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SUPER GTに挑むミシュランに聞く 小田島広明氏が語る2022年シーズンのタイヤ開発

日本ミシュランタイヤ株式会社 モータースポーツダイレクター 小田島広明氏

日産2台に加えて、2022年はGT300クラスのBMWにタイヤ供給を開始

 フランスのタイヤメーカー「ミシュラン」は、グローバルなタイヤ市場においてブリヂストンと同様に高いシェアを持つメーカーの1つ。モータースポーツ活動に熱心な企業で、かつてはF1でライバルのブリヂストンと激しいタイヤ戦争を繰り広げたりしているし、現在もル・マン24時間レースをはじめとするWECのトップカテゴリーであるLMH(LeMans Hypercar)にタイヤを供給している。

 2022年のル・マン24時間でも、ミシュランタイヤを履いた8号車 GR010 HYBRID(セバスチャン・ブエミ/ブレンドン・ハートレー/平川亮組)が優勝したことで、1998年から25年連続というミシュランのル・マン24時間連勝記録はさらに伸びることになった。

 また、ミシュランは持続可能なモータースポーツの実現に向けた活動に取り組んでおり、近年ではEVフォーミュラのシリーズであるFormula Eへのワンメイク供給を行なっている。Formula Eでは市販品にかなり近いタイヤを投入し、そのノウハウはダイレクトに市販タイヤに活かされている。そのほか、2輪のトップカテゴリーであるMoto GPなどにもタイヤを供給している。

2022年シーズン、日産は「GT-R」に変えて新型「Z」を投入。写真は、23号車 MOTUL AUTECH Z(松田次生/ロニー・クインタレッリ組)

 SUPER GTに関しても全日本GT選手権の時代から参戦を続けており、この10年ほどは日産との強力なパートナーシップのもとで、2011年、2012年、2014年、2015年と4回のGT500チャンピオンを獲得する実績を残している。

 2022年シーズンは、2014年、2015年のチャンピオンコンビである23号車 MOTUL AUTECH Z(松田次生/ロニー・クインタレッリ組)は継続し、高星選手が新しく加入した3号車 CRAFTSPORTS MOTUL Z(千代勝正/高星明誠組)との組み合わせで、2015年以来となるシリーズチャンピオン奪回に臨む。2022年シーズンは日産がGT-Rに変え、新型Zを新車両として投入したことで、車両のキャラクターなども大きく変わり、チャンス到来と考えられている。

ミシュランを装着する3号車 CRAFTSPORTS MOTUL Z(千代勝正/高星明誠組)

 また、今シーズンからミシュランはGT300戦線にも復帰。一昨年の供給の後、昨年はGT300での活動は”休止”状態だったのだが、今シーズンはBMWのワークスドライバーがドライブすることで話題を呼んでいる7号車 Studie BMW M4(荒聖治/アウグスト・ファルフス/近藤翼組)にタイヤが供給され、非常に競争の激しいGT300のシーンにミシュランが帰って来たことになる。これで、GT300に関しても、GT500と同じように4メーカーがそろい、GT300のタイヤ戦争も今シーズンの見所の1つと言える。

 ミシュランのSUPER GT活動について日本ミシュランタイヤ モータースポーツダイレクター 小田島広明氏にお話しをうかがってきた。

ウェットタイヤのパターンはミシュランの市販タイヤであるPILOT SPORT CUP 2と共同のパターンに

日本ミシュランタイヤ株式会社 モータースポーツダイレクター 小田島広明氏

──2021年シーズンに関して振り返ってほしい。

小田島氏:タイヤに関しては、競合に対して大きくここが劣っていたねというのがほとんどないシーズンだった。性能面も含めてきちんと対応ができていたと考えている。ただ、タイヤを超越したところで、こちらが踏み込めないところもあり、それと並行して新型車両の開発もあったので難しいシーズンだった。

──今シーズンは日産がGT-RからZにベース車両を変えている。タイヤへの影響はあるのか?

小田島氏:車両のレギュレーションは、(かつてはクラス1と呼ばれていた)GT500規定で何も変わっていない。しかし、ベースとなる車両のコンセプトは違っており、少なからず影響している。空力が変わったというよりもそのバランスが変わったといえる。ハコ車というよりも、プロトタイプカーとかフォーミュラカーといってよいような影響を受けており、空力的な絶対値というより、前後のバランスを整えやすくなっている。

ミシュランがGT300クラスにタイヤを供給する、荒聖治選手とアウグスト・ファルフス選手、近藤翼選手がドライバーを務めるBMW Team Studie x CSLの7号車「Studie BMW M4」

──2022年シーズンからGT300へ復帰している。その経緯は?

小田島氏:2020年にGT300の活動を再開した。当初は2021年を指標に活動再開の準備を進めていたのだが、いくつかのチームからご要望があり、前倒しをした。弊社としてはミシュランをつけていただければよいということではなく、きちんとした開発体制などが整わないといけないし、チーム側もミシュランを履く価値を求めていると考えている。

「前倒しするとそれなりのリスクはありますよ」とご説明をさせていただき、それでもということで活動を再開することになった。そうした経緯もあり、GT500でやっているように毎戦のようにクルマに合わせてタイヤを作っていくというよりも、すでに設計してあるタイヤの中からGT300に使えるタイヤを選んでいくというやり方でスタートした。

 しかし、御存じのとおり、2020年シーズンに関してはパンデミックの影響もあり、前半はテストをすることができず、7月から開幕戦という形でスタートしたため、レースに合わせて想定したサポート体制を採ることができない状況になってしまった。それでもチームとしては最終戦にはポイント圏内に入るところまでは来たが、結果はチームとしては御満足いただける状況ではなく、2021年シーズンは空白のシーズンになってしまった。

 今シーズンに関しては、「BMW Team Studie x CSL」さまからお話を頂戴し、BMWの新型車両を投入するというタイミングで、弊社のタイヤと技術に御興味を持っていただき、うまくタイミングが合い実現したという経緯がある。

 GT300に関しては、FIA GT3も、GT300(以前のJAF-GT300)も、そしてマザーシャシーもありと、車両規則が非常に複雑になっている。さまざまな車両が争うカテゴリーになっており、話を単純化してパフォーマンスにタイヤがこれぐらい寄与したとは言いにくいカテゴリーであると認識している。

──岡山の開幕戦、富士での第2戦の評価は?

小田島氏:岡山での開幕戦は、チームとも合意してレースで強いタイヤを選んだ。そして特に第2スティント(レース後半)のさらに後半でその効果を出すことができて、3位表彰台を獲得できた。

 富士での第2戦に関しては、450kmという初めてのレースフォーマットで、タイヤの選択だけでなく、燃料給油のタイミングや給油量などさまざまなパラメータがあり手探り状態だったが、タイヤとしては十分に機能していた。レースとしては最後アクシデントにより終わってしまったので結果は残っていないが、開幕戦、第2戦ともに表彰台ないしは勝てるレースだったと評価している。

 GT300に関してはオフシーズンのテストから雨が続いていた関係もあって、ドライでは十分にテストができていない不安はあったが、ウェットに関してはそれなりのデータが集まっており期待を持って臨んでいた。予選を指標としてみれば、それなりの結果を出していると見ているが、すでに述べたとおりGT300は車両規定も複雑で、戦略の幅も広いので、タイヤとしての評価は難しいところだ。

──今シーズンのタイヤ開発の方針を教えてほしい、また2022年は450kmなどのより長距離のレースが増えるその影響は?

小田島氏:長いレースという意味では従来も1000kmのレースなどがあったが、450kmというフォーマットは今年が初めてだ。燃料消費とタイヤ交換を行なうタイミングが絶妙なところにあるフォーマットだと認識している。

 GTAのコンセプトとしては、燃費もよくしてほしい、1ピットで行けるならそれでよい(現在の450kmレースは2回のピットストップが義務付けになっている、将来的にはそうしたレギュレーションもありという意味)、そしてタイヤメーカーにはできるだけ長く使えるタイヤを作ってほしいということだと理解している。

 燃費とタイヤライフを伸ばせば伸ばすほど有利になる、そういう距離のレースと言える。それが何戦かあるので、チーム側も理解が進み徐々にそちらにシフトしていく形になるだろう。そうした中でわれわれタイヤメーカーもタイヤライフというのを伸ばしていけるようにしていかないといけないと考えている。

 そうした時にタイヤメーカーとして重要なことは、チーム側がこちらの提案どおりに使っていただける範囲内で、壊れないタイヤを作るということだ。今までになくタイヤが壊れてしまうことはタイヤサプライヤーとしての信頼性にも関わる重要な問題だからだ。だから、(今はレギュレーションでは許されていないが、来年以降許されるとすれば)450kmレースを、1ストップにするとピットストップの損失でその方が速く走れるとすれば、当然そちらに対応したタイヤ作りが重要になってくると考えている。

市販タイヤ「PILOT SPORT CUP 2」のパターンを採用したミシュランのSUPER GT用ウェットタイヤ

──市販タイヤとレーシングタイヤの関係に関して教えてほしい、すでに昨年から導入されているウェットタイヤには市販タイヤにも利用されている新しいパターンが導入されているというが?

小田島氏:ウェットタイヤの開発をしていく中で、溝のパターン開発というのは重要な意味がある。今ミシュランがGT500に提供しているウェットタイヤのパターンのベースになっているのは市販車用としてすでに販売している「PILOT SPORT CUP 2(パイロットスポーツカップ2)」のパターンをもとに設計されたものだ。

 以前のウェットタイヤのパターンはジグザグしている溝と縦溝とのミックスになっていた。それだと排水はよいのだが、安定性が足りなくなってしまう。そこで、1つ前の世代から斜めのパターンを導入し、それでも十分に排水できることが確認できて、今のパターンが導入された。

 SUPER GTにはこの新しいパターンを研究の場として投入して試している。ただ、テストでは乾きかけに向けてよい結果が出ていて、排水に関しても懸念していたほどはわるくないという評価だ。今後SUPER GTでそのパフォーマンスが実証できれば最終的にWECやカレラカップなどのカスタマーレーシングに導入することを検討している。

 このほかにも、Formula Eに導入しているタイヤは「PILOT SPORT 4(パイロットスポーツ4)」のトレッドパターンに近いタイヤで、市販されているタイヤのパターンがレースに使えるほどの高性能を持っていることが、レースと市販タイヤの直結という観点で大きな意味があると考えている。

──最後に2022年シーズンの目標を

小田島氏:GT500に関しては、新しい車両ということもあるが、モノサシとして間違っていないタイヤをきちんと作り、今シーズンの新型Zの中で2台が上位を占めるようにしていきたい。

 GT300に関しては1台なので、どこまでタイヤが貢献するかは分からないが、チームが持っているアンビション(野望)に少しでもお応えし、ミシュランを使ってよかったと思ってもらいたいと考えている。

ミシュラン装着車は3台ともにシリーズタイトルを争える可能性を残している

SUPER GT第3戦鈴鹿は、前戦のクラッシュから復活した3号車 CRAFTSPORTS MOTUL Z(千代勝正/高星明誠)が優勝

 ミシュランのSUPER GT第3戦鈴鹿は、予選で3号車 CRAFTSPORTS MOTUL Zが2位になり、決勝では序盤で首位に立つと、後半もその順位を維持して見事に新型Zになってからの初優勝を記録した。

 GT300は7号車 Studie BMW M4(荒聖治/近藤翼組)が予選でトップ車両がタイム抹消になったことで繰り上がりポールを獲得し、決勝ではそのままポール・トゥ・ウインを実現。ミシュラン装着車が両クラスで優勝を果たした。

 この結果、3号車 CRAFTSPORTS MOTUL ZはGT500のポイントランキングトップに浮上。7号車 Studie BMW M4はランキング2位に浮上している。これから両車ともにサクセスウェイトが重たくなっていくだけに、今後は確実にポイントを獲得していくレースになる可能性が高い。

 ミシュランとしては開幕戦で3位表彰台を獲得した23号車 MOTUL AUTECH Zが第3戦鈴鹿ではノーポイントに終わったのは痛かったが、安定性に定評がある23号車だけに今後も着実にポイントを取っていけば、最後の最後に大逆転という可能性は十分にある。

 ミシュランを装着した3台ともにシリーズタイトルを争う可能性があり、今後のシーズン展開が楽しみになってきている。

ミシュランユーザーの3台は、シリーズタイトルを争える可能性を残す