編集後記

2020年10月3日

瀬戸 学

 残念ながら9月末を持ってCar Watch編集部から異動することになりました。もともと自動車雑誌の編集をやっていたワタクシがCar Watch編集部に来たのは2009年、まだCar Watchが立ち上がったばかりのころでした。そこから外部ライターとしてお手伝いしたり、営業としてかかわったり、10年以上の間、いろいろな形でCar Watchに携わってきて、ここまで多くの読者の皆さまに支えられる媒体になったのはうれしい限りです。これからもぜひご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

 ということで最後らしく、Car Watchで乗った中で特に思い出に残るクルマを3台選んでみました。

 1台目は日産「GT-R」です。今さらと思われるかもしれませんが、当時はとても衝撃的なクルマでした。スポーツカー自体がどちらかと言えば下火の時代でしたから、まさか国内メーカーからトランスアクスルのこんなすごいクルマが登場するとは思ってもみませんでした。当時は「2ペダルなんて……」と思っていた部分もありましたが、走らせてみるとそれはもう、絶対に人間には真似できない速さと正確さで変速。しかも変速する度に背中側からトランスミッションの変速するギヤの音が聞こえてきて、またその音が遊びなんて全くなさそうな硬質な音。速く走るために日本人の技術者が徹底的に作り上げた正確無比な精密機械、まるでターミネーターのようなそんな印象でした。

 2台目は、ほぼ同じ時期で、GT-Rの少し後に乗ったフェラーリ「カリフォルニア」。V8でFR、フェラーリとしてはエントリー向けかもしれませんが、人生初のフェラーリ。しかも左ハンドルなのでめちゃくちゃ運転するのに緊張します。こちらもDCTの2ペダルでしたが、むしろハンドルに集中できるので、3ペダルじゃなくてよかったと思いながらハンドルを握りしめておりました。しかし少しアクセルを踏み込めばそのサウンドは官能的。GT-Rがターミネーターのような精密さ、力強さを感じたのに対して、こちらはとにかく女性的で艶やかで感性に訴えてくるイメージ。同じクルマなのにこんなに感じるものが違うということに驚かされました。

 そして3台目が実は一番印象深かったクルマになります。前の2台のスーパーカーとは真逆の、非力だし3ペダルだし古いし、というクルマのBMW「イセッタ」です。今は地方に引っ越されてしまいましたが、当時はよくお世話になっていたデザイナーさんの愛車で、運転させてもらう機会がありました。

 なにしろボディの前面が開いて乗り込むとか、シートベルトがないとか、今のクルマの常識がまったく通用しない時代のクルマです。運転してみてまず驚かされたのがウインカーがもどらないこと。ハンドルを切って戻してもウインカー出っぱなし。なのでその都度ウインカーを戻さなければいけません。だけど走っているとエンジン音からきしみ音からでうるさいので、ウインカーの音に気がつかず何度もつけっぱなしに。そしてどこから生えているのか分からないシフトレバーはストロークが長い上にグニャグニャでギヤが入っているのかもよく分かりません。極めつけはとにかく非力なので、坂道が上れない。なので前方に坂が見えたら先にできるだけアクセルを踏んで助走しておかないといけません。

「あ~、ウインカー戻さなきゃ」「あ~ギヤがうまく入らない」「あ~坂道が見える、アクセル踏まなきゃ」ととにかくやることがたくさんで、クルマの運転てこんなに疲れるんだっけ、というのが感想。

 でも、坂道に向かってアクセルを踏み込めば、車内にはエンジン音が鳴り響いて、イセッタがすんごい“頑張ってる”感。それでもトルクはないので、少しずつ減速していっちゃうんですけど、運転しているこっちもつい力が入って、「頑張れ! オレも頑張るからおまえも頑張れ!!」なんて声に出してしまう始末。

 走り終えてみれば、短い時間だったのにやけに疲れていて、そして汗。そういえばエアコンなかったね。でも運転はすごく大変だったけど、なんかイセッタと一緒に頑張って走った達成感のようなものは、他のクルマでは味わったことのない「楽しさ」でした。

 もちろんこの3台以外にもたくさんの魅力的なクルマがありました。そしてこれからももっと便利で快適、そしてすごいクルマが登場してくるでしょう。人気車種もそうでない車種もあるでしょうし、今あるクルマは古くなっていくのかもしれません。でもどんなクルマも、どの時代のクルマも、きっと人を幸せにするために生まれてきたことは間違いありません。

 部署は異動してしまいますが、これからも皆さまとその愛車の幸せなカーライフが続いていくことを、心より願っております。