日下部保雄の悠悠閑閑

利き酒

圧雪となった峠道。雪国ならではの路肩表示の矢印がある

 年末、北海道に行ってきたが、今年は雪が遅く、私が行った時にちょうど積もり始めたところだった。

 その日程を利用して北海道の日本海側にある留萌(ルモイ)の先、増毛(マシケ)まで足を伸ばした。JR北海道が運行する留萌本線は、深川から留萌までの約50kmを1両編成のディーゼル列車が走る。実は留萌本線はそこからさらに約60km先の増毛まで伸びていた。過去形なのは2016年に惜しまれながら廃止されてしまったからだ。

 もともと増毛はニシン漁などで賑わったところで、最盛期には多くの客車や貨車が往来していたが、産業の衰退とともに人口も減少し、1日の乗車人員も2桁も下の方とごくわずかとなってしまった。廃線の決断も理解できる気がする。廃線となった留萌~増毛の終点だった増毛駅は取り壊されることなく保存され、往時の繁栄を伝えている。増毛駅は名作映画「鉄道員(ぽっぽや)」のロケ地でもあったところだ。現在では増毛に行くのはバスかクルマしか手段はない。今回はクルマでの移動である。

雪に埋もれた留萌本線の踏切。ディーゼル車が1両走っていた

 北海道には留萌本線を含めて採算割れの路線が多数あり、いつバスに代わられてもおかしくない。当初の鉄道の役割を終えてしまった感じだが、私のようにたまにしか北海道に行かない部外者からすれば、全道に張り巡らされた鉄道網を使って低速でノンビリ走る列車の旅も魅力的だと思うのだが……。まぁ安全を担保するため、線路の保守などに大きなコストがかかるのも分かるので、夢のままで終わってしまうんだろうなぁ。

 さて、列車だけに話が脱線してしまった。増毛を訪ねたのは国稀酒造という日本最北端の酒蔵に行ってみたかったからだ。いや、正直に言うと蔵元に行けば利き酒ができると聞いていたのでそちらが目的だ。そもそも国稀は北海道以外ではあまり出回らない日本酒で、蔵元でしか手に入らない日本酒や焼酎も少なくないのだ。興味深い話ではないか!

国稀酒造の入口。小さな酒造で、味わいがある

 ここで作るお酒はおいしく、さらに米樽で熟成させた焼酎も絶品だった。以前旭川在住の方に送ってもらったが、ウィスキーのような味わいで焼酎好きでなくとも気になる一品だ。この焼酎も増毛に行かないと手に入らない。

 国稀酒造は増毛の旧駅舎の近くにあり、意外とこぢんまりとした酒造だった。パンフレットによれば、もともとは佐渡の商人の本間泰蔵がニシン漁で賑わっていた増毛に移住し、海運業や呉服商など多方面で事業を始め、その後、高価だった日本酒を自家醸造で始めたのが明治15年ということだった。

 増毛の地は日本海に面しているため海運や漁業が盛んで、背には1000m級の暑寒別連峰が連なり豊富な水資源に恵まれていたため、江戸時代は北前船の飲料補給基地でもあったという。この良質な水を日本酒の仕込み水としたのが国稀酒造だ。もっとも、国稀酒造の名前になったのは2001年。以前の社名は丸一本間合名会社酒造部という長い名前だった。酒蔵というよりも工業製品でも扱っていそうだ。創業100年目に社名を変更してなじみやすい名前になった。いいブランド名ではないか!

北国の海岸線はどこか荒々しい

 ガラリと戸を開けて入ると古民家のようなつくりになっており、目の前に居間がある。ここでは高倉健さん主演の鉄道員をはじめ、いくつかの映画のロケも行なわれたとのことで、写真が展示されていた。さらに奥に入っていくと販売カウンターがあるが、目的はここではない。酒蔵特有のちょっと暗い渡り廊下を進むと数人がこじんまりしたカウンターの前に溜まっている。これが噂に聞いていた利き酒のカウンターか!! お姉さんが4合瓶など大小の酒瓶が並ぶカウンターの後ろで楽しそうに試飲を勧めている。

利き酒コーナー! お姉さんがお酒の特徴を説明しながら利き酒を勧めてくれる

 こちらは帰りも運転してくれる神様のようなドライバーがいるので利き酒、ドンと来いである。小さな試飲用のプラスチックカップにお勧めのお酒を少し注いでくれる。増毛でしか手に入らない日本酒から味見してみる。ここまでやっと来れたという思いが重なってとても旨い! 勧め上手のお姉さんはリクエストに応えて次々と小さなカップに注いでくれる。いずれもスッキリとした飲み口でどれもこれも辛口も甘口も旨い!

 次第に増毛でしか手に入らないものから、北海道には出荷されているが珍しいお酒にまで広げてみる。国稀ならではの味わいでどれもおいしい。

 そのうち、どれがどれだか分からなくなりもう一度試飲してみる。試飲とはいえ、次第に酔いが回ったのか気が大きくなってみんな飲みたくなる。しかし残っていた理性が働き、そろそろ切り上げ時と首を回すと、別のカウンターにお酒とその番号札がある。それを持って最初の販売カウンターに出すと購入できる。もちろん宅配便で送ってもらうのだが、システマチックになっているので手間はない。

薦被りが嬉しいゾ

 いい気持ちになって少し買いすぎたことに気付いたのは宅配便が届いてからだった。北じまん、千石場所、純米吟醸 国稀、北のきらめき、最北の蔵。そして前述した焼酎で創業者の名前をつけた木樽焼酎 泰蔵、さらに何本か出てきた。

 家人には何でもない風を装って、しかるべきところにしまってある。空けるのはお正月だな。

左からムクとトバと誰か。……誰だろう?

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/16~17年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。