特別企画

【特別企画】ヨコハマタイヤのF3への取り組み

未来のF1チャンピオン達の靴を提供し続けて30年

トップフォーミュラレースの登竜門となるF3。全日本F3ではレベルの高い戦いが繰り広げられている

 ヨコハマタイヤ(横浜ゴム)は日本を代表するタイヤメーカーで、モータースポーツ活動に積極的なメーカーの1つとしてファンにも認知されている。FIA世界選手権であるWTCC(世界ツーリングカー選手権)にワンメイク供給しているほか、日本のSUPER GTではGT500に参戦しているのはもちろんのこと、GT300では大多数のチームにタイヤを供給しており、SUPER GTを足下から支える存在だ。ヨコハマタイヤは、そうしたトップカテゴリーへのタイヤ供給と同時に、より下位のカテゴリー、具体的には育成カテゴリーとよばれる全日本F3選手権にもタイヤを供給している。

 日本の最高峰シリーズとなるスーパーフォーミュラの直下になるのがF3で、ヨコハマタイヤは2011年からワンメイクでタイヤ供給を続けており、2013年もワンメイク供給を行う。ヨコハマタイヤとF3の関わりは、そうした全日本F3選手権だけではない。F3というのは、日本だけのローカルなレースでなく、FIAが決めているグローバルな規格であるのため、世界各国でF3シリーズが行われており、日本以外にも、ユーロF3、イギリスF3、ドイツF3などが知られている。ヨコハマタイヤはドイツF3にもタイヤを供給しているほか、毎年11月に各シリーズのトップランナーを集めて行われるマカオGPにも実に30年に渡りタイヤを供給するなど、F3への供給は長い歴史を誇っている。

 ヨコハマタイヤがF3にタイヤを供給する意味、さらには育成カテゴリーとしての難しさなどについてお話しをうかがってきたので、その模様を紹介していきたい。

ほとんどのF1チャンピオンが、1度はヨコハマタイヤのタイヤでレース

 F3(Fomula 3)というのは、その名称からも分かるように、3番目のフォーミュラという意味で、F1からみて2つの下のカテゴリーになる車両を利用したレース。その昔、現在のGP2に相当するカテゴリーとして1984年までF2というカテゴリーが存在しており、上からF1>F2>F3という階層構造ができていた。このため、最終的にF1ドライバーになりたいと考えるのであれば、F3に参戦し、活躍が認められればF2へとステップアップ、そこでF1チームの目にとまればF1へとステップアップするという王道ができあがっていたのだ。

 近年では、F2がF3000になり、現在はGP2となっているが、それでもF1>GP2>F3という階層構造に関しては今も変わらず続いている。ただし、現在ではGP2直下のシリーズとしてGP3が設定されており、近年ではF3に参戦せず、GP3→GP2というステップを経るドライバーも少なくないが、今年からFIAがユーロF3(ヨーロッパのF3選手権)のテコ入れを図っているため、今後F3の重要性が見直されると考える関係者は少なくない。

 ヨコハマタイヤがタイヤを供給する全日本F3選手権も、FIAが決定しているF3規定の車両とエンジンを利用したレースになる。シャシーに関してはワンメイクではないのだが、事実上イタリアのダラーラが製造するシャシーのみが利用されており、ワンメイクになっている。エンジンに関しては、以前は市販されているエンジンブロックを利用するという規定だったのだが、今年から新規定となり、WTCCやWRCで利用されるGRE(グローバルレースエンジン、1.6リッター直噴ターボ)をベースに、2.0リッター自然吸気にした新エンジンが導入されることになった。このため、今年の全日本F3選手権には、トヨタトムス TAZ31、ホンダMF204D、トダTR-F301という3つの新エンジンが導入され、エンジンの開発競争も行われているのだ。ただし、育成カテゴリーという位置づけもあるので、エンジンにはエアリストリクター(吸気制限装置)がつけられており、馬力を制限することで、できるだけイコールコンディションを実現する取り組みが行われている。

 世界中のF3選手権で同じF3規定が利用されていることで、日本で行われている全日本F3選手権に参加している車と、ヨーロッパで行われているユーロF3の車がイコールコンディションで競争することが可能になっている。国際的な交流戦の開催も盛んで、8月にオランダのザントフォールトで行われるマスターズF3、11月に行われるマカオGPが有名で、前者のマスターズがヨーロッパ王者を決める位置づけであるのに対して、マカオGPには全日本F3の上位ランカーも参加するため、F3世界一を決めるレースとしてプレステージが高いレースとなっている。

ワンメイクタイヤのため1銘柄におけるタイヤの使用量は多い。JF3とは。Japan F3の略号

 実際マカオF3に優勝して、あるいは上位入賞してF1へとステップアップしていったドライバーは数多い。アイルトン・セナ、ミハエル・シューマッハ、ミカ・ハッキネン、ジェンソン・バトン、ルイス・ハミルトン、セバスチャン・ベッテルといったF1チャンピオンは、いずれもマカオF3を経由してF1へとステップアップしていった面々だ。現役のF1ドライバーに枠を広げるなら、マーク・ウェバー、ニコ・ロズベルグ、ロマン・グロージャン、ポール・ディレスタ、エイドリアン・スーティル、バルテッリ・ボッタス、ダニエル・リカルド……と、名前をあげているとキリがないのでこれぐらいにしておくが、逆に言えばF1チャンピオンでマカオF3を経験していないのは、フェルナンド・アロンソとキミ・ライコネンぐらいだ(彼らはF3をすっ飛ばしてF1に昇格しているからだ、つまりそれぐらいの逸材だと最初から認められていたということだ)。

 このマカオGPに、ヨコハマタイヤは1983年からタイヤを供給し続けている。この1983年のレースというのは、マカオGPがF3規定で行われた最初のレースで、この時に優勝したのが、後に1988年、90年、91年とF1チャンピオンとなるアイルトン・セナだ。それから30年に渡り、ヨコハマタイヤはずっとマカオGPにタイヤを供給してきたので、先ほどあげたチャンピオン達も、現在のF1の中心選手となっている面々も、ヨコハマタイヤのタイヤを履いてレースをして、その結果が認められて上位カテゴリーへと進んでいったのだ。これがヨコハマタイヤとF3の歴史だ。

未来のスターを青田買いできるF3にも注目して見よう

 そうした長い歴史を持つヨコハマタイヤのF3への取り組みだが、全日本F3選手権へのタイヤ供給は2011年からと比較的歴史が新しい。かつて全日本F3選手権が、複数のタイヤメーカーのコンペティションで行われていた時代にヨコハマタイヤは参戦しており、1984年にはチャンピオンタイヤにもなっている。その後、全日本F3は長年にわたり、他のタイヤメーカーによるワンメイクとなっていた。その間もヨコハマタイヤはマカオグランプリを始め、ドイツF3やアジアンF3などの海外のF3シリーズへワンメイクタイヤを供給しながら、継続して技術を蓄積していた。全日本F3では2011年ヨコハマタイヤがワンメイクタイヤとして指定され、今年で3年目ということになるが、実はこの2年は全日本F3選手権にとって、非常にドラマティックな2年だった。

 というのも、全日本F3には、FIAの定めるF3規定に基づいて行われるCクラスと、型落ちのマシンとエンジンを利用して低コストに戦えるように配慮されているNクラスという2つのクラスが用意されており、それぞれにチャンピオンシップがかけられている。このうちCクラスには、スーパーフォーミュラにも参戦しているトヨタのワークスチームであるトムスが2台をエントリーさせており、2010年まではわずかな例外を除きトムスに所属したドライバーがチャンピオンになってきたからだ。実際、トムスは、マカオF3でも強豪チームと認識されており、世界的にもレベルの高いチームであるため、トムスに所属しなければチャンピオンになれないと言えるほど、他との差が大きかったのだ。

 ところが、2011年、2012年ともに、その最強チームであるトムスがチャンピオンを獲得することができなかった(強いチームというのは負けるのもニュースになるモノだ)。2011年には関口雄飛(現在はMOLAからSUPER GTのGT500に参戦中)、2012年には平川亮(今年からスーパーフォーミュラにステップアップし、ルマンから参戦中)とトムス以外に所属したドライバーがチャンピオンを獲ったのだ。それぞれ、いずれはニッサン、トヨタを背負って立つドライバーになるのではと期待されている。

横浜ゴム スーパーバイザー 森伸一氏

 そうした育成カテゴリーにタイヤを供給する意義について横浜ゴムでF3タイヤを担当し、スーパーバイザーを務める森伸一氏は「我々技術としては、ユーザーとなる若いドライバー達に安心して走ってもらえるタイヤを供給できることに意味があると考えています。それが我々のモータースポーツに対する熱意を表現する形だと思っていますので」と説明する。トップカテゴリーのスーパーフォーミュラであれば、メディア露出の機会も多く、ブランド価値を上げるマーケティングも可能だが、育成カテゴリーだとメディア露出もどうしてもモータースポーツ専門誌に限られてしまうため、どちらかと言えば、モータースポーツという産業を支える活動として捉えているようだ。

 森氏によればF3に供給しているタイヤは「ワンメイクですので、何よりも壊れないタイヤで、スタートからゴールまできっちりと持つタイヤを目指しています。また、F3では年間で30セットしか使えない規定がありますので、セッティングなどは中古のタイヤで行うのですが、それを新品セットに換えるとバランスが崩れたりすることがあるのです。このため、そういうことがないようななタイヤを作るように心がけています」と語る。

 すでに述べたとおり、F3は若手の育成カテゴリーという位置づけであるので、「若手のドライバーにアドバイスする機会は多いのですか?」と聞いてみたが、「全日本F3は非常にチームのレベルが高いです。特にメーカー系のチームはスーパーフォーミュラに出ていてもおかしくないぐらいのレベルで、チームのエンジニアがすでに把握している場合が多いです。このため、我々がアドバイスする前にすでにエンジニアの方が同じことを言っていることが多くて、我々からアドバイスすることはほとんどないですね」(森氏)と意外な答えが返ってきた。トヨタ系のトムス、ホンダ系のHFDPレーシングなど、Cクラスに参戦しているメーカー系のチームはエンジニアのレベルも含めてプロの領域なので、若いドライバーにとってはそうしたエンジニアに話を聞くのが精一杯で、タイヤメーカーのエンジニアに話を聞きに行く余裕はないのかもしれない。ただ、森氏によれば、「話を聞きに来てもらっても構わない」とのことだったので、若手ドライバーで時間があるようならどんどん話を聞きに行ってみればよいのにと感じたことを付け加えておく。

 もちろんヨコハマタイヤ側から疑問がある場合には、ドライバーの所にいって話を聞く場合もあるようだ。実際、スーパーフォーミュラと併催された全日本F3選手権の開幕戦では、パドックの裏で森氏が上位入賞したドライバーに話を聞いて回る様子が見られた。若いドライバーにとっては、経験豊富なエンジニアとディスカッションすることは、将来の財産となるだけに、産業としてのモータースポーツへ貢献しようとしているヨコハマタイヤの姿勢が伝わってくる場面と言えるだろう。

 なお、すでに述べたとおり、ヨコハマタイヤは全日本F3だけでなく、ドイツF3、さらには11月に行われるマカオGPにもタイヤを供給しているが、ヨコハマタイヤがシリーズにも供給する全日本F3/ドイツF3勢が有利になり、そうではないユーロF3勢が不利になるということはないのかも気になったので聞いてみた。森氏によれば「マカオGPに供給しているタイヤは基本的にはシリーズに供給しているモノとはまったく違うスペックになります。マカオはサーキットではなく公道コースになりますので、一般路面でμが低く非常に滑ります。その分グリップを重視したスペックになっています。一方で、1年を通して、冬の冷たい路面から真夏の灼熱の路面までさまざまなコンディションとなる全日本F3やドイツF3では、よりグリップやコントロール性の安定した仕様が必要となってきます」とのことっで、普段供給しているタイヤとは異なるスペックであるため、参加地域による有利不利はないようだ。

になっています。一方で、1年を通して、冬の冷たい路面から真夏の灼熱の路面までさまざまなコンディションとなる全日本F3やドイツF3では、よりグリップやコントロール性の安定した仕様が必要となってきます。

 これまでモータースポーツファンにとって全日本F3選手権は、テレビ放送がされていないこともあり、サーキットに行かないと見ることができないレースだった。しかし、今年はインターネットのストリーム放送(USTREAM)を利用してのライブ中継(および最後に放送されたレースのアーカイブ再生)が行われている(全日本F3のWebサイト[http://www.j-formula3.com/]から視聴することができる)。

 F3のような育成カテゴリーに注目する楽しみは、言うまでもなくいち早く未来のスターのファンになれることだ。ライブハウスで見ていたアーチストが気がつけば東京ドームでライブをするような大物になるということは音楽の世界で起こる話だが、そうした時にライブハウス時代から見ていたファンにとっては、自分が育てたような気持ちになりより愛着が深まるということがあるだろう。

 それと同じことが、F3のような育成カテゴリーでも起こりうる。今F3で走っているボーイズ達が、近い将来にスーパーフォーミュラやSUPER GTで活躍する時代がやってくるのだ。その時にF3から見続けて入れば、疑似保護者体験ができる、そんな楽しみがあるのではないだろうか。ぜひとも、未来のスター達の今にも注目する意味で、全日本F3にも注目して見てほしい。

 なお、次は第6戦、第7戦が岡山国際サーキットで6月29日~30日に開催される。

笠原一輝