【インプレッション・リポート】
ジャガー「XKR-S」




 

 F1を戦う2011年のチャンピオンチーム「レッドブル」の前身が、実は「ジャガー」チームだったことは、もうほとんどの人の記憶から葬り去られているのではないだろうか。そう、実はジャガーもモータースポーツとのかかわりが濃い自動車メーカーなのだ。

 1950年代にはポルシェ、フェラーリ、メルセデスといった強豪を押しのけてル・マン24時間では数回優勝を成し遂げているし、成績こそ振るわなかったけれども前述したように2000~2004年までF1に参戦している。ただし、これは実質的には当時ジャガーを傘下に収めていたフォードによるものだった。

 そして2008年にジャガーは現在の親会社であるインドのタタ・モーターズにランドローバーと共にフォードから売却されたのだ。

 タタ・モーターズへの売却当初は様々な憶測が流れたのだが、英国での開発製造拠点は変わらず、ドイツ・ニュルブルクリンクのオールドコースで走行テストを行うための拠点を設けるなど、逆に豊富な資金によりフォード傘下時代よりもオリジナリティーに磨きをかけ、より個性を主張できるようになったといえるだろう。

イアン・カラム

フォード時代に開発されたXK
 ジャガーのスポーツカーといえば「XK」。その初代モデルのデビューはフォード傘下だった頃の1996年。エレガントなエクステリアと、ストローク感のあるジャガー独特のしなやかなサスペンションが人気を呼んだ。

 現行型である2代目XKにフルモデルチェンジされたのは6年前の2006年だ。前記したように、ジャガーがフォードからタタ・モーターズに譲渡されたのが現行XKシリーズ発売2年後の2008年だから、現行XKはフォード時代の産物ということになる。

 しかし、この現行XKの開発にあたりジャガーは、アストンマーチンのデザイナーだったイアン・カラムを移籍させ、そのデザインを担当させたのだ。当時アストンマーチンもまたフォード傘下だったのだが、ジャガーがタタ・モーターズに譲渡される1年前の2007年にアストンマーチンもまた、別の投資会社に売却されている。ある意味、イアン・カラムのジャガー移籍は、フォードによるデザイナー確保の手段だったのかもしれない。

 そして登場した、2代目となる現行XKは、アストンマーチンと同じくオールアルミボディーを身にまとい、イアン・カラムの作品らしいスポーティーで高級感に溢れるデザインテイストが話題となった。

XK(2010年モデル)

 私自身も南アフリカはケープタウンで開催された試乗会に出席したが、初代XKより締まりの効いたサスペンションながら動物のようによく動く足さばきと高速域のスタビリティーに感動したものだった。

 2代目XKには、プレミアム・ラージセダンの「XJ」(先代)で培ったオールアルミボディー技術が投入されている。さらに進化させたその技術は、ねじれ剛性を31%(コンバーチブルは48%)アップさせ、サイズが大きくなったにもかかわらず90kg減の1595kg(コンバーチブルは140kg減の1635kg)という、アルミならではの軽量化を実現。

 このダイエットにより、加速性能の指針となるパワーウエイトレシオは、10%向上していた。当時のエンジンは、初代に採用されていた4.2リッターのV型8気筒(300PS)に改良を加えて搭載。0-100km/h加速は初代より0.2秒速い5.9秒。加速性能は十分に刺激的だった。ボディーが進化したことによるトラクション性能の増加が、大きく影響していた。

XKR(2010年モデル)

 そしてその後スーパーチャージャー付きモデルの「XKR」が登場。さらに2009年にはジャガーがオリジナルで開発したという5リッターV8エンジンが登場するのだ。

 アストンマーチンから移籍した名デザイナー、イアン・カラムにより2006年にフルアルミボディーのラグジュアリースポーツとして新しく生まれ変わったXK。前述したように、この6年間の間に、2009年のフェイスリフトでジャガーのオリジナル開発となる5リッターV8直噴エンジンが搭載され、内外装に手が加えられた。

 特にインテリアでは、XFやXJに採用されたダイヤル式のシフトセレクターに変更され、インテリアは一層ラグジュアリー感を増している。

 さて、この5リッターV8直噴エンジンにスーパーチャージャーを組み合わせ、ただでさえオーバースペックともいえる「XKR」の、さらに上を行くパフォーマンスの「XKR-S」がデビュー。前置きが長くなってしまったが、今回九州は宮崎でそのXKR-Sに試乗してきた。その試乗会レポートをお届けしよう。

XKR-S

単なるスポーツマシンではなく
 より低く、そしてスポーティーながらも、お洒落な空力パーツで武装されたエクステリア。そこに搭載されるエンジンは前記したようにXKRに搭載されるものをさらにチューンアップしている。

 XKRの510PS/625Nmに対してXKR-Sは550PS/680Nmという驚異的なパワーを実現している。詳細は明らかにされていないが、これはおそらく「ツインボルテックススーパーチャジャー」と呼ばれるいわゆるルーツ式のスーパーチャージャーのブースト圧と、コンピューターのプログラミング変更でスープアップされているからだろう。エンジン音からも、吸排気系がチューニングされていることは明らかだ。

 これによってXKR-Sの最高速は300km/h、0-100km/h加速は4.4秒と発表されている。フロントミッドシップに近いレイアウトとは言え、軽量なアルミボディーを採用していることからも、それほど後輪荷重が大きいとはいえないFRレイアウトで4.4秒という0-100km/h加速は素晴らしい。ランボルギーニ等の4WDならまだしも、XKR-Sは後輪駆動の2WD。そのあり余るパワーをいかにサスペンションが路面に追従させているかが窺える加速データだ。

XKシリーズのエンジンフードは前端を支点に開く

 やっとというか、いよいよDレンジをセレクトしてアクセルを踏み込もう。走り出し、まずその図太くしかし回転の上昇ともに甲高くなる排気音にやられてしまう。音質はレーシングカーそのもの。もっとアクセルを踏みつけろと誘われているかのよう。その誘惑に少しだけ身をゆだねてみると、頭はヘッドレストに押し付けられ、背中がシートバックに潜り込みそう。

 加速して初めて、脇腹をサポートするバケットタイプのシート形状の意味が分かる。コーナーリングだけではなく、加速時にもしっかりと身体を包み込む必要があるのだ。しかもその座り心地、表皮の高質感が加速の度に伝わってくる。単なるスポーツマシンであるだけではなく、ラグジュアリーな要求をチェックする目の肥えたニッチピープルにも納得させられるインテリアだ。

 そのインテリアでは、シート地等にソフトカーボンの素材が多用されていて、これまでスポーツカーの定番だったハード系カーボンの陳列とは一味違う渋い印象が英国車らしい。インテリアの仕上げは見事だ。

 XKRに比べてXKR-Sでは、スタビリティコントロールのダイナミックモードである「TracDSC」のソフトウェアを変更しているのだが、これによってドライバーがコントロールする範囲を広げている。つまり、後輪のホイールスピンやスタビリティコントロールの制御範囲を少なくして、腕のあるドライバーがより楽しめるようなプログラミングがなされているのだ。

 これも、ニュルブルクリンクのテスト走行で開発されている可能性が高い。ニュルブルクリンクには、ジャンピングスポットや上り下りながらの高速コーナーなど、ありとあらゆる路面が存在する。つまり、開発の拠点をニュルブルクリンクに持っていることの意味は大きなものなのだ。そう考えるとXKR-Sは、やはりサーキットで走らせてなんぼ、のクルマであることには違いない。

 ところで、その乗り心地はスーパースポーツ特有の高速域を意識した締まりのあるものだが、突き上げ感の角がマイルドで拍子抜けするほどコンフォートなもの。これなら日常使いにもOKと感じた。

 XKR-Sはまぎれもなくスーパースポーツだが、たとえ40km/hで街中を流していてもスポーティーな刺激を発信し続けてくれる。性能の80%以下では何の味気もない感じられないスーパースポーツとは一線を画するのは、やはり英国の歴史がなせる技なのか。パフォーマンスの片りんを一般道でもしっかりと予感させてくれる乗り味に脱帽だった。


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2012年 6月 4日