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高橋学のソニー「α9」でモータースポーツを撮ってみた
望遠ズームレンズ「FE100-400mm F4.5-5.6 GM OSS」との組み合わせで“流し撮り”
2017年9月26日 07:15
モータースポーツカメラマンのミラーレス一眼によるサーキット撮影奮戦記
ソニーの最新フルサイズデジタル一眼カメラ「α9」をサーキットに持ち込み、モータースポーツ撮影の実力を探ってみました。筆者が今まで長年使ってきた一眼“レフ”カメラとは姿かたちは似ていても、いざ撮影してみるとそのフィーリングはまったくの別物のミラーレス一眼の初テストです。
筆者自身も普段、旅行などではミラーレス一眼を持ち歩いていますが、モータースポーツの現場では初めての挑戦です。それゆえ、今回はテストというより「モータースポーツカメラマンのミラーレス一眼によるサーキット撮影奮戦記」的な話ではあります。あしからず。
さて、そんな前置きはともかく、今回使用した「α9」はすでに多数のフルサイズミラーレス一眼をラインナップに揃えるソニーが満を持して登場させた最新鋭機。「革新的なイメージセンサーによる高速性能」とうたうこのモデルは、「ファインダー像消失時間ゼロ」「超高速、無音、無振動アンチディストーションシャッター」「動体を常に測距し続けることで確実に捉える常時AF」「被写体と作画イメージをダイレクトに伝えるファインダー」の4点、つまり従来の一眼レフが“レフ”であるがゆえにどうしても達成できなかったハードルをすべて一気に片付ける性能こそが最大の特徴というわけです。
連写しても無振動でしかも被写体が見え続け、ずっとAFが動作し続ける、というモータースポーツ撮影には理想的な能力を備えたモデルなのです。否応なしに期待感は高まります。
ただし、テスト前に気になっていた点が1つ。これほどモータースポーツ撮影に向きそうなカメラでありながら、このα9によるモータースポーツ写真の作例がこの原稿執筆時点ではあまり見当たらないのです。Webや雑誌等で作例として取り上げられた写真の多くが、優れた高感度特性を武器に高速シャッターと高性能なAFの組み合わせでピタッと被写体を止めて切り取ったストップモーション的なものが大半。もちろん、人間の躍動的なフォルムや表情を捉えた写真は素晴らしいものです。
しかしながらモータースポーツ写真の多くはクルマの走行するさまを表現するのでピタっと止めちゃうと走っているかどうかすら分からない写真になっちゃいます。それゆえモータースポーツ撮影の世界では、スローシャッターを使った「流し撮り」なる手法がプロ・アマ問わずよく使われています。しかし、作例にそういう写真があまり見つからないんですね。
その辺を自分で確認すべく臨んだのが今回の企画で、高感度特性とかその他もろもろの機能に多少触れつつも、あくまで動くものを動いているように撮る。これを中心に話を進めますのであしからず。なお動画はテストしていません。
オートバイを撮ってみました(鈴鹿8耐)
α9を受け取って最初に向かったのが鈴鹿サーキットの夏の名物「コカ・カコーラ8時間耐久レース」、通称8耐。筆者の都合でフリー走行のみの撮影となってしまいましたが何はともあれコースへ……。
第一印象はボディが小さくて軽い。単体ならバッテリー1個込みで673g。今回は縦位置グリップ「VG-C3EM」を常時使用したのでバッテリーも2個装備して合計1028g。サーキットで撮影を行なう多くのプロが使うフラグシップ機のほぼ2/3の重量。実感としてはもっともっと軽く感じます。また、ボディ自体のサイズがフルサイズ機としては驚くほど小さいので、樹脂等を多用したカメラの比重の軽さを感じるタイプではなく、むしろサイズの割にはズッシリした印象です。個人的には小さいながらも握りにくさを一切感じなかったのはうれしい誤算です。
今回はサーキットでの撮影ということで、新発売の望遠ズームレンズ「FE100-400mm F4.5-5.6 GM OSS」を中心に使っています。
曇天での彩度の高いオレンジと黒の組み合わせです。
フロントタイヤ周辺のシャドウもつぶれずに残っていますし、バランスのよい画像だと思います。ただしその辺は個人の嗜好の範疇ともいえますので、カメラで生成されたオリジナルのJPEGを掲載します。ご自身の目と基準で判断いただければと思います。
撮影後の印象は、率直に言ってこの日の撮影はかなり苦労をしました。結局鈴鹿では「慣れた」という感触は最後まで得られませんでした。応答速度が向上したとはいえ、筆者が長年使い慣れた一眼レフのミラーやプリズムを通して見るファインダー像とEVFが描くファインダー像の差は想像以上に大きなもので、いつもどおりには被写体を追えませんでした。筆者に限らず一眼レフでの撮影経験が長く、かつ自分ではそんなに器用ではないと自覚してる方は結構苦労すると思います。
電子シャッターがもたらす20コマ/秒の連続撮影と無音撮影
α9の目玉の機能に電子シャッターによる20コマ/秒の連続撮影があります。ここを大きなポイントと捉えられている方も少なくないようです。そんな超高速で連続撮影した走りの写真はご覧のとおり。写真は速度が極端に落ちる鈴鹿のシケインでのカットという条件も重なり、隣のコマとの差異はホンのわずかなものです。
しかしながら、混戦模様になると話は少し異なってきます。伝える側としてはもちろんアクシデントなど望みませんが、激しいドッグファイトやレースリザルトに直結する決定的なシーンを捉える可能性が増えることはもちろん朗報です。またちょっとしたクルマやバイクの挙動もα9なら見逃す事もありません。20コマ/秒というのは想像以上に密に時間を切り取ることを実感しました。
ただし、この機能により飛躍的にカット数が増えることが予想される中、セレクトや調整したりするための純正ソフトは決して作業効率のいいものではないと感じたのは残念です。高速な連続撮影を多用しても後処理をスムーズかつ短時間で処理できるような、20コマ/秒時代のカメラを活かし切るようなソフトへの進化を望みたいところです。
また、時としてピットなどで作業中のメカニックやドライバーを至近距離で撮影なんて時、無音撮影は有効です。真剣勝負の真っ只中におじゃまするわけですから。
撮影領域のほぼ全面をカバーするAFセンサーがもたらすフレーミングの自由度(SUPER GT第5戦 富士)
鈴鹿8耐の翌週はSUPER GT撮影のために富士スピードウェイへ。世間がクルマ離れクルマ離れと騒がしい割には、日本では毎週どこかでモータスポーツイベントが開催されてます。モータースポーツ撮影好きには嬉しい限りで、できれば体が2つ欲しいと思うこともしばしばです。
写真は13コーナーを抜けレクサスコーナーに向かうStudie BMW M6。レクサスコーナーというのはかつてのネッツコーナーであり、プリウスコーナーです。コントラストが低く少し眠い感じの画像ですが、修正せずカメラで生成されたオリジナル画像を掲載します。設定は彩度、コントラスト、シャープネス、明度ともに「標準」でクリエイティブスタイルは「スタンダード」で-0.7EV補正しています。ちなみにこの写真においてマシンのヘッドライトにフォーカスポイントを設定できるフルサイズ一眼レフカメラを筆者は知りません。撮影領域のほぼ全面を693点ものAFセンサーでカバーするミラーレス一眼α9ならではのフレーミングです。
さらなる望遠効果を望むなら……
今回はFE100-400mm F4.5-5.6 GM OSSとともに2XテレコンバータSEL20TCの組み合わせを多用してみました。これで100~800mmの範囲をカバーすることになります。AFの動作には不満は感じなかったものの、2倍のテレコンですとやはりマスターレンズと同じ品質というわけにはいかず少々甘さを感じるのも正直なところ。もちろん、800mmでしか得られない世界もありますのでなくてはならない存在ではありますが、動きの速いモータースポーツの世界で仕上がり品質を重視するなら、今回未使用ではありますがおそらく1.4Xのテレコンくらいにとどめておくのがよさそうです。
ちなみに、α9はAPS-C用レンズを利用するためのクロップ機能を備えており、これを使うことにより実質焦点距離がAPS-Cと同じ画角となります。それに伴い画素数は最大で3936×2624画素となり、フルサイズの画角で使用した時のMサイズと同じ画素数となります。EVFはもちろん、クロップされることなく画面一杯に表示されるので撮影時は違和感なく使えます。
カメラにも慣れてきたので流し撮りを中心に(SUPER GT第6戦 鈴鹿1000km)
鈴鹿8耐、SUPER GT第5戦 富士の次に向かったのは、鈴鹿で行なわれるSUPER GT第6戦 鈴鹿1000kmレースです。そろそろEVFの扱いにも抵抗感がなくなってきたので少しずつシャッター速度を落としながら撮影を楽しんでみましたが、さすがに3戦目になるとシャッターを切るたびにブラックアウトしないファインダーの恩恵をじわじわと感じてきます。
既存の一眼レフカメラで撮れない写真ではありませんが、というか普通に撮れますが同じように扱えるようになるのに3戦もの(SUPER GTは予選やフリー走行の写真を撮っていますのでかなりのカット数)時間がかかりました。
やっぱり気になる高感度撮影時のAF追従能力と画質(SUPER GT第6戦 鈴鹿1000km)
実はSUPER GT第6戦 鈴鹿1000kmは暗所での実力を試しに出向いたのですがゴールシーンすら比較的明るかったので予選日に行なわれたホンダと日産のGT3マシンのデモ走行をご覧ください。感度はISO 25600です。
感覚的にはすでに真っ暗だと感じていた時間帯でこれだけピントを追い続けるのは見事です。画質に関しても合格点ですが、同社の1インチセンサーコンパクト機「RX100」シリーズの感動的な高感度時の画質を考えると、何倍ものセンサー面積を持つα9がこのくらいの画質であることは想定内とも言えます。
筆者の場合、ソニーに対する高感度時の画質に対する期待値が高すぎるのでそういう印象になってしまって申し訳ないのですが、夜でも手持ちで安心して撮れる高性能であることは間違いありません。決勝レースの終盤、日も落ちて空は明るいものの被写体には光が当たらない状況でのAFも見事です。
総評
わずか3レースの撮影で今までとまったく違う世界観のカメラを語るのは少々難しいのですが、冒頭で述べたように今まで30年以上一眼レフで撮影してきた筆者としても「モータースポーツにおけるスチルフォトの新しい時代を切り開く実力を十分秘めたカメラ」という印象を持ちました。高感度時まで素晴らしい画質、画面のどこでもピントが合わせられるAFセンサー、そしてAFのマシンに対する追従能力。どれも合格点以上の素晴らしいものです。
ただし気になった点もあります。まずはシャッターフィーリング。第1ストロークで測光やAFの駆動を始めるまではいいのですが、その先シャッターが切れ始める微妙なタイミングが少々掴みにくいと感じます。ここのフィーリングは多くのモータースポーツカメラマンが大切にしている部分です。分かりにくいからわずかに早めに切り始める。そこから秒20コマの連写が始まるから結果としては意図した写真も「写っている」。しかも、既存の一眼レフカメラで集中して狙う以上に簡単に決定的瞬間が撮れてしまう。自分が捉えたんじゃなくてカメラが撮ってくれた感も少々。これをもって結果オーライと感じるか否かは個人の嗜好の問題ですが、そういう印象はたった3レースの撮影では拭えませんでした。
筆者の場合、α9を手懐けるにはもう少し時間が必要なようです。ミラーレスカメラでよく取り沙汰される電子シャッター使用時のローリングシャッター現象(歪み)は、アンチディストーションシャッターの採用により大幅に軽減されているとはいえ、動いているものが主要被写体であるモータースポーツの写真においてはまだまだ目につくのも正直なところです。露出補正ダイヤルも物理的なダイヤルは好ましいものですが、位置とクリックの硬さがファインダーに集中し続けながら操作するにはちょっと違和感が残ります。これは完全に個人差の範疇かもしれませんが筆者の手ではそう感じました。
総じて電子技術が支えるスペックは最高でありながら、個人的には手で触れる物理的な部分のチューニングの煮詰めには進化の余地が残っているような印象を持ちます。また、連続撮影時、連続した画像がほぼ同じ絵柄の場合でも、露出のばらつく傾向が見られた点は少々気になります。とくに初めの2コマにその傾向が強いように思えました。
今回主に使用したレンズFE100-400mm F4.5-5.6 GM OSSについては画質、レンズ側に備わった手振れ補正機構、最短撮影距離、操作性、どれも満足のいくものでした。
しかしながら、レンズ交換式カメラにおいて非常に大切なレンズラインナップは、モータースポーツ分野に限って言えば焦点距離こそ400mmまでカバーしているものの、明るい単焦点望遠のEマウントレンズも欲しいのが正直なところです。最近の高倍率望遠ズームはソニーに限らず優秀なものが目白押しですが、画質やレスポンス、安定性において単焦点レンズの魅力もまだまだ捨て難い現状だと筆者自身感じていますので個人的にはこれからの展開が気になるところではあります。
いずれにしてもモータースポーツをはじめ、動く被写体に対して新しいアプローチができるカメラが登場したことは疑いの余地はないようです。メーカーには操作フィーリングなどアナログ部分の一層の洗練と、交換レンズを筆頭とするシステムの拡充を求めたいところですが、一方でカメラマン側にもソニーα9の高度なテクノロジーによって開かれた新たな映像表現の可能性を活かす新しいアイデアが求められるような気がしてしまいます。
デジタルカメラの第2ステージの幕開けと言っても過言ではないα9の登場は、ミラーレス一眼カメラの撮影領域を一気に広げることにより写真の世界をもっともっと楽しくし、また新たな表現の世界を広げてくれるでしょう。