インプレッション

フォード「フォーカス」

 日本で「フォード」と耳にすれば、そこでは「アメリカの自動車メーカー」をイメージするのが一般的であるはず。“世界初の量産車”として教科書にも名を残す「T型」を皮切りに、「マスタング」や「トーラス」、最近では「エクスプローラー」等と、多くの日本の人々に名が知られるモデルは、なるほど「アメリカ製のフォード車」だ。

 さらに、自動車にはあまり興味がない……と、そんな人になればなるほどに、フォード=アメリカという図式はさらに強固なものとなるだろう。GM、クライスラーと名を連ねるいわゆるアメリカの“ビッグ3”の一員という“刷り込み効果”は、主なニュースソースがTVや新聞というそうした人ほどに強いと想像できる。

近頃、評価急上昇の“欧州フォード”

 しかしそんな“常識”も、欧州に渡ればまた違って来るものだ。

 彼の地の人々にとってのフォードは、フォルクスワーゲンなどと同様に「身のまわりを普通に走り回る、ごく一般的な欧州車」という認識であるはず。実際、そんな地域を数多く走る“ブルーオーバル”のエンブレムの持ち主の殆どは欧州フォードの作品。それは、決して「マスタング」や「エクスプローラー」などではないのだ。

 加えれば、そんな「ヨーロッパのフォード車」の評価は、このところ急速に上昇を続けている。導入が途絶えて久しいために日本では余り親近感が涌かないが、かつては日本でも販売されていた「フィエスタ」や「モンデオ」の最新モデルをはじめ、ミニバン・カテゴリーに登場した「B-MAX」や「C-MAX」といったブランニュー・モデルも、現地では並み居るライバルを尻目に高い評価を博しているのだ。

 すなわち、かつて日本にも多くのモデルが導入されていた当時に比べれば、”世代交代”を果たしてさらに魅力を増したのが昨今のヨーロッパ・フォード車。そして、そうした最新モデルの中からついに再導入が果たされたのが、ここに紹介をする「フォーカス」だ。

 全長が4.4m弱で全幅は1.8mプラス――すなわち、フォルクスワーゲン「ゴルフ」やBMWの「1シリーズ」、新しいところではメルセデスの新型「Aクラス」やボルボ「V40」などとも競合関係を持つ、いわゆる“欧州Cセグメント”に属する現行フォーカスの発売は、ヨーロッパでは2011年。唯一のグレードとして日本に導入される「スポーツ」は、自然吸気の2リッター4気筒エンジンに6速のデュアル・クラッチ・トランスミッションを組み合わせたパワーパックを搭載する。

 1380kgという車両重量に対し最高出力が170PSで最大トルクは202Nmだから、「強烈」とまでは行かないはず。が、それでもそれなりに力強い加速感が期待できそうだ。

不自然な印象のない右ハンドル仕様

 そんな新しいフォーカスのドライバーズ・シートへと乗り込み、ドライビング・ポジションを決める。右ハンドル仕様だが、そこに不自然な印象は伴わない。

 “SYNC”と称するマイクロソフトと共同開発されたメディア・コントローラーや、メーターパネルに内蔵されたディスプレイが英語のみにしか対応をしていないのは残念なポイント。一方、国際規格の“ISO”に敢えて準拠をせず、一般の欧州車とは逆のステアリング・コラム右側にレイアウトされたウインカーレバーは、日本車から乗り換えの人には好都合だろう。

 フロントのシートクッション下への足入れ性に優れる事もあって後席には大人2人が長時間をゆとりを持って過ごせるスペースを確保。ラゲッジスペースも外観から察するよりも深くて広い印象で、リアシートをアレンジすれば「ステーション・ワゴンも真っ青」のさらに広大でフロアが平らな空間を得ることができる。

 インテリア各部の質感は、この項目が飛び切り高水準なAクラスや新型ゴルフにはちょっと見劣りをするものの、「クラスの水準は十分クリアしている」というのが率直な印象。標準状態ではセンターパネル部に、ソニー製オーディオを含む逆台形型のピアノブラック色パネルが美しく収まるが、ビルトイン式のナビゲーション・システムを選択すると、ここがごくオーソドックスな2DINサイズのモニターに変えられてしまうのはちょっと残念。

 加えれば、ステアリング・ホイールにシフトパドルが用意されず、トランスミッションをシーケンシャル動作させるためにはまずセレクターレバーで「S」レンジを選択し、後にサイド部のシーソースイッチにタッチという「複雑な操作」が必要となるのは不満なポイントだ。

期待と予想を上回る動きの質感

 エンジンに火を入れ、「D」レンジを選んで軽くアクセルペダルを踏み込んだ段階で、まず印象に残ったのはこのモデルが想像をしていたよりも「遥かに静か」という事柄だった。

 実は、エンジンからの透過音は、3000rpmを超えたあたりからそれなりにキャビンへと侵入することが、後のワインディング・ロードでのチェックのシーンで明らかになる。が、速度が増し、路面が荒れ始めても変わることが無かったのは「ロードノイズが小さい」という印象だ。結果として、このモデルの静粛性は、間もなく日本導入が開始される新型ゴルフと共に、競合ひしめくこのカテゴリーの中にあっても「トップクラスの高さ」ということができるのだ。

 これは、当初は全く予想をしていなかったちょっと“嬉しい誤算”(?)だった。

 一方、街乗りシーンを中心にやや気になったのは、言うなれば“関節のかたさ”を連想させるような、ちょっとかための乗り味。それは酷い突き上げを感じるようなものではないので、ファミリーカーとしても及第点に入るレベルと言っても間違いではない。が、それでも“しなやか”という表現を使うためには、個人的には少しばかり抵抗感が残るかたさであったのも事実だった。

 実はここには、今回導入の日本仕様が「スポーツサスペンション」を採用という事情も絡んでいそう。いずれにしても、これでさまざまな部分の“関節”がよりスムーズに動いてくれれば、もっともっと快適性の評価が上がるはずなのに……と、そんな印象を感じさせられたのが、このモデルの乗り味でもあったということだ。

 一方で、そんなフットワークの仕上がり具合は、ワインディング・ロードへと乗り付けると、思い切り精彩を放つものでもあった。

 まず好印象を抱いたのはその舵の正確性。過敏ではない範囲で軽やかに、そして狙ったラインに向けてイン側を向くノーズの動きは何とも心地よいもの。加えて、前述のようにかための脚を持ちつつも、路面や速度を問わずに高い接地性をキープし続ける点も秀逸だ。このあたりからも、このモデルの操縦安定性面の“素性のよさ”は、すでに明確と言ってよい。

 前述のパワーパックが生み出す動力性能の印象もわるくない。

 いかにも可変バルブ・タイミング機構がしっかり効果を現していると実感できるエンジン低回転域での太いトルク感や、自然吸気エンジンならではのアクセル操作に対するリニアな出力の発生具合。さらに、トルコンAT並にスムーズな微低速時の挙動と、MTライクにダイレクトなエンジン出力の伝達感を両立させた6速DCTの仕上がりもわるくないのだ。

 すなわち、このモデルの動きの質感は、どこをとってもなかなか高い。少なくともその走りに関しては、「期待と予想を上回っていた」と、そう言えるのが今度のフォーカスであるという事だ。

 基本的には、大方好印象を得ることができたそんな最新のフォーカス。そんなこのモデルでウイークポイントと考えられる部分――それは、前述街乗りシーンでのちょっとかたい乗り味に、6mと大きい最小回転半径による小回りの効きづらさ。さらには、AクラスやV40に比してやや割高感の拭えない価格設定や、冒頭に述べた“ヨーロッパ車”としてのブランド認知度の低さに伴う、リセールバリューに対する不安といった点がメインだろうか。

 また、日本に導入されるこのモデルの生産拠点が、実はヨーロッパではなくタイであるという点を気にかける人がいるかも知れない。が、この件に関しては同様にヨーロッパ以外の工場で生産されたモデルが日本に輸入されるという例は他のブランドでも珍しくなく、しかもタイ工場は世界に点在する生産拠点の中でも、最新鋭の設備を備えるということを考えれば決してマイナス面にはならないはずだ。

 いずれにしてもこのフォーカスが、最新の欧州開発によるハッチバック・モデルとして高い実力の持ち主であるというのは間違いのない事柄。これを足掛かりに、今や世界で高い評価を得ている多くの最新ヨーロッパ・フォード車に、再び日本の地を踏んで貰いたいものだ。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

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