自動車研究家“山本シンヤ”が聞いた「MORIZOがニュル24時間へ挑む理由」
第23回:成瀬氏の言葉「心があれば技術はついてくる」を実践で証明した2011年のニュル24時間レース
2026年10月16日 00:00
2011年6月。GAZOO Racingは、通算5年目となるニュルブルクリンク24時間レースのピットに立っていた。だが、そこにはいつもチームの先頭に立ち、厳しい眼光でクルマと人を睨み、時に温かく背中を押してくれた男の姿がなかった。
「成瀬さんのいないニュルで、自分たちは何ができるのか」
「GAZOO Racingが掲げてきたクルマづくり、人づくりの火を絶やしてはならない」
チームメンバーの胸にあったのは、成瀬さんから叩き込まれた教えそのものだった。当時LFAのチーフメカニックを務めていた関谷利之氏は、こう言葉を残している。
「成瀬さんから学んだことは、“心”が何よりも大事ということです。心があれば技術は自然と身につくと思っています」
ピットには成瀬さんの遺影が静かに掲げられ、チームの奮闘を見守っていた。ドライバー、メカニック、スタッフ全員の手首に巻かれたリストバンドには、「心ひとつに」という文字が刻まれていた。 「技術の前に、まず気持ち」 。成瀬イズムを胸に宿した仲間たちが、自らの足で立ち、過酷な道とクルマに対峙する戦いが幕を開けた。
さらにこの年は、3月に発生した東日本大震災の直後でもあった。未曾有の国難の中、海をわたってレースに挑むことへの葛藤を抱えながらも、チームは「日本の元気をニュルから発信する」という強い決意のもと、日の丸と「がんばろう日本」の思いを胸にピットに集結していた。
この年、チームが走らせたマシンは2台の「レクサス LFA」。LFAは前年の2010年、限定500台の市販モデルとしてついに世に送り出されていた。つまり、プロトタイプとして開発・熟成を進めるフェーズを終え、発売されたクルマである。
一般的な自動車ビジネスの論理からすれば、「市販化という目的を果たしたのなら、莫大なリスクを冒してまで過酷なニュル24時間に挑戦し続ける必要はないのではないか」という見かたもあっただろう。
だが、GRの思想は違った。生前、成瀬氏は口を酸っぱくしてこう語っていた。
「市販化はゴールじゃない。クルマをお客さまへ送り出した瞬間こそが、本当のスタートなんだ」
世に出たから終わりではない。市販されたクルマだからこそ、世界一過酷なニュルで極限まで追い込み、弱点を洗い出し、さらなる高みを目指して鍛え続けなければならない。そして何より、クルマを鍛え抜くプロセスを通じて、未来のトヨタを背負う「人」を育て続けなければならない。
すでに完成したはずのLFAを再び2台そろえてニュルのグリッドに並べたことこそ、成瀬さんが残した「終わりのない“味探し”の旅」の宣誓にほかならなかった。
その思いに応えるかのように、公式予選でチームは歴史的な一歩を刻む。雨が絡む難しいコンディションとなった予選2回目、飯田章選手の駆るLFA 88号車が総合23位、脇阪寿一選手のLFA 87号車が総合26位のグリッドを獲得。これにより、2台のフロントウインドウには念願の「ブルーライト(ブルーフラッシュ)」が装着された。
200台を超えるマシンが混走するニュル24時間において、この高輝度LEDライトの装着を許されるのは予選上位36台のトップランカーのみ。前方を走るスローカーに対して「トップグループが背後に迫っている」ことを知らせ、ラインを譲らせるための合図であり、ニュルにおいて“一流のコンペティター”として認められたステータスシンボルである。
振り返れば、2007年の初参戦。手探りで持ち込んだ中古のアルテッツァで走っていたころ、背後から迫り来るポルシェやBMWの猛烈なプレッシャーに怯え、章男氏は「前を見る余裕などなく、ひたすらバックミラーばかり見て道を譲り続けていた」と語った。
そう、悔しさと恐怖に押しつぶされそうになりながらステアリングを握りしめていたあの日々。それが今や、自分たちの手で鍛え上げたクルマがブルーライトを燦然と輝かせ、前を行くライバルたちに道を譲らせる側へと登りつめたのだ。これほど雄弁にチームの進化と成長を物語る瞬間はなかった。
しかし、ピットに浮かれた空気は一切なかった。同じSP8クラスのライバルであるフェラーリ458が総合ポールポジションを獲得していた。「まだまだ、こんなもんじゃない」。ブルーの光を誇らしく見つめながらも、メカニックの口から漏れたのは悔しさと次への闘志だった。
決勝レースがスタートすると、ニュルの魔物が容赦なく2台のLFAを襲う。87号車は序盤にエンジントラブルに見舞われ、10時間半にもおよぶエンジン載せ替え作業を強いられる。
88号車も夜半、イエローフラッグ区間での不運な追突事故によりマシン後部を大破。一時はコース上から2台の姿が完全に消えるという、絶望的な状況に追い込まれた。
しかし、社員メカニックたちの心は決して折れなかった。「心があれば技術はついてくる」の言葉通り、夜を徹した懸命の修復作業で2台を相次いでコースへと復帰させたのだ。その無駄のない迅速なピットワークには、隣のピットを構える強豪・BMWチームのプロメカニックが思わず親指を立てて「Good Job!」と称賛を贈るほどだった。
日曜の16時、2台のLFAはそろってチェッカーフラッグをくぐり抜けた(88号車:総合41位/クラス3位、87号車:総合134位/クラス8位)。前年のクラス優勝というリザルトには届かなかったものの、成瀬氏がいなくとも、その志を継ぐクルマと人が確実にニュルで鍛えられ、前進していることを証明してみせた。







