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雪道走行の新常識、極低温対応のブレーキフルードを冬の旭川でテスト

氷点下10℃以下でTCLアドバンス「Premium」の低温性能を体感する

 今回、Car Watchの取材班が訪れたのは、北海道の旭川市。道北における中心都市であり、観光地としても有名な町だ。ここは四方を山に囲まれた盆地のため冬期は北海道のなかでもかなり気温が下がるところ。今年は例年にないほど暖冬と言われているが、それでも関東人にとっては十分に冷え込みが厳しく、雪の量も多いという状況だった。そんなコンディションとくれば、通常の取材では間違いなく「悪条件」になるのだが、今回は違う。これこそ狙いどおりの「好条件」なのだ。そう、実は今回は「寒さ」を求めて旭川へやってきたのである。この寒さの中で試すのは、TCLアドバンスブレーキフルードの「Premium(プレミアム)」だ。

 TCLアドバンスとは、老舗のオートケミカル品メーカーである谷川油化興業と、自動車部品の総合商社SPKがタッグ組んで作った、できたてほやほやの新ブランドである。この分野を専門に手がけるケミカル品メーカーは珍しい存在なので、Car Watchでもこのアイテムについて何度か紹介している。

谷川油化興業は、神奈川県横浜市鶴見区に本社工場、神奈川県横浜市金沢区に蒸留塔を持つ金沢工場がある。原料の精製、研究、製造、出荷まですべて自社で行なえる

 TCLアドバンスのブレーキフルードには公道走行対応でスポーツ走行向けの「Premium」と、サーキットユースの「Competition(コンペティション)」がある。以前の記事では、レースの現場で実際に開発に携わった人に「GAZOO Racing 86/BRZ Race」に参加している橋本洋平氏が話を聞いた。それによれば、TCLアドバンスのブレーキフルードはペダルタッチとコントロール性がよく、耐久レースであっても最後まで安定した性能を発揮したという。

 しかし、ブレーキフルードにおける高性能とは、スポーツ走行時に特化したものばかりではない。とくに同社のPremiumについては、スポーツ走行向けのブレーキフルードではあるが、あくまで公道での走行を前提とした製品であり、DOT規格に準拠した作りになっている。競技に特化したCompetitionとは異なる最大の特徴として、低温時における性能も作りこんであるのだ。

 ブレーキフルードの低温時の性能を表す1つの指標が「低温流動性」と呼ばれるものだ。常温のブレーキフルードは「シャバシャバ」の液体だが、温度が下がってくると、一般的に液体の粘度が高まり「ドロドロ」した感じになってくる。このドロドロの度合いを表すのが低温流動性というわけだ。

 この低温流動性がわるい状態だと、細いブレーキ配管内をブレーキフルードが流れにくくなってしまい、ブレーキのフィーリングや効きに悪影響を及ぼす可能性が出てくる。さらに、今どきのほとんどのクルマは、ABSやスタビリティコントロールが付いているが、ABSはいわずもがな、スタビリティコントロールも、その実は車輪ごとにブレーキをかけることで行っている場合が多い。流動性のわるくなったブレーキフルードでは、こうした安全装備によるきめ細かなコントロールにも影響を及ぼしかねないわけだ。

 もちろん、ブレーキを使えばその熱でブレーキフルードも暖まるだろうし、エンジンの熱もあるので、たとえ寒冷地であってもブレーキフルードが極低温になるのは限定的だろう。でも、冬期の朝の1発目となれば、ブレーキフルードがキンキンに冷えている可能性はある。さらにそうした状況であれば路面が凍結している可能性も高く、ちょっとしたきっかけでコントロールを失うケースもあるだろう。そんな時こそ、ブレーキのABSやスタビリティコントロールの動作は100%確実な状態であってほしい。だからこそ、寒冷地在住の方や、雪道をドライブするような人にとって、低温流動性はブレーキフルード選びの基準として重視すべきポイントと言える。

TCLアドバンスのブレーキフルード。右がサーキット向けのCompetitionで、左がFMVSS規格準拠でDOT5.1のPremium。今回はこのPremiumが主役
ブレーキフルードというと沸点のことばかり取り上げられるが、もう1つ大切な性能に「低温流動性」というのがある。とくにこの季節ではこの低温流動性は重要なポイントとなる

旭川の駐車場に1晩止めた86のブレーキ温度は?

 今回の旭川行きの目的は、まさにその極低温でのブレーキフルード性能を体験しに行くことだった。羽田空港から新千歳空港に着いた取材班は、その足で札幌市にある「マルマン・モーターズ」へ向かう。ここは全国的にも名前が知られているチューニングショップで、とくにAE86やトヨタ 86オーナーにはおなじみだ。そしてTCLアドバンスのブレーキフルードをいち早く取り扱いはじめたお店でもある。

 そんなお店なので、当然のように自社のデモカーであるトヨタ 86にはTCLアドバンスのPremiumが入っている。そこで雪や凍結路でのブレーキフィーリングを体感するためにそのデモカーをお借りして、札幌より気温が低くなる旭川まで足を伸ばした。

 取材をしたのは2015年12月の中旬。今シーズンの札幌市内は暖冬の影響で例年より気温が高い。11月にどか雪が降ったにも関わらず、その後は気温が高い日が続いて、ついには積雪0㎝になったとニュースが流れていた。なのでそこからさらに気温の低い旭川市をめざし、道央道を3時間ほど走らせる。旭川に着いた頃、大粒の雪が降りはじめ、みるみるうちに道路は白くなっていった。ホテルの青空駐車場に86を駐車するころには雪は止んでしまっていたが、あとは翌朝に気温が下がるのを願うだけだ。

札幌のマルマン・モーターズで実験用にデモカーをお借りすることに。デモカーはど派手なこの86。86はスポーツカーであるが、ABSや最新のスタビリティコントロールも入っていて、今回のテストには最適だ

 翌日の取材班の朝は早く、早朝5時に集合である。今回の目的は極低温化でのブレーキフルードテスト。朝日が昇る前、気温が一番低いタイミングで実験を行なう。確認したいのは、1晩駐車した86のブレーキがどこまで低温になっているのか、そして極低温化におけるブレーキフルードの流動性だ。

 天気予報によれば、この日から冬型の気圧配置で気温が下がるという解説だったが、それでも最低気温は-6℃という予報。ちなみに、冬本番の旭川なら-10℃以下になるのはよくあることなので、少し期待はずれといった感じだ。

 しかし、実際に駐車場に止めた86のブレーキキャリパーの温度を非接触タイプの温度計で測定してみると、なんと-10℃を下まわっていた。昨晩は夜のうちに雪が止んだため、放射冷却によって気温がグッと下がったのかもしれない。いずれにしろ、1晩の駐車でブレーキキャリパーが-10℃まで下がることは確認できた。

ホテルの駐車場に1晩止めておいた86。キャリパーの温度を測ると-10.6℃まで下がっていた。夜のうちに雪が止み、風もなかったため放射冷却で予報以上に冷えたのかもしれない。当然、キャリパー内部を通るブレーキフルードも同程度に冷えているはずだ

-15℃、さらには-40℃での流動性を比べてみた

 次に確認するのは、そうした極低温度化においてブレーキフルードの流動性がどれだけ確保されているかだ。そのために持ち込んでいたのがTCLアドバンスのPremiumと、比較用としてTCLアドバンスのCompetitionのボトル。Premiumはストリートユーザー向けなので、低温時の流動性についても追求されていて、なんと-40℃まで動粘度がキープされると言う。それに対してCompetitionはモータースポーツ向けなのでサーキット走行が可能な条件下、つまり0℃以上での使用を想定した作りだ。

 前日の天気予報では最低気温が-6℃とのことだったので、念のために冷凍庫でPremiumとCompetitionのボトル缶を冷やしておいた。

 冷凍庫から取り出したフルード缶の温度を測定すると-15℃の表示。環境としては冬本番の旭川と同等レベルになっている。そしてすかさず封を開けて用意したカップに注いでみたところ、缶表面が-15℃になっていてもPremiumはふつうにシャバシャバした液体である。まあ、-40℃対応というスペックなので当たり前ではあるのだが、そんな温度で凍結しない液体というのはやっぱり不思議でもある。

 続いてCompetitionをカップに移してみた。こちらは競技専用として極低温の性能は無視して作られた製品なので、-15℃ともなればそれなりに固まっていることも想定したのだが、缶を傾けるとふつうに液体として流れ出た。これは少し意外だったが、それでもPremiumと比べると明らかに固いというか「動きが重い」という印象だ。

そこまで気温が下がらない予報だったため、冷凍庫でPremiumとCompetitionを冷やしておいた
缶の温度を非接触タイプの温度計で測ると-15℃になっていた。少なくともこの日の86の中のブレーキフルードよりも冷えた状態だ
すぐにカップに注ぐ。左のPremiumは液が自然にたれているが、右のCompetitionは粘度が上がって巻き込むような垂れかたをした。これは低温時の流動性の違いがハッキリ出たところだろう
カップに入れたそれぞれのフルードを左右に振ると、明らかにCompetitionは粘度が上がっていて動きが固い。それに対してPremiumはごくふつうの液体の動き。これは極寒時でもブレーキ、ABSを正常に働かせることにつながる大事な性能だ
-15℃程度まで冷やした状態。-40℃対応のPremium(左)と常温対応のCompetition(右)。-15℃程度ならCompetitionも十分なめらかだが、比べてみると振り終えた後の波の残り方に差が出る

 実験に同行してくれた谷川油化興業 技術開発部の鈴木氏によれば「-15℃程度であればCompetitionであってもこれぐらいの流動性は確保しています。もっと気温が下がればもっと差が出ますよ」とのこと。そこで後日、谷川油化興業の試験設備を使って-40℃でのPremiumとCompetitionの流動性を比較してもらい、その様子を撮影した。さすがに-40℃となるとCompetitionはかなり硬くなっている印象だが、Premiumのほうはしっかりと波が立っており、流動性を確保しているのが見て取れる。

試験設備で-40℃まで冷やしたもの。右がPremiumで左がCompetition。-40℃まで冷えてもPremiumは流動性が確保されているのがよく分かる

使ってみると違いが分かるABSの変化

 次に気温が低い状況でのブレーキフィーリングを体感するため、気温が氷点下のうちに旭川の市内を抜けてちょっとした山道へと86を走らせることにした。道路状況は昨晩まで降り積もった雪でどこも真っ白と言う状況。通行するクルマによって踏み固められた雪のうえはそれなりに滑るコンディションだった。

 そんな路面状況なので、スタッドレスタイヤを装着していても、少しでもラフにブレーキ操作をするとすぐにタイヤはグリップを失ってロックする。しかし、そのときに足の裏に伝わってくるABS作動による振動は、想像よりも小さくとてもきめ細かいものだった。

 当初、これは86ならではのABSの特徴なのかと思ったのだが、マルマン・モーターズの萬年社長によれば、ブレーキフルードをPremiumに変えてから起きた変化であるとのこと。以前のブレーキフルードでは、雪道でのABSの作動の感触は「ガッガッガッ」と荒々しい感じで、タイヤがロックする瞬間が明確に感じられたという。とはいえ、それでABSが役に立たないということではないし、こんなものだろうと思っていたそうだ。しかし、Premiumを使ってみると、雪道でのABSの作動のきめ細やかさがこれまでとは違うことをはっきり体感できたのだという。滑りやすい状況では少しでも安定感と安心感がほしいところ。それだけに滑りやすい道での安全性を高める目的でPremiumを選択するのは正解だろう。

暖冬とは言え旭川市内はこんな状況。少しラフにブレーキを踏むとすぐにABSが作動するが、従来の雪道でのABSの効き方と比べると、タイヤのロックとリリースがよりきめ細かく制御されている印象だった
雪道の下りのカーブは緊張するもの。FR車はブレーキを掛けるとリアの荷重が抜けるので不安定になりがちだが、スタビリティコントロールがキチンと働いてくれればそこにも安心感が出る
取材班はあまり雪道に慣れていないメンバーだったが、色々な条件の道でとくにこわい思いをすることもなく走りきることができた。雪道ではなによりも「止まる」という性能が大事で、それだけにABSの効きを補助するブレーキフルードは雪道走行でこだわるべきアイテムと言えるかもしれない

 これまで高性能タイプのブレーキフルードというと、スポーツ走行時の性能ばかりクローズアップされてきた。しかし、今回の取材で分かったことは、低温時の流動性も考慮しているPremiumのようなブレーキフルードを使うと、気温が低い状態でもABSの動作をより適正に保つことができるということ。そんな着眼点はこれまでなかっただけに、非常に面白い経験となった。

 サーキットでの優位性はサーキットを走る人しか味わうことができないが、寒いなかでクルマを走らせる機会は、多くのドライバーにとって遭遇する可能性があるだろう。そうした状況で安全性と安心感を高めてくれるのなら、一般的なドライバーにとっても高性能ブレーキフルードへの交換はメリットがあるものと言えるはず。しかも、Premiumは高温側の沸点も十分高い設定(ドライ沸点で273℃、ウエット沸点でも188℃)になっていて、真夏から真冬まで年間を通して使えるので、コストの面で負担になることも少ないだろう。

 これまで記録的な暖冬という感じで進んできたこの冬だが、ついに寒さの本番が訪れてきた。スキーなどで雪山へ向かう人、寒い地域に住んでいて家族など大切な人を乗せる機会が多い人は、TCLアドバンスのPremiumのような高性能ブレーキフルードに交換して、新しい視点からの寒さ対策をしてみてはいかがだろうか。

スポーツタイプのブレーキフルードを厳寒地で試すという突拍子もない取材だったが、意外なまでに面白い結果になった。雪道走行のためにブレーキフルードを入れ替えるというのがこれからの新常識になるかもしれない
最新のクルマには最新のABSが付いているが、その動作にはブレーキフルードの性能が関わる。常に安定したABS性能を求めるならブレーキフルードの入れ替えは正解。マルマン・モーターズの萬年社長もPremiumを入れた際のABSの動作の違いを指摘していただけに、気になる人はぜひ実践してみてほしい
今回の取材には谷川油化興業株式会社の佐藤取締役と技術開発部主任の鈴木氏も同行してくれた。これまで内容について詳しく語られる機会が少なかったブレーキフルードだが、直接開発者に話を聞くことで今回のような新しい視点でブレーキフルードを知ることができた

(深田昌之)