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SUPER GT参戦タイヤメーカーに聞く ブリヂストン寺田浩司氏が語る2021年シーズンの戦い
2021年8月20日 11:00
日本を代表するレースシリーズ、SUPER GTの陰の主役と言ってよい存在はタイヤメーカーだ。自動車を走らせるためにはタイヤは必要だし、4本のタイヤがしっかり路面をつかんでこそ初めて車両が持つ性能を発揮することができるからだ。
特に近年は競争が激しくなっており、各メーカーともにレースごとのコンディション(路面温度など)にピンポイントで合わせ込んだタイヤをサーキットに持ち込んでおり、非常に高いレベルでの競争が繰り広げられていることが特徴になっている。
現在世界的にモータースポーツの世界では、いわゆるワンメークタイヤやコントロールタイヤと呼ばれる1つのタイヤメーカーが供給するタイヤを全車が利用する方式が当たり前になってきており、サーキットで激しいタイヤ開発競争が行なわれているのはほぼSUPER GTだけという状況になりつつある。
そのSUPER GTで、この5年(2016年~2020年)で、5回連続のGT500シリーズチャンピオン、2回(2018年、2019年)のGT300シリーズチャンピオンタイヤとなっているのがブリヂストン。ブリヂストン MSタイヤ開発部長 寺田浩司氏に、2021年のSUPER GT活動や戦略などに関して話しをうかがった。
5年連続チャンピオン獲得中のGT500に9台供給、GT300には5台供給という体制で臨むブリヂストン
ブリヂストンは、1931年(昭和6年)に創業したタイヤメーカーで、世界でも売上高ベースで1位と僅差の2位となる市場シェアを持つ、世界に冠たる日本のタイヤメーカーだ。
ブリヂストンデータ2020(ブリヂストン、PDF)
https://www.bridgestone.co.jp/corporate/library/data_book/pdf/BSDATA2020.pdf
ブリヂストンはモータースポーツ活動に熱心な企業としてよく知られている。古くは全日本F2選手権や全日本F3000選手権、そしてフォーミュラ・ニッポン、スーパーフォーミュラなどに長くタイヤを供給した歴史がある。1987年~2010年はF1にタイヤ供給を行ない、トップチームにタイヤを供給した初年度となる1998年にはチャンピオンを獲得するなど、数々のタイトルを獲得している。
また、米国子会社のブランドとなるファイアストンとして、米国のインディカー・シリーズにもワンメーク供給を行なっており、日本人初のインディ500ウィナーとなった佐藤琢磨選手の2度の優勝(2017年、2020年)はいずれもファイアストンのタイヤを履いて実現されている。
そうしたブリヂストンのSUPER GT活動は、SUPER GTの前身である全日本GT選手権が始まったころから続いている。トップカテゴリーのGT500にタイヤ供給し続けており、その歴史は栄光の歴史と言い換えても過言ではない。特に直近5年(2016年~2020年)はGT500のチャンピオン車両はブリヂストンのタイヤ装着車になっている。
そして、ブリヂストンはSUPER GTにタイヤを供給している4つのタイヤメーカーの中で、唯一3つのGT500のマニファクチャラー(トヨタ、日産、ホンダ)に少なくとも1台には供給しているというタイヤメーカーである。トヨタのGR Supraは5台、日産のGT-Rには1台、ホンダのNSX-GTには3台と、GT500の16台中9台の最大勢力になっている。
GT500にタイヤ供給を行なうのと同時に、GT300にもタイヤを供給している。2020年シーズンと同じ5チーム5台への供給だが、昨年のユーザーチーム1チームが2021年シーズンは参戦していないため、新たに2号車 muta Racing Lotus MCへの供給が開始されているのが大きな変更となる。
GT500は全勝を目指す、そのためにコーナーリングスピードを上げていく開発を
──2020年シーズンのSUPER GT活動を振り返ってどうだったか?
寺田氏:誰にとってもそうだったと思うが、昨シーズンはいろいろな意味で難しいシーズンだった。レース開幕前にCOVID-19の影響を受けてしまい、開幕が遅れることになっただけでなく、富士スピードウェイのレースが4戦もあるという異例のスケジュールになってしまった。
GT500に関しては、シーズン前の2月にマレーシアのセパンサーキットでテストを行なうことができ、そこでマレーシアのナイトレースなども想定したテストができた。しかし、それもこれもCOVID-19の感染拡大で意味がなくなってしまったのだが。
例年申し上げているとおり、ブリヂストンとしては装着した車両による全戦全勝を狙っている。その意味では鈴鹿サーキットでの2戦(第3戦と第6戦)を落としたのが残念だった。第6戦はセーフティーカーのタイミングやサクセスウェイトの影響もあったが、第3戦は完全に実力不足であった。
──そうした中でもGR Supra、NSX-GTのユーザーチームがきちんと勝ち星を重ねて、最終戦で両車のブリヂストン装着車の争いになり、2021年の1号車(昨年は100号車)がチャンピオンを獲得した。
寺田氏:開幕戦からGR Supraが強いという印象はあったが、GR Supraに装着されているからブリヂストン強いんだぞと思われてしまうことは正直望んでいなかった。その意味で、GR SupraとNSX-GTが、それもどちらもブリヂストン装着車両が五分五分で最後までチャンピオン争いをしてくれたというのは、非常に上出来な展開だったと思っている。
──2020年のGT300に関してはどうだったか?
寺田氏:例年説明しているが、GT300に関しては正直あまりすごいことはやっていない。最先端の開発に関してはGT500でやり尽くし、やり倒している。そうした技術を、GT300に適合するようにアジャストしてGT300用としているのが弊社のGT300用タイヤだ。特にGT300に関しては車種のバリエーションが多く、FIA-GT3も、JAF-GTもマザーシャシーもありという中で最適化したものを供給している。
GT300に関してはサクセスウェイトがポイント×3となっており、最大100kgが乗ってくることを考えるとタイヤの耐久性などで厳しいところがある。このため、GT500でよかった技術を全部ではないが応用することが可能になっていて、その結果として無交換作戦などができているという状況だ。
──GTAの記者会見などで話をうかがう限りは、タイヤ無交換作戦などが行なえる状況はあまり好ましく思っていないようだが……。それほどブリヂストンが強力という認識があるように見えるが。
寺田氏:タイヤ無交換作戦自体、実はわれわれが最初に始めたものではない。GTAの坂東代表には「ブリヂストンはタイヤ交換禁止だ、タイヤ開発禁止だ!」とか冗談で言われるので(笑)、こちらも「別にいいですよ、そうしてください(笑)」と冗談で返している(笑)。今年はそんなにブリヂストン勢がぶっちぎっているという訳ではないので、あまりイジメないでほしいのだが、真面目にお答えすると、ルールはルールとして決めていただければ、その中で最大限パフォーマンスを発揮するタイヤを作っていけばよいと考えている。
──2021年シーズンの開幕2戦を振り返ってどうか?
寺田氏:今年のオフシーズンは、GTAが決めた取り決めにより年末年始にテストができていない。通常であればマレーシアのセパンなど暖かいところでテストするため、高温下でのテストができないという意味での開発はなかなか難しかった。今年のGT500用のタイヤ、正常進化というパッケージになっており、テストができない分開発のスピードは下がった。
そうした中でも開幕戦、第2戦と2連勝できているのは、メーカー、チームの速さもあるし、タイヤも含めたパッケージでリードしているということだろう。もちろんわれわれのユーザーチームの中にもリタイアする車両もあったので現時点でパッケージとして圧倒的という状況ではないと感じている。
今回のツインリンクもてぎでの第4戦に関してはNSX-GTが得意なコースと言われており、今年NSX-GTはダンロップさんが2台になっており、2台いると開発も進むと思うので脅威に感じている。ミシュランさんは23号車にばっかり目が行ってしまうけども、3号車も結果を出しており、侮れない存在だと感じている。ヨコハマさんは2台に減ってしまったが、GR Supraの19号車は前回の富士でもポールポジションを獲っており、今回も予選2位とこちらも警戒すべきだと感じている。
GT300に関しては、前回のレースはもう少し上位をと思っていたので残念な結果に終わってしまった(筆者注:それでも55号車は3位表彰台を獲得している)。ここのサーキットではダンロップさんとGT-Rの組み合わせは強力だと思うし、GT-Rという車両のパフォーマンスは強力に見える(ブリヂストン陣営にはGT-Rを使っているユーザーチームは存在していない)。われわれもGT500の技術をフィードバックしていくので、開発ができないことの影響はあまりないと言いたいところだが、なかなか難しいと感じている。
──今シーズンのタイヤ開発の方向性を教えてほしい。
寺田氏:すでに述べたとおり正常進化を目指すが、コーナーリングスピードを上げていきたいと思っている。われわれの業界では「コンバイン」と呼んでいるブレーキを掛けながらの旋回、アクセルを踏みながらの立ち上がり、合力と呼んでいるのだが、いわゆるCPと呼ばれるコーナーで踏んでいないところのグリップよりは、コンバイン状態でのパフォーマンスを上げていくことを目指していく。
とはいえ、テストはできないので、そのあたりは室内でもベルトの上でタイヤを回して制動をかけたり、駆動をかけたりするマシンを使って計測できるので、開発を進めていく。それにより、狙っている特性が出ているかどうかを確認し、限られたテストの機会に精度よく持ち込んでテストしていくことが大事だと思っている。実際、今年用の新しいタイヤをそうしたマシンに入れると、昨年よりも数値的に結構上がっていることを確認できている。
──モータースポーツ用タイヤの開発と市販タイヤの関係は?
寺田氏:直接的なリンクがあるかと言われればそうではない、モータースポーツと市販用タイヤでは求められる要素が異なっているからだ。例えば、市販用のタイヤではグリップなどのモータースポーツで求められる要素に加えて、乗り味やハンドルを切ったときのフィーリングなどが大事になってくるからだ。しかし、モータースポーツで磨かれる技術は解析技術や評価技術などは市販タイヤの開発にも使われている。例えばタイヤ開発の効率化、またはシミュレーションを使って開発する技術などはモータースポーツの開発由来だ。
例えばシミュレーションは、10個あるアイデアのうち、全部試作品を作って試すのが難しいというときに、そこからこれとこれは落としていいかもしれないということに役立ってくる。
また、開発者はモータースポーツと市販タイヤの部門を行ったり来たりしている。実際、私も現在の部門に来る前は市販タイヤの開発部門にいて市販タイヤの開発をしていた。そうした人の交流はあるので、そうした大きな意味でのフィードバックもあるということはできる。
──2021年シーズンの目標は?
寺田氏:GT500に関しては全勝を目指し、昨年同様にチャンピオンを獲っていきたいと考えている。GT300に関してはすでに2つ落としているので全勝とは言えないが、5台あるユーザーチームが1回は勝ってほしいと思っているし、最終的にユーザーチームのどこかにチャンピオンを獲っていただくつもりでやっていきたい。
第4戦 ツインリンクもてぎではGT500、GT300共に優勝、GT500全勝に向けて前進
今回のインタビュー直後に行なわれた第4戦 ツインリンクもてぎの決勝レースでは、ブリヂストンのユーザーチームである1号車 STANLEY NSX-GT(山本尚貴/牧野任祐組)がポールポジションから優勝し、ブリヂストンの「全勝」という目標の達成に向けて一歩前進した。
さらにGT300も今シーズンからブリヂストンのユーザーチームに加わった2号車 muta Racing Lotus MC(加藤寛規/阪口良平組)が、FCY(フルコースイエロー)の抜群のタイミングも味方につけて見事に優勝している。3位にも52号車 埼玉トヨペットGB GR Supra GTも入っており、5チームがそれぞれ1勝というブリヂストンの目標達成に向けて順調な滑り出しと言える。
次戦の第3戦 鈴鹿では、昨年はダンロップ勢にポール、ミシュラン+GT-Rに優勝をさらわれているだけに、GT500「全勝」を実現する上で、ポイントとなる可能性が高い。その意味では、次戦鈴鹿のGT500はそうしたブリヂストンと競合メーカーのタイヤ戦争も注目と言える。