自動車事故対策機構、「日中NCAPセミナー」を開催
日中の自動車アセスメント機関の交流

日中それぞれの活動報告が寄せられた「日中NCAPセミナー」

2010年4月22日開催



 自動車事故対策機構(NASVA)は4月22日、中国の自動車アセスメント実施機関である中国自動車技術研究センター(CATARC)の責任者を招待し、両者共催による「日中NCAPセミナー」を都内で開催した。

 NCAPは、New Car Assessment Programの略で、日本ではJNCAPとして、NASVAが自動車の安全性能について試験による評価を行い、その結果を公表している。

 日中NCAPセミナーは、日中両国の自動車アセスメント機関であるNASVAとCATARCの交流促進の一環として開催されており、第1回セミナーは2008年11月に中国 天津で開催され、今回で2回目となる。2006年10月に日本で開催された第4回世界NCAP会議にNASVAがCATARCを招いたことを切っ掛けに、日中NCAP交流が始まった。

 セミナー会場には報道陣や自動車メーカーからの参加者が多く座席はほぼ満席。近年、目覚ましい進展を続ける中国自動車市場と同様に、中国NCAPにも注目が集まるのは当然のことだろう。セミナーはNASVA理事長の金澤悟氏の挨拶から始まった。

 金澤理事長は、NASVAの歴史は今年で16年目と非常に長く、事業・実施面では世界のNCAPと並んで進歩してきたが、悩みもないわけではないと言う。「クルマの安全性について試験を実施しても、ユーザーへきちんと情報が伝わらないと自動車事故被害者は減らない。現在、自動車事故死者数は最盛期の1/3になったものの、毎年90万人以上が事故の障害で社会生活から離脱する状態だ。かつて自動車事故死者のトップだったのは乗員だが、これを減らすため努力し昨年はついに2番目になった。その代わり死者数のトップになったのは歩行者。これからのNASVAは、まずは車内事故死者数ゼロを目指す。それに加えて、歩行者・自転車などの交通弱者の命やケガを減らす努力もしていかなくてはならない」と熱く語った。

 続いてCATARC所長のザオ=ハン氏が挨拶。ザオ所長は、4月22日東京 秋葉原で行われた自動車アセスメント2009年度評価発表イベントにもゲストで招かれており、2日続いての行事となる。

 CATARCは、中国国家科学技術委員会の批准を経て1985年に設立された科学研究機構で、現在は中国国務院国有資産監督管理委員会に従属している。2006年10月の第4回世界NCAP会議に参加したことを切っ掛けに、中国にもNCAPが導入された。

 ザオ所長は、「この3年間でさまざまな活動を検討、実施している。試験データや試験後の車両を企業に提供、メーカーからの委託試験などのほか、イベントでの宣伝活動などを行っている。現在は収入が増え、自己運営できる状態で、毎年運営費用は下がっているが、収入は上がっている」と言う。今回の交流では、日本NCAPからさまざまなことを学びたいと語っていた。

自動車メーカーや報道陣など、参加者は非常に多かったNASVA理事長 金澤悟氏CATARC所長 ザオ=ハン氏

 挨拶に続いて講演が始まった。最初は、自動車アセスメント評価検討メンバーである名古屋大学大学院工学研究科准教授 水野幸治氏から、日本NCAPのこれまでの取り組みが紹介された。

 日本NCAP試験は、法規よりも厳しい条件で実施することで、クルマの安全性に対する性能差を明確にしている。その試験結果をユーザーやメーカーに提供し、より安全な車の開発、より安全な車の購入に役立ててもらうこととしている。

 試験の歴史としては、1995年にフルラップ前面衝突とブレーキ性能試験からスタートし、1999年に側面衝突試験、2000年にオフセット前面衝突試験を開始。2000年の時点で、フルラップ前面衝突・オフセット前面衝突・側面衝突試験がそろったため、総合評価を開始する。最近になってアメリカNCAP、ユーロNCAPが総合評価を導入したことを考えると、早い時点で非常に有効な取り組みだったとしている。

 日本NCAP導入の背景としては、1980年代後半から乗車中の死者数が増大していたため、さまざまな取り組みがされた。1995年の日本NCAP導入後は、乗車中の死者数は徐々に減少。総合評価として示される☆(星)の数は年々増えており、現在では試験車両の大部分が☆6個という高評価を獲得している。総合評価の星の数が増えると、事故における死亡重傷率が低くなる傾向があると言う。

名古屋大学 准教授 水野幸治氏試験の開始年度自動車アセスメント導入の背景

 再びザオ=ハン氏から、中国NCAPの活動紹介がされた。現在、中国のNCAP評価試験は、フルラップ前面衝突試験、オフセット前面衝突試験、側面衝突試験の3つが中心で、サイドエアバッグなどのいくつかの加点項目がある。しかしながら、3つの衝突試験における衝突スピードは、日本やヨーロッパの試験よりも低速で、フルラップでは50km/h(JNCAPでは55km/h)、オフセット前面衝突試験では56km/h(同64km/h)、側面衝突試験は50km/h(同55km/h)といった具合だ。これは、試験を設定した時点で、中国の自動車安全技術レベルがそれほど高くないことを考慮し、低い基準からスタートしたとのこと。今後、安全技術レベルが上がるとともに、試験条件が引き上げられる。

 中国自動車産業も日本と同様に、年々安全に対する意識が高まり、総合評価で低い評価の車種が減少している。中国NCAPの特徴としては、四半期ごとに評価を公表したり、頻繁に広報活動やイベントを開催したりと認知度を向上する宣伝活動をしている。また、大手自動車保険会社である中国人民財産保険株式有限会社と提携し、試験データの提供を事故審査に役立ててもらうなどの取り組みも行われている。今後は、車両技術水準の向上に伴い、評価方法をさらに改良・改善していくと言う。

中国NCAPの試験項目中国NCAPでは自動車保険会社と提携している中国NCAPで定期的に行われる発表会

 最後に、JNCAPの今後の活動を紹介したのはNASVA企画部長の山崎孝章氏。山崎氏によれば、歩行者の脚部に対する保護性能評価を2011年に導入予定だと言う。これは自動車と歩行者の衝突時に、バンパーが歩行者の脚部に与える加害性評価試験で、膝の関節や脚部の骨に与えるダメージを測定するもの。ただしバンパー下端の高さが425mm以上になると、追突の衝撃で歩行者が押し倒されてしまうため対象外になるとのこと。

 また、近年試験での評価項目が増加したことに伴い、ユーザーに結果を分かりやすく伝えるため、現行の総合評価方式を見直すことも検討中であると語る。また、乗員用シートベルトリマインダー(PSBR)の評価法を作成するため調査研究を進めており、2011年度にはレイティング評価を行う予定と言う。

NASVA企画部長 山崎孝章氏歩行者脚部保護性能評価歩行者脚部保護性能評価で使用するダミー

 一通りの講演が終わったあと、質疑応答の時間が設けられ。NASVAには、「交通事故死亡者が減少したのはNCAP導入だけが原因とは考えにくく、導入により減少したという根拠が希薄ではないのか?」といった質問が寄せられた。NASVAによると、道路事情などなさまざまな要因があるだろうが、JNCAPを始めた1995年から事故死者数の減少傾向は続いており、事故死者数の減少の1つの要因だと考えているとのこと。

 CATARCには、「今後衝突試験の速度を上げていく予定とのことだが、それはいつになるのか?」という質問が寄せられ、2012年を考えているとのこと。ただし、3つの試験すべてを一度に上げるのではなく、まずはオフセット前面衝突の速度を64km/hに上げていくことだろうとのこと。意外に早い導入を考えていることに参加者一同驚いていた。

 中国自動車市場の急速な発展と同様に、中国NCAPは導入されてから短い期間ながらも着実に成長し、その成果を上げてきた。もちろん、長い期間で蓄積されたノウハウを持つJNCAPと比べると評価基準など問題とするところも多いだろうが、運営方法など見習う個所も多々あるように見受けられた。このような交流を契機にして、お互いの長所をうまく取り組んで、さらなる発展を期待したい。

(政木 桂)
2010年 4月 23日