日下部保雄の悠悠閑閑

水上飛行機

夢見心地で乗っていた平和な水上機の写真が見つかりません。同じ水上機でも82年前に海軍に採用された第二次世界大戦中の潜水艦搭載の零式小型水偵

 今年のように暑い日が続くと涼を求めていろいろ妄想したりしませんか? 自分の場合は水上飛行機を連想します。

 日本ではほとんど見なくなってしまった水上飛行機。観光目的では一部で残っていたものの、国によっては生活の手段として使われていると聞いた。確かに国土が広く、湖の多い国では有効に使えるに違いない。滑走路を必要としないので適当な桟橋があれば飛び立てて利便性が高い。

 いつか訪れたいと思っていた観光スポットに水上飛行機で瀬戸内海の遊覧飛行を行なう会社があったが、このコロナ禍で営業を中止してしまったようでとっても残念だ。「いつか行こう」は「行かないと同じ」と痛感した(最近その機体が琵琶湖を飛んだと聞いたので、そちらでいつかチャンスがあるかもしれない)。

 思い出すのは北米での水上飛行機。ちょっと空き時間を利用して水上機での遊覧飛行のプログラムを経験できたのだ。知人がそのプログラムを発見したのに乗じて、相乗りさせてもらった。

 クルマで向かった先には湖の畔にある小さな事務所。手続きは簡単、料金も4000円ぐらいだったと思う。

 スタッフが案内してくれたのは観光地によくあるボートがつくような桟橋。その桟橋に係留されていたのが単発のフロート機。あまりに自然に係留されていたのでこれに乗るのかと気づかなかった。ボートのように風景にとけこんでいた。

 機体はピタリと桟橋につけられており、乗り込むのもボートに乗るよりも簡単だったと記憶する。

 ちょっと太っちょのパイロットがわれわれのシートベルトを確認すると離水の合図をする。空冷星型エンジンは快調に回っている。

 舫を解かれた単発水上機は鏡のような滑らかな湖面を滑り出し、フロートが水を切る抵抗は感じない。陸上機の離陸の方がよほど振動があって騒々しい。

 離水の際も浮揚感もなくいつの間に空中に浮いていた。

 無口なパイロットの腕は確かで、飛行機を知り尽くしているような自然体な操縦だった。大きな湖を周回するコースを約40分以上かけてのんびり飛ぶ。天候は薄曇りだったので、キャビンは快適な温度で明るい陽射しに溢れており、ほとんど無風のフライト日和の上である。星形空冷エンジンの低い音が心地よい。

 上翼のために下面の視界が開けて気分も開放的になる。遠くの少し霞みがかったなだらか山々を見ていると心が和んでくる。

 パイロットが「帰るよ」と合図をしてから、大きく旋回して徐々に高度が下がり、いつの間にか湖面が近づく。時折ボートが走っているが、着水する湖面には近寄ってこない。空も湖上も過密ではないし、お互いのんびりしたものだ。

 やがてフロートは静かに水に乗り、ショックは全くなく、速度を落とすと見事に静かに桟橋につけた。夢のような空中散歩だった。

 機体は空冷星形エンジンの単発機で上翼のツインフロート。乗員6名ぐらいじゃなかったのかなと思うが、今となっては記憶も曖昧で、空の中をノンビリ飛んだ記憶のみが残っている。

 いつかまた乗りたいぞ、水上飛行機。

こちらは巡洋艦や戦艦、水上機母艦に搭載され、水上機基地にも配備されていた零式3座水偵となります。本文で経験した単発空冷星形エンジンを搭載したツインフロートの水上機という形以外の共通項はありません……
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。