日下部保雄の悠悠閑閑
灯籠流し
2026年8月17日 00:00
毎年恒例の伊東の按針祭。徳川家康の信頼を得た三浦按針(ウィリアム・アダムス)が日本初の洋式帆船を作ったのが伊東の海岸。その工法は川をせき止め、川底を掘り下げてドックを作り、船を造った後に堰を切るというものだった。簡易型のドライドックである。按針はこの後さらに大型の洋式帆船を作ったと言われる。
按針祭の日程は毎年10日の花火大会を頂点に、毎日何らかのイベントが行なわれている。
子どものころはタライ乗り競争も行なわれていた記憶があるが、本物のタライは乗るのも難しく、どこに行くかわからない。転覆も普通に起こっていた。社会の勢いがなければできないタライ乗り競争は今はやっていないのかなぁ。
一方、大空に上がる花火とは違い、川面にほのかな灯りを映して漂う灯籠流しは少し寂しげで、亡き人に思いを寄せる行事だ。子どものころは祖父、祖母を思い出して灯籠を川にそっと置いた。アンバランスなので丁寧に置かないとすぐに沈没してしまう。
今年は久しぶりに灯籠流しを見学した。伊東を流れる松川は護岸が整備され、ライティングも充実。夏の夜のゆったりした時間を感じられる。
昔と違うのはその場で灯籠を申し込んで、思い思いの願いを込めたオリジナル灯籠を流せることだ。観光客も含め多くの人が参加し、川に張り出した桟橋まで長い列ができる。
今年の松川はゆったりとした流れで、灯籠は名残り惜しいのか、なかなか桟橋を離れない。見送る人も灯籠が動き出すのを待つ。誰も急かさないのもこの行事らしい。やがてゆっくりと下流に動き出す。
伊東といえば松川沿いにある東海館が有名だ。昭和初期の木造建築の泰然としたたたずまいは松川によく映える。昔と違うのは川辺とともに東海館もライトアップされ、それを背景にした灯籠は記憶にあるものとは違うが、漂う様は変わらない。
河口にはロープが張られ、灯籠が海に流れないように配慮されていたのも今の灯籠流し。翌日の海で残骸を見るのは夢が現実になるようでちょっと寂しかった。
そして毎日が花火の按針祭。灯籠流しの日も20時50分から10分間だけ花火が上がる。10分間とはいえ海の上に上がる多様な花火は見ごたえ十分で、ドン、バラバラと、さきほどの灯籠とは違っては華やか。花火も進化している。
混雑もほどほどなのがよく、19時半から21時まで子ども時代の思い出をたどった日だった。





