インプレッション

ヤマハ「MT-10」「MT-10 SP」

レーシングDNAを受け継ぐクロスプレーン、ハイパフォーマンスネイキッド

MT-10(MTN1000):167万4000円(5月16日発売)

MT-10 SP(MTN1000D):199万8000円(5月16日発売)

「MT-10」(左)と「MT-10 SP」(右)

 ヤマハ発動機は5月16日から、リッタークラスのスポーツネイキッド「MT-10」および「MT-10 SP」の販売を開始する。この発売に先だち、静岡県・修善寺の日本サイクルスポーツセンターで同社の試乗会が開催され、両モデルを試乗する機会を得たので、インプレッションをお届けしよう。

YZF-R1と同一エンジンを搭載するネイキッドモデル、MT-10 SPには電子制御サスも

 MT-10は、ネイキッド+モタードライクなスタイリングが特徴の「MT」シリーズ最大排気量を誇る新型モデル。スタンダードな「MT-10」と、“コンフォートさ”を狙って機能・装備を充実させた「MT-10 SP」の2モデルで展開する。

カラーバリエーションは、MT-10がグレー、ブルー、マットグレーの3色。MT-10 SPはシルバー1色のみ
MT-10
MT-10 SP
前後の外観(MT-10 SP)

 いずれも最新のスーパースポーツ「YZF-R1」と同じクロスプレーン型クランクシャフト採用の水冷直列4気筒997ccエンジンを搭載。この最高出力118kW(160PS)、最大トルク111Nm(11.3kgm)を発生するパワーユニットを、約60%の部品を新作したというアルミ製デルタボックスフレームを含むボディと、1400mmというショートホイールベースに組み合わせてパッケージングしている。

YZF-R1のエンジンをベースに、日常使用領域で扱いやすいようチューニング
MT-10のパワーユニット

 電子制御機能も多数備える。ABSやスリップを抑制するTCS(トラクション・コントロール・システム)、3種類のパワー特性を選べる「D-MODE」、アップ方向のシフトチェンジをサポートする「QSS(クイック・シフト・システム)」、一定速度での巡航をサポートするクルーズコントロールシステムなどを装備。

MT-10のメーターパネルはモノクロ液晶
MT-10 SPはフルカラーTFT液晶となっている

 MT-10 SPでは、さらに前後OHLINS製電子制御サスペンションとし、メーターはフルカラーTFT液晶としている。TCS、D-MODE、サスペンションそれぞれのセッティングを最適な形でまとめて変更可能な「YRC(ヤマハ・ライド・コントロール」も使用可能。

MT-10 SPは前後OHLINS製電子制御サスペンション
MT-10はKYB製サスペンション
YRCはA/B/C/Dの4つのパターンがあり、走行モード、TCS、電子制御サスのセッティングの組み合わせをまとめて切り替えられる
画面はハンドルスイッチボックスにあるボタンで操作できる

 MT-10は、「Ultimate Synchronized performance bike」をコンセプトに、街乗りはもちろんのこと、ワインディングから高速道路まで、オールラウンドに楽しめるマシンとして開発された。タンク周りでマッシブ感を出しながら、カウルにはメカメカしい直線的なラインも多用し、これまでのMTシリーズともまた違った個性的なスタイリングを演出している。

 開発者が強調していたのは、「MT-10はネイキッド版のYZF-R1ではない」ということ。近年、欧米ではスーパースポーツモデルをベースに、カウルを取り払い、フロントマスクを小型のものに付け替えて、アップハンドルにした「ストリートファイター」と呼ばれるタイプのマシンにカスタムするのが流行の1つとなっている。

 しかしMT-10はそうではない。プラットフォームはYZF-R1としながらも、あくまでもストリート性能を優先し、それに最適なトルク特性と「アジャイル(軽快)なハンドリング」を狙ったネイキッドモデルの最高峰と位置づける。

MT-10 SPのハンドル周り
シートにはシートストッパーが設けられる。トルクの高さがここからもうかがい知れる

スムーズかつ“鋭利”な加速。しかし極低速には弱点も

 試乗当日は、ひっきりなしに雨が降る完全ウェットな路面。MT-10が搭載するクロスプレーン型エンジンの本来の性能を感じとるのは難しいシチュエーションに思えたが、それでも実際に走り始めれば、MT-10のオールラウンドな性能と、レーシングマシン譲りのフィーリングはたしかに実感できた。

 発進時、同じエンジンを搭載するYZF-R1にあったような、スロットルに対する敏感さみたいなものはきれいに取り払われていることに気付く。数%か10%程度のアクセル開度まで、恐ろしく滑らかにエンジンが回り、するするとマシンを前に押し出す。路面が濡れているためラフなアクセル操作はしにくいが、TCSのおかげで過剰に気をつかう必要性は感じられない。

スタートは慎重に発進したが、電子制御のおかげで不安はない

 思い切ってアクセルを開けても、タイヤが空転することはなく、しっかり路面をつかみながら手のひねりに忠実に反応する。低回転域から体が後ろに引っ張られるような強烈なGを残しながら、“鋭利”と表現したくなる怒濤の加速をし続ける。D-MODEで選択した出力特性によってもちろん違いはあるが、とりわけ最大パフォーマンスを発揮するモードでは、従来の国産リッターネイキッドではまず得られなかったフラットで空気を押し分けていくような加速感が味わえる。

クロスプレーン特有の排気音にも、レーシングマシンであるYZF-R1の鼓動を感じる

 加速を堪能しすぎてややブレーキング不足気味でコーナーに突っ込み、アウト側にはらみそうになっても、軽いハンドリングがラインの修正を容易にしている。軽く修正舵を加えてつじつまを合わせ、コーナー脱出時にはベストに近いラインから再び加速体制に移ることができる。フロントの4ポットラジアルキャリパーは余裕の制動力、コントロール性を発揮し、狙い通りに加減速できるので走行リズムも作りやすい。

 シフトアップ時のクラッチ操作が不要になるQSSは、スポーティに走行している際に、ワンテンポよりも短い半テンポほど遅れてつながるような挙動がわずかに気になったが、信号待ちの多い市街地を走ることの多い人にとっては快適さが格段にアップする装備だろう。

 筆者が1つ弱点を挙げるとすれば、極低速域における扱いにくさ。リアブレーキを軽くかけながらハンドルフルロックでターンしようとすると、ノッキングのような症状が出て、場合によってはエンストしてしまう。YZF-R1より症状は軽減されているが、こうした極低速域での扱いやすさに関しては、クロスプレーン型のエンジン特性上まだ課題が残っているようだ。

極低速ではエンジン特性上の弱点はあるものの、それ以外の領域はきわめてスムーズで扱いやすい

電子制御サスが新たなMT-10の楽しみを作り出す

 スタンダードなMT-10と、電子制御サスペンションなどを搭載するMT-10 SPとの乗り味の違いは明確だ。スタンダードは標準セッティングの状態だと全体的にカッチリした挙動で、よりクイックに操れるように感じる。そのせいかMT-10 SPよりも車格が少しだけ小さくなったようで、個人的には好みのフィーリングだ。

 対してMT-10 SPは、前後ともサスがよく動いていることがわかり、ラグジュアリー感のある乗り心地。濡れた路面でも「どこかですべりそう」という不安なくコーナーをクリアしていける。ただ筆者の感覚だと、YRCでサスセッティングをプリセットのどの設定に切り替えても、リアの接地感が不足しているように思えた。サスだけでなく、素材がスタンダードと異なるMT-10 SP専用のシートも関係しているかもしれない。開発者の狙い通り「コンフォート」な乗り心地であることは間違いないし、ロングツーリングでもMT-10 SPの方が明らかに疲労は少ないだろうが、やや「乗らされている」感もあった。

“コンフォート”な乗り心地のMT-10 SP

 ところが、MT-10 SPはこのままでは終わらない。前後の電子制御サスペンションは、YRCで切り替えられるプリセット設定では不可能な、かなり広い範囲の調整が可能になっているのだ。MT-10 SPでは、電子制御サスペンションについて最大5つのセッティングパターンを記憶しておき、ハンドルスイッチボックスのボタン操作で簡単に切り替えることができる(YRCでまとめて車両セッティングを変えられるのは停車時のみ。TCS、D-MODE、サス設定のいずれかだけのセッティング切り替えは走行中でもOK)。

MT-10 SPのメニュー画面を表示
YRCの設定パターンは5つ
「A-1」「A-2」はオート。設定した調整値を基準に、走行状況に応じてリアルタイムに減衰などが変わる
「B-1」「B-2」「B-3」はマニュアルセッティング。自動制御はなくなり、固定となる

 5つあるパターンのうち「A-1」「A-2」の2つは「オート」で、あらかじめ設定したサスペンションの減衰力レベルを基準に、走行状況(車速、アクセル開度、ブレーキ圧)に応じてコンピューターが自動制御する仕組みになっている。「M-1」「M-2」「M-3」の3つは調整値が固定される「マニュアル」設定。自動制御はせず、常に自分で決めたサスペンションセッティングで走行できる設定パターンだ。どのパターンもライダーが自由に調整でき、エンジンを切ってキーを抜いてもパターンごとの設定は記憶される。

 この機能を利用して、M-1のプリセット値からリアサスの伸び側、圧側の減衰について4、5目盛り分少なく(High方向に)調整して走ってみると、それまで感じにくかったリアの接地感がとたんに増した。走行中もサスセッティングだけならいつでも切り替えられるので、何度か標準値にしたり、またカスタム値に戻したり、と繰り返してみると、違いはより明らかになってくる。スタンダードのMT-10の気軽さも捨てがたいが、MT-10 SPにはさまざまなバイクの楽しみ方がより多く詰まっている。

シチュエーションや好みに合わせて自在にセッティングしやすいのがMT-10 SPの利点
液晶メーターパネルでは、公道に最適な情報が表示される「STREET」モード(左)と、サーキット走行に適した「TRACK」モード(右)を選べるのも面白い

日沼諭史

日沼諭史 1977年北海道生まれ。Web媒体記者、IT系広告代理店などを経て、フリーランスのライターとして執筆・編集業を営む。IT、モバイル、オーディオ・ビジュアル分野のほか、四輪・二輪や旅行などさまざまなジャンルで活動中。Footprint Technologies株式会社代表取締役。著書に「できるGoPro スタート→活用完全ガイド」(インプレス)、「はじめての今さら聞けないGoPro入門」(秀和システム)、「今すぐ使えるかんたんPLUS Androidアプリ大事典」(技術評論社)など。2009年から参戦したオートバイジムカーナでは2年目にA級昇格し、2012年にSB級(ビッグバイククラス)チャンピオンを獲得。所有車両はマツダCX-3とスズキ隼。

Photo:政木 桂