自動車アートに触れる

決して広いスペースではないのですが、だからこそこんな趣味の部屋があったらいいなぁと思うようなステキなアート展です

 世の中には色々なクルマ好きもしくはクルマの趣味を持っている人がいます。新しいクルマ、旧いクルマ、レーシングカー、自動車博物館ファン、雑誌やカタログ、ミニチュアカーやプラモデルのコレクター。走ることが好きな人、眺めるだけで幸せという人、スロットカーが好きな人……。友人や知人たちのクルマ好きを思い浮かべただけでも、これだけのタイプが存在します。それらをさらにこだわりによって細分化すれば、さらに世界は広がるし、奥も深い。

 美術館で絵や彫刻などを見る感覚で、自動車アートに触れられたことはありますか? それこそ好みのタイプかどうかで興味の度合も変わるとは思いますが、たまにはいいものです。

 2月26日まで神楽坂・光鱗亭ギャラリーで開催されている自動車アート「佐原輝夫×稲垣利治×畔蒜幸雄3人展」をのぞいてきました。繊細なタッチで伝説のレーシングカーやドライバーを描く佐原さん、切り絵で切り取られるクルマの表情が新鮮な稲垣さん、そしてリアルかつ味わい深いモデルカーを製作される畔蒜さん。実はこの3名を含むその世界では名だたるカーデザイナーやイラストレーターによる展示会が毎年、秋に有楽町の交通会館の画廊で行われていて、ここ数年、通っています。そのおかげで、自動車アートの世界を時々覗くのが楽しみなのです。

 今回は、12月にオープンしたばかりのギャラリーの企画展です。神楽坂の住宅街の中にひっそりと建つ古民家を改築して造られたギャラリーは、西伊豆から切り出してきたという木の温もりが、来場者を癒すスペースになっています。そこに3名の手によって丁寧に仕上げられた作品が、並んでいるわけです。彼らの作品が好きな私としては、その空間に居るだけで満たされる思いでした。

住宅街に建つ神楽坂光鱗亭ギャラリー光鱗亭は装丁画家 岡村夫二氏の雅号。昭和を代表する作家たちの装丁を昭和27年からこの場所でされていたというのが、現在のオーナーのお祖父さまなのだそうです。かつてのアトリエはギャラリーショップになっていました書棚には装丁を手がけた本が並んでいます。自動車アートを見に行ったつもりが、温かみのある装丁のされた古書も、オーナーに見せてもらいました
入口を入るとオーナーのお祖父さまが装丁を手掛けた川端康成の本が迎えてくれます企画展の期間中は、展示にちなんだ本やポストカードなども購入できます

 アート展の大テーマは1950~60年代のレーシングカーや、古きよき時代のアメリカ車や欧州車なのだとか。ふだんはモノクロでレーシングカーや人物を描く佐原さんは、今回のために彩色をほどこしている点が注目のひとつ。最近の佐原さんは、コンピュータを使ってまるで人の手で描いたようなイラストを描かれますが、今回は手描きの作品も数点展示されているのも見どころ。ちなみに素人はコンピュータで描くと聞くと、「楽なのかな?」と思ったりもするのですが、ソフトを使いこなすくらいなら、手描きのほうが楽なのではないかと思うほど繊細かつ緻密です。

 稲垣さんの切り絵は月並みな表現になってしまいますが、本当にオモシロイし凄い。秋に行われる展示会で知ってから、ファンになってしまいました。「配色のセンスにも注目してあげてください」とは畔蒜さんのアドバイス。鮮やかに描かれるアバルトのある角度から見た一部を表現した稲垣さんの作品は、まさに稲垣ワールド!

 そして畔蒜さんのモデルカー。もともとは、主にアメリカ車系のプラモデルコレクターだったそうです。プラモデルのコレクターさんたちは組み立てずに、箱のまま収集するか、2つ以上購入して1つを組み立てる方が多いようです。畔蒜さんのプラモデルコレクションも今では手に入らないレアなものも少なくなく、そのレアぶりはショーケースの中のモデルカーと一緒に収められた箱を見れば分かるはずです。

 畔蒜さんのモデルカーの素晴らしさを素人ながらあえて説明させていただくなら、重厚感とリアルさ。まるでダイキャスト製のモデルカーを見ているような重厚さとツヤ感を、ベースのプラスチックに与えています。ご本人も原色にこだわり、しかし小さなモデルカーは場合によって、実車と同じ色では雰囲気が出せないこともあるのだとか。そこで畔蒜さんのセンスによって色を調合し、リアルかつ雰囲気のある1台に仕上げられているのです。

 おそらく私の説明だけでは伝えきれないでしょう。今週末まで神楽坂で実物をご覧になることをおすすめします。週末はご本人たちもギャラリーにいらっしゃるそうですから、ぜひ直接お話しをうかがってみてください。とにかくどの作品からもお三方の人柄あふれる優しさが感じられます。木の温もりに包まれながら、愛情深く描かれ、作られた作品を眺める時間、いいものです。

佐原輝夫さんの作品。佐原さんはテリー佐原の名前でベストカー誌にも連載中佐原さんが手描きしたという作品は、色の濃淡やラインの太さなどペンのタッチを確認しながら見ると、その繊細さがより伝わるのではないかと思います稲垣さんの切り絵アート
稲垣さんの作品の制作過程をちょっと見ることもできるようです。それから、中央に展示されている女性。身に着けているメッシュの目の細かさで女性の艶めかしいラインを表現しているのですが、それが切り絵だと思うとさらに感動します。お尻のサソリ(アバルトのマーク)のタトゥーがまたセクシー!?コブラ(だったと思います)のボディにイエローのビートルが映り込んでいるんです。目のつけどころがオモシロイと思いませんか?畔蒜さんが2週間ほどかけて製作したという2010年モデルのシェルビー GT500。シェルビー45周年を記念して、ちょっと大きめのプラモデルが発売されたのだそうです。色の鮮やかさやリアルさ、重厚感をぜひ見てみてください
来場者とお話しをしている畔蒜さん

飯田裕子のCar Life Diary バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/cld/

(飯田裕子 )
2012年 2月 23日