クルマはパーツでデキている
スタンダード低燃費タイヤを実現するテクノロジーとは
(2013/3/21 00:00)
タイヤの役割とタイヤに求められる性能
自動車を構成する部品の中で、重要なものの1つが「タイヤ」だ。どんなに高性能なエンジンを搭載し、優れた運動特性を持つシャシーやサスペンションを与えられていたとしても、タイヤの性能がそれに見合ったものでなければ、能力を十分に発揮させることはできない。
何しろ、タイヤは唯一、路面と接しているパーツなのだ。タイヤの性能がクルマの挙動のすべてを決めるといっても過言ではないだろう。タイヤが路面と接触しているのはごくわずかな面積に過ぎないのに、その部分に発生する「グリップ」によってクルマは加速し、減速し、そして曲がることができるのだ。クルマの「移動」も「安全」もすべてタイヤに依存しているというわけだ。
そのタイヤにはいくつかの機能があるが、そのなかでもとくに重要なのは「グリップ」を発生させること。いわゆる操縦安定性を確保するために、駆動時、制動時、旋回時のいずれの場合にも、常にタイヤはグリップしなければならないからだ。また、車重を支えるための最低限の「強度(剛性)」や、路面からの衝撃を緩和する「乗り心地性能」も要求される。そして、こうした基本的なタイヤとしての機能をさらに高める、あるいは長期間維持するために「耐摩耗性」「排水性」についても、ある一定レベル以上の性能が要求される。さらに最近の傾向としては、「低燃費性能」や「静粛性」もタイヤの機能を語る上では重要な要素になっている。
使用目的によって目標性能が変わる
このように、タイヤにはたくさんの機能がある。グリップ性能(ドライグリップ、ウェットグリップ)や乗り心地、静粛性、耐久性、低燃費性能などを高いレベルで両立させることができれば、ある意味で「理想のタイヤ」ということになるが、実際にはなかなかそうはいかない。「グリップ性能と耐摩耗性」など、両立させることが難しい性能もあるのだ。
そこで、タイヤメーカーでは、各性能をなるべく高い次元でバランスさせながら、使用目的に応じて、ある部分の性能をとくに高めたタイヤをカテゴリー分類した上でラインアップしている。グリップ性能を重視した「スポーツタイヤ」、静粛性や乗り心地を重視した「コンフォートタイヤ」、トータルバランスとコストパフォーマンスに優れる「スタンダードタイヤ」、低燃費性能に優れる「低燃費タイヤ(エコタイヤ)」などが一般的な分け方になるが、それぞれの中でも数種類の製品が用意されており、ユーザーの用途に応じて選べるようになっている。また、最近では「ミニバン専用」「SUV専用」といった、用途をさらに明確化した製品も登場している。
エコノミー&エコロジーは時代の要請か?
タイヤは用途に応じたカテゴリー分けがされているが、そうしたカテゴリーの中でも、ここ数年とくに注目されているのが、低燃費性能を謳った、いわゆるエコタイヤだ。ハイブリッド車の普及もあって、“燃費”へのユーザーの意識が高まる中、タイヤにも「エコ」が要求される時代になった。「もしタイヤを交換するだけで省燃費になるなら」と期待する人は多いはずだ。
では、そもそも「エコタイヤ」とはどんなタイヤなのか? 燃費性能を向上させるために何か特殊な技術が投入されているのだろうか?
タイヤの性能・特性のうち、燃費に大きくかかわってくるのが「転がり抵抗」だ。これはタイヤが回転するときに、その抵抗となる力で、基本的には接触面積が広いタイヤ、重量が重いタイヤほど、転がり抵抗は大きくなる。また、同じタイヤであれば、かかる荷重(車重)が大きければそれだけ転がり抵抗が大きくなるし、表面の変形量が大きいタイヤ、発熱量の大きいタイヤも転がり抵抗は増える。
ということは、「軽いクルマに細くて変形しないタイヤ」を装着すれば、燃費性能は向上するということになるが、そもそもタイヤには車重を支える役割があるので、車両サイズに対して細すぎるタイヤを装着するのは安全上好ましくない。それと、この点がとても重要なのだが、そもそもタイヤは摩擦によって発熱することで路面をつかむ力(グリップ)を発生しているから、転がり抵抗を減らすために発熱を抑えるとグリップ性能が低下しやすい。
とくに、タイヤの表面温度が低下する濡れた路面での制動性能(ウェットグリップ)に影響すると言われている。そのため、転がり抵抗を低減しながら、ウェットグリップ性能を確保するということが、低燃費タイヤの開発において、タイヤメーカーの課題となる。タイヤカタログに表示されているJATMA(日本自動車タイヤ協会)が定めた業界自主基準の「ラベリング制度(低燃費タイヤ等普及促進に関する表示ガイドライン)」に、転がり抵抗係数(AAA/AA/A/B/Cの5段階で、AAA/AA/Aであれば低燃費タイヤの表示が可能)に加え、ウェットグリップ性能のグレード付け(a/b/c/dの4段階)が併記されているのは、そういう意味合いもあるのだ。
転がり抵抗係数(RRC) | 等級 |
---|---|
RRC≦6.5 | AAA |
6.6≦RRC≦7.7 | AA |
7.8≦RRC≦9.0 | A |
9.1≦RRC≦10.5 | B |
10.6≦RRC≦12.0 | C |
ウェットグリップ性能(G) | 等級 |
---|---|
155≦G | a |
140≦G≦154 | b |
125≦G≦139 | c |
110≦G≦124 | d |
時代の要請に応え、スタンダード低燃費タイヤとなったエコスES31
タイヤに要求されるいくつかの性能のうち、低燃費タイヤでは「転がり抵抗低減」が特に重要だが、その上で安全性を考慮して「ウェットグリップ」を確保しなければならない。しかし、両者はいってみれば「二律背反」の関係にあり、高い次元で両立させるのが難しいというのも事実だ。
では、その「壁」を乗り越えるために、タイヤメーカーはどのような技術開発を行ったのか? ここからはヨコハマタイヤ(横浜ゴム)の新製品「ECOS ES31(エコス・イーエスサンイチ)」を例に、低燃費タイヤについて考えてみよう。また、詳細な点についてPC製品企画部 製品企画1グループ 岩坪祐貴氏、タイヤ第一設計部 清野俊也氏にお話をうかがった。
エコスES31は、従来のスタンダードタイヤ「DNA ECOS(ディーエヌエー エコス) ES300」の後継モデルとして登場した。ES300は2001年から現在までに累計で3300万本もの出荷を記録した、ヨコハマにとっては実績のある主要製品。3300万本と聞いてもピンと来ないが、12年間の累計なので、1日あたりでは何と8000本(2000台分)も売れた計算になる。とてつもないモンスターモデルだ。製品名に「エコ」とある以上、低燃費性能を向上させたタイヤで、当時の比較でもそれまでの製品に対して15%の転がり抵抗低減を実現している。
そもそも、ヨコハマはDNA製品群を展開し始めた1990年代後半にはすでに「転がり抵抗と低燃費性能」の関係に着目し、2001年発売のES300に、転がり抵抗を低減させる効果のある「合体ゴム」というコンパウンド技術を投入している。エコスES31では、その技術をさらに進化させた「ナノブレンドゴム」を投入した。
ナノブレンドゴムはヨコハマの新たな基幹コンパウンド技術で、すでに「BluEarth(ブルーアース)」シリーズには採用されているが、コンパウンドにオレンジオイルを配合し、マイクロシリカと数種類のブレンドポリマーを結合させることで、シリカをトレッドゴム全体に均一に分散させている。これによりトレッド全体のグリップ性能の均一化が図られ、偏摩耗が発生しにくくなるなど、耐摩耗性が向上するほか、「転がり抵抗の低減」と「ウェットグリップの向上」を実現している。
ナノブレンドゴムに代表される「シリカとポリマーを組み合わせる手法」は、近頃のタイヤ開発では各社で見られるものだが、ポリマーの性質(素材、形状、長さ、シリカとの結合状態など)の違いによって、トレッドの発熱量が変わってくるため、いろいろなポリマーを使い分けたり、また複数のポリマーを組み合わせたりして、発熱量をコントロールしている。このあたりはメーカー間のみならず、同一メーカーでもモデルによって仕様が異なり、エコスES31では、特性の異なる複数のポリマーを組み合わせ、通常走行時(一定走行、クルージング)には発熱しにくく、発熱が必要となるグリップ時(駆動、制動、旋回時)には、オレンジオイルが発熱を促進し、ミクロレベルでゴムを路面に密着させることで、転がり抵抗の低減とウェットグリップの向上を両立させているのだ。
ES31の性能を前モデルのES300と比較すると、転がり抵抗は11.5%の低減、ドライ時の制動性能は3.6%の向上、ウェット時の制動性能は14.1%の向上、そしてウェット操縦安定性は5.8%の向上を果たしている。
タイヤの構造とトレッドパターンで騒音特性が大きく変わる
エコスES31は、ナノブレンドゴム以外にも数々のテクノロジーが注入されている。トレッドパターン、コンストラクション(構造)、プロファイルはES31専用のものが与えられているが、まずトレッドパターンを見てみると、「非貫通サイレントグルーブ」というショルダーブロックの「ラグ溝」を左右に貫通させないデザインを採用することで、車外通過騒音を低減(ES300比:-1.1dB)し、パターンノイズも低減(ES300比:-1.6dB)した。また、このブロックデザインは、ショルダー部の剛性を高める効果も生んでいる。ブロックのよじれが少なくなるので、変形による発熱(=転がり抵抗の増加)を抑制することができるほか、剛性が確保されるため、軽量化にも貢献している(発熱しにくい低燃費レイヤードゴムも採用されている)。
排水性に影響するというリブ溝は、「4本ストレートグルーブ」を採用。ストレート構造の「パワーセンターリブ」とエッジを落とした縦長ブロックとセカンドリブを組み合わせた「コンビネーションブロック」は、耐偏摩耗性やグリップを向上させた。高い排水性と相まって、ウェットグリップの向上につながっている。そのほか、タイヤのサイドに入る「ロゴ」部分を従来の凸表示から凹表示にしたり、全周に細かい溝を設けることで、走行時(回転時)の空気抵抗低減に配慮している。
こうした、いくつかの技術の積み重ねにより、ES300に対して全サイズの平均で約6.6%の軽量化を実現した。そして、低燃費タイヤのラベリング制度においては、転がり抵抗「A」、ウェットグリップ「c」を獲得した。
最新技術を集約したコストパフォーマンスの高いスタンダードタイヤ
このように、エコス ES31は従来モデルのDNA ES300に比べて、すべての面で進化した。とくに11.5%の転がり抵抗低減と、ウェットグリップが14.1%も向上している点は、低燃費性能と安全性を高めるという意味で高く評価したいところだ。しかし、そうなると気になるのはタイヤの価格。「ナノブレンドゴム」の技術を最初に採用したブルーアース AE-01はタイヤラベリングで「AA/c」を獲得しているので、当然ながらES300よりも実売価格が高いが、そうなると、同じ技術を使ったエコス ES31(ラベリング:A/c)はES300よりもかなり高くなり、ブルーアース AE-01と同等になるのでは?と思えるが、そもそもナノブレンドゴムという技術は、ヨコハマの「基幹テクノロジー」であって、特定のコンパウンドを指すわけではない。ブルーアース AE-01とエコス ES31では、異なるコンパウンド、つまりそれぞれ専用のゴムが使われているわけだ。
また、タイヤの価格はコンパウンドだけで決まるわけではない。ゴムやベルト類の素材、タイヤの構造、製造方法などの違いもその条件の1つ。「エコス」の12年ぶりのモデルチェンジは、ブルーアースシリーズの開発で培った最新テクノロジーの後押しがあってこそ実現することができたと言える。
ハイグリップや超静音、そして超低燃費など技術的に尖ったタイヤに注目が集まりがちだが、環境や低価格志向が強い現在の市場環境では、スタンダード低燃費タイヤにもさまざまなタイヤテクノロジーが投入されているのを知っていただければと思う。