自動車研究家“山本シンヤ”が聞いた「MORIZOがニュル24時間へ挑む理由」

第25回:2011年のニュルに突如現れた開発車両「TOYOTA FT-86」の激震の走り

2011年、当時開発中の新型車両「FT-86」が突如ニュルに姿を現した

 前回ふれたとおり、2011年のVLN9(ニュルブルクリンク耐久シリーズ第9戦)は、トヨタとアストンマーティンが互いのマシンを交換して参戦し、パドックを越えた固い友情が美しい形となって結実した特別な1戦だった。

 だが、あの週末のニュルで起きたドラマは、それだけはない。もうひとつの重大なミッションを背負った「1台の開発車両」が、電撃的にニュルのレースデビューを果たしていたのだ。

 早朝の気温はわずか2℃、日の出前の薄暗いパドックに佇んでいた小さなスポーツモデルは、ボディラインを巧妙に眩惑させる白黒モノトーンの渦巻き迷彩(カモフラージュ)を全身にまとっていた。

 エントリー名は「TOYOTA FT-86」……のちに「トヨタ86」として世界中のクルマ好きを熱狂させることになる、新世代ライトウェイトFRスポーツのプロトタイプである。

全身を白黒モノトーンの渦巻き迷彩で身を隠した「TOYOTA FT-86」

 すでにその年の東京モーターショーで市販版のワールドプレミアが予告されていたが、そのわずか1か月半前というタイミングで、なぜトヨタは開発中のニューモデルを偽装姿のまま世界一過酷なレースへと送り込んだのか?

 しかも中身はレース専用のフルチューンなどではなく、ほぼ「市販ノーマルに近いスペック」だという。ピットインのたびに無数のカメラマンに囲まれるその光景は、かつて2008年に過酷な洗礼を受けたレクサス「LFA」の初参戦を強烈に彷彿とさせた。

 世界中のメディアが色めき立つなか、そこにはモリゾウこと豊田章男氏の強い信念と、開発陣の愚直なまでの挑戦があった。

「走りにこだわるクルマは、ここで育てないといけない。テストコースでNVH(音・振動・ハーシュネス)だけ見てたんじゃダメなんです」

 章男氏はそう語っていた。それは、かつてLFAがニュルの過酷なレースを通じて鍛え上げられたプロセスそのものだった。

 本来、市販直前の新車を極限のレースに投入するなど、自動車メーカーのリスクマネジメントとしては異例中の異例である。社内からも慎重論が出るなか、GOサインを出せたのは「クルマ好きの社長」がトップにいたからに他ならなかった。

ピットには「TOYOTA FT-86」をひと目見ようと多くの報道陣が駆け付けた

 ニュルのガレージにチームが集まった日、チーム監督はこのように語った。

「今回のレースの目的のひとつは、FT-86の“実践開発”です。ここでの耐久性は未確認ですが、むしろトラブルを洗い出すために、遠慮することなく走ってもらいます」

 この言葉は、2008年にモリゾウ氏自身がLFAの全体ミーティングで発した「壊してほしい。遠慮して走らせてもらっては困る」という言葉と完全に重なっていた。

 テストコースの何十倍ものストレスが襲いかかるニュルで、極限状態での走行性能の“味付け”を施す。世に出る前に超えなければならない試練として、ハチロクには“卒業試験”であり“進級試験”となる過酷な舞台が用意されたのだ。

 現地時間12時、4時間の決勝レースがスタート。FT-86のステアリングを託されたのは、影山正彦選手、トップガンの高木実氏、そして勝又義信選手の3人。スタートドライバーを務めたのは影山選手だった。

FT-86のステアリングを託されたのは、影山正彦選手、トップガンの高木実氏、勝又義信選手の3人

 章男氏は、レーシングスーツのまま仲間たちの応援のためにピットやコースサイドを慌ただしく駆けまわっていた。第1コーナーが見える場所へ走り、マシンが駆け抜ければメインストレートへ戻り、さらに裏ストレートへと息を切らしながら移動する。

 その時、誰かが叫んだ。

「FT-86が来るぞ!」

 ピット裏やコースサイドにいたスタッフ全員が「どこだ、どこだ!」、「あれだ! あれだ!」と指を差して声をあげる。ところが、当の章男氏にはFT-86が一体どこを走っているのかさっぱり分からない。よく周りのスタッフを見てみると、「あれだよ!」といいながら、みんな微妙に違う方向を見つめていたという。

 全身を包む徹底的な渦巻き迷彩は、ライバルやスクープカメラマンだけでなく、味方の応援団の目まで完全に眩惑させていた。

「迷彩のカラーリングのせいなのでしょうか……応援者泣かせのFT-86でした(笑)」

 のちにモリゾウブログで苦笑い交じりに明かされたこの一幕は、極秘プロジェクトがレースの現場に飛び込んできたからこその、なんとも温かく生々しいエピソードである。

 だが、コース上で見せた走りは本物だった。

 このレースでレクサス「IS F CCS-R(Circuit Club Sport-Racer)」を駆り、コース上で何度もFT-86を観察した木下隆之選手は、そのコーナリングに目を見張った。

「FT-86は路面にピタリと吸い付いたまま、オン・ザ・レールでスイスイと駆け抜ける様が印象的だった」

コーナーをオン・ザ・レールでスイスイと駆け抜ける「TOYOTA FT-86」

 2.0リッターの自然吸気エンジンゆえ、急勾配の登り坂や超高速ストレートでは大排気量のGTカーに道を譲る場面もあった。しかし、ひとたび下りやツイスティな複合コーナーに入ると、水平対向エンジンによる超低重心と抜群の前後重量配分を武器に、格上のマシンをコーナー進入からクリップにかけて鮮やかに追い詰めていく。

 評価ドライバーの高木氏も「コーナー進入からクリップまではかなり速い。素直に乗れるクルマ」と手応えを語り、影山選手も「エンジン回転のリミッター作動ポイントまでしっかり回し、いけるところまで攻めた」と証言した。

 結果は総合120位、クラス3位。驚くべきことに、4時間の過酷なアタックをタイヤ無交換で走りきり、大きなトラブルも皆無のまま見事にチェッカーを受けた。

 しかもフィニッシュ後のタイヤは偏摩耗を起こすことなく、トレッド全面が極めて均一に減っていたという。基本骨格とサスペンションジオメトリーの素性のよさを、何よりも雄弁に物語る結果だった。

 レース後、パドックで笑みを浮かべていたチーフエンジニアの多田哲哉氏は、この電撃参戦の真の狙いをこう語っていた。

章男氏も練習走行の時に、この「TOYOTA FT-86」のステアリングを握って確認をしている

「今回のクルマは安全装備やレースに必要な最低限の装備を与えたクルマです。これで極限の状況を試している段階なんですよ。そこで不満や問題点などが出るでしょうが、そうしたことを皆さんと共有したいと考えているんです。チューニングショップさんやユーザーの方々と情報共有し、みんなでハチロクを育てて行けるように環境づくりしたいと思っています」

 もちろんメーカーとしては最高の状態で届けるが、そこで完結ではなく、ユーザーやチューナーが手を加え、自分だけの1台に仕上げてもらう。つまりトヨタとしては「最高の素材(ベース)」を提供する……というわけだ。そのためには、極限状態で見えた課題も強みも、すべてオープンにして共有する。

「応援者泣かせ」の迷彩柄の奥に秘められていたのは、日本のスポーツカー文化をもう一度ファンの手に取り戻すための、モリゾウと開発陣の愚直なまでの挑戦状だったのだ。

「TOYOTA FT-86」は購入したオーナーが自分色に染められる真っ白なキャンバスのような素材として仕上げられた車両だった
山本シンヤ

東京工科自動車大学校・自動車研究科卒業。自動車メーカーの商品企画、チューニングパーツメーカーの開発を経て、いくつかの自動車雑誌を手掛けた後、2013年にフリーランスへと転身。元エンジニア、元編集者の経験を活かし、造り手と使い手の両方の気持ちを分かりやすく上手に伝えることをモットーにしつつ、クルマの評論だけでなく経済からモータースポーツまで語れる「自動車研究家」として活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員、ワールド・カー・アワード選考委員、日本自動車ジャーナリスト協会会員。YouTubeチャンネル「自動車研究家 山本シンヤの現地現物」も運営中。