日下部保雄の悠悠閑閑

中禅寺湖

1時間半の北千住から東武日光への「リバティけごん」。終点の東武日光駅で。この顔、ユニークで何かに似ている

 夏休みらしいことをしてみた。日光中禅寺湖に家内と特急旅行したことだ。かなり早い秋霖ではないかとも予報が出て、天候は期待できそうもなかったし、しかもお互い仕事が詰まってしまい一時はキャンセルの危機もあったが、久しぶりの旅行、何とか強行しようという意思が勝った。

 中禅寺湖はもう2年ほど前だったろうか、ロールス・ロイス「ゴースト」でのゴージャスな旅を思い出す。新幹線の宇都宮駅からゴーストでの移動で、その精密な乗り心地と静粛性に驚愕し、同時に中禅寺湖のたたずまいも素晴らしかったのが印象に残る。

 古くから中禅寺湖の景観は知られていたが、明治時代には各国の外交官の別荘が作られ、1920年代には自動車が金谷ホテルに集合している写真が残っている。中には水上飛行機でやってくるツワモノもいたと聞く。

 さて今回は公共交通機関、東武線と路線バスを使っての旅だ。東京23区の南西部に住んでいると、本来の東武線に乗ることはあまりないのでちょっとワクワク。東京の私鉄は相互乗り入れが進んでいるので、知らずに東武鉄道の電車に乗っていることも多く、実はいろんな仕様に乗れるのだ。

 北千住から東武日光まで初めての特急「リバティけごん」に乗車した。車窓から流れる変わりゆく景色を眺めるのは旅をしている実感がある。さらに東武日光から路線バスで中善寺温泉まで行くには45分ほどかかったが、バスが「いろは坂」を上り始めたのは2人でびっくりだった。緑が深く紅葉の季節はきれいだろうな。

リバティけごんに乗って到着した東武日光駅前の古い列車。昔日光を走っていたそうです

 中禅寺湖の湖畔はウィークデイだったこともあり、静かなもので交通量は少ないし、宿屋も宿泊客はわれわれだけだった。騒がしいのもなんだが、少なすぎるのも寂しい。土産物屋もほとんど閉まっており、バスターミナル周辺だけが店を開けている感じだ。新型コロナの観光業へのダメージは大きい。

 その日はおいしい鱒などの夕食をいただき、早々に床に就いた。東京の蒸し暑さに比べると格段に涼しく過ごしやすい。外交官たちがここを選んだのも納得だ。湿気の高く暑い東京を逃げ出して中禅寺湖ライフを楽しんだに違いない。

翌日の空はみるみる雲が流れ、高く澄んでいました

 翌朝は多かった雲が流れて太陽が顔を出す。男体山もくっきりと姿を現した。今日の予定はクルーズ船に乗って中禅寺湖を巡ることだ。比較的大きな船だが15~6人の乗客しかいない。この遊覧船は約1時間のクルーズで名所、旧跡を各駅停車。各ポイントで観光客を下ろし、また新しいお客さんを乗せてグルグルと回る。およそ1時間に1本走っているので、それぞれの名跡で散策を楽しみ、次の船にまた乗る。宿屋に依頼してあったチケットは1周フリーパスだったのでどこで降りてもOKだった。ちなみに菖蒲ヶ浜で降りると30分ほどで戦場ヶ原まで行けるようだ。実はそんな便利になっていることを知らず、船員に聞いて初めてそのシステムを理解した。

中禅寺湖のクルーズ船「けごん」。「んごけ」ではありません

 湖畔の釣り人を眺めながら甲板から眺める男体山はすぐそばにあり、簡単に登れそうだが標高は2488mもあり、往復6時間もかかるということだった。

中禅寺湖から見た男体山。標高2468mと高い山で、遠くから見ると簡単に行けそうですが往復6時間かかるそう。なめたらあかんで

 次に着いた桟橋は大使館別荘公園、ロールス・ロイスの取材で楽しませてもらった英国大使館別荘を今日は湖から眺める。素晴らしい立地であることを改めて理解した。そして、改めて昼間見るイタリア大使館別荘は、英国大使館とは対照的な陽気な建物だった。

 次の停船場所はすぐ隣にある立木観音。思い立ってここからバスターミナルまで歩くことにした。

ウニモグにしては小さく、何とも素敵な風景でした。冬は活躍しそう

 立木観音は中禅寺にあり、中禅寺湖の由来になったこのお寺にも参拝できるのは何かのご縁。中禅寺は784年に勝道上人によって建立されたのが始めで、当時は修験者が登る男体山の麓、修験道の入口にあったとされる。

 それが、明治時代に起こった山津波でご神体の立木観音が湖に流され、流れ着いたのが歌ヶ浜にある現在の中禅寺の場所だと史跡に記してあった。祀られていた立木観音は優しいお顔をした千手観音で心が和む。

立木観音をご神体とする中禅寺。立木観音は撮影できませんでした

 日差しがきつくなった道をバスターミナルまでテクテク歩いたが、心残りは華厳の滝まで足を延ばせなかったこと。特急旅行なので次の予定地、日光東照宮に間に合わないと先を急いだが、やはり晴天の下で見られただろう華厳の滝に行けなかったのは残念。

 東照宮で会った猫さんやお猿さんはまた次の機会に。

有名な猫さん。また別の機会に
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。