【インプレッション・リポート】
マツダ「CX-5」プロトタイプ

Text by 河村康彦


 

 対象となる最新設計のエンジン“のみ”を搭載したデミオ。そんな新作エンジンに、やはり完全新開発したトルコン式ATも組み合わせて搭載したアクセラ――そうした「スカイアクティブ」の技術を採用して発売された先行2モデルを追うように、今度はマツダが誇る全てのスカイアクティブ技術を織り込んで製作されたプロトタイプ・モデルを、テストドライブすることができた。

 「まだ試作車で、見た目上の仕上がり品質が所期のレベルに達していないので……」との理由から、ボディ全面にシールによる擬装が施された状態で乗ったのは、去る9月に開催されたフランクフルト・モーターショーで世界初公開されたばかりの、ブランニューSUVである「CX-5」。

 ただし、テストの舞台である千葉県 袖ヶ浦フォレストレースウェイに持ち込まれたのは、“本邦初公開”となる右ハンドル仕様車。まだライン上を流れての生産ではなく、手作り状態の試作車ということで、当然ナンバープレートの付かないそんな複数のテスト車は、ガソリン・エンジン搭載のFWD/4WDモデルと、ディーゼル・エンジン搭載の4WDモデルというバリエーション。フランクフルト・モーターショーでの発表資料によれば、いずれのエンジン搭載車にもFWDとMTの組み合わせによる“燃費追求バージョン”(?)が存在と発表されているが、今回用意されたのは全てが6速AT仕様で統一されていた。

用意された車両はすべて右ハンドルの6速AT仕様だった

より大きな“スカイアクティブ効果”を得るためには
 ここでもう1度、マツダがこの先の世界市場で訴求しようとする「スカイアクティブ」というテクノロジーについて、軽くおさらいをしておこう。



  • 2015年までにグローバルで販売するマツダ車の平均燃費を、2008年比で30%向上させる
  • マツダが訴求する“走る歓び”「Zoom-Zoom」を革新させる
  • 世界の全てのユーザーを満足させるモデルを提供する

 

 ……と、この3つの課題を達成させるための、車両全体に及ぶ最新技術の総称が、「スカイアクティブ」なるもの。具体的にはそれは、エンジン、トランスミッション、ボディー、シャシーという4本の柱から成っていて、さらにエンジンではガソリンとディーゼルという2つのユニット。トランスミッションでもATとMTという2つのユニットに細分化する事が可能となっている。

 そんなこのテクノロジー最大の特徴は、「それぞれのアイテムの設計/デザインが、他のアイテムの設計/デザインと密接にリンクをしている」ことだ。

スカイアクティブの構成要素。エンジン(左上。左がディーゼル、右がガソリン)、トランスミッション(右上。6速AT)、ボディー(左下)、シャシー(右下)。ボディーの骨格はなるべくストレートにしてある

 例えば、スカイアクティブ技術を盛り込んだエンジンやシャシー搭載のためには、同じくスカイアクティブ技術を盛り込んだボディーが必要であったり、スカイアクティブ技術を採用のエンジンが目標とした性能を発揮するためには、やはりスカイアクティブ技術を盛り込んだトランスミッションとの組み合わせが必須であったりと、「それぞれを同時採用することで相乗効果を上げられる設計になっている」のが、これまでに世界の様々なメーカーに採用されてきた多くの自動車技術とは、最も大きく異なるポイントと表現してよいだろう。

 すなわち、冒頭に紹介のデミオやアクセラに比べると、より大きな“スカイアクティブ効果”が得られる理屈となるのが、「全てのテクノロジーを採用した」CX-5であるわけだ。

 より具体的に言えば、エンジン・ルーム内のスペース上の制約からこれまで採用できなかった「“4-2-1”レイアウトの排気システム」や、「骨格を連続ストレート化させるなどで強度と軽さを追求し、サスペンションの最適な取り付けスペースを確保したボディー」。さらには「リンク配置やジオメトリー、ステアリング・アシスト制御などの最適化を図ったうえで、軽量化も実現させたシャシー」の採用などが、デミオやアクセラのような“部分的スカイアクティブ”のモデルとは異なっているということになる。

4-2-1排気システムは、このシステムを収めるスペースがあるボディーがあって初めて採用できた
リアサスペンションのトレーリングアームは、ボディーへの取り付け位置が高いほうが乗り心地がよくなる。CX-5のリアサスペンションのトレーリングアームは取り付け位置を高くするために上方へ曲げられており(左)、ボディーの取り付け位置には穴を開けて、やはり高くしている(右)

 

19インチホイール装着車。タイヤはトーヨーのプロクセスR36、サイズは225/55 R19だった

スッキリした運転視界
 まずは、19インチ・シューズを履いたガソリンのFWDモデルに乗り込んでみる。

 SUVではあるもののヒップポイントはさほど高くなく、乗降性に難はない。「Aピラーやドアミラーの位置や形状の工夫で、死角を減らす配慮をした」と説明されるだけあって、なるほど運転視界がスッキリ確保されているのが好印象。日本仕様車では法的基準を満たすため、左前輪付近の死角をカバーするカメラ映像がルームミラー内のディスプレイに表示可能となっている。

 ダッシュボード中央の空調吹き出しヴェントが妙に低くレイアウトされていることに気付いたが、後に開発陣に確認をとるとこれは「キャビン内に横から見て“アーチ型”の空気の流れを作ることで、リアシートにまで綺麗に冷気を送るための工夫」であるという。

 一方、ドライビング・ポジションを決めようという段階でちょっと戸惑ったのが、シート横にレイアウトされたリクライニングとリフターの2つのレバー。それぞれの位置が接近しているうえに同様の形状なので、初めて乗るとどうにも紛らわしい。これも、後に確認すると「軽量化を意識した新シート骨格の影響」とか。なるほど、オーナーとなって慣れてしまえば問題ナシとも解釈できるが、世界の市場でクレームが多発するような事態にならなければよいが……と、ちょっと心配になる部分でもある。

 もう1点、シートに座った時点で感じられたのは、ヘッドレストの前出し感が強く、それが後頭部に触れるのを嫌うと「理想と思われる角度よりも、リクライニング角を1段寝かせる必要があった」ということ。確かに、後突時の“むちうち”挙動防止効果を考えれば、これは「前出しされているほどよい」ということにはなりそう。

 が、例えばポニーテールの女性の着座や、万一の際(?)のヘルメットの着装などを考えると、これはベストのデザインとは言えないだろう。メカ式、もしくは電子制御式の“アクティブ・ヘッドレスト”を採用すれば一挙に解決となりそうだが、恐らくそこにはコストや重量の壁が立ちはだかったと推測できる。

 ただし、この点を指摘すると、どうやら開発陣もそれは承知済みという雰囲気が感じられたから、ここはいずれリファインされる可能性もありそうだ。

EPSのユニット

心地よい電動パワステ、文句ナシの力感のエンジン
 今回は、サーキット本コースでの短時間のテストドライブという制約があるので、その中で最大限のチェックを試みるべく、まずは微速状態のピットロードで、左右にフルロック位置まで大きく、ゆっくりとステアリングを切り込んでみる。

 と、そうした状態での操舵感は、切り始めからストッパーに当たる最後の段階まで、なかなかスッキリと心地よい。「コラムアシスト方式のEPS(電動パワーステアリング)」と耳にしていたために心配した嫌なフリクション(摩擦)感は、幸いにも全く気にならない。

 実は、こうしたシーンではまるでゲームマシンのように、“手応えのない手応え”を伝えて来るEPSを備えたモデルもいまだ少なくない。しかし、このモデルの場合は切り増し方向も戻し方向も、よくできた油圧式にも全く遜色ないフィーリングだ。たったこれだけでも、各部の統合設計が行われた「スカイアクティブ」のメリットが現れているように感じられた。コストが安いとされるコラムアシスト式EPSでこれだけの自然さを演出するのは、並大抵ではないはずだからだ。

 発進時の加速は、トルコンAT車らしい滑らかさが第一印象。「日本のレギュラーガソリンのオクタン価(約91オクタン)が欧州のそれ(約95オクタン)よりも低いため、圧縮比を欧州仕様の14:1から13:1に下げている」というゆえ、エンジンが発生するトルクも全般にその分低下している理屈。が、日常の加速シーンをシミュレートしての走りでは、力不足は全く感じられなかった。

 ただし、1500rpm付近という常用域でアクセルを踏み加えた際に耳に届く、排気系からと思われるこもり音が少々気になるレベル。ひと昔前であればそうした傾向がある場合には「トルコンを滑らせてその回転域を回避する」といったテクニックも使われたものだが、さすがに今の時代では燃料の浪費に繋がるそうした“裏技”は許されるはずもない。

 実は、このあたりは開発陣も気にしているようで、訊けば「現在、改善策を検討中」とのこと。が、こうした低周波音は1度発生すると“後処理”で消すのはなかなか大変というのが定説。果たして発売時にはどう仕上げられているのか、ここは注目のポイントだ。

 徐々に走りのペースを上げ、アクセルペダルの踏み込み量を加えて行くと、中高回転域に掛けてのパワーの伸び感が、基本が同じエンジンを搭載するアクセラの場合よりも明確に長けているのを実感。このあたりが、まさに“4-2-1”排気システム採用の真骨頂の1つでもあるのだろう。

 いずれにしても、レギュラーガソリン仕様の2リッター自然吸気エンジンとしては、全般に文句ナシの力感を味わうことができると言ってよい。

非凡なフットワークの実力
 残念ながら今回は、乗り心地面に関しての評価コメントは困難な状況だった。少々路面が荒れたピットロードを通過したり、敢えて縁石上を通過したりとトライはしたものの、基本的に走行が許されたのは完全舗装が施されたサーキットの本コース上のみ。そんな限られた条件の中で「悪くはなさそう」な感触は受けたものの、こればかりは一般道上でのテストドライブの機会を待つほか無いようだ。そのタイミングは、年末の東京モーターショーでの国内披露が終わってからの、来年早々というところだろうか。

 しかし、いわゆる“ドライビング・ダイナミクス”という走りのポテンシャルに特化をした観点では、なかなか非凡なフットワークの実力が確認できた。

 まず、ステアリングの微舵操作に対する応答が正確で、過敏ではない範囲内で、SUVとしてはノーズの動きがなかなか俊敏かつ軽快。そこからさらに切り増し操作を行っても、動きの追従性や発生するロール感は自然で、この種のモデルではありがちな強くだらしないアンダーステア挙動に見舞われたりすることはないのだ。コーナー・アプローチの段階での減速シーンで、ブレーキのペダルタッチが剛性感に富んでいるのも美点として挙げられる。

 かくして、決して突出したグリップ感やコーナリング・スピードを備えているというわけではないのだが、ドライバーのあらゆる操作に対する挙動がすこぶるナチュラルで、予想に即したものであるということが、このモデルの走りで感じられた最大の秀逸さという事になる。

 一方気になったのは、ある程度の横Gを感じつつコーナリングを続ける際の、ステアリング舵角を保持するのに必要な“保舵力”が、こうしたカテゴリーのモデルには不要と思える大きさだったこと。前述のように、ステアリング・フィール全般は優れる中で、個人的にはこの点のみに違和感を抱いた。硬派なスポーツモデルであればまだしも、CX-5というモデルに対しては、ここの重さはもう少し減らした方が、スッキリと爽やかな操作感を演出できるように思う。

17インチ仕様。タイヤはヨコハマのジオランダーG98で、サイズは255/65 R17

 そんな19インチ・シューズを履いたFWD仕様から、同じくガソリン・エンジンを搭載の17インチ4WD仕様へと乗り換えて再びスタート。

 少なくとも、”大人ひとり分”ほどは重量が増したはずだが、動力性能に関してはほとんど変わった印象を受けることはなかった。フットワーク・テイストも基本的に同様ではあるものの、タイトなターンを少々オーバースピード気味に追い込んだりすると、タイヤが悲鳴を上げて、ステアリング操作の自由が効かなくなるタイミングはさすがに早い。

 なぜか“中間”の18インチという設定が無いのは妙ではあるが、こと乗り心地面での評価を「蚊帳の外」とした今の段階で物を言うならば、より魅力あるフットワークを味わわせてくれたのは19インチ・シューズを履いたモデルの方という事になる。

魅力的なディーゼル・モデル
 そんなガソリン・モデルから、「日本にも導入を検討中」と嬉しいニュースが伝えられるディーゼル・エンジン搭載モデルに乗り換えてみる。

 エンジンに火を入れると、やはりガソリン・ユニットとは異なる“アイドル・ガラ音”が耳に届きはするものの、その音色は特に耳障りなものではないし、ボリュームも気になるほどではない。それどころか、うっかりするとガソリン車と間違えそうというフィーリングを実現させているこの状態で、「だからディーゼルは嫌なんだ……」と拒絶反応を示す人などはいないはず。無論、テールパイプから黒煙や特有の臭いが吐き出されることも今や有り得ない。

 走り出しの一瞬の力強さは、ガソリン・モデルとさほど変わらぬ印象。が、その瞬間を過ぎるとアクセルワークに対する力強さの現れ方は、端的に言って「ガソリン・モデルの比ではない」。

ディーゼルエンジンはエンジンカバーの外観が変わる予定。レッドゾーンが5200rpmから始まるタコメーターを見なければ、外観ではガソリン搭載車と区別がつかない

 実際、400Nmを遥かに超えるという最大トルク値は、一般的な自然吸気ガソリン・エンジンで言えば4リッター級ユニットのそれに匹敵するもの。それが、わずかに2000rpmほどで発揮されるのだから、常用域で力強いというのも“さもありなん”なのだ。「ディーゼル車はかったるくて……」という意見は、ただひたすらに維持費の安さだけを追求した、30年前の“貧乏ディーゼル”しか知らない世代が発する今や“迷信”に過ぎないフレーズ。昨今、ヨーロッパ市場でディーゼル乗用車が高い人気を博するのは、実は「走りがよいから」でもあることを、改めて強く思い知らされる。

 同時に、そんなこの「スカイアクティブ-D」で感心させられたのは、タコメーター上に引かれた5200rpmというレッドラインを軽々とオーバーして回ろうとする、高回転をも得意とする特性でもあった。圧縮比を低く抑えたことで、燃焼最高温度が抑えられ、排ガスのクリーン化が促進されると同時にシリンダー内の最大燃焼圧力も下がるため、エンジン構造体の軽量・簡略化や、回転部分の質量や抵抗の低減が進んで高回転化が可能になったという説明が、素直に納得できるフィーリングを実感させてくれたわけだ。

スカイアクティブ-Dの2ステージターボチャージャー。後処理なしでEURO 6とポスト新長期規制に適合し、アイドリングストップ機構「i-stop」も備える

 ちなみに、残念ながら、「現時点での回答は勘弁して下さい」とのことで、そのサプライヤー名を教えて貰うことは叶わなかったが、低回転域での太いトルクに高回転域での大パワー、そして全域での優れたアクセル・レスポンスの実現のためには、大小2基のターボチャージャーをシーケンシャル作動させる「2ステージ・ターボ」の採用も大きく貢献していることは間違いない。

 そんなディーゼル・モデルは19インチ・シューズとの組み合わせでテストドライブをしたこともあり、ガソリン・モデルに比べると幾ばくかは増えているはずの前輪荷重の増大の影響は、フットワーク・テイスト上は殆ど気にならなかったことも付け加えておこう。

 まさに全てがオールニューというスカイアクティブの“フルテクノロジー”を満載したCX-5の走りのテイスト。それは、まだプロトタイプという段階でありながら、こうして「期待に違わぬものだった」と言うことができるものだった。

 率直に言うと、そんな“内容”に対しては、CX-5というモデルが纏うエクステリアのデザインは「ちょっと地味に過ぎるのではないか……」という個人的な思いも無いではない。“デザインのマツダ”の作品としては、CX-5の優等生ぶりがちょっと気になってもしまうのだ。

 しかし、不況や円高という逆風が吹きすさぶ中、多くの日本メーカーが“守りの体勢”に入り、そこから生まれるモデルの多くがまるで日用品のごときコモディティ化を感じさせるものばかりになりつつある昨今、全ての技術の刷新に積極的に踏み出したマツダの「スカイアクティブ・テクノロジー」は何とも頼もしい限りと映るもの。

 それを初めてフル搭載したCX-5や、それに続くマツダのニューモデルが世界でどのような評価を受けて行くのか、いよいよ目が離せないタイミングになって来た。


インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2011年 10月 7日