長期レビュー

高橋敏也の“帰ってきた”新型プリウス買ってみたレビュー

第5回 クルマ用クーラントは水冷パソコンの夢を見るか?(後編)

 安心してください、今回はプリウスありますよ。などと言っている場合ではない。高性能なクルマ用のクーラントは、果たして水冷パソコンの冷却液として使えるのか? そして使った場合には「純水よりも冷える」と言われる、その性能が発揮されるのか? そんなことを前回、真面目にやってみた。結果、水冷パソコンという小さな熱源でのテストでも、明確な差が生じることを確認できた。そう、それがTCLアドバンスのクーラント、アルティメイトパフォーマンスシリーズである。ちなみにテスト結果に関しては、本連載の第4回を参照してほしい。

 さて、アルティメイトパフォーマンスシリーズが高性能なクーラントであることは、自らテストして実感できた。ならば我が愛車プリウスにも早速投入して、知人友人に「オレのプリウスはクーラントが違うぜ!」とか自慢しよう。そう思っていて気がついた。そうだ、私はクルマ用のクーラントに関してほとんど知識がない。さらに言えば、そもそも「TCLアドバンスのアルティメイトパフォーマンスシリーズは、なぜ高性能なのか?」という点に関してまったく調べていなかったのだ!

 いかん、これはいかん。クーラントに関してもう少し掘り下げ、なおかつアルティメイトパフォーマンスシリーズはどのようにして高い性能を確保できたのか? そのあたりをちゃんと調べなくては。そんな訳で今回はサッサと本編に入ろうと思う。

TCLアドバンス、アルティメイトパフォーマンスシリーズの秘密

 「純水よりも冷える」。前編でもこのフレーズを繰り返してきた訳だが、今回もここからスタートすることになる。もっと正確に言うと「なぜアルティメイトパフォーマンスシリーズのCompetition for RACINGは、純水を超える冷却性能を手に入れることが出来たのか?」となる。その秘密を知る手っ取り早い方法は「作った人に聞く」だ。

 水冷パソコンによる冷却テストはアルティメイトパフォーマンスシリーズの製造元である谷川油化興業、その技術開発部で行なわせてもらった。そこで早速「作った人」である技術開発部部長の山田さん、そして同じく技術開発部主任の鈴木さんにアルティメイトパフォーマンスシリーズの秘密をうかがった。

深刻な話をしている訳ではありません。おっさんが技術的な説明を受けているところです
技術開発部 部長、山田輝さん。試験設備をとても楽しそうに説明してくれました
技術開発部 主任、鈴木 和参さん。水冷パソコンのテストにお付き合いいただきました

 まず何より聞きたかったのは「純水よりも冷える」というCompetition for RACINGの秘密だ。前編でも書いたことだが一般的なクーラントは純水をベースにして、さまざまな添加剤(エチレングリコールなどの凍結防止剤)を加えたものだ。添加剤は純水と比較して比熱が低く、そのため添加剤の量に応じてクーラントの比熱は純水よりも低くなる。要するに添加剤の分だけ、純水より冷えにくくなる訳だ。

 さて、ここでCompetition for RACINGの凍結温度を見てみよう。もちろんご存じのとおり水の凍結温度は0℃であり(理論的には)、これは純水も同じ。そしてCompetition for RACINGの凍結温度は「-1.0℃」となっているのだ。この凍結温度が意味するところはCompetition for RACINGは限りなく純水に近いということ、そして添加剤を加えることで、純水以上の冷却性能を与えているのである。普通なら添加剤を入れると冷却性能が低下するところだが、そこに秘密があった。その秘密の1つが界面活性剤なのだ。

 界面活性剤と聞くと真っ先に思いつくのは洗剤のたぐいである。企業秘密であるため具体的にどういった薬剤であるかはもちろん聞けなかったが、この界面活性剤の果たす役割はかなり大きい。簡単に言ってしまうと冷却ライン内部の表面(パイプ内側の表面と思ってほしい)と、クーラントの摩擦を減らす役割を持っているのだ。

 前回、純水からCompetition for RACINGへ冷却液を入れ替えた際に「気泡が消えるのが早かった(空気抜きの段階で)」と書いたが、実はこの界面活性剤が効果を発揮していたのである。Competition for RACINGに使われている界面活性剤はクルマの冷却ライン(水冷パソコンの冷却ライン)内部で、コーティングのように働くのだという。このコーティングで摩擦が減って、結果として気泡が早くなくなった訳だ。

水冷パソコンでの性能テスト時、Competition for RACINGは確かに気泡がなくなるのが早かった

 もちろん摩擦が減ったからといってクーラントの流量が劇的に変化するなどということはない。しかし、摩擦が減ることによって「クーラントが熱源に接する体積が微妙に大きくなる」という効果があるのだ。言葉だけだと分かりづらいので、以下の図を見てほしい。同じスピードで流れていても、Competition for RACINGの方がパイプ内側に接している「体積」が大きいことが分かる。その体積分だけ多くの熱量を運べるということなのだ。

重ねた図に注目。パイプ内部に接している「体積=熱を運べる量」は、Competition for RACINGの方が大きい

 エンジンの熱を純水より効率よく放熱部分(ラジエター)に運べれば、それだけ水温は落ちる。これが「純水より冷える」秘密なのだ。本格的なレースともなればレギュレーションとの兼ね合いで「純水、もしくは水を使えばいい」という話にもなるだろう。だが、純水も含めた水という物質は「強力な溶剤」でもあり、容易に劣化するものなのだ。前編で私が「純水といっても水は水、クーラントとして見た場合には欠点もある」と書いたのはこのあたりに関係してくる。

 クルマ用のクーラントとしては「冷却ラインを腐食しない」「クーラント自身が劣化しにくい」ということに加えて「凍結への対策」が必要となる。これらの機能を満たそうとするとどうしても添加剤が必要であり、それをどのように調整するかがメーカーの腕の見せ所となる訳だ。アルティメイトパフォーマンスシリーズの製造元である谷川油化興業は、ブレーキフルードやクーラントなどを長年にわたって開発し、製造販売してきた会社だ(OEM製品も多数あり、あなたも知らずに使っている可能性がある)。そのスキルとノウハウが投入された製品がCompetition for RACINGであり、Sport for CIRCUIT、そしてPremium for STREETという訳だ。

 ちなみにアルティメイトパフォーマンスシリーズのパッケージを見ると、凍結温度(Freezing point)のほかに「TCL Cooling Ratio」という値が表記されている。これはTCL独自の冷却性能指標で、150℃に熱した鋳造のアルミを25℃の一定量のクーラントに浸して10秒経った際の温度を示している。鋳造アルミと言えばエンジンブロック、より実践的な指標としてTCLが定めた指標とのこと。

 例えばCompetition for RACINGなら10秒後には温度150℃だった鋳造アルミが108.2℃まで下がったので「-41.8」という数値になる。もちろんこの値がマイナス方向に大きければ大きいほどクーラントとしての冷却性能は高い訳で、同シリーズのPremium for STREETは「-31.5」とCompetition for RACINGとはかなり差がついている。

TCL独自の冷却性能測定法「TCL Cooling Ratio」。実践的な指標となっている
Competition for RACINGは-1.0℃以下で凍結し、TCL Cooling Ratioは-41.8℃/10秒。凍結温度からして本格的なレース用、スポーツカー用だと分かる
Sport for CIRCUITは-10.2℃以下で凍結し、TCL Cooling Ratioは-34.3℃/10秒。サーキットなどのスポーツ走行、寒冷地以外のスポーツカーに適合しそう
Premium for STREETは-30.5℃以下で凍結し、TCL Cooling Ratioは-31.5℃/10秒。高性能クーラントとして幅広く使えそうだ

 凍結温度を下げるためにはエチレングリコールを多くしなければならず、冷却性能を上げるためには添加剤をなるべく少なくしたい。クーラント自体が早々に劣化してもまずいし、何よりクルマの冷却ラインへダメージを与える訳にはいかない。実は今回の取材で同社の実験施設もいろいろ見せてもらったのだが、JIS規格に沿った試験は本当に大変そうだった。また、キャビテーションが金属にどのような影響を与えるかの試験に使われた試験片を、実に嬉しそう(楽しそう)に説明する山田さんが印象に残った。

クーラントなどの液体の試験に使用する器材。一定温度、一定濃度を保てるようになっている。格好いい!
試験片をクーラントに浸し、一定温度一定時間で状況を確認する
キャビテーションの試験に使われた試験片。表面のザラザラはキャビテーションに出来たもの。この試験「とにかく音がうるさい(山田さん談)」そうだ
私が見てもよく分からないのだが、とにかく見る

 最後に余談だが前回のテストで水冷パソコンの冷却液として絶大なる効果を発揮したCompetition for RACING。「これ、水冷パソコン用のクーラントとして売り出しましょう!」と提案したところ、鈴木さんはニヤリと笑って(私にはそう見えた)こう言った。「弊社ではクルマだけじゃなくて工業機械用のクーラントも製造していますからね。まったく問題ないでしょう。ただし、そういったクーラントの場合、100℃まで行かないものもあり、その場合は腐敗やそれこそ藻の発生などに留意して防腐剤をブレンドしています。このアルティメイトシリーズも防腐剤をブレンドすれば水冷パソコン対応可能になりますよ」。谷川油化興業、さすがプロである。まあパソコン用をリリースするかどうかは別の話だが。

7年、もしくは16万kmで交換?

 アルティメイトパフォーマンスシリーズの秘密を知ることができた。あとはもうプリウスのクーラントを入れ替えるだけである。もちろん私が選んだのはシリーズ中最高の冷却性能を誇るCompetition for RACING……ではなく、Premium for STREETだ。真面目な話、Competition for RACINGには大きな魅力を感じるが凍結温度は-1.0℃。さすがにこれはレース専用と考えていいだろう。もっともクルマは温度調整付きの室内保管、しかもスポーツカーというなら話は別だが。

 どちらにしようか迷ったのは凍結温度が-10.2℃のSport for CIRCUITと、-30.5℃のPremium for STREET。最終的に選んだのはPremium for STREETだが、私のプリウスが東京都内だけを走るというならよほどのことがない限りSport for CIRCUITでも大丈夫だと思う(凍結温度的に)。だが、私のプリウスは時として過酷な環境に晒される場合がある。例えばスタッドレスタイヤで冬の雪道を走る場合などだ。その場合は-10℃以下の気温に晒されることも考えられるため、Premium for STREETが最適という話になった。

 ちなみにプリウス、純正クーラント交換のタイミングはどうなっているのか? 公式データを調べてみて驚いた。なんと「7年ごと」か「走行16万キロメートルごと」の交換と書いてあるではないか! 仮に10年乗り続けるなら7年目で交換することになるが、10年乗り続けてもなかには10万km走らない人も多いだろう。最近のクーラントは驚くほど長寿命だなと思っていたら実はこれ、最近のトレンドらしい。LLC(Long Life Coolant=ロングライフクーラント)の進化版であるスーパーLLCがトヨタなどから登場し、純正クーラントとして導入されているのだ。

 LLCと比較してスーパーLLCはとにかく寿命が長い。ではLLCの交換タイミングはどうなっているのか? 製品によって異なるのだが、一般的には2年ごともしくは走行4万キロメートルごとというクーラントが多いようだ。アルティメイトパフォーマンスシリーズもこの一般的なLLCと同等の交換タイミングとなっているのだが、メーカー側では「早めの交換」を勧めている。さらに言えばCompetition for RACINGは別格と考えていいと思う。それこそレースごと、季節ごとに交換するクーラントなはずだから。

 さて、話をクーラント交換に戻そう。クーラントを交換してくれるショップが「スーパーオートバックスTOKYO BAY 東雲」さんに決まった。愛車プリウスに乗って東京都江東区東雲にあるスーパーオートバックスTOKYO BAY 東雲へと向かう。

 まあ大きいこと大きいこと。作業ピット数48、タイヤ在庫常時3000本以上は伊達じゃない。クルマのことで何かあったらとりあえずここへ行けばなんとかなるんじゃないか、そう思わせる規模と内容の充実ぶりだ。そんなことを思いつつ、我がプリウスは指定されたピットへと向かう。

スーパーオートバックスTOKYO BAY 東雲。広い! ものが一杯ある! ピットが多い!
今回の作業を担当してくれた川西さん。暑い中、ありがとうございました!

 ピットでは最初に車両の状態をチェックし、問題がなければ既存クーラントの排出を行なう。プリウスをジャッキアップしてエンジン下にある排出口からクーラントを抜く訳だが、これにはある程度の時間がかかる。さらにプリウスの場合はエンジンのクーラントタンクとインバータのクーラントタンクが別れており、その両方を排出して新しいクーラントを注入することになる。ちなみに排出したクーラントは定められた手順に従って廃液として処理しなくてはならない。もし仮に自分でクーラントの交換ができたとしても、抜いたクーラントはガソリンスタンドやカーショップなどで廃棄してもらわなくてはならないということだ。

まずは車両の状況をチェック。ちなみにこのチェッカーでウォーターポンプのみを稼働させることも可能
プリウスのエンジンルームを見ると……
こちらはエンジン用のクーラントタンク
プリウスの場合はもう1つ、インバータ冷却用クーラントのタンクがある
クーラントのキャップを外し……
ジャッキアップして空力性能を高めるためのカバーを外す
出てきたのがクーラント用ドレン(黄色いパーツ)。おっさんは暑くて変になっているだけ
排出開始!

 時間をかけてじっくり排出する訳だが、なかなか完全に抜けきらないのがクーラント。ここでドライバーには2つの選択肢がある。1つは時間をかけて排出したのだからと納得し、新しいクーラントを注入して終わる。そしてもう1つは新しいクーラントをある程度注入してしばらくライン内を回してから再度排出、そこに新しいクーラントを入れる方法だ。もちろん後者の方がより高い純度で新しいクーラントを使える訳だが、時間とコストはかかる。アルティメイトパフォーマンスシリーズのような高性能クーラントをあえて使用する場合、私としては後者の方法をお勧めするし、実際にそうしてみた。

 やはり既存のクーラントを完全に排出するのは難しい。じっくり時間をかけるか、何かしら別の方法を使うしかない。今回のように取材という限られた時間の中で新しいクーラントを高い純度で使いたい場合は、1度「新しいクーラントでラインをすすぐ」方法がいいと思った(時間をかけられれば話は変わってくるのだが)。

Premium for STREETを注入するのだが、まだこの段階は内部を「濯いでいる」ようなもの
ウォーターポンプを回すと、以前残っていたクーラントと混じって色が濁る
濯ぎに使ったPremium for STREETを排出すると……
ご覧のとおりの怪しげな色。クーラントの廃液はきちんと処理しましょう

 再度の排出を終えたら新しいクーラントを注入し、じっくり時間をかけて空気抜きをして作業終了となる。「じっくり時間をかけて」と書いたが、もうそのとおりでこれがまた時間のかかる作業なのだ。ポンプを回してクーラントを流し、ラインの中の空気を抜く。エンジンをかけて走行状態に近い形で空気を抜く。もちろん空気が抜けた分だけでクーラントのレベルが低くなるので、タンクにクーラントを足して行く。アルティメイトパフォーマンスシリーズは空気の抜けが早いといっても、かなり時間がかかる作業だと思っていい。

プリウスのクーラントに選択したPremium for STREET
最終的には美しいグリーンのPremium for STREETが注入される。だが、空気抜きという作業がまた待っているのだ

 廃液の処分もあるし、何より抜いて新しいものと入れ替えるのに時間がかかる。しかも空気抜きは重要な作業である。個人で行うにはハードルが高すぎると思うので、クーラントの全量交換はショップに任せるのが一番だと思った。

 さて、プリウスのスーパーLLCをアルティメイトパフォーマンスシリーズのPremium for STREETに入れ替えた訳だが、それだけでパフォーマンスが向上したとか、燃費がよくなったとかそんな話にはもちろんならない。「このプリウス、クーラントが違うんだぜ!」と私の自慢話にネタが1つ追加されただけである。だが、長期的に見た場合、エンジンの負荷は変わってくると思う。あるいは酷暑の中、長時間走った時に違いが出るのかも。少なくとも高性能なクーラントを入れていると思うと気分がいい。今はまあ、それで満足しておこう。

高橋敏也

デザイナー、コピーライターを経て、パソコン関連のライターとして独立。SF小説なども上梓している。ライター歴は20年を超えるが、ここ15年ほどは真面目なレビュー記事より、パソコンを面白おかしく改造する記事などを書いている。若い頃はバイクをこよなく愛していたが、体力の衰えとともにクルマへの興味を持つ。このため自動車免許を取得したのは1998年。現在、クルマはトヨタのプリウス、オートバイはカワサキのZ1300を所有、都内を縦横無尽に走っている。株式会社インプレス、DOS/V POWER REPORT誌に「高橋敏也の改造バカ一台」を連載中。ほかに動画コンテンツとして「本ナマ改造バカ」「高橋敏也ちゃんねる」などをネット配信中。

Photo:堤晋一