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新型「スープラ」と同時に世界初公開、「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」。eモータースポーツへの布石となるのか?
200項目の車両データを標準化・記録
2019年5月18日 09:17
- 2019年5月18日 発表
5月18日、「Supra is Back.」というキャッチフレーズとともに、新型「スープラ」が発売された。この新型スープラは、TOYOTA Gazoo Racingが展開する「GR」シリーズ初のスポーツカーと位置づけられ、市販車として販売されるほか、ニュルブルクリンク 24時間レースへの参戦、NASCARへの参戦、SUPER GTへの参戦と、GRの今後のレーシング活動を担っていくクルマになる。
このスープラは、近年のトヨタスポーツカーの象徴であったスープラが最新モデルとなって登場したものだが、同時に最新製品として世界初公開されたのが「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」(以下、TGRレコーダー)になる。
TGRレコーダーは、GAZOO Racingのテクノロジをフィードバックした車両情報記録装置で、アクセル、ブレーキ、ステアリング、シフトポジションなどのドライバーの操作情報、そして車速、エンジン回転数、加速度などの各種センサーの値、専用GPSセンサーからの位置・方位情報をSDカードへ記録する装置で、いわゆるデータロガーになる。
ここで、この手の製品に興味のある方はある製品を思い出すだろう。それは、スープラと同じ開発者である多田哲哉氏が作り出した「86」用にオプション販売されていた「CAN-Gateway ECU(Controller Area Network-Gateway Electronic Control Unit)」改め86用「スポーツドライブロガー」。このスポーツドライブロガーも車両情報を記録するものであったが、記録するデバイスはUSBメモリで、プレイステーション3(以下、PS3)用ドライビングシミュレータ「グランツーリスモ6」で再生できるものだった。
新たなTGRレコーダーでは、車両情報をVehicle Data Visualizerフォーマット(VDVフォーマット)で記録。このVDVフォーマットに対応したアプリケーションであれば、走行データを再生可能だという。
その1つとして、新型スープラの発表会にはWindows 10用のアプリケーションとして「GAZOO Racing Data Viewer」(5月末リリース予定)を公開。このGAZOO Racing Data Viewerでは、アクセル開度、シフト位置、前後G、ステアリング角度などを見られるほか、2つのアクションカム映像を同期、GPSデータからサーキットマップへのマッピングも行なわれていた。
担当者に聞いたところ、VDVフォーマットでは200以上の車両情報が記録可能となっており、そのための標準化を行なっているとのこと。新型スープラ用のTGRレコーダーでは、ガソリンエンジン車ならではのデータが取り出せるようになっているが、将来的にはハイブリッド車用のTGRレコーダーでは、ハイブリッド車ならではのデータ(バッテリー関連のステータス)を取り出すことが可能なように作ってあるとのこと。
このTGRレコーダーがあることで、各メーカー、各車種のCAN信号を標準化して出力できるほか、ユーザーがCAN信号に直接アクセスしなくてもよいように空付されており、セキュリティにも配慮されている。
アクションカム映像の同期は、ソニーのアクションカム「FDR-X3000」「FDR-X3000R」を用いることで可能となっており、これはFDR-X3000シリーズがGPSを搭載しており、そのGPSデータ(時刻や位置など)を使って実現しているとのこと。ソニーと協業することで、FDR-X3000シリーズが記録するアトリビュート情報を読み込んでいることになる。
サーキットマップは、マイクロソフトとの協業でbingを利用。あらかじめサーキットのスタート/ゴールポイントをGAZOO Racing Data Viewerに教え込んであり、そのスタート/ゴールポイントと、TGRレコーダーが記録したGPSデータを利用することでマップマッチングを行なっている。GPSの精度は米政府のSelective Availability解除後、飛躍的に向上しているが、それでも誤差は残っている。ただ、相対的な位置はVDVフォーマット内に記録されているため、スタート/ゴールポイントという絶対的な位置との位置合わせを行なうことで、走行軌跡を再現できている。
また、今回のデモでは、TGRレコーダーを使ってSDカードに記録したVDVフォーマットを、GAZOO Racing Data Viewerで見るというものだったが、TGRレコーダーはBluetoothを内蔵しており、リアルタイムでVDVフォーマットをBluetooth経由で出力できるという。つまり、VDVフォーマットをエンコードできるアプリをスマートフォン用に準備すれば、リアルタイムで走行情報がスマートフォンに表示されることになる。
そして、スマートフォンまでデータが届けば、それをクラウドにアップロードすることができるのは、誰でも想像できること。サーキットの走行データがリアルタイムにクラウドにアップロードできることで、VDVデータを理解できるアプリであれば、VDVデータ同士を比較することでレースシミュレーションもできる。
TGRレコーダーは、eモータースポーツへの布石なのか? それとも?
このVDVデータのフォーマットは、トヨタとして標準化を目指したものだという。クルマ側のデータは非開示だが、TGRレコーダーを介して出力されたデータは200項目にわたって標準化されているという。つまり、標準化されたデータ構造さえ分かれば、誰でもそのデータを利用したアプリケーションを作ることができ、なんらかのビジネスに結びつけるチャンスがあるわけだ。
一番分かりやすいのが、VDVデータを利用したレーシングゲームだろう。TGRレコーダーの前身となるCAN-Gateway ECUでは、グランツーリスモ6でクルマの走りを再現できた。最新版の「グランツーリスモSPORT」では、グローバルレベルでeモータースポーツの「GR Supra GT Cup」が開催されており、グランツーリスモSPORTがTGRレコーダーのBluetoothからリアルタイム出力されるVDVフォーマットに対応すれば、リアルレースとバーチャルレースの融合が可能になる。
今回の新型スープラの発表会では、F1世界チャンピオンであり、ル・マン24時間レースの覇者でもあるフェルナンド・アロンソ選手の走行データがデモされており、VDVフォーマットが広がっていけば、そうした有名選手、一流選手とリアルやバーチャルを問わずに対戦することも可能になるだろう。そうした未来は遠いかもしれないが、VDVフォーマットというクルマの動きを記録するフォーマットが広まっていくことで、そうした可能性も広がっていくことになる。
そしてもう1つ考えられるのが、このVDVフォーマットは本当にレーシングのためだけに作られているのだろうかという疑惑だ。クルマの操作情報があり、車両情報があり、位置情報がある。このようなデータが求められているのは、レーシングの世界だけではなく、どちらかというと一般公道を走る普通のクルマもではないだろうか。
GAZOO Racing CompanyのPresidentである友山茂樹 副社長は、コネクティッドカンパニーのPresidentであり、Chief Information Security Officerである。さらにトヨタの先行安全技術開発を担うTRI(Toyota Research Institute)のギル・プラット(Gill A. Pratt)CEOのカウンターパートナーでもある。最新のレーシングカー開発を率いる人が、最新の通信技術を持つクルマ開発の責任者であり、最新の安全技術開発の方向性も見据えている。これらの開発に共通するのは、クルマがどう動いているのかを正確に記録することであり、そのデータを分析することで、より速く、より安全で、より効率的なクルマを実現できるようになる。ならば、その友山氏の元で開発されているTGRレコーダーは単なるデータロガーなのだろうか???と、いろいろ妄想する余地はあるわけだ。
現時点で公開されている情報は、TGRレコーダーを新型スープラに導入すると、さまざまな運転情報や車両情報が見える化されるほか、アクションカムの映像2本と連携でき、オプション価格は9万1800円(+標準取付時間1.5H)。将来の発展可能性を考えると、新型スープラと同時購入しておいたほうがよいアイテムだろう。なお、このTGRレコーダーは、86用も開発中とのこと。そちらの発売も楽しみに待ちたい。