日下部保雄の悠悠閑閑

スポーツランド菅生

チームナイトスポーツ。左から永井歩夢選手、私、中村社長、セン君、村岡君。村岡君はピットサポート。ドライバーは成長著しいセン君と、古い付き合いの中村社長。永井さんは予選アタッカー

 マツダ車の専門ショップでロータリーエンジンのエキスパート、ナイトスポーツは幾度も話題にしているように長い付き合いである。初めてスリックタイヤを履いたのもナイトスポーツのRX-3だった。当時はTS(スペシャルツーリング)と言われたツーリングカーレースの華だったレーシングカーだ。もちろんパワステのない時代、強烈なハンドルの重さに壊れたかと思ったぐらいで、このときほど自動車部のロック・ツー・ロックのトレーニングに感謝したことはない。

 ナイトスポーツでは国内ラリーでSA型RX-7を走らせたり、東南アジア進出に伴ってインドネシアのラリーに参加したりと、いろいろな面白い経験をさせてもらった。もちろんロータリーエンジンだ。「パラン・パンパン♪」とにぎやかなクルマだったが、レギュレーションで当時のロータリーエンジンが装着していた重いフライホイールが災いし、アクセルオフのレスポンスがわるかったように記憶する。

 最近はメカニックにも運転の楽しさと製品への理解を深めてもらうため、NDロードスターを使ってのセーフティドライビングレッスンを行なってきた。タイヤやバネ、ショックアブソーバーを変えて実際に試してみるとクルマが変化することがよくわかる。そして2025年からはマツ耐で実際の走りを経験している。チームのドライバーは中村社長が自らハンドルを握り、若手のセン君、サポートの村岡君がサーキットに出向く。このほかにもレッスンから付き合っているレース経験豊富で安全に速く走れる永井歩夢選手が入る。

サインエリアの村岡君と中村さん。いつも淡々と仕事をこなしてくれる村岡君には感謝してます

 そして今年から参加クラスはチューンドになった。といっても、言葉から想像するようなチューニングカーではない。ナンバー付きという枠でサスペンションとタイヤの自由度が大きく、イジリ代が増えるナイトスポーツにとっては適任のクラスだ。エンジンは1.5リッターのノーマルだ。

 タイヤは横浜ゴムのアドバンA052を履いたが、なんとマツ耐で唯一の横浜ゴムユーザーとなった。自分にとっては昨年の京丹後ラリー以来のアドバンA052で、ラリーではコントロールしやすかった。マツ耐はノーマルクラスのタイヤサプライヤーがブリヂストンなので、チューンドクラスもほぼブリヂストンを履いている。マツダのモータースポーツ活動へのサポートを通じてブリヂストンへの信頼の高さとなっている。

マツ耐で初めて走るアドバンA052。自分にとっては京丹後ラリー以来のおなじみのスポーツタイヤ

 マツ耐はマツダ車同士の仲間意識があってアットホームな雰囲気の中で進行している。いつも多くの参加者を集め、菅生ではマツ耐だけでノーマルクラス39台、チューンドクラス32台が2時間半のレースに挑む。中には1人だけで参加する鉄人賞も設けられておりマツ耐らしい。そして長年ロードスターになじんだ強者が多いのも特徴だ。

 菅生は初めての中村社長とセン君にとって気の毒だったのは、練習日がウェットだったこと。安全に周回するには、まずはコースを覚えてもらうのが一番だが、ここでもシミュレータの効果は大きく、練習してきたセン君はすぐにコースに慣れた。クルマを傷めず効率的な練習ができ、レースへのハードルをかなり下げることができる時代だ。自分には無理だけどネ。またデジスパイスの活用でどこが遅いかを簡単に取り出せるのもレースの別の楽しみ方になった。

セン君から中村社長へ。ドライバー交代もだいぶ早くなりました。

 さて決勝は永井選手がペースを作ってくれ、セン君も危なげないペース。中村社長もほぼ初めての菅生で無事にスティントを終えた。

 ところが燃費で想定外のことが起こった。最後を受け持った自分が燃料計を見てビックリ! まだ3分の2ぐらいの燃料が残っているではないか! もうエンジン全開。ガソリンを気にしないのは楽しいけど、チームの誰をも気持ちよく走らせてあげたかったなぁ。昨年も同じ失敗をしているので燃費走行は改良の余地大だ。おまけにピットロードで速度違反をしたらしく30秒のペナルティピットを受ける惨憺たる結果に。

 クルマの課題も残ったが、やはりサーキットを走って自分で経験したことが大きい。次はもてぎ。そして今から最終戦の岡山にどうやって行くのか悩んでいる。

FJを走らせているRiNoAの里見監督がスターティンググリッドまで応援に来てくれた。今年注目されているグランツの耐久に永井さんがRiNoAから女性チームで乗る予定
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。