特別企画

【特別企画】ソニーのアクションカム「HDR-AS15」がマン島TTの撮影に挑む(前編)

最も過酷な公道バイクレースでの撮影状況を現地リポート

マン島TTレースのオフィシャルカメラに認定されたソニーのアクションカム「HDR-AS15」。過酷な公道レースの撮影に挑んだ

 5月25日から6月7日の2週間にわたって英国王室属領マン島で開催された、世界で最も過酷な公道バイクレースとして知られる「マン島TT(Isle of Man TT FUELLED BY MONSTER ENERGY)」において、ソニーのアクションカム「HDR-AS15」がマン島TT主催者の認定するオフィシャルカメラとして採用された。

 これにより、HDR-AS15は同レースで公式に使用される唯一のアクションカム製品となり、実際にレースバイクなどに搭載され、記録映像はテレビ局等を通じて世界中に配信されることとなる。ソニーとしては、激しい動きにさらされるヘビーデューティーな使用にも耐えうる性能を消費者にアピールすることでより一層のアクションカムの普及を期待するとともに、同製品のワールドワイドにおける認知度向上を図りたいとしている。

 なお、今回マン島TTで撮影されたHDR-AS15の数々の映像は1本にまとめられ、予告編が同社のアクションカム専門のYouTubeチャンネル「Action Cam by Sony」(http://www.youtube.com/user/ActionCamfromSony/custom)で公開されている。まずは、下の映像を見てリポートを読んでいただければと思う。本編は7月上旬に公開される予定とのことだ。

Action Cam by Sony: Isle Of Man TT 2013 (Teaser ver)

公道バイクレース「マン島TT」とは?

 アクションカム「HDR-AS15」が具体的にどのように利用されたのかリポートする前に、あらかじめ「マン島TT」がどういうものかご紹介したい。

 マン島は、英国のグレートブリテン島とその西側にあるアイルランド島に挟まれた、アイリッシュ海に浮かぶ島だ。面積は約572平方kmで、日本で言えば淡路島とだいたい同じくらいの広さ。港町の首都ダグラスを中心に栄え、人口はおよそ8万人。酪農や漁業が盛んだが、タックス・ヘイブン(租税回避地)としても有名で、数多くの金融会社の所在地としても利用されている。

マン島の首都ダグラスの遠景
マン島の空の入口、ロナルズウェイ空港にほど近いカッスルタウンの街並み。今も古城が残る

 このマン島を舞台に、毎年5月最終週から6月第1週にかけて開催されるバイクレースが「マン島TT」である。100年以上前から開催されている伝統あるバイクレースで、地元である英国はもとよりヨーロッパ全土において、マン島TTは絶大な知名度と人気を誇っている。レースウイークになると世界各地のバイクファン、レースファンが観戦に訪れ、その数は島の人口の2倍ほどになるという。日本ではホンダが世界へ挑戦したレースとして知られ、参戦初年度の1959年には完走し、3年後の1961年には125ccクラス、250ccクラスともに1位から5位までを独占するという偉業を達成。ホンダが世界的企業へ飛躍するきっかけになったレースだ。

マン島TTのスタート・ゴール地点

 マン島TTのスタート・ゴール地点は首都ダグラスにあり、観戦用のグランドスタンドも設置されている。レースはここを起点とした全長約60.7kmという長距離のコースで争われ、規定の周回を重ねてトータルタイムを競う。コースは島全域にあるのではなく、島のおおよそ北半分ほどに設定されており、市街地から山岳地帯まで、レースのある朝から夕方まではコース全域が通行不可となって、一般車両だけでなく人の立ち入りも厳しく制限される。

レースのスタートゲートとスターター
スターターの合図に従って、およそ10秒おきに1台ずつ順次スタートを切る
4勝したマイケル・ダンロップ選手の所属するチームのパドック
パドックには参戦しているチームのテントやマシンがずらり
ダンロップはマン島TTの公式タイヤサプライヤーとなっている

 レースはいくつかのカテゴリーに分かれる。排気量や改造範囲などによって区分されたSuperbike、Superstock、Supersportといった市販車ベースのバイクレースと、近年設けられた電動バイクのレース、サイドカーによるレースなどがある。周回数はSuperbikeなどのバイクレースとサイドカーのレースが3~6周、電動バイクが1周で、10秒程度の時間をおいて1台ずつスタートし、規定周回のトータルタイムが最も早かった者が勝者となる。

 マン島TTの最大の魅力は、なんといっても通常の一般道路をそのまま利用した公道レースであること。スタートからゴールまで終始ほぼ2車線分の幅しかなく、起伏の激しい荒れた路面で、滑りやすいマンホールのフタも散在している。歩道を含めてもかなり狭いが、サーキットにあるようなランオフエリアのようなものは全く設けられていない。というよりも、設けるスペースがない。歩道の縁石や石積みの塀、民家の壁などはコースのすぐ脇にむき出しのまま。コース側に少し飛び出ている街灯などはクッションで覆われていることもあるが、気休めにもならないだろう。

グランドスタンド前のホームストレートは2車線あるが、決して広い印象はない
コントロールライン通過時の速度も表示。ほとんどのマシンが240km/h前後で走り抜ける

 それらの障害物をかすめつつ、平均200km/h以上、最高300km/hを超える猛スピードでバイクがコースを駆け抜けていく。万が一のアクシデント時に観戦者に危害を及ぼすと想定されるコース近辺のいくつかのエリアは、あらかじめ立ち入り禁止区域として設定されるものの、それ以外の場所はコース外であれば基本的にどこでも自由に観戦できる(もちろん居住者の土地に勝手に立ち入ってはならないが)。サーキットでのレースでは考えられないほど間近で見ることができ、観戦ポイントによっては2、3m先の目の前をバイクが横切り、しびれるようなエギゾーストノート、空気を切り裂くような音までをも残して走り去っていくのを体感できる。

マン島TTの舞台となるコース全図
市街地エリアはご覧の通り住宅が建ち並ぶ狭い道路だ

 一方ライダーにとっては、転倒、クラッシュでもすれば、命を落としかねないレースでもある。実際、毎年のように死傷者を出しており、残念なことに今回も日本人ライダーである松下ヨシナリ氏が練習走行中にクラッシュして帰らぬ人となった。

 マン島TTは、世界に類を見ない危険なレースだが、しかしながら世界で最もエキサイティングなレースの一つであることは間違いないだろう。レースを批判する声や存続を危ぶむ声が頻繁に上がりながらも、いまだに毎年開催されているのは、この伝統あるレースでの勝利がライダーたちにとって大きな名誉であり、他では得られない迫力が観客を魅了してやまず、しかもマン島TTが今や文化として深く根付いるからに他ならない。

優勝は中央に立つマイケル・ダンロップ選手。圧倒的な強さで、2013年のマン島TTは、このSupersportカテゴリーを含め3日間で4勝するという大記録を打ち立てた。右に立つ3位に入ったウィリアム・ダンロップ選手はマイケル選手の従兄にあたる
左に写っているのはSupersport Race 1で2位となったブルース・アンステイ選手
なぜか真顔で女の子に狙いを定める2人
初音ミクカラーの電動バイクも参戦。もともと松下ヨシナリ選手が乗る予定だったが、イアン・ロッカー選手が代役で出走し、結果は電動バイクの「TT Zero」クラスで見事6位完走。スタッフが喜びを分かち合う
サポーターの名前も掲示されていた
日本の無限チームの電動バイク「神電」は「TT Zero」クラスで堂々の2位
ちなみに初音ミクと無限の電動バイクはGoPro HERO3を搭載していた。これらはチームが独自に用意したもので、記録映像はチーム自身のプロモーションなどに使用するという

40台のHDR-AS15が走行の様子を余すところなく映し出す

 マン島TTにオフィシャル認定されたソニーのアクションカム「HDR-AS15」は、今回のために特別な仕様が施されているわけではなく、日本をはじめ世界各国で発売済みのコンシューマー向け製品と全く同一のもの。フルHD、60fpsの動画撮影に対応し、電子手ブレ補正機能による安定した高画質を得られるのが特長となっている。

フロントカウルの向かって右側に見えるのが、ソニーのアクションカム「HDR-AS15」。本体に特別な強化策は施されていない

 ソニーのマン島TTへのアクションカム提供について、主催者との交渉が本格化したのは3月末。4月にサンプルとして5台提供し、主催者によるテストを経た後、レース開催直前のゴールデンウイーク明けに導入が決定した。昨年2012年まで使用していた他社製品と完全に入れ替える形で、テスト用の5台に加えて35台を納入し、計40台体制でレースに臨むことになった。

 40台のうち30台は車載用として活用。残り10台はコースの各所に設置したり、撮影クルー自身が身につけるなどして使用した。レースに出走する車両は数多いが、実際に取り付け対象としたのは主催者側がチョイスした有力ライダーのマシンのみ。最大でマシン1台あたり3つのアクションカムを同時に取り付けられるようにしたが、重量面での不公平感があまり出ないよう、結果的には1つずつ取り付け、さらにはレースごとに取り付け先車両をローテーションしながらの運用となった。

車体前方への取り付け例。カウルをくり抜いてレンズ部だけ露出させている
車体前方左サイドへの取り付け例
車体の色にある程度合わせてガムテープの色も変えているようだ
アクションカムを取り付けたマシンがスタート

 アクションカムの設置アングルは、車両においては大まかに3パターン。車両の前方と後方、そしてライダーのクラッチ操作が分かる手元だ。前方撮影時は、車両前部のサイドカウルに貼り付けるか、フロントカウルに穴を開けてアクションカムのレンズ部だけが顔をのぞかせるような方法で固定。ハンドルのトップブリッジにも取り付けられるようにしていた。ライダーの背中や車両後方の撮影時は、テールカウルあるいはマフラーステー付近に固定していた。また、ライダーの手元を映す場合は、フロントカウルの内側にカメラを設置した。

車両の前方に取り付けた時の映像
テールカウルに取り付け、ライダーの背中や臀部を映したアングル
後方を撮影した映像だが、これはクラッシュシーン
ライダーの手元や上半身の動きが分かるアングル
コース上の路面に設置したアクションカムの映像
ポールの先端に取り付けたカメラからの視点。給油シーンもきれいに撮れている
後方撮影時のテールカウルへの取り付け例
こちらはライダーの背中・臀部を撮影する
アクションカムを取り付けていない時はマウントのみ残っている状態

 さらに、通常のビデオカメラを扱う撮影クルーのうち何人かは、同時にアクションカムでの撮影も行えるようにしていた。たとえば揺れやブレのない滑らかな映像を得られるステディカムのシステムにアクションカムを取り付けたり、長い棒の先端に取り付けたハンディカムと一緒にアクションカムも固定したりして、単純に手持ちで撮影するのとは違った意外性のある視点からの撮影を行っていた。これらは主催者側から提案のあった撮影アイデアだという。

長い棒の先端にビデオカメラと一緒に固定した例
写真で見て分かるように、相当な長さのある棒に固定している
スタートゲートの前や後ろから差し出す形で、高い目線から撮影する
ステディカムへの取り付け例。ガム状の粘着素材だけで固定しているため、簡単に向きの変更や取り外しが可能

 印象的だったのは、いずれの固定方法においても特別なマウントを使っていなかったこと。直立させる場合は接着式のバックルタイプのマウントも使用していたが、基本的にはアクションカム本体に防水型でないタイプのスケルトンフレーム「AKA-SF1」を装着し、ガム状の分厚い粘着素材に半ば埋め込むようにして車両に貼り付けた後、その上からガムテープで押さえつけるように固定していた。

 担当スタッフによれば、これまでの経験から固定方法を決定したとのことで、安全性の確保はもちろんのこと、取り付けやすさ、向きの調整のしやすさ、振動の軽減といった点を考慮したようだ。

取り付けの様子も映像で残していた

1TBの動画ファイルをコメント付きで管理

 多数のアクションカムを同時に使用することから、撮影した映像も膨大な量となり、ファイル管理は大きな手間となる。アクションカムの映像管理を担当しているクリストファー・クート氏に話をうかがったところ、アクションカムに装着するmicroSDカードの表面に固有のIDを記入し、どのライダーのどのマシンに取り付けたものかをExcelシートに記録して照合できるようにしているという。

 撮影時の解像度や画角、手ブレ補正の有無といった設定内容もすべてExcelシートで管理し、レース終了時にメディアを回収した後、動画ファイルの内容を1つずつチェック。見どころとなるシーンが含まれているファイルについては、具体的にどういう内容かをコメントとして記入している。

マン島TTの撮影・データ管理を務めるクリストファー・クート氏
トレーラーハウスに撮影クルーらが詰めている
映像の管理はMacBook Proで行っていた
動画ファイルは細かくフォルダ分けされ、撮影内容やセッティング、コメントをExcelシートで管理

 こうして整理された映像ファイルは、主催者として提供したい部分のみピックアップしテレビ局などに渡される。ただし近年は、ライダーが負傷するような深刻なアクシデントの映像は、当該チームに原因分析などの用途に限って提供することはあっても、モラル的な観点から外部に公開することはないという。したがって、テレビやインターネットでのライブ中継も行っていない。松下ヨシナリ氏のアクシデント映像はあるか、との問いに対しては、彼のマシンにカメラは付けていなかった、との回答だった。

 取材時はレースウイーク後半で、あと1日分の2レースを残すのみだったが、最終的な取り付け個所は全部で約70パターン、動画ファイル数は300個ほどに達し、総容量はTB(テラバイト)のオーダーになる見込み。英国内では、レースウイーク中は毎日21時からマン島TTのレースの模様を伝えるテレビ番組が放映されており、当日もしくは前日のレース結果を詳しく知ることができる。テレビ局での編集にも時間がかかることを考慮すると、映像はできる限りスピーディーにテレビ局へ提供しなければならない。膨大な数の動画ファイルを1人で取りまとめるのは、相当に困難な作業であろうと思われた。

レースウイーク中は毎日21時からマン島TTのレースの模様がテレビ放送されている。もちろんHDR-AS15の映像もふんだんに使われていた

過酷な環境だからこそ見えてきた課題

 クリストファー氏やほかの撮影クルーからは、HDR-AS15を本番レースで使用した結果のフィードバックも早速得られた。

HDR-AS15の外観。このスリムな本体が、空気抵抗の小ささにつながる。また、前面に設けられたステレオマイクの位置も適していたとのこと

 もともとHDR-AS15が採用される決め手となったのは、小型であることはもちろんのこと、正面から見て細長いフォルムで空気抵抗が小さい点、電子式手ブレ補正機能を備えており安定した映像を得られる点、ステレオマイクが前方に位置しており、しっかり音を拾える点だったとのことで、実運用後においてもこれらの利点を再認識しているようだった。

 マイクは本体の前方にあるため風切り音が入りやすそうな構造ではあるが、これについては特に問題はなく、エンジンノイズを適度に拾って臨場感のあるサウンドを再現できているという。本体の側面が広くなっていることから、車両のサイドカウルに貼り付ける際にしっかり固定しやすいといったメリットもあったようだ。HDR-AS15は大容量のバッテリーに交換できることから、長時間の撮影をまかなえる点も評価された。

 しかしながら、いくつかの課題も浮かび上がってきた。1つ目は、まれに映像ファイルが破損し再生不可となるケースが見受けられたこと。バンピーな公道でのレースということもあり、非常に強い振動が頻繁に加わることによって、瞬間的にmicroSDカードもしくはバッテリーが接触不良を起こし、一時的に書き込み処理や録画がストップしたことが考えられる。これについては破損した動画ファイルをソニーの開発チームに送り、原因分析を進めていくという。マン島TTて得られた貴重な実データとして、製品開発に役立てていくのだろう。

 2つ目は、飛び石などによりレンズ部に傷が入ってしまい、視野が一部遮られてしまうことがあること。レンズ部はARコーティングされているため、傷への耐性は高い仕様になっているものの、さすがに最高速300km/hを超える速度での飛び石の傷までは防ぎきれない。現段階では、レンズ部を含め全体をカバーできる防水ハウジングを使用し、傷が入った時はハウジングのみ交換するのが最も合理的な対策となるが、取り付けスペースや重量をできるだけ抑えたいこういったレースバイクへの搭載においては難しいところもありそうだ。

レンズ部はARコーティングされているが、時速300kmの飛び石にはさすがに耐えられない

 また似たような問題として、昆虫類がレンズ部に付着することがあるのも悩ましい。走行を終えた車両のフロントカウルを見ると、おびただしい数の虫の死骸が付着しているのが分かる。当然ながら前方を撮影しているアクションカムも同じ状況にあり、走行中に昆虫が衝突して視界のほとんどが遮られてしまうことも珍しくない。常にクリアな映像を保つために製品としてどういった対策が取れるか、こちらも検討を進めるとのこと。

走行後のマシンのフロントカウルには大量の昆虫の死骸が付着している。アクションカムのレンズも同様だ

 HDR-AS15の本体サイズ自体はコンパクトで撮影クルーたちにも好評だったが、奥行きはやや長いことから、ライダーの手元を映す際の設置に手間取ることもあったという。フロントカウル内側はスペースの余裕がほとんどないため、前方撮影時には利点であった細長い本体形状が、逆にこのケースではデメリットとして働いてしまったものと思われる。

 画質や機能面でもいくつかの課題が提示された。サイレンサーやリアタイヤとともに車両の後方を映し出すアングルでは、高速回転するタイヤのエッジやサイレンサーの周囲が歪んで見える場合があった。細かい振動によるものか、あるいはカメラの映像処理の仕組み上発生してしまうローリングシャッター現象のような理由によるものか、今のところ定かではないが、ソニーによる解析の結果が待たれる。

写真では分かりにくいが、タイヤのエッジ部分が歪んで見える現象が発生している

 さらに露出制御についても注文が出された。レースウイーク前半では雨の影響で一部のプログラムが順延になることもあったが、後半は好天に恵まれ、強い日差しが降り注いだ。しかし、その分日当たりのよい場所とコース脇にある壁や木々が作った日陰との明暗の差が大きくなり、高速走行時には明暗が目まぐるしく切り替わることになる。HDR-AS15はその場所の明暗に応じて自動で露出制御し、適切な明るさで撮影するようになっているものの、撮影クルーによれば、より高速に明るさの変化に追従してほしいとのことだった。

 これとは別に、PAL方式の映像信号への対応についてもテスト時から要望として上がっていた。日本や米国などで放送に使用される映像信号はNTSC(30/60fps)で、HDR-AS15もNTSCに対応しているが、ヨーロッパ等で主流のPAL(25/50fps)には対応していない。一般的な方法でNTSCからPALへの変換が可能なため、現在も大きな問題はないとしているが、やはり変換の手間なく作業できた方が都合がよいようだ。

日沼諭史