フリースケール、車載技術を開発するカレラカップ参戦車両を公開 富士スピードウェイで「ワンメイク・フェスティバル」を開催 |
フリースケール セミコンダクタ ジャパンは6月9日、静岡県 富士スピードウェイで、同社の車載技術のテストベッドとして使われているレーシングカーを公開した。
同社は9~10日に開催された「フリースケール ザ・ワンメイクレース祭り 2012富士」で、同社の技術を展示・解説する「フリースケール・ワンメイク・フェスティバル」を併催し、モータースポーツにおけるカーエレクトロニクス開発についても説明した。
OGT!レーシングの90号車 |
■アクティブセーフティー用センサーを開発
ザ・ワンメイクレース祭りでは、同社がシリーズスポンサーを務める「ポルシェ カレラカップ ジャパン(PCCJ)」の第4~5戦も開催された。同シリーズには、やはり同社がスポンサードするOGT!レーシングが参戦しており、イゴール・スシュコ選手がドライブするゼッケン90のその車両で、同社の車載製品を使った技術を開発している。
ワンメイク・フェスティバルで「PCCJ 90号車搭載の革新的な取り組みについて」と題して講演した同社の村井西伊 第四事業本部長は、90号車で開発されている技術を「アクティブセーフティー」「バイオメトリック・センシング」「3G&LTEネットワーキング」「インフォテインメント」の4つとした。
1つめのアクティブセーフティーは、各種センサーによりクルマの周囲の状況を検知し、事故を防ぐ技術だが、同社が担当するのは状況を検知するためのセンサーと、センサーから得られたデータを処理する部分。現在、90号車には前後左右に4つのカメラが搭載されており、これらで撮影した映像を合成して、360度のサラウンドビューを作り出している。
カメラと処理装置はEthernetで接続され、このために同社のパワーアーキテクチャ32bitマイクロコントローラー「Qorivva(コリーヴァ)」を用いている。Ethernetを使うことで、システムのコストを下げている。また映像の合成処理には同社のSoC(システム・オン・チップ)「i.MX6(アイ・ドット・エムエックス)」を使っている。すでにこのシステムにより、レース中のサラウンドビュー画像の撮影・生成には成功しており、近日中にその映像を公開すると言う。
90号車の前後左右に設置されたサラウンドビュー用のカメラ |
90号車のサラウンドビューシステム | カメラからの信号はドライバーの脇に置かれたこの装置で処理され、サラウンドビュー画像が生成される |
また同社は、秋までに76~81GHzの高周波を利用したレーダーを90号車に搭載することを、目論んでいる。77GHzレーダーにより90号車の周囲の物体を検知できるようにするのが目的で、これもアクティブセーフティーデバイスの開発につなげる。
現在、車体の周囲の状況を検知するためには、カメラやレーザー、赤外線などのセンサーが使われているが、同社のディビッド・ユーゼ社長は、レーダーがほかのセンサーよりも高解像度の情報を得られ、遠距離の物体も検知でき、検知精度が天候に左右されないことをメリットとして挙げた。例えば、レーダーの解像度を活用すれば、100m先の路面の状態を把握でき、車両はいち早くその状態に対応することができる。
ユーゼ社長は、2015年頃に76~81GHzレーダーによるアクティブセーフティー技術が市販車に搭載されるだろうと予測した。
77GHzレーダーの実験が予定されている | ユーゼ社長(右) |
■ドライバーを丸裸に
2つめのバイオメトリック・センシングは、ドライバーの心拍数、心電、血圧などの生体データを取得する技術。現在、90号車ではドライバーのスシュコ選手に3つのセンサーを取り付け、心拍数、心電、筋電などのデータを記録している。いずれは脳波なども測定する予定だ。
将来的にはこうしたセンサーをシートやステアリングホイールに埋め込み、ドライバーの健康状態を簡単に検知し、居眠りなどドライバーの異常を検出して、事故防止に役立てる。また、得られたデータは医療研究にも活用される。
センサーを取り付けられるスシュコ選手は、自らのドライビングが丸裸にされ、公開される(ライバルにも知られる!)ことになるのだが、、そんな状況を大いに楽しみ、活用しているようだ。スシュコ選手は「心拍数が測れるようになっただけでも、とても役に立っている」と言い、得られたデータを自らのドライビングの改善にも役立てているようだ。
90号車をドライブするスシュコ選手。指で「1」を示しているのは、「OGT」が「One Great Team」の略だから。OGTにはパートナーとのチームワークで製品を開発し、WIN-WINの関係を築くフリースケールの精神を表す | 90号車のバイオメトリック・センシング・システム |
3G&LTEで90号車からの車両データ、バイオメトリクスデータ、画像データなどを送信する |
3つめの3G&LTEネットワーキングは、携帯電話の基地局のシステムで大きなシェアを持つ同社ならではの技術。基地局では通話などのデータを受け取り、処理して送り出す処理を高速に行わなければならないが、同社はこうした処理に多くのノウハウを持っており、OGT!レーシングの車両でもこれを活かす。
90号車にはドコモのLTEサービス「クロッシィ」の通信端末を搭載。ドライバーの視界とドライバーの様子を撮影する2つの車載カメラからの映像を、LTE回線を通じてストリーミングで流す。これによりチームが自前の通信設備を用意しなくても、公衆回線を利用して安価にストリーミングを利用できる。公衆回線を使うのはサーキットの電波状況などに左右されるが、今のところうまく送信できていると言う。
ドライバー視界(左)とドライバーを撮影する車載カメラ | |
LTE端末を装着するホルダー(撮影時は搭載されていなかった) | ストリーミングされた車載カメラの映像。右下にドライバーの様子の映像が入っている |
インフォテインメント |
4つめのインフォテインメントは、一般的にはカーAVなどのシステムを指すが、ここではセンサーで得られた情報を人間が見て分かるようにする技術のことを表している。これは現在のところ90号車では実現していないが、車載カメラのライブストリーミング映像に90号車の現在位置や車両のデータ、ドライバーのバイオメトリクスデータを重ねて表現する、といった構想がある。市販車に投入される際には、クルマの計器盤、エンターテインメント、位置情報データなどを表示する際に利用されることになる。これらには、90号車の画像処理に利用されているi.MX6などを用いる。
■ブラックボックスをクルマにも
これらの技術は、市販車の事故防止に活かされる。ユーゼ社長は「ゼロ・ディフェクト(不良ゼロ)、ゼロ・フェイタリティ(事故ゼロ)を目指すには、ブラックボックス技術をクルマに搭載する必要がある」と言う。航空機で用いられているブラックボックスは、飛行データやコックピットの様子を記録する装置で、記録されたデータを事故の解析と機体や運用の改善に活かすもの。「飛行機の事故が少ないのは、ブラックボックスのおかげでもある。クルマには2020年頃に入ってくるだろう」とした。
また、これらの技術をモータースポーツの現場で開発するのは、「モータースポーツのノイズや振動に耐えられれば、市販車で使える」という考えからとした。
ユーゼ社長は「センサー・フュージョン」という考えを示した。これは「例えば、カーナビの位置情報だけでは高架上の高速道路にいるのか、一般道にいるのか分からないことがあるが、これに気圧センサーからの標高データを組み合わせれば、どちらにいるのかが分かる」と言うように、さまざまなセンサーからのデータを統合して、車両の状態を高度に認識することだ。
ユーゼ社長は「民生機器とネットワーキング、車載、メディカル、インダストリアルの技術が融合する時代が来た」と述べ、サプライヤーなどの要望に応じて同社が持つさまざまな分野でのノウハウを用いて協業する考えを示した。
(編集部:田中真一郎)
2012年 6月 11日