【インプレッション・リポート】
ポルシェ「911 GT2 RS」

Text by 河村康彦


 型式ナンバーが「997」と称される現行のポルシェ「911」。そんな997にもこれまで「特別に速いモデル」は数多く用意をされてきた。

 4WDシステムを標準装備とし、911シリーズ全体のイメージリーダーとしての役割も与えられた「ターボ」に、その進化版である「ターボS」。「サーキット生まれ」と紹介できる高回転・高出力型エンジンを搭載する「GT3」に、そのセミレーシング・バージョンでもある「GT3 RS」。そして、前出のターボをベースに軽量化を図り、よりハードコアなターボ・エンジン搭載車としてリリースをされた「GT2」などがそんなモデルたちだ。

 ひと口に「速い」とくくった中でも、サラっとこれだけのバリエーション展開が可能になる点が、スポーツカーというものを知り尽くしたポルシェの凄さと言ってもよいだろう。

 そんな997型の911も、2004年にリリースをされてからすでに丸6年。「次のモデルの型式は998ではなく991……」などと、まことしやかなスクープ情報が聞かれるようになってきている昨今だ。それゆえに、モデルライフも終盤戦と思われるタイミングの現行911に、また新たなバージョンが追加された。

 世界限定500台。邦貨にして3097万500円(!)と、何もかもがこれまでの911のストーリーの頂点に立つモデル――それが、ここに紹介をする「GT2 RS」という1台だ。

徹底した軽量化と、620PSのエンジン
 ポルシェ好きの人であれば、「RS」という記号が与えられたモデルに、まずは軽量化が施されていることは容易に想像が付くはずだ。実際、その販売価格ゆえに、高価な素材を使うことが許されたこのモデルでは、これまでの911では「やりたくてもできなかった」と思われる数々の軽量化策がふんだんに盛り込まれている。

 GT2 RSの、外観上の大きな特徴でもあるブラックカラーのフロントフードは、察しの通りのカーボンファイバー製。また、“目には入るのに気づきにくい”部分としてはリアとリアサイドのウインドーが、ガラスからポリカーボネート製に変更されたというトピックもある。ベース車両であるGT2に比べると、前者が2.5kg、後者が4kgの減量。ちなみに、大物パーツの割にフロントフードの減量幅が小さいのは、そもそもGT2も軽量なアルミ製のフードを採用していたからだ。

 しかし、GT2 RSの軽さへの挑戦は、こうした見える部分のみには留まらない。

 大きいのは、エンジン・フライホイールをシングルマス化したことで、-8kg。専用サスペンション・スプリングの採用で-3kg。リア・サスペンションのダイアゴナル・バーのアルミ化で-1.4kgといったところ。ちなみに、こうしたシェイプアップを徹底したいオーナーに向けては、標準品より10kgも軽い小型のリチウムイオン・バッテリーや、同じく5kg軽量なカーボンファイバー製フロントフェンダーといったオプション・アイテムも用意されている。

 そんな細かな努力の積み重ねによるトータルの軽量化分は、70kg。DIN計測法で1370kgというその車両重量は、素の「911カレラ」よりも実に45kgも軽い事になる。

 そんな徹底的な軽量化を施したうえで、本来はリアシートが存在していた部分に標準でロールケージを張り巡らせた強靭なボディーには、最高で620PSという途方もない出力を発揮するツインターボ付の3.6リッターのフラット6エンジンが、「デュアルクラッチ式のPDKより35kgは軽量」と説明をされる6速MTと組み合わせて搭載される。

 530PSのGT2用を90PSも上回るパワーアップの手法は、15%に及ぶというインタークーラーの効率アップと、それを前提としたブースト圧のアップがメイン。GT2用ユニット比で0.2bar高められた最大過給圧は、実に1.6barと、市販モデルとしては耳にしたことのないほどに高い値に達するという。

緊張を強いる圧倒的パワー
 わずか2台の試乗車を用いての国際試乗会は、ポルシェの本拠地であるシュツットガルトからもさほどの距離はない、ドイツ南部の温泉保養地バーデンバーデンのホテルを基点に開催された。

 普段のポルシェ試乗会ならばカーナビの画面を見て現在地を確認しながらの走行となるが、今回のモデルはオーディオすら装備なし。さらにはエアコンもレスというモデルで、GT2 RSが狙ったキャラクターに敬意を表した状態(?)でのテストドライブとなった。

 前述のようにフライホイール・マスがシングル化された事で、アイドリング状態ではガラガラとノイズが盛大なGT2 RS。が、クラッチミートは拍子抜けするほどイージーで、スーパースポーツ・モデルにありがちなスタート時の神経質さなど、一切存在しない。ショートシフターを採用するゆえ操作に必要な力は大きめだが、シフトも確実に決まる。アクセルペダルに触れずともそのままトコトコと走り続けられるほどで、すでにこの時点で軽量化の大きな効果を実感させられることにもなる。

 1サイズ幅広なフロントタイヤを履き、レーシング・モデルばりのヘルパースプリング付きリア・サスペンションを採用するなど、よりハードコアな仕様となった足まわりは、さすがに街乗りではわずかな路面凹凸も直接的に伝えて来る。が、それが意外にも余り不快な感じには繋がらないのは、そんな振動は屈強なボディーによって瞬時に減衰されてしまうからだろう。

 そんな街乗りシーンでは、アクセルペダルは「そっと足を載せる」程度しか踏み込む必要はないし、それゆえにブースト計の針も殆ど動かない。しかし、それでも全く不満なく走れてしまうのは、このエンジンがブースト圧の上がらない領域でもそれなりのトルク発してくれることと、例の軽量さゆえだろう。

 アウトバーンに乗り込んで、少しだけアクセルペダルを多めに踏んでみる。が、残念ながらあいにくの雨模様となった試乗条件の下では、強力な加速を楽しんでいられるのはホンの一瞬に過ぎない。というのも、ブースト圧が0.4barを超えるあたりからトルクが急激に立ち上がり、たちまち後輪にホイールスピンの気配を感じるようになるからだ。

 実際、100km/h走行時にちょうど2000rpmを示す6速ギアでアクセルペダルを床まで踏み込んでいると、ブースト圧が0.4barに達する付近からまるで今一度の“発進加速”が再現されるかの勢いで、速度が増して行く。さらにその状態をキープしていると1.2barの数字を確認したところでビュンとタコメーターの針が急上昇! こんな状況ですら、よもやのホイールスピンを発生させるほどにパワフルなのだ。

 もちろん、スタビリディ・コントロールやトラクション・コントロールは標準装備だが、ドライビングの自由度を尊重したセッティングゆえに、その介入のポイントはかなり遅めの設定。結局、その後のワインディング・ロードでの走りでも、ウエット路面上では常に「ホイールスピンとの戦い」を強いられることになった。

 ドライのサーキット走行に照準を合わせた浅溝のスポーツタイヤと軽量ボディー、そして、かのカレラGTの10気筒エンジンすら凌駕する圧倒的パワーを誇る心臓に2輪駆動という組み合わせは、例えゆったりとしたペースの走りでも、こうしたシチュエーションではそれなりの緊張をドライバーに要求してくるということだ。

夢の911
 そんな天候ゆえに、率直なところちょっとフラストレーションの残るテストドライブではあったが、プログラムの最後には同社の契約開発ドライバーで、かつてのWRCチャンピオン、ワルター・ロール氏のドライブによるショートサーキットの同乗走行の機会も用意をされていた。幸いにも、ドライ路面で乗ることができたこちらのセッションでは、“横乗り”ではあるものの、GT2 RSの秘めたポテンシャルの一端を感じることに。

 すなわち、620PSというパワーはむやみに横方向へのスライドで逃げてしまう事なくきちんと駆動力へと変わっているし、標準装備となるセラミック・コンポジットブレーキ「PCCB」は、例によって圧倒的な制動力と耐フェード性を実感させてくれる。

 ちなみに、そんなロール氏のドライブによるニュルブルクリンク旧コースでのラップタイムは、7分18秒とのこと。ベース車両の911 GT2が7分32秒で、ニュルのラップに拘り続ける日産GT-Rの最新バージョンが7分26秒と耳にすれば、それがいかに驚愕のタイムかも分かろうというものだ。

 しかし、そんな911 GT2 RSは、実は参加可能なレースカテゴリーが見当たらないモデルでもある。にもかかわらず、ポルシェがそれを承知のうえでこうしたモデルをリリースしたのは、2007年に市販型GT2をリリースした直後に、それを100kg軽量化し、出力を560PSまでアップさせた試作車でニュルをテスト走行したところ、「このフィーリングは“RS”だね」という結論に至ったのがきっかけと言う。

 同時にそんなGT2 RSというのは恐らく、ポルシェ開発陣がいつかは作ってみたかった「夢の911」でもあるはず。いかにも、997型911の最終究極形に相応しいのが、このモデルでもあるというわけなのだ。

2010年 9月 27日