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ルノー「カングー ゼン(EDC)」

 ラーメンやママチャリ、バレンタインデーなど、日本で独自の進化を遂げているものはたくさんあるが、どうやらルノーの「カングー」もその域に達しているようだ。もともとは「カングー エクスプレス」という商用車として生まれ、あまりの使い勝手のよさから乗用モデルの要望が高まって生まれたのがカングーのスタート。現在でも本国フランスでは商用車が販売台数の約6割を占め、街中でよく目にするのは郵便配達車(La Poste)だ。

 だから、日本でのカングー事情を知ってフランス人が驚くのも無理はない。とくに、今年で8回目となったカングーオーナーが集うイベント、「ルノー カングージャンボリー」でおなじみの光景は圧巻。山中湖畔に色とりどりのカングーがズラリと並び、その周りにはオーナーであるファミリーやカップルたちが、テーブルやパラソルを出して思い思いにくつろいでいる。参加台数は回を重ねるごと増え、2016年はついに1108台にものぼったという。カングーがこんな扱い方をされるのは世界でも日本だけ、ということで、フランスのTV局から取材の申し込みがあったほど。日本人の感覚で言えば、トヨタ自動車の「ハイエース」が色とりどりのボディで並んでいるような雰囲気なのかもしれない。

カングー ゼン(EDC)。ボディサイズは全車共通で4280×1830×1810mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2700mm。車両重量は1450kg。価格は259万円

 また、購入理由の1位が「色」というのも、おそらく日本独自のものだろう。これはルノー・ジャポンの戦略勝ちとも言えるが、2010年から数えても特別色を含めて累計で31色ものバリエーションを展開。初代から人気だったイエローやグリーンをはじめ、ブルー系だけでも8色、ネイビーやオレンジ、ピンクなどが印象的で、どれもフランスらしいネーミングでも楽しませてくれる。カングーは全てフランスのモブージュ工場で生産されているが、ここは生産モデルの約6割が商用車のため、社名やコーポレートカラーなどの個別オーダーに慣れており、同じカラーが30台揃えば生産できる。カラーは約300色に対応できるとのことで、それが日本での「カラフルなカングー」というキャラ作りに貢献したと言える。

ボディカラーはイメージカラーの「ジョン アグリュム」。ルノー車は環境負荷の低い水性塗料に移行したタイミングで色数が減ったが、定期的に特別なボディカラーを与えた限定車を設定している
ホイールは全車スチール+ホイールカバー。タイヤサイズは195/65 R15
狭い場所でも開閉しやすいダブルバックドア。フロア高を下げたフラットなラゲッジスペースは、写真のように縁台的なくつろぎの空間としても利用できる

 そして購入理由の2位に挙がっているのは、やはり室内空間だ。天井の高いキャビン、両側のスライドドア、そして中央から左右に開くバックドアなど、ファミリーでも便利に使えるオシャレな雰囲気の輸入車を探すと、必然的にカングーにたどり着く。2007年に2代目となってからはボディサイズの拡大などでさらに室内が広くなり、簡単に倒せるシートアレンジや、前席と後席それぞれの頭上に備わる大容量の収納スペース、折り畳みテーブルといった気の利いた装備も魅力的だ。ドリンクホルダーは日本のペットボトルなどでサイズや形状が合わないものもあるが、そこは「フランス車だから仕方ないか」と許せてしまうのがカングーのキャラクターかもしれない。

 こうした、日本車とはひと味ちがう世界観に惹かれるカングーだが、いざ購入しようと冷静に検討したとき、唯一といっていい弱点がパワートレーンだったのではないだろうか。1.6リッター直4の自然吸気エンジンはそれほどパワフルとは言えず、選択できるトランスミッションは4速ATか5速MT(現在は6速MT)。2014年に1.2リッター直噴ターボモデルが加わり、こちらはトルクフルな走りが手に入るものの、トランスミッションは6速MTのみで、ATに慣れた日本人にはちょっとハードルが高い。自分は欲しくても、奥様にノーと言われて泣く泣く諦めたファミリーも多いと聞いている。

新たに6速EDC(エフィシエントデュアルクラッチ)との組み合わせが設定された直列4気筒DOHC 1.2リッター直噴ターボ「H5F」型は、最高出力84kW(115PS)/4500rpm、最大トルク190Nm(19.4kgm)/1750rpmを発生

 それが今回、そんな弱点をすべて吹き飛ばす新しいパワートレーンが登場した。1.2リッター直噴ターボに、デュアルクラッチトランスミッションの6速EDC(エフィシエントデュアルクラッチ)を搭載。これはすでに「メガーヌ」や「ルーテシア」に搭載されているパワートレーンで、そちらの評価はとても高い。カングーでは115PS/4500rpmの最高出力は6速MTモデルと変わらないが、190Nmの最大トルクは6速MTモデルが2000rpmで引き出されるのに対し、このEDCモデルでは1750rpmで発生し、より低回転から得られるようになっている。車両重量は6速MTモデルよりも20kgほど重い1450kgとなるが、さてその乗り味はどうだろうか。

カングーはインパネシフトを採用してサイドウォークスルーを可能にしている。カーナビは販売店装着オプション
ゼングレードはレザーステアリングを標準装備
中央に大型のスピードメーターを備える3連メーター
6速EDCはシフトセレクターでのマニュアル変速も可能
大型のグリップを備えるパーキングブレーキ

カングーのスポーティさを再認識!

 休日で賑わう山中湖周辺で試乗してみると、まずはアクセルをひと踏みしたときの軽やかさ、そこからスイスイと滑らかな伸びのよさに感銘を受けた。頼もしいトルクが低速から常に余裕をもたらしてくれて、ノロノロとした渋滞や頻繁な加減速など、4速ATモデルではどうしても大きめのシフトショックが出てしまう場面でも、EDCの的確な対処で気持ちよく走ることができる。そして速度を上げていくと、十分に力強い加速フィールもさることながら、直線ではガッシリとした安定感、コーナーでは硬すぎないしなやかな足まわりを持っていることも分かる。

 もともと初代カングーはのんびりと走っても楽しいクルマながら、その姿に似合わぬスポーティな走りの一面にも魅力を感じていた。でも、現行モデルではボディの拡大などでややその面が削がれてしまったかに思えたのだが、今回の試乗で「やっぱりカングーはスポーティさを隠し持っていたのだ」と再認識できて嬉しくなった。しかも、1.2リッター直噴ターボの美味しいところが、EDCによってこちらが望むとおりに引き出される。そのおかげで、自分とカングーがピタリと合うような一体感が、より強く味わえるようになっている。また、アイドリングや加速時の静粛性、後席の乗り心地も素晴らしく、のんびりとドライブするのもさらに快適になるはずだ。

シート表皮はブラック×ダークカーボン×ライトグレーの3トーン仕様
カップホルダーも備えるフロントシートバックテーブル
フロントシート頭上の3連式オーバーヘッドボックスは、リッドは3分割ながら内部はつながっていて、入れ方を工夫すれば長尺物も入れておける

 そしてこのパワートレーンの搭載は、燃費に厳しい日本の要望で実現したというだけあって、以前は非公表だったJC08モード燃費が14.7km/Lであると公表された。アイドリングストップは搭載されていないが、コストをかけて搭載しても価格に響いてしまい、それに見合うだけの燃費向上が見込めなかったことや、あくまで発進時のスムーズさにこだわったことなどが搭載していない主な理由というから、ユーザーのことを考えたベストな選択なのだろう。

 試乗を終えて、今後のカングーは間違いなくこのパワートレーンが販売のメインになるだろうと確信した。あいかわらずドリンクホルダーはイマイチだし、オプション装着されていたリアエンターテインメントモニターも後付け感アリアリだけど、そんなことはまったく気にならないほど、カングーの魅力はさらにパワーアップしていた。なによりこれなら、MTへの拒否反応も4速ATへの不満も一気にクリアできる。来年はちょうど、1997年にカングーが生まれてから20周年。新しく仲間入りしたファンとともに、山中湖で盛大なお祝いの光景が見られることだろう。

販売店装着オプションの「リアエンターテインメントモニター」は、ルーフ前方のオーバーヘッドコンソールを利用して画面を固定
ルームミラーの上に、後席などの様子を映す「チャイルドミラー」を全車標準装備
リッド付きの大型のセンターコンソールボックス
エアコンは防塵フィルター付きで、ゼンはオートエアコン、アクティフはマニュアルエアコンを標準装備する