日下部保雄の悠悠閑閑

灯籠流し

伊東の象徴、東海館を背景にゆったり流れる灯籠

 毎年恒例の伊東の按針祭。徳川家康の信頼を得た三浦按針(ウィリアム・アダムス)が日本初の洋式帆船を作ったのが伊東の海岸。その工法は川をせき止め、川底を掘り下げてドックを作り、船を造った後に堰を切るというものだった。簡易型のドライドックである。按針はこの後さらに大型の洋式帆船を作ったと言われる。

 按針祭の日程は毎年10日の花火大会を頂点に、毎日何らかのイベントが行なわれている。

 子どものころはタライ乗り競争も行なわれていた記憶があるが、本物のタライは乗るのも難しく、どこに行くかわからない。転覆も普通に起こっていた。社会の勢いがなければできないタライ乗り競争は今はやっていないのかなぁ。

 一方、大空に上がる花火とは違い、川面にほのかな灯りを映して漂う灯籠流しは少し寂しげで、亡き人に思いを寄せる行事だ。子どものころは祖父、祖母を思い出して灯籠を川にそっと置いた。アンバランスなので丁寧に置かないとすぐに沈没してしまう。

松川を漂う色とりどりの灯籠。今時の強い光ではなく、緩い灯りが昔ながらの灯籠流しを伝えている

 今年は久しぶりに灯籠流しを見学した。伊東を流れる松川は護岸が整備され、ライティングも充実。夏の夜のゆったりした時間を感じられる。

 昔と違うのはその場で灯籠を申し込んで、思い思いの願いを込めたオリジナル灯籠を流せることだ。観光客も含め多くの人が参加し、川に張り出した桟橋まで長い列ができる。

 今年の松川はゆったりとした流れで、灯籠は名残り惜しいのか、なかなか桟橋を離れない。見送る人も灯籠が動き出すのを待つ。誰も急かさないのもこの行事らしい。やがてゆっくりと下流に動き出す。

 伊東といえば松川沿いにある東海館が有名だ。昭和初期の木造建築の泰然としたたたずまいは松川によく映える。昔と違うのは川辺とともに東海館もライトアップされ、それを背景にした灯籠は記憶にあるものとは違うが、漂う様は変わらない。

 河口にはロープが張られ、灯籠が海に流れないように配慮されていたのも今の灯籠流し。翌日の海で残骸を見るのは夢が現実になるようでちょっと寂しかった。

河口のいでゆ橋から上流を見る。ゆっくりと灯籠がやってくる。振り向くと花火が見える

 そして毎日が花火の按針祭。灯籠流しの日も20時50分から10分間だけ花火が上がる。10分間とはいえ海の上に上がる多様な花火は見ごたえ十分で、ドン、バラバラと、さきほどの灯籠とは違っては華やか。花火も進化している。

 混雑もほどほどなのがよく、19時半から21時まで子ども時代の思い出をたどった日だった。

灯籠流しの日程も10分という短時間だが、十分に楽しめた
見事な花火を見ると今年も夏だなぁと実感する
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。