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エンジンでシャシー性能を高める!! マツダの「G ベクタリング コントロール」
新世代車両運動制御技術「スカイアクティブ ビークル ダイナミクス」の第1弾を詳説
(2016/4/28 16:30)
- 2016年4月28日 発表
マツダの新世代技術「SKYACTIV-TECHNOLOGY(スカイアクティブ技術)」は、エンジン、トランスミッション、シャシー、ボディなどクルマの各部に導入されてきた。それらをすべて導入したフルスカイアクティブ車「CX-5」から始まるマツダの新世代車の評価の高さは、ここ4年間で3度も日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞したほか、「ロードスター」はワールド・カー・オブ・ザ・イヤーとのダブル受賞を果たすなど明らかな結果として表われている。
もちろん、そのクルマ作りの確かさは多くのクルマ好きに受け入れられ、販売面も好調で、実際に「マツダ車を買ったよ」という人が身近に増えている(もしくは、自身が購入に至る)のを実感している人も多いだろう。
そのマツダが、クルマ作りに掲げるキーワードが“人馬一体”や“Be a driver”。単なる移動手段ではなく、パートナーになれるようなクルマを提供することで、クルマを所有する人が豊かな人生を、というものだ。そのために欠かせないのが、ドライバーの意のままに操れる運転感覚を得られることで、スカイアクティブ技術としてクルマの各部の性能を向上させてきた。
今回発表になった「SKYACTIV-VEHICLE DYNAMICS(スカイアクティブ ビークル ダイナミクス)」は、性能を引き上げられたエンジン、トランスミッション、シャシー、ボディなどを統合制御する技術。その第1弾として具現化したのが、“エンジンでシャシー性能を高める”という「G-Vectoring Control(G ベクタリング コントロール)」だ。
“エンジンでシャシー性能を高める”って??
“エンジンでシャシー性能を高める”、と言われても“???”となるのがフツーだろう。記者もその文字だけを聞くと、F1のようにエンジンを構造部材とすることでシャシーを作り込んでいく技術を想像するしかない。でもなんで“G ベクタリング?”となり、まったく謎の技術となる。
マツダもそのようなことを危惧したのか、このG ベクタリング コントロールに関する、技術説明会&試乗会を開催した。本稿ではその技術説明会の部分を、また、試乗会の部分はモータージャーナリストである岡本幸一郎氏による試乗インプレッションをお届けする。
このG ベクタリング コントロールが目指す制御は、例えばコーナリング時などの“滑らかなG(加速度)のつながり”になる。ステアリングの切り始めから滑らかにヨーが立ち上がり、それがコーナリングフォースとして旋回につながり、スムーズに加速してコーナーを駆け抜けていく、そんな気持ちのよいコーナリングを体験することができる制御になる。
このG ベクタリング コントロールを詳細に説明してくれたのは、マツダ 車両開発本部 操安性能開発部 操安性能開発グループ シニアスペシャシリストの梅津大輔氏。梅津氏は、その“滑らかなG(加速度)のつながり”を実現する制御として、クルマの4輪接地荷重を瞬時最適化し、旋回応答性と安定性を高次元で両立しているという。
具体的には、ドライバーのステアリング操作に応じてエンジンの駆動トルクを瞬間的に緻密に制御する。このエンジンのトルク制御で、エンジントルクを少し絞ればタイヤ前輪に荷重がかかり(前輪の荷重が増える)、逆に絞っていたのを緩めれば後輪に荷重がかかる(後輪の荷重が増える)ということを実現している。
たとえば、運転のうまい人であれば、ある速度でコーナリングを行なう場合に、ステアリングの切り始めの部分で少しだけアクセルをゆるめ(ほんの気持ち抜く)て前輪の応答性を高めるといったことをしているだろう。逆に、立ち上がり時には少しだけアクセルを入れて気持ちよく立ち上がっているのではないだろうか。
また、交差点などを曲がる際に、目標コーナリング速度が5km/h程度だとして、単に5km/hで入って5km/hで立ち上がるより、7km/hで入ってすぐに5km/hに落とし、6km/h程度で立ち上がったほうが気持ちよく交差点を抜けられるのではないだろうか。後者は、荷重を前や後ろに移すことでコーナリング特性を変化させ、クルマの旋回性能を向上させていることにほかならない。
運転のうまい人は、このような微少な荷重操作を無意識に行なっており、クルマがスムーズに動くことで、同乗者から「あの人の運転はクルマ酔いしない」などの評価につながっている。
ステアリング切れ角のみで制御するという人間原理
G ベクタリング コントロールは、このような制御をステアリング切れ角(操舵角)と車速をもとに演算。その情報から車両運動を演算し、目標荷重を演算。その目標荷重となるようエンジンのコントロールを行なう。これらは人間の知覚できるしきい値以下で行なわれ、エンジントルクの変化がハッキリと分かることはないという。
この人間の知覚できるしきい値は、梅津氏によると、時間的には20ms(20/1000秒)以下、加速度は0.05G以下で、G ベクタリング コントロールは1サイクル5msでの制御を行なっている。クルマの中でセンサーの通信に用いられているCAN Busでは、1msでステアリングの操舵角を見ているといい、高速演算、高速制御を行なうことで、5msでの制御ループを実現しているようだ。
この高速制御ループを実現できた背景にあるのが、1つのECU(エンジンコントロールユニット)での統合制御。ステアリング操舵角やエンジンの制御も1つのECUで行なっている。また、エンジン制御もスカイアクティブエンジンならではの細かなトルク制御(燃料噴射制御など)をすでに行なっていたからこそ、G ベクタリング コントロールが実現できたとのことだ。
梅津氏は、このG ベクタリング コントロールを1つの数式で表現。横加加速度(横Gの変化)とゲイン(前後・横の比率)を乗算したものが、目的となるエンジントルクとなり、このエンジントルクになるよう減速度指示を与えているとした。
ここまで説明を聞いていると、ドライバーがステアリングを切った結果の横加加速度を検出し、そのフィードバックを元に制御されているのかと思っていたのだが、このシステムのすごいところは、人間の感覚を元に制御が組まれていること。
これまでのクルマに新たに横加加速度センサーを付加するとか、横加速度センサーの値を微分するとかではなく、前述したように操舵角と速度だけを見て、そこからクルマの動きを推測。その推測値と目標値のずれをエンジントルクを絞ることで制御。クルマの動きを理想的なものにしていくわけだ。
すると気になるのが、フィードバック制御ではないため、路面状況をまったく検出していないこと。これについて梅津氏は、「ドライバーが見ている」とし、路面状況に関してはドライバーが状況を判断しているからG ベクタリング コントロールが問題なく機能するとのことだ。
これは、例えばドライ路面とスノー路面では、ドライバーが行なうステアリング操作に差があり、それを元に制御しているということだろう。機械が勝手にクルマの姿勢を作るのではなく、ドライバーの作りたい姿勢を適切に補助していくといった動きになるものと思われる。
このG ベクタリング コントロールのメリットは、荷重移動が適切に行なわれることにより、必要なタイヤのグリップが向上。タイヤが効率よく働くためステアリング操舵角の減少となって現われる。
また、ドライバーは直進時にもステアリングを小刻みに制御しており、その制御も減少。結果的に疲れにくいクルマとなる。これについては、荒れた路面や多数のコーナーがある、首都高速のような道が分かりやすいとのことだ。そのほか、緊急回避性能の指標となるダブルレーンチェンジでの通過車速改善(同じ車速であれば、より容易にレーンチェンジ可能)などの性能向上としても現われる。
とくに、強調していたのが、コーナリング時のコーナリングフォースベクトルが円を描くように出ること。これにより、コーナリング時に横方向に揺すられるような動きが減り、同乗者も快適になるという。
では、デメリットはというと、とくにないとのこと。ハードウェア的な付加を行なっておらず、制御ソフトウェアの変更のみで実現している。もちろんソフトウェア開発費はかかっているが、この機能があるクルマのみにその開発費を載せることもないだろう。
では、G ベクタリング コントロール搭載車はいつ発売されるのか?
よいことずくめのG ベクタリング コントロールだが、この機能を搭載したクルマはいつ出るのだろう? スカイアクティブ技術開発を率いるマツダ 専務執行役員 藤原清志氏(研究開発・MDI統括、コスト革新担当)は「そんなに待たなくてもいいです」と語り、梅津氏は「量産準備はできている」と語る。試乗会まで開いたというのは、ほぼ量産が見えており、理解されにくい技術だけに先行して世の中に出したのだろう。スカイアクティブ技術の初登場時も、技術説明会が先行して開催されていた。
この技術開発には、神奈川工科大学 名誉教授 工学博士 安部正人氏、同じく神奈川工科大学 創造工学部 自動車システム開発工学科 教授 博士 山門誠氏が携わっている。きちんとした理論モデルが構築されていることで、ステアリング舵角と車速だけで狙った結果を出すことができているのだろう。安倍教授は「自動車の運動と制御 ~車両運動力学の理論形成と応用 [第2版]」(東京電機大学出版局)の著者として知られており、梅津氏によるとこの本は「自動車開発者にとってバイブルのようなもの」とのことだ。
また、山門教授は自分自身で運転を楽しむことが多いと語り、その豊富な運転ノウハウがG ベクタリング コントロールの制御システム構築に寄与している。
初期の開発は、2010年ごろから日立オートモティブシステムズと両教授により行なわれており、マツダは2012年に参画。藤原氏の「そんなに待たなくてもいいです」との言葉から、年内には搭載車が発売されるとみてよい。また、その際の実装方法も、G ベクタリング コントロールは標準機能として組み込まれることから、機能のON/OFFボタンは設けられない。
ソフトウェアのみで実現できている機能だけに、「従来のフルスカイアクティブ車購入者へのアップデートなどは?」と確認してみたが、それについては認定の問題などから難しいとのことだった。別途インプレッションも掲載するが、このG ベクタリング コントロールは速度を出さなくてもその効果を体感でき、日常において実感できるものだ。搭載車が発売された後、ぜひマツダディーラーを訪ねて試乗してみていただきたい。新たなスカイアクティブの方向性を知ることができるはずだ。