日下部保雄の悠悠閑閑

社史

各社が発行した社史。これからも紙で残してほしいと強く思った

 以前は社史を送ってくださるメーカーも少なくなく、会社の歴史が分かって実に興味深い。毎年発行される性質のものではなく、多くは周年の節目に制作される。

 事務所の本棚に並ぶ各社の社史はいずれも重量感がある。中でもトヨタ自動車から刊行されたものは数が多い。創業者である豊田喜一郎氏の伝記や、豊田章一郎氏が初代クラウンの開発責任者・中村健也氏を尊敬をもって「主査」と命名した型破りな人物像を今に伝える「主査中村健也」など、日本の自動車産業の黎明期を知るうえで貴重な資料だ。

 どれも興味深い内容ばかりだが、今回目にとまったのは、トヨタ創業50周年を記念して1987年に刊行された、本編と資料編の2冊から成る「創造 限りなく」である。その中の「トヨタ生産方式(TPS:Toyota Production System)の確立」という項目だった。

「創造 限りなく」に挟んであった謹呈書。豊田章一郎さんの時代のもの。自筆ではないけれど大切にしている

 自分が評議員を拝命している日本科学技術連盟の佐々木眞一理事長は、トヨタで長年品質管理の専門家として活躍し、副社長まで務められた後、理事長として同連盟を率いてこられた。常に科学的根拠に基づいた見識を示され、その深い知見には敬服するばかりだ。そうしたご縁もあり、品質と密接な関係を持つトヨタ生産方式の項目に自然と目が向いた。

 トヨタ生産方式(TPS)は、それだけで分厚い書籍が成立するほど奥深いテーマである。しかし、その黎明期を振り返るのも新たな発見があると思い、改めて資料を読み返してみた。

 トヨタは戦後復興の過程で、生き残りをかけて数々の困難を乗り越えてきた。そのたびに企業としての強さを身につけてきたともいえる。トヨタのものづくりの原点には、「部品の機能を落とさずにコストを下げる」という発想があるように思う。

 これだけ聞くと「ご無体な!」と感じるかもしれない。しかし部品メーカーにとっても、技術力向上や収益改善につながる面があり、そのメリットは決して小さくない。

 自動車の原価は設計段階でほぼ決まるといわれる。それはそのとおりだが、柔軟な発想で挑戦したのが初代パブリカだった。試作段階から原価低減の考え方を導入し、「3年間で30%のコストダウン」を目標に掲げ、見事に達成した。軽自動車より安い「1000ドルカー」(1ドル=360円の固定相場時代)の誕生である。ここに、その後のトヨタの原価改善活動の原型を見ることができる。

 しかし、会社が成長して生産量が増えると、長大化した工程が不具合によって停止するリスクも高まる。電車の路線が長くなれば、どこかでトラブルが起きた際に定時運行が難しくなるのと同じ理屈だ。

 そこで考案されたのが「スーパーマーケット方式」である。最終工程が必要な部品や生産指示を示し、後工程は必要なものを前工程へ取りにいく。前工程は後工程が引き取った分だけを補充する。この仕組みによって、組み立て工程から材料調達までを連鎖的に管理できるようになった。簡単ではなかったが試行錯誤のうえに磨かれた。

 さらに登場したのが「かんばん」である。工程間で部品や生産情報を可視化することで、管理の効率は大きく向上した。

 そして特に重要なのが機械の「自働化」(自動化ではない)だ。不具合が発生した際、機械自身が異常を検知し停止する仕組みである。単なる自動化ではなく、人の知恵を組み込んだ自働化であり、ラインの品質維持に大きく貢献した。ライン停止を見える化する「アンドン」が導入されたのもこのころである。

「かんばん」や「アンドン」と密接な関係を持つのが、「必要なものを、必要なときに、必要なだけ」という「ジャスト・イン・タイム」。これによって生産のムダが削減され、ラインの柔軟性も高まった。コンピュータの高性能化とともに、TPSはその後も進化を続けている。

 また、小集団活動によって従業員自らが問題点を発見し改善を進めるQCサークルも、この時代に大きな成果を上げたとされる。

 生産方式は時代とともに絶えず変化していく。このまま続けると話が長くなりそうなので、今回は黎明期の生産現場からいったん離れることにしたい。

 現在ではGRファクトリーのように、「GRヤリス」「GRカローラ」のような少量生産に適したラインもあり、生産現場そのものが生き物のように成長し変化を続けている。いずれ機会があれば、その進化についても触れてみたい。

 トヨタの歴史は、まさにTPSの歴史でもある。分厚いページをめくるたびに、その思いを改めて強くした。

「創造 限りなく」の刊行から39年。100年史が編まれるころ、トヨタはどのような製品を世に送り出し、どのような体験価値を創造しているのだろうか。

トヨタからはこれだけの刊行物をいただいていました。貴重な宝です
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。