特別企画

【新生SF応援企画】日本のトップフォーミュラの足を数十年にわたって支えるブリヂストン

新スペックタイヤがレースをおもしろくした

 ブリヂストンは、言うまでもなく日本最大のタイヤメーカーで、グローバル市場でも仏ミシュラン、米グッドイヤーなどと激しくシェアを争っている。ブリヂストンとモータースポーツと言えば、2010年末で惜しまれながら供給を休止したF1世界選手権用タイヤが記憶に残っている読者も多いだろう。1997年の初参戦以来、14シーズンにわたってタイヤを供給し、参戦2年目にしてミカ・ハッキネン(マクラーレン・メルセデス)とチャンピオン獲得、そのF1参戦史は、多数の勝利と共に記憶されている。

 だが、ブリヂストンとフォーミュラカーには、F1参戦よりも古い歴史を持つシリーズがある。それが、1973年に開始された全日本F2000選手権、1978年からの全日本F2選手権、1987年からの全日本F3000選手権、そして1996年からのフォーミュラ・ニッポンだ。名前こそ変わってきたが一貫して日本のトップフォーミュラ選手権として行われてきたこれらのシリーズに、ブリヂストンはタイヤを供給し続けてきたのだ。

 そして2013年、フォーミュラ・ニッポンはスーパーフォーミュラへと名前を変えて新たなスタートを切ったが、その新シリーズにも引き続きブリヂストンはタイヤをワンメイク供給している。ブリヂストンがスーパーフォーミュラにタイヤを供給するモチベーションについて、そしてチーム間の勢力図に影響を与えているとしてクローズアップされている新タイヤについてお話をうかがった。

1997年からのF1参戦に活用された日本のトップフォーミュラでの経験

スーパーフォーミュラのタイヤについて話をうかがった、ブリヂストン モータースポーツ推進部 モータースポーツ第1課長 岡田幸一氏(右)と、MSタイヤ開発部 設計第2ユニット 課長 細谷良弘氏(左)

 冒頭でも記したとおり、日本のトップフォーミュラの選手権は、全日本F2000選手権(1973年~77年)、全日本F2選手権(1978年~86年)、全日本F3000選手権(1987年~95年)、全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(1996年~2012年)と変遷を続け、JAF公認の最高峰フォーミュラのレースとして日本のモータースポーツの頂点に君臨し続けてきた。そして、これまでと同様、日本のモータースポーツの最高格式としてスーパーフォーミュラが今年スタートを切った。

 ブリヂストンは、日本のトップフォーミュラ(F2000→F2→F3000→フォーミュラ・ニッポン)へのタイヤ供給を切れ目なく続けている。特に1980年代前半のF2時代から1990年代前半のF3000時代は、日本経済が空前の好景気(後にバブル経済と言われる時代だ)を謳歌していたこともあり、多くのスポンサーがモータースポーツに資金を提供し、1990年、1991年の全日本F3000選手権には30台を超えるエントリーが集まり、予選落ちが出るほどだった。当然のことながら、エントリーが多いということは、それだけ競争が激しくなるということで、非常にハイレベルで厳しいレースが展開されていた。

 この時代、トップフォーミュラ用タイヤはワンメイク供給ではなく、ブリヂストンに加えて、ダンロップ(住友ゴム)、アドバン(横浜ゴム)の3社がタイヤを供給しており、毎戦激しい競争を繰り広げていた。1989年と1994年こそダンロップユーザーにチャンピオンを譲ったものの、それ以外の年はブリヂストンがチャンピオンを獲得しているなど大成功を収めている。

 この時のタイヤ開発の経験が、後のF1参戦(1997年~2010年)へとつながっていったのは有名な話で、F1で活躍したエンジニア達もF3000選手権などで鍛えられ、その時の経験がF1でのグッドイヤー(チャンピオンシップで1勝1敗)やミシュラン(同5勝2敗)との戦いで多いに活用されたのだ。

「ポテンザ」ブランドを訴求するためのモータースポーツ参戦

 ブリヂストン モータースポーツ推進部 モータースポーツ第1課長 岡田幸一氏は「スーパーフォーミュラは国内最高峰のフォーミュラカーレースであり、最高峰の技術が求められる場です。そうしたシリーズに対して弊社のタイヤを供給することは、タイヤの品質をアピールすることができる絶好の場であると考えています」と、昨年までのフォーミュラ・ニッポン、そして今年からのスーパーフォーミュラへタイヤを供給することの意義を語る。

 タイヤメーカーにとって、モータースポーツに参戦する意義は、そこに競争がある場合には技術競争に参加することで自社の技術を磨くという側面と、その競争に勝つことで自社ブランドをアピールできるという企業宣伝な側面の両面の意味がある。そうした側面を持つシリーズとしては、複数のタイヤメーカーが参戦しているSUPER GTが挙げられるだろう。ここ近年のSUPER GTは、GT500でも、GT300でも激しいタイヤ戦争が繰り広げられており、タイヤメーカーにとってこの競争に勝ち抜くことは企業宣伝の意味でも、技術を磨くという意味でも大きな価値がある。

 しかし、スーパーフォーミュラのようにタイヤはワンメイク供給で、タイヤに関しては競争がないという場合には、別の面からのメリットが必要になる。ブリヂストンがどのような条件で各チームにタイヤを供給しているのかは公表されていないが、こうしたワンメイク供給では一般的にはチームはタイヤメーカーに対してある程度のコストを払ってタイヤを買うという契約になっているが、参戦している各車両にブリヂストンのロゴが貼られていることからも分かるように、タイヤメーカーが持ち出している部分もかなり大きいと考えられる。つまり、タイヤメーカーとしてもそこに何らかのメリットが必要で、そうでなければ株主などステークホルダーに対して説明できない出費になってしまう。

 ブリヂストンの岡田氏は「弊社ではスーパーフォーミュラなどモータースポーツ活動で『POTENZA(ポテンザ)』のブランドを前面に出しています。このポテンザに対するお客様のイメージは間違いなくモータースポーツから来ており、モータースポーツ活動抜きにしてポテンザのアピールはできないと考えています」と述べ、ポテンザのブランドイメージ向上がブリヂストンのメリットだと考えている。ポテンザブランドのタイヤは、RE050やS001、RE-11Aなどいずれもハイパフォーマンスな市販タイヤ。モータースポーツと共通のブランドを使うことで利用されている。つまり、ブリヂストンのモータースポーツ=高性能タイヤという図式がすでにできあがっているのだ。

 確かに、一般消費者にとって、自分の使っているタイヤがレースで使われていると言われれば、なんか凄そうに感じるものだ。私事になるが、筆者が小学生だったころ、1985年に富士スピードウェイで行われたWEC in Japan(世界耐久選手権)というレースで、星野一義氏(現インパル代表)がマーチ85C・ニッサンを駆って、豪雨の中を激走し、日本メーカーとして初めてWECで勝ったレースをテレビで見ていたが、その時のレーシングカーのリアウイングに“POTENZA”のシールが貼られているのを見て「ポテンザすげー」と子供心に刷り込まれたことを今でもよく覚えている。そこまで極端でなくても、一般消費者のブランドイメージというのは、そうしたことの積み重ねで徐々に作られていくものだ。その意味で、コアなレースファンが注目している日本のトップフォーミュラにタイヤを供給し続けることには大きな意味があると言えるだろう。

 なお、スーパーフォーミュラの主催者であるJRP(日本レースプロモーション)が今年から名前を変えたのは、日本のシリーズのイメージが強い“フォーミュラ・ニッポン”から脱却することで、アジアなどより大きな市場へ展開していきたいという意図がある。今年の8月には韓国のインジェにあるコリア・インターナショナル・サーキットでシリーズ戦が行われる予定となっている。こうした新しい展開について「日本だけでなくアジア地域へのグローバルなマーケティング活動にモータースポーツという素材を使っていけますので、マーケティング的な広がりがでてくるという意味で歓迎しています」(岡田氏)と、タイヤメーカーとして歓迎しているそうだ。

新スペックのタイヤが大きな話題を呼んだ開幕戦

 すでに述べたとおり、スーパーフォーミュラでは、ワンメイクタイヤ制になっている。タイヤを供給しているのはブリヂストン1社であり、競争がないためタイヤが話題になることはほとんどない。「ワンメイクでは競争がありませんので競合相手に勝つということでアピールするということはできませんが、車両に求められる性能が非常に高く、それにあわせて安定したパフォーマンスを供給できるという意味で、高い技術力が求められています」と、モータースポーツ用タイヤ開発を手がける ブリヂストン MSタイヤ開発部 設計第2ユニット 課長 細谷良弘氏は語る。

 実際、F1でも、ブリヂストンの後にワンメイク供給しているピレリも難しいバランスの取り方を強いられている。現在ピレリは、意図的にライフの短いタイヤを供給しているとみられている。

 このため、各F1チームは非常に難しい方程式を解いて、最適な解を出し、その作戦に基づいてきちんとタイヤを持たせたドライバーが勝利を収めるというレース展開になっている。2012年の前半戦は毎戦勝者が異なるなど、見る側にとっておもしろいレースになったことは否定できないし、レースがエンターテイメントであると考えれば、ピレリのもくろみは大成功を収めたと言ってよいのだろう。

 その半面、ドライバーやチームが口を揃えて「タイヤが持たない、タイヤが持たない」というコメントを残すのは、ファンに「ピレリのタイヤって持たないのか……」というイメージを植え付けることになり、ブランドイメージの向上という観点では諸刃の剣となる可能性がある(筆者個人としてはこれだけF1をおもしろくしてくれたことはもっと評価されてよいとは思う)。このバランスの取り方は、どのタイヤメーカーにとっても頭が痛い問題だろう。

 スーパーフォーミュラにワンメイク供給するブリヂストンもその例外ではない。実際、今年のスーパーフォーミュラではブリヂストンが新しく導入した新スペックのタイヤに大きな注目が集まっている。というのも、今年ブリヂストンが導入した新スペックにより、タイムが0.5秒~1秒近く速くなっており、チーム間の勢力図が大きく変わりつつあるからだ

 例えば、昨年まで不振にあえいでいたナカジマレーシングの小暮卓史選手が突然復活して、パフォーマンスが大幅アップしたのはその象徴的な出来事と言ってよいだろう。もちろん、小暮選手自身は、フォーミュラ・ニッポンで何度も勝っているベテラン選手で、何度もチャンピオン争いをしている実力者だが、昨年、一昨年と極度の不振に落ち込んでいたので、新しいタイヤになったことが復活の主要因だと考える関係者が少なくないのだ。

2013年において行われたタイヤスペックの変更とは?

 実際、今回のスーパーフォーミュラの開幕戦で行われた記者会見でも、細谷氏にタイヤに関する質問が集中し、細谷氏が「本当は話題になんてなりたくなくて、縁の下の力持ちでいたいんですが」と苦笑交じりに語るなど、今回の新スペックへの移行が、ブリヂストンの意図しない形で話題になっていることへの戸惑いを感じさせた。

 その細谷氏は「今回のスペック変更は、2014年の新マシン導入を見据えたモノです。操縦性やタイヤの打たれ強さを改善する設計になっています。昨年12月に両エンジンメーカーの車両を利用してテストしたところ、0.6~0.7秒タイムが上がりましたが、その程度であれば問題ないと判断して導入することにしました。ところが、全車が参加するテストで利用してみたところ、実際にはもっとタイムが上がってしまいました。当初我々も何が起きているのか分からなかったのですが、詳細にデータを見直してみると、確かにデータの線が、線1本なのですが1段階違うことを確認できました。どうも、現在の車(筆者注:スィフト製のSF13)にスイートスポットみたいなところがあって、今年のタイヤがそこにマッチしてしまったようです」と説明する。

 タイヤというのは路面に接地して、自ら摩耗しながら車を路面から離れないようにする役割を果たしている。市販車であればタイヤ側にもある程度のマージンがあるように作られているので、どんな車に装着しても性能で大きな差が出ることはまずない。しかし、極限までの性能が要求されるレーシングカーの場合には、車の特性によって、はまる車と、はまらない車というのがでてくる。

 F1などでもよく言われる、タイヤに優しい車と、タイヤに優しくない車が存在するのと同じで、あるタイヤを履くとものすごくよい性能を発揮する車と、そうではない車が存在するのだ。細谷氏が言っているのは、まったくの偶然だが、今年の新スペックを作ってみたら、たまたま現在のスーパーフォーミュラで利用している車(スイフト車製のFN09、今年はリネームされSF13)の美味しいところにはまるタイヤだったという訳で、タイムが上がってしまったというのだ。その結果、去年まで調子がよくなかったチームの戦闘力が上がり、逆にトップを走っていたチームがそうではなくなっているという現象が起きたという訳だ。

新スペックタイヤがスーパーフォーミュラをおもしろくする

 細谷氏によれば2014年から導入されるスーパーフォーミュラの新型車両(ダララ製)に向けた準備も進んでいるという。「2014年車両に向けた開発を進めています。現在の13年スペックを元に開発する予定です。車両重量なども軽くなりますし、鈴鹿で1分35秒台を目指すと車の性能も大きく上がりますので、それに合わせた設計をしていく必要があると考えています」(細谷氏)と、話題を呼んでいる新スペックのタイヤを元に開発が進められている。

 現在のスーパーフォーミュラではFN(フォーミュラ・ニッポン)サイズのタイヤを利用している。「現在のシャシー(FN09/SF13)に変わる時にもF1/GP2サイズをとお願いしたのですが、チーム側の希望で現状のタイヤサイズのままでいくことになりました」(細谷氏)とのことで、特に変更はないようだ。チーム側としては、現行のホイールなどをそのまま活用できるというメリットがあるため、タイヤサイズの変更を望まなかったということだろう。

 このように、着々と2014年の新車両導入に向けた準備が進むが、もちろん今年も日本最高峰のフォーミュラカーレースとして、スーパーフォーミュラのレースが展開されていく。話題になった新スペックタイヤだが、筆者はチームの序列が変わったことは問題ないどころが、1ファンとしては大歓迎だと考えている。毎回同じ人が勝つレースよりも、新しい要素が入ることで、レースに新しい展開が生まれるし、何よりもそもそもレースというのは今自分が持っている道具(車、タイヤなど)を最もうまく使えたチームなりドライバーが勝つというのが本質だからだ。

 結論から言えば、開幕戦の鈴鹿で表彰台にたった3人のうち、昨年もシリーズで上位に来ていたのは、優勝した伊沢拓也選手(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)だけで、2位に入った松田次生選手(Lenovo TEAM IMPUL)、3位に入った小暮卓史選手(NAKAJIMA RACING)という両ベテランが復活を遂げたレースになった。レース中には、何度かオーバーテイクシーンが見られるなど、「今年のスーパーフォーミュラはおもしろそうだな」とファンにアピールすることができたという意味でも大成功ではないだろうか。

笠原一輝