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土屋圭市氏と開発責任者の松岡氏がホンダアクセスのコンプリートモデル「S660 Modulo X」の開発秘話を明かす

株式会社ホンダアクセス S660純正アクセサリー、S660 Modulo X 開発責任者 松岡靖和氏(左)とModulo開発アドバイザーを務める土屋圭市氏(右)

軽自動車で「走る歓び」を具現化させたS660の歴史を振り返る

 ホンダアクセスは2022年3月末に生産が終了する2シーター・オープンスポーツモデル「S660」について、ユーザーへの感謝とともに、改めて純正アクセサリーやModulo Xの開発ストーリーなどを説明する取材会を開催した。

 S660が発売されたのは今からさかのぼること7年前の2015年4月。本田技術研究所設立50周年を記念した商品企画提案をきっかけに開発が始まり、開発グランドコンセプトに「心高ぶるHeart Beat Sport」を掲げ、あらゆる場面でいつでもワクワクする、心が高ぶる本格スポーツカーを追求し、ホンダのアイデンティティでもある「走る歓び」を具現化したモデルとして登場。

S660は2015年4月にデビューした

 軽自動車では初となるアジャイルハンドリングアシスト、6速MTを採用しつつ、さらに「S2000」以上のボディ剛性を実現。2018年5月にマイナーチェンジを実施し、同7月にはホンダアクセスのModuloブランドが培ってきた「上質でしなやかな走り」を実現するチューニングが施されたコンプリートモデル「S660 Modulo X」が登場。さらにホンダアクセスは同9月にクラシカルなスタイリングにカスタマイズできる「S660 Neo Classic KIT」を発売。2019年1月の東京オートサロンでは、コンセプトモデル「Modulo ネオクラシックレーサー」を展示してきた。

S660 Neo Classic KITは外装や尾灯を組み替えるだけというシンプルな構造と、ガラリと印象を変えられることで注目を浴びた。なお、2021年5月31日をもって受注は終了している
コンセプトモデルのModulo ネオクラシックレーサー

 2020年1月に、より質感を高める2度目のマイナーチェンジを実施。2021年3月には、ファンへの感謝を込めた最後の特別仕様車「S660 Modulo X Version Z」を発表。注文が殺到し、同月にすべてのモデルが完売となったが、2021年11月に標準モデルのみ650台の追加生産を発表。3月に商談途中で完売となり購入できなかったユーザーを優先で受け付けるといった対応を行なうなど、これまで累計3万台以上を販売している。

とことん走り込んで磨き上げるのがModuloブランドの流儀

株式会社ホンダアクセス S660純正アクセサリー、S660 Modulo X 開発責任者 松岡靖和氏

 S660純正アクセサリーやS660 Modulo Xの開発責任者を務めた松岡靖和氏は「車両本体は20代~30代の若い世代のスタッフを中心に開発が進められていましたが、純正アクセサリーは、クルマ好きで、他人とは違うこだわりや、本気で遊べる若い心を持った40代~50代をターゲットに開発を進めていました。同じ2シーター・オープンスポーツモデル『ビート』の発売から25年が経っていたこともあり、新しい時代を切り開くスポーツカーの先進性と記憶に刻まれたスポーツカーの普遍性をあわせ持ち、クルマ好きの琴線に触れるパーツを具現化してきました」と語る。

S660用純正アクセサリーのターゲット
S660用純正アクセサリー開発コンセプト

 走りの歓びをさらに拡大させるためのサスペンションなど、動的パーツの開発コンセプトには「カテゴリーを超える走りの質、スポーツカーならではの乗り味の追求」を掲げ、吸い付いているかのような接地感、旋回時に四輪で舵を切っている感覚、いつまでも乗っていたくなるクルマとの一体感などを目指し、開発アドバイザーに土屋圭市氏を迎えて、徹底的な走り込みを重ねることで、「これ本当に軽自動車なの?」と思わず口にしてしまうような、Moduloならではの乗り味を実現したという。また松岡氏は「このとことん走り込んで磨き上げてきたS660用の純正アクセサリーの開発によって、その後のコンプリートモデルModulo Xシリーズ全体のレベルが高くなりました」と語る。

 開発は市場の動向を踏まえ、80PSくらいにパワーアップさせた車両でサーキット走行を楽しんでいるユーザーにも満足してもらえるように、開発車両もリミッターをカットしてパワーアップした状態で開発を実施。土屋氏がとことん走り込んで仕上げた純正アクセサリーのサスペンションは減衰力固定式となっているが、コンプリートモデルのS660 Modulo Xではさらなる深化を加わえ、5段階の減衰力調整機構を追加したという。

Moduloのパフォーマンスアイテム

 ブレーキパッドもコントロール性の高い素材をチョイスし、ブレーキローターも穴の開いたドリルドタイプを開発。パッドのクリーニング効果や熱ムラ減少によるホットジャダーの低減に寄与し、長く安定して性能を発揮できる仕様になっている。

 ホイールはサスペンションの一部という設計思想から、絶妙にたわませることでタイヤの接地面圧を高め「タイヤのポテンシャルを使い切る」方向で開発。表から見えるデザインはそのままに、スポークの裏側を削ったり盛ったり、リムの厚みなどを変えるなど、さまざまな剛性のホイールを作ってはテスト走行を繰り返し、最適な剛性を導き出したという。

 松岡氏は「当時、市販車レベルでここまでこだわったホイール造りをしているメーカーはいなかったと思います。手探り状態からとりあえず試してみようと開発がスタートし、話を持ち掛けたホイールメーカーも、最初は半信半疑で付き合ってくれていました。最終的には鷹栖のテストコースで土屋さんに3日間、いろいろな剛性のホイールを交換しまくって走り込んでもらい、納得のいくホイールに仕上がりました」と当時を振り返る。

Moduloの動的コンセント
サスペンション開発
アルミホイール開発

 空力に関してホンダアクセスは、風を味方につけることでハンドリングや操縦安定性を追求する「実効空力」という考えを基本としていて、ダウンフォースやCd値(空気抵抗係数)、燃費などで高い数値を追い求めてはいない。100枚以上のデッサンから造られたフロントバンパーは、車体下部の流速を速め、同時にリアバンパーをディフューザー形状にすることで、中央の空気を整流して走行安定の向上と旋回時のロールを抑え応答性を高めることを実現させている。

実効空力とは
エアロパーツ
アクティブスポイラーを開発

 S660は2011年の東京モーターショーで公開された次世代電動スモールスポーツコンセプト「EV-STER」のデザインを忠実に再現しているため、ルーフとリアセクションに段差が設けられていることから、どうしても前傾荷重になりやすい。しかし、リアウイングを付けてしまうとデザインを壊してしまうことから、ホンダアクセスは70km/hで自動的に立ち上がり、35km/hで自動的に格納される可動式の「アクティブスポイラー」を開発。停車時のルックスを崩すことなく、走行中の空力特性の向上に成功した。また、コンプリートモデルのModulo Xの後期モデルでは、さらなるフロントバンパーの空力性能向上に成功したことから、アクティブスポイラーにガーニーフラップを追加することで、前後の空力バランスを最適化するなど、日々進化と深化を積み重ねてきた。

2011年の東京モーターショーで公開された次世代電動スモールスポーツコンセプト「EV-STER」

インテリア用の純正アクセサリーもこだわり抜いた

 インテリア用の純正アクセサリーについて松岡氏は「S660は長く乗ってくれるこだわりのオーナーさんが多いので、発売当時からユーザーの声を吸い上げ、いいものができたらすぐにリリースしたいと宣言していました。その結果、ほぼ毎年何かしらのパーツを発売しています」と振り返る。

 屋根の上に荷物を積むための「トップキャリア」は、まさにS660らしい純正アクセサリーで、見た目のカッコよさも追及しつつ、GTウイング風のデザインとしている。また、リアにカメラを装着してデジタルミラーで後方視界を確保する「アドバンスドルームミラー」は、当初はミニバンなど用に開発されていたが、社内自己啓発のモータースポーツ部がS660に装着して200台ほどが参加する耐久レースに出場したところ、「後方視界がとてもよく、使い勝手がいい!」と盛り上がり、S660への採用を発案して実現させたという。

ユニークな純正アクセサリー
開発陣がこだわり抜いた5アイテム

 松岡氏は最後に、まだ具体的な案はないと前置きしつつ、「今までもホンダアクセスでは、NSXやビート、S2000など、節目となる年にアニバーサリーアイテムを発売しているので、今の若いスタッフたちがきっと同じようにアニバーサリーアイテムを企画してくれるのではないかと期待しています」と締めくくった。

開発アドバイザーの土屋圭市氏がModulo X開発現場での苦労を明かす

開発アドバイザーを務める土屋圭市氏

 土屋圭市氏は、2008年の「シビック TYPE-R」用Moduloサスペンションの開発から参画。2009年には「インサイト」で7時間のEnjoy耐久レースに出場、2011年に発表したコンセプトカー「TS-1X」、そしてS660純正アクセサリー、歴代Modulo Xなどの開発アドバイザーとして携わっている。特にこのS660純正アクセサリーの開発を端に、より走り込む時間を増やし、徹底的に乗り味にこだわった開発へシフト。その結果コンプリートモデル「Modulo X」シリーズ全体のレベル引き上げにもつながったという。

 土屋氏にS660 Modulo Xの開発でもっとも大変だったことを聞くと、「そもそも軽自動車は日本独自の企画であるうえに、2シーター・ミッドシップレイアウトとなると、世界中どこを探してもS660と比較する対象車両がないこと。ステップワゴンやヴェゼルなら国産車でも輸入車でも、いくらでも比較車両があるけれど、S660は本当にない。それが1番大変。結果的に“ミニNSX”を目標にした。高級なクルマと比較しても、車体価格が安いんだから意味がない、などと金額ベースで損得を考えていたら先には進まない。Modulo Xは金額ではなくて“乗り味として同等レベル”を目指して開発している。これはある意味、本当にすごいことだと思う」と振り返る。

 モータースポーツ活動のほかにも、自動車媒体での試乗、イベントでのトークショー、走行会でのインストラクターなど、幅広く活動している土屋氏。毎週のように走行会にも足を運んでいて、S660オーナーが新車購入から1年ほどしたころ、リミッターをカットして楽しんでいる人が増えてきていることを察知。それを開発の松岡氏に伝え、「そういったユーザーに合わせてModulo Xも変えていかないといけないのでは?」と進言。それを機に開発車両のリミッターが外され、80PS程度までパワーアップしたエンジンでの開発が行なわれ、より進化した後期型のS660 Modulo Xが誕生したという。

ホンダアクセスと土屋圭市氏の歩み

 開発に要した走り込み時間について土屋氏は「ほかの車種と比較するとS660は断トツで長く走り込んだ」と語る。Modulo Xは、ボディとサスペンションとホイールは一体であるという設計思想に基づいていて、土屋氏は「ボディのたわみ、サスペンションの伸び縮み、ホイールのたわみ、タイヤのたわみ、これらが同じ周波数でたわんでくれないと、変な振動が出たり、ステアリグフィールに違和感が出たりする」と明かす。実はこの振動や違和感などは、ホイールを開発している最中に気がついたという。

 先述したように、ホイール開発にあたり松岡氏は、何十セットというホイールを現場に持ち込み、3日間ひたすら交換しては土屋氏が走るというテストを行なっている。

 そのテストのことを土屋氏は「ひたすらホイールを交換して走るんだけど、松岡さんは意地悪でさ、今履いていたホイールよりも軽いとか重いとか、硬いとか柔らかいとか、どういったホイールなのか情報を与えてくれないの。正直な話、テスト前はレーシングカーと違って普通のクルマはゴムブッシュとかボディ自体もだけど、力の逃げるところはいくらでもあるから、ホイールだけでそんなに差が出るかなって思っていた。だけど2日も走り込んでいると不思議なことに『あ、こっちのほうがしっくりくる!』って分かってくるんだよね」と当時を懐かしそうに語る。

ホイール開発では土屋氏が3日間ひたすら走り込むという過酷なテストも行なわれた

 さらに土屋氏は「例えばホイールが5セットあったとして、フィーリングのいいものを残す消去法で絞っていくんだけど、法定速度で走ってから、もっと高い速度域でも走ってみて、ステアリグに伝わってくるフィーリングや室内の空気の微妙な振動などを感じとりながら試す。初めは各セットの差が大きいんだけど、だんだんその差を小さくしていき、少しずつ絞り込んでいくという作業を3日間かけて行なった」と語る。

 ブレーキはノーマルのままでもサーキットを10周連続で走行できるくらい性能がいいとのことだが、性能だけではなく見た目のカッコよさもしっかりと追及するのが土屋氏の考え。ドリルドローターとコントロール性の高いパッドを開発し、赤く塗られたブレーキローターの中心部を、ホイールスポークの間から、ちらりと“魅せる”演出も計算されている。

 また、Modulo Xの開発における走り込みは、基本的には北海道にある本田技研工業のテストコース「鷹栖プルービンググラウンド(以下、鷹栖)」で行なうが、ここでいい結果が出たら、続いては群馬県にある群馬サイクルスポーツセンター(以下、群サイ)での走り込みを必ず行なっているという。これについて土屋氏は「鷹栖はやはり考えて作られたコースで、波打った道路などは鷹栖でしか試せないけれど、風雨にさらされて削られた本当の意味での一般道ではない。そういった路面での性能を確認するには、石ころ、落ち葉、水たまり、ひび割れ、継ぎはぎがある群サイがぴったり。S660だけでなくすべてのModulo Xは群サイで仕上げている」と明かしてくれた。

 最後に土屋氏に、もしS660のノーマルに乗っていたら、どこからカスタマイズするかを聞いてみたところ、「まずはサスペンション。そしてエアロ。やっぱり自分が乗るクルマは当然だけど、カッコいいほうがいいでしょ!」と、スポーツカーは速さだけでなく見た目も重要という土屋圭市ポリシーを教えてくれた。

ちょっと写真で見るS660純正アクセサリー

 説明会では撮影用に純正アクセサリー装着車両が用意されていたので、一部のアイテムを写真で紹介していきたい。

エクステリアパーツ

アルミホイール「MR-R01」はフロント15×5J(+45mm)/リア16×6.5J(+50mm)。カラーはブラックスパッタリング仕上げ、ステルスブラック塗装、プラウドシルバー塗装を設定
フロントフェイスキット(バンパー・グリル一体型)
LEDフォグランプは色温度5000Kのクリアと色温度3100Kのイエローを設定
ボディサイドデカール。ほかにボンネットとトランクに貼るデカールもあり
ディフューザー効果もあるリアロアバンパー
車速で自動的に稼働するアクティブスポイラー
屋根上に荷物を積むためのトップキャリア
ブラックエンブレム
ロゴ入りフューエルキャップ
サスペンション(減衰力固定式)

インテリアパーツ

ドアライニングパネル。運転席側はカードなどを入れられるポケット付き
サイドステップガーニッシュ(LEDホワイトイルミネーション付き)
ドアを閉じた状態でも車内から光っているのが見えることで人気があるという
スカイサウンドスピーカーシステム
スカイサウンド インターナビ
ドライビングパッド
シフトノブ(チタン製)×シフトブーツ(アルカンターラ)
ドリンクホルダー
アドバンスドルームミラー
左はコンプリートモデル「S660 Modulo X(後期型)」、右は「S660」純正アクセサリー装着車両。真ん中はホンダアクセス広報のラッチ氏