インプレッション

スズキ「イグニス」

ただのコンパクトカーではない

 このクルマの元になった、2015年3月のジュネーブショーに出展された「iM-4」を初めて目にしたときに、「アルト」を大きくしたようなカタチの、やや背高な姿が印象に残ったものだが、こうして現実のものとなって現れた。

 全体的になんだか不思議な感じのするクルマ。そこには「イグニス」をただのコンパクトカーにしたくないという、スズキの強い思いがにじみ出ているようにも思える。

 エクステリアの随所の意匠をどこかで見たような気がすると思ったら、歴代スズキ車に由来するモチーフをいろいろ意図的に盛り込んでいるとのことで、納得である。目元が特徴的なフロントマスクのデザインも、やけに印象に残るものだ。外径は大きいが幅の狭いタイヤをボディ四隅に配し、フェンダーを張り出させることであまりタイヤが細く見えないようにしていることも伺える。

日常生活での移動手段と、余暇の行動範囲を広げる走行性能を兼ね備えたコンパクトクロスオーバーとして登場した新型モデル「イグニス」。全モデルともパワートレーンには直列4気筒 1.2リッター「デュアルジェット エンジン」とモーター、CVTを採用。駆動方式は全グレードに2WD(FF)と4WDを展開し、今回撮影したのは最上位グレードの「ハイブリッド MZ」(2WD)。価格は164万1600円。ボディカラーは新色の「ヘリオスゴールドパールメタリック」
イグニスのボディサイズは3700×1660×1595mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2435mm。全グレードで車両重量は1tを切り、「ハイブリッド MZ」(2WD)は880kg。JC08モード燃費は28.0km/Lをマークしている
「ハイブリッド MZ」「ハイブリッド MX」が標準装備するブラックメタリックの16インチアルミホイール。ブリヂストンの低燃費タイヤ「エコピア EP150」(175/60 R16 82H)を組み合わせる

 外観と同じくシンプルな面と線で構成され、ツートーンとしたインテリアデザインも独特だ。オレンジやチタンのアクセントカラーにも遊び心が見られる。最近のスズキ車はおしなべて質感が向上してきたが、イグニスも驚くほどではないにせよ、意識したことは伺える。インパネ中央にタブレット風のディスプレイを配しているのも現代的。さらには「Apple CarPlay」を日本車としていち早く導入したことも特筆できる。

7インチ画面を採用するメモリーナビゲーションは、手持ちのiPhoneを接続することで通話や音楽再生、メッセージなど、iPhoneの機能をナビ画面で操作できる「Apple CarPlay」に対応

 前後ともサイドシルとフロアの段差が小さく、ドア内張りの出っ張りも抑えられているおかげで、乗り降りしやすい。シートに収まりドライビングポジションを取ると、アイポイントはちょっと高め。視界は天地方向と斜め後方にやや制約があるものの、まずまず良好だ。自車周辺の俯瞰映像を映し出す「全方位モニター」もある。

 運転席の足下は、ペダル類の配置が全体的に左寄りになっている感じがするうえ、右足はタイヤハウスの張り出しに当たりやすく、左足の置き場はやや狭い。後席はヒップポイントが前席よりもだいぶ高めに設定されていて、見晴らしがよい。最後端までスライドさせると、膝前の広さはまずまず。頭まわりは、筆者が座って頭上とルーフ後端の出っ張っている部分にぎりぎり空間ができる程度で、頭のつむじのあたりからピラーが下がり始めている。

直線基調のインパネと円形のエアコンサイドルーバー、長方形のオーディオパネルを組み合わせたインテリア。上質で高級感のあるインテリアを目指し、センターコンソールの前部とインサイドドアグリップ部は高輝度塗装が施されている
シートカラーはセンターコンソールに合わせたアクセントカラーが用いられ、車内の統一感を図った。そのほか「ハイブリッド MZ」ではステアリング、シフトノブ、パーキングブレーキレバーに本革を採用している
トランスミッションは全車CVTを採用
中央に大型のスピードメーターをレイアウトする自発光タイプの2眼式メーター。スピードメーターは200km/hまで刻まれる

 トランクは一見すると広くはないが、アンダーボックスはかなり広い。左右分割機構と前後スライド機構を備えたリアシートを前倒しすると、トランクのフロアに合わせて高めの位置でほぼ平らになる。また、箱状の荷物の収まりがよいよう、垂直にシートを立てることもできる。広さはそれなりでも使い勝手に配慮していることがうかがえる。

 快適装備では、シートヒーターが運転席に標準装備で、4WD車なら助手席にも付くというのは、このクラスとしては快挙。また、「デュアルカメラブレーキサポート」をはじめ先進安全装備も充実している。

トランク容量は258Lとし、5名乗車仕様で9.5インチのゴルフバッグを1つ積むことができる。リアシートを前倒しすることで容量は415Lまで拡大できるほか、ラゲッジボード下には小物などを収納できるサブトランク(2WD:106L、4WD:36L)も用意する

すべてがそつない仕上がり

 走ってみての第一印象は、すべてがそつないということだった。正直それほど多くを期待していなかったのだが、乗り心地がよいだけでなく、全体のまとめ方がとても巧いと感じた。

 同じスズキのグローバルカーでも、「スイフト」は方向性が違って、フットワークのよさを訴求すべく足まわりを硬めて、回頭性のよさを強調した味付けになっていたのに対し、イグニスは何も尖ったところがない。いたって素直な走り味で、反応が穏やかで扱いやすい。ちょっとした段差を乗り越えたときの突き上げの処理も見事。しっかりしたボディに支えられたサスペンションがしなやかに入力を上手く受け流している。クルマの性格からしても、この味付けは相応しいものだ。

 動力源は全車、直列4気筒DOHC 1.2リッター「K12C」型のデュアルジェットエンジンにモーター機能付き発電機を組み合わせたマイルドハイブリッドとなる。おかげで1.2リッターのわりに加速感は軽やかで、パーシャルから踏んだときのレスポンスもよい。パワートレーン系の発する音もよく抑えられていて、静粛性もまずまずだ。

直列4気筒 1.2リッター「デュアルジェット エンジン」は最高出力67kW(91PS)/6000rpm、最大トルクは118Nm(12.0kgm)/4400rpmを発生。これに最高出力2.3kW(3.1PS)/1000rpm、最大トルク50Nm(5.1kgm)/100rpmを発生するWA05A型モーターを組み合わせる

 イグニスは、Bセグよりもさらに小さな3700mmという全長、5ナンバーギリギリではない1660mmという全幅による機動性が武器になることに違いない。ただし、全高は1595mmなので入れない立体駐車場が多いのは覚悟だ。

 一方で、180mmの最低地上高や、十分に確保されたアプローチ&デパーチャーアングルなどによる、荒れた路面でも不安のないロードクリアランスに加えて、4WDを選べばヒルディセントコントロールや空転輪のブレーキ制御によりグリップ輪に駆動力を集中させる「グリップコントロール」なども付く。

 とにかくこのクルマ、エクステリアデザインは見てのとおりユニークで、室内の使い勝手もよく、走りもまずまず。燃費もよく、走破性もそこそこ高いという、いろいろな要素を持ち合わせている。価格も控えめなわりに装備が充実しているところもよい。なにかと注目すべきポイントの多い、多才なコンパクトクロスオーバーである。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:高橋 学