自動車研究家“山本シンヤ”が聞いた「MORIZOがニュル24時間へ挑む理由」
第24回:ニュルが生んだモリゾウとアストンマーティンのベッツCEOの奇跡の友情、奇跡のレース
2026年10月23日 00:00
そしてこの2011年、もう1つの大きなハイライトとなったのが、英国の名門「アストンマーティン」との国境を超えた深い友情物語である。
両者の縁は、GAZOO Racingが中古のアルテッツァ2台で初めてニュルに乗り込んだ2007年にさかのぼる。自動車メーカーとしての看板も出せず、手探りで挑んでいた東洋の小さなプライベーターと、偶然ピットを共有(ピットシェア)したのがアストンマーティンだった。
当時アストンマーティンを率いていたCEOのウルリッヒ・ベッツ博士は、自らステアリングを握って24時間レースに参戦する情熱的なカーガイだった。
「モータースポーツの現場で人とクルマを鍛える」
「トップ自らがハンドルを握ってクルマの味を確かめる」
言葉や文化は違えど、クルマづくりに命を懸けるフィロソフィーは豊田章男氏と完全に共鳴していた。
そして、トヨタとアストンマーティンの友情は、「シグネット」という1台の市販車によっても世界に証明された。このモデルはトヨタの革新的な超小型シティコミューター「iQ」をベースに、アストンマーティン伝統のフェイスと熟練の職人によるフルハンドメイドの内装を与えられたラグジュアリーマイクロカーである。
メガサプライヤー同士の損得勘定や、合理的な資本提携から生まれたビジネスライクなOEMではない。ニュルのピットで互いの哲学に惚れ込み、カーガイ同士として語り合った友情から生まれた、自動車史上類を見ない奇跡のコラボレーションだった。
この2011年の24時間レース表彰式では、ADAC(ドイツ自動車連盟)から豊田章男社長とベッツCEOへ、モータースポーツの発展に貢献したとしてそろって「特別功労賞(モータースポーツ功労賞)」の盾が授与された。パドックと市販車、その両面で結ばれたふたつの情熱が、世界に認められた瞬間だった。
この友情ドラマは、同年10月のニュル耐久シリーズ最終戦「VLN9」で、さらに劇的なクライマックスを迎える。
両チームは、世界のモータースポーツ界を驚かせる試みを発表した。「同じレースの中で、互いのマシンを乗り換えてステアリングを握り合う」という前代未聞のコラボレーションである。
マシンはGRの「レクサスLFA」と、アストンマーティンの「V12ザガート」。ステアリングを握るのはベッツCEO、チーフエンジニアのクリス・ポリット氏、飯田章選手、そしてモリゾウの4人。互いのフラグシップをドライブし、相手がどんな想いで「味づくり」をしているのかを肌で確かめ合おうというのだ。
10月15日、アイフェルの朝は気温1℃、路面温度1.5℃という極寒。吐く息は真っ白で、路面はまるでブラックアイスバーンのように冷え切っていた。タイヤが温まる気配すらなく、コースオフするマシンが続出する危険なコンディションの中、予選が行なわれた。
アストンマーティンV12ザガートのシートに腰を下ろしたモリゾウは、LFAとはまったく異なる世界観を身体中で味わっていた。重厚でトルクフルなV12エンジンの鼓動、イギリスの伝統を感じさせる懐の深い操縦感覚。
一方、LFAから降りてきたベッツCEOは顔を上気させながら「LFAの高回転エンジンはファンタスティックだ! 2台のキャラクターはまるで違うが、それぞれに素晴らしい魂がある」と興奮気味に語り、モリゾウと硬く握手を交わした。
ところが、12時にスタートした決勝で予期せぬアクシデントが襲いかかる。レース開始から約1時間後、コース上で多重クラッシュが発生。飯田選手が駆るLFAは難を逃れたものの、ポリット選手が走らせていたV12ザガートが後続車に追突され、ガードレールに激突。フロントセクションを大破して走行不能に陥ってしまったのだ。
ドナドナのように積載車に載せられ、無惨な姿でパドックに戻ってきたV12ザガート。誰もが「これでレースは終わった」とリタイアを覚悟した。しかし、アストンのチーフメカニックは諦めなかった。
「1ラップだけでもいい。モリゾウにこのクルマを走らせてやりたいんだ」
狭いピット内ではフレーム修正やパーツ交換といった大掛かりな修復作業ができない。その窮状を見たGRのメカニックたちが即座に駆け寄った。「うちのパドックテントを使ってくれ! 工具でも何でも、必要なものは全部持っていってくれ!」。
英国のメカニックと日本のメカニックが入り乱れ、油と汗にまみれながら懸命の修復作業が始まった。そこにはライバル意識など微塵もない。あるのは「クルマを走らせたい」「仲間をコースへ送り出したい」という純粋な情熱だけだった。ベッツCEOも自らピットを走りまわり、「絶対に直る! 一緒にチェッカーを受けるんだ!」と両チームに熱い檄を飛ばし続けた。
レース終了わずか10分前。パドックにV12エンジンのけたたましい咆哮が響き渡った。奇跡的に息を吹き返したマシンが、アストンとGAZOOの両メカニックたちの手で押し出されてくる。ボロボロになったフロントマスクに痛々しいガムテープが貼られたV12ザガート。そのコクピットに、ヘルメットを被ったモリゾウが滑り込んだ。バイザーの奥の瞳には、言葉にならない感謝が溢れていた。
ピットレーン出口で待っていたのは、ベッツCEOが駆るレクサスLFA。2台は並んでコースインを果たした。
総合トップのポルシェがフィニッシュした後、ノルドシュライフェを駆け抜けてきた2台がホームストレートに現れた。LFAが、満身創痍のV12ザガートを優しくいたわるように真横にピタリと寄り添い、併走しながらゆっくりとチェッカーフラッグをくぐり抜けた。
その瞬間、ピットロードでは両チームのメカニック、エンジニア、スタッフが歓声を上げ、涙を流しながら抱き合い、がっちりと肩を組み合った。国籍も、エンブレムの違いも超えた「ワンチーム」が完成した瞬間だった。
レース後、モリゾウはブログとメディアにこう胸中を明かしている。
「私を乗せようと懸命に頑張ってくれたメカニックたちに、心から感謝しています。ふたつのチームの心がひとつになり、そのひとつのチームの中に自分がドライバーとしていられたことを、本当に誇りに思います。この気持ちを胸に、もっともっといいクルマを作っていきます」
天国の成瀬さんは、この光景をどう見守っていただろうか?
「豊田さん、ええ仲間ができたな。『心』があれば、言葉が通じなくたってクルマも人もひとつになれる。ほら見ろ、クルマづくりに終わりなんてないだろ?」と、いつもの破顔一笑で語りかけていたに違いない。
「市販化はゴールではなくスタート」
「心が一番大事」。
かつてバックミラーばかりを見て怯えていたチームは、自らの手でブルーライトを灯して道を切り拓き、アストンマーティンという無二の盟友と魂を分かち合えるまでに逞しくなった。師を失った深い喪失感を乗り越えた2011年。過酷なグリーンヘルに蒔かれた熱い“心”の種は、やがて86やGRヤリス、そして現在へと続く「もっといいクルマづくり」の揺るぎない原点となったのである。
















