまだ伸びそうだが、手探り状態ではこんなものではないだろうか。

 さらにエネルギーモニターを見ながら、電気を浪費しないように走った時は1分45秒代で2周1目盛りの減り方だった。どうやら決勝では1分42秒ぐらいが目安になりそうだ。

 さて予選から決勝まで時間がたっぷりあるのがEVレースの特徴だ。この間に充電を行うためである。公平に30分の急速充電を行い、ほぼ満タンになったところで普通充電で、きっちりと満タンにする。急速充電は日本の急速充電規格のCHAdeMOにあてはまる菊水電子工業の急速充電器で行う。

充電中

 インターバルでは、ワールド・エコノ・ムーブ第1戦が開催されて、これはシングルシーターのマイレージマラソンのようなモデルで、主催者から支給されるバッテリーで2時間の耐久レースを戦うものだ。ゆっくりと走っているが、これはこれでマシンも人間も立派な耐久だ。電動KARTレースもあって、手作り感満載で思い思いに電気自動車を楽しむ1日だ。

レースのインターバルに開催されたワールド・エコノ・ムーブ第1戦

 決勝前にどうやってレースを組み立てればいいのか、経験者から情報収集しつつ、三菱自動車のEVエンジニア、乙竹さんやブランド推進部の露木さんに話を聞いているうちに何となくこんなものかなというレース像が見えてくる。とは言いつつ、予選タイムを見てもリーフとは競争になりそうもないし、同じEV3クラスのi-MiEVは計2台しかいないのでレースとしては取りあえずこのi-MiEVの前にいればいいことになる。

 決勝はスタンディングスタート。電気をケチルためにグリットまでピットクルーに押してもらう。シグナルのレッドが点灯し、これが消えた時にスタートが切られる。実はEVはエンジン始動がないために、スタンバイできたと思ってもまだREADYモードに入っていないことがあり、本当にREADYになっているか確認しておく必要がある。話には聞いていたので用心して確認してみたが、やっぱり入っていなかった。時間に余裕があうのでもう一度やり直して難を逃れた。

グリッドまで手押しで移動

 やがてレッドランプが消えて、スタートする。ガソリン車と違って極めて静かなスタートだ。観ていなかったら、いつスタートしたか分からないと思う。もっともコックピットに座っているとやることは変わらないけど……。

 EV1クラスのラップタイムからみて2周減の19周で電池を使いきれるように走りを組み立てる。最初のレースなので、エネルギーモニターとバッテリーインジケーターを見ながら、ギアはBを基本にECOモードも使っていろいろとトライしてみる。

スタート前風景

 回生量とブレーキ力が欲しいので減速にはBレンジ使ってなるべくフットブレーキを使わないで走る。このためコーナリングラインは極力ハンドル舵角が小さく、曲率半径を大きく取れて抵抗の小さいコンパクトカーを走らせるようなものになる。フットブレーキはほとんど使わない。使っても回生が期待できる引きずるような使い方をするがどうも走りのリズムが取れない。

 加速時はECOモードに入れてアクセル開度が大きくなっても電気をセーブして走る。加速力が得られないがECOランには適している。もちろんアクセルでセーブしてもいいが、この方法はよりイージーだ。

 こうして出たタイムは41秒~42秒近辺。ピットからは常に状況の指示が出ていたのでバッテリーの消耗には余裕があり、レース半分を過ぎてもかなり余裕がある。さらにEV1クラスは1台が脱落したために、トップを走る車輛が余裕のあるレースができたためだと思うがペースが安定しており、こちらは3ラップ遅れとなった。

 この結果、電池残量はさらに余らせることになり、結局チェッカーが出た時点で3目盛りも余ってしまった。当初予定の19周にしても余り過ぎで、EVレース初心者のボロがでた。ま、後で計算してもEV2には追い付かなかったので仕方ないな。

 結果は総合6位。EV3クラスでは1位だったが、クラスは2台のみで成立しなかったのが残念だ。

 レースをやってみて顕著に分かったことはEVは連続して全力走行するとバッテリーが過熱して出力が落ちてしまい、放電も大きくなる。EV1クラスではペースが速いのでこの作戦が大変そうだ。電池をいかに上手に使い、ラップタイムを上げるか、競争は電気であろうとガソリンであろうと同じだ。

 そしてレースはEVにとっても日常では得られないデータを取ることができて興味深い。そう、これはガソリンエンジン車の初期のレースと同じではないか。EVレースはこれから面白くなるに違いない!

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会長/12~13年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:高橋 学