【インプレッション・リポート】
ポルシェ「カレラGTS」

Text by 河村康彦


 GTの2文字を冠したポルシェ車の登場は、1956年の「356A 1500カレラGT」が最初であったという。ポルシェが現在も本社を置くシュツットガルト郊外の街、ツッフェンハウゼンで356の量産がスタートしてから、今年でちょうど60年。すなわちポルシェの歴史にとって「GT」という名称は、実はかくも長い付き合いということになる。

 「GT2」あるいは「GT3」という“特別な911”に加え、「カレラGT」に「カイエンGTS」と、最近ではそんなモデルたちに使われてきたこのアルファベット2文字を用いるポルシェ車に、新たな仲間が加わった。先日開催されたパリサロンで発表された「911カレラGTS」がそれだ。

手軽なGT3
 カイエンGTSが「ポルシェのSUVの中で最もスポーティなモデル」を名乗ったように、911カレラGTSは「カレラ・シリーズの頂点に君臨する1台」を自称する。もっと言えば、自然吸気エンジンと後輪駆動方式に拘ったこのモデルというのは、「既存のカレラSとGT3の間に開いていた、ちょっと大きな狭間を埋める」という目的を持って投入されたものと考えると分かりやすいだろう。

 そんなカレラGTSのバリエーションには、クーペ・ボディーに加えてカブリオレも用意されること。そして、6速MTのみのGT3に対してデュアル・クラッチ式トランスミッション「PDK」も設定されることなどから、「GT3ほどのスパルタンさは望まないものの、911シリーズ全体にコンペティティブなイメージを色付けするGT3にあやかった、よりスポーティなテイストをもう少し手軽に味わいたい」という人の期待に応えるべく、リリースされたモデルであるという解釈も成り立ちそうだ。

 そうしたカレラGTSが狙うキャラクターは、フロントのインテーク部分に専用のデザインを採用したことで、軽く“GT3ルック”が実現されていることからも推測できる。

 標準装備される19インチの「RSスパイダー・ホイール」は、やはりGT3と同様のセンターロック方式を採用。235/35というフロントのタイヤサイズはベース車両のカレラSと同様ながら、リアは295/30から305/30へと、フェンダー部分の拡幅に合わせて1サイズのアップが図られている。ちなみに、より汎用性の高い5穴タイプの「カレラスポーツ・ホイール」も、無償のオプション扱いで用意されている。

 そんなシューズを履かされた足まわりには、電子制御式可変ダンパーを用いる通常の「PASM」に加え、よりスポーティな走りを好むドライバーのために20mmのローダウン化を計った「PASMスポーツ・サスペンション」が、機械式のLSDとセットで用意されるのもひとつのニュースだ。

 

インテークシステムを変更してチューンアップ
 しかし、カレラGTSのメカニズム上のハイライトは、ベースであるカレラS用ユニットに対して一挙に23PSも最高出力が高められた、そのエンジンにあると言って過言ではないだろう。同じ3.8リッターという排気量のままにパワーアップを実現した要は、新たに開発された専用の「可変レゾナンス・インテークシステム」にあるという。

 インテーク・システム途中に設けられた6個所のバキューム式フラップを、エンジンの運転状況に応じて制御し、共鳴効果を巧みに引き出すことでシリンダーへの充填効率を高めて「出力重視のジオメトリーとトルク重視のジオメトリーを両立させた」のがこのシステム。さらに、インテークポートとシリンダーヘッド部分の加工により吸気抵抗を低減させたことも、充填効率の向上に一役買っているという。

 そんな専用チューニングが施された心臓に火を入れると、カレラS以上の迫力あるエキゾースト・サウンドがまずは印象に残る。このモデルには「スポーツ・エグゾーストシステム」が標準で採用されているのだ。

 アメリカはカリフォルニアで開催された国際試乗会の場でテストドライブしたモデルは、クーペとカブリオレのPDK仕様車に限られた。いずれのモデルの場合にもその動力性能は、「スタートの瞬間から街乗りシーンでの力強さはカレラSとほぼ同等で、アクセル踏み込み量が増し、エンジン回転数が高まるにつれてそのレスポンスのシャープさとパワフルさが一段上乗せされる」という感触が濃厚だ。

 もちろんそれでも、生い立ちからして全く異なるコンペティション用エンジンの血統を持つユニットを搭載する911シリーズきってのハードコアなモデル「GT3」との間には明確な差が存在はするが、しかし同時に、最高出力の発生ポイントを、GT3用ユニットの7500rpmに迫り、カレラS用ユニットよりも800rpm増しの7300rpmとしたことによる、高回転への伸び感の鋭さは感涙に値するものだったし、「カレラシリーズの頂点」というフレーズも素直に納得ができるものであったのは間違いない。

 そんなテイストが2ペダルの911で味わえるとなれば、なるほどMTであることが理由でGT3に手を出すのをためらっていた人々には、大いに歓迎されることは容易に想像できる。カレラGTSというのは、こうしてマーケティング上の視点から見ても実に巧みなポイントを突いているということだ。

 

圧倒的な完成度の最終バリエーション
 クーペとカブリオレの間に、意外なまでに明確なボディー剛性感の差が感じられるというのは、他の911シリーズの場合と同様だが、少なくともより高いしっかり感が得られるクーペであれば、ボディー振動が極めて素早く減衰されることもあり、硬質な乗り味ではあるものの、快適性という点でもまず文句は付けようのないレベル。

 今回は前出のPASMスポーツ・サスペンション装着車を試す機会は無かったが、オリジナルのPASM仕様でも、スポーツ・モードを選択すればグッとダンパーの減衰力が高まり、極めてスポーティなセッティングが得られるという事実からすると、果たしてこれ以上にスパルタンなセッティングが好都合なシーンが存在するのか? と、むしろちょっとばかり疑念が芽生えたことも付け加えておこう。

 今回のテストドライブでは、大小様々なコーナーが連続するワインディング・ロードをたっぷり走り回ることができたが、そうしたシーンでのノーズの動きの軽やかさは、なるほど前輪荷重の小さい後輪駆動モデルゆえの美点という印象。一方で、アメリカの公道上でのドライブゆえ、150km/hを超えるような高速走行時のスタビリティがチェックできるシーンには恵まれなかった。

 現時点では、911の4WDモデルの頂点は「ターボ」ということになるが、当然ながら「自然吸気のよりホットな心臓を積んだ4WD仕様が欲しい」という声も存在することだろう。実は、個人的にもそうしたモデルには大いに興味がある。GT3のエンジンを積んだ4WDモデル(GT4?)、あるいはこのカレラGTSの心臓を積んだ4WDモデル(カレラ4GTS?)があったとしたら、その走りのテイストはいかばかりのものだろうか。

 しかし、いずれにしてもそんなモデルが現れる可能性は、現997型911シリーズの下ではもう無さそうだ。何故ならば、来年後半には次期911(それは何故か「991」型と噂されている)がデビューするというのが、「公然の秘密」となっているからだ。

 すなわち、ここに紹介の911カレラGTSというのは、現行997型では最後の追加バリエーションにして、現時点では最も完成された911であるということにもなる。現行911型の、“トリ”を押さえることになったこのモデル。なるほどそれは、もはやどこをとっても一縷の隙も見せない、圧倒的な完成度をアピールする911でもあるわけだ。


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http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2010年 12月 17日