カメラだけで先進安全装備を実現したスバル「EyeSight」

レガシィ ツーリングワゴン 2.5i EyeSight S Package

 進化し続けるクルマの安全技術のおかげもあり、交通事故の致死率は、ここ15年ほどで半減した。しかしながら、交通事故の数自体の減少は残念ながら緩慢だ。そのため、クルマの安全技術のトレンドは「ぶつかった後の安全」のパッシブセーフティから、「いかに交通事故を発生させないか」という予防安全に変化してきている。

 その交通事故の予防安全技術のひとつとして高い注目と絶大な人気を集めるのが「ぶつからないクルマ?」として知られる、スバルの「EyeSight(Ver.2)」だ。

 このEyeSight(Ver.2)の人気は絶大で、レガシィにおける装着率は約90%にも達しており、インプレッサでも装着可能なグレードではユーザーの約70%がEyeSightを選択するという。ベースとなるグレードに対してプラス10万円ということで、「バンパー交換1回分」に該当する手頃な価格も人気の理由のひとつだろう。

 ちなみに、EyeSightはシステムが危険を察知して、自動でブレーキをかけるシステムではあるが、クルマのスピードや路面状況によっては停止しきれないこともある。「ぶつからない」というよりも、「ぶつかる可能性を下げるもの」と認識したい。

EyeSightによりプリクラッシュブレーキを実現している
また、全車速追従機能付きクルーズコントロールや車線逸脱警報、AT誤発進制御などの機能も持つ

カメラのみでシステムを実現
 EyeSight(Ver.2)の特徴は、クルマの周辺情報を把握するのにカメラしか使わないところにある。他メーカーの類似システムの場合、カメラだけでなくミリ波レーダーやレーザーなどと組み合わせるケースが多い。それに対してEyeSight(Ver.2)は、カメラだけというシンプルなハードウエア構成だ。

 ちなみに、カメラでの認識は、夜間や霧、雨、逆光(西日など)という状況下では性能が落ちてしまう。しかし、ミリ波レーダーやレーザーにも弱点はある。ミリ波は金属を見るのには向いているが、柔らかいもの(歩行者など)の認識が苦手。レーザーはリフレクターなど光を反射させるものが苦手だ。つまり、それぞれに一長一短があるため、複数の機器を組み合わせのがベストとなる。

 しかし、それでは高額になってしまって、普及が難しい。そのためスバルでは「安全装備は普及しなければ意味がない」という考えを元に、シンプルで安価にできるカメラ方式にこだわったのだ。

EyeSightのカメラはルームミラーの両側に取り付けられている。写真中はカメラユニット

 だが、どんなに安くても精度が低くては使い物にならない。カメラだけで高い精度を実現させたところがEyeSight(Ver.2)の最大の魅力となる。その高い精度の実現のキモとなるのが画像認識技術だ。

 EyeSight(Ver.2)のカメラは2台のカメラを左右に並べたステレオカメラであり、左右のカメラで得られた映像を比較することで、前方にあるモノがどれだけの距離にあるのかを把握する。カメラでの撮影は色情報を使用しないため、グレー画像で行われる。撮影された左右の各画像を128×64の領域に分割し、1コマごとに左右の違いを検証する。左右の写り具合の違いを比較することでクルマから撮影対象物までの距離をmm単位で判明させることができるという。

 しかし、実際はそこまで詳しい距離情報を使わないため、10cm刻みで距離を把握する。画像の中に複数台の車両が存在した場合、どれとどれを照合させるのかを決めるのもシステムのノウハウだという。

 そうして、得られたコマごとの距離情報を統合すると「距離画像」を作ることができる。そして、そこに浮かび上がった映像の形状から、クルマや路面の白線、歩行者、自転車などを認識。認識は「クルマであれば、左右対称でストップランプがある」「人であれば肩から細い首が生えていて、その先に丸い頭がある」などのような形状のパターンを何百もシステムに覚え込ませて判断する。これを1秒間に15回のサイクルで実施するのだ。

左カメラで撮影した画像右カメラで撮影した画像
距離画像。カメラからの距離ごとに色分けされているクルマや白線を検出する
ステレオカメラの原理

 ちなみにボルボの予防安全技術である「ヒューマン・セーフティ(オートブレーキ機能及び歩行者見知機能付衝突警告システム)」もカメラを利用しているが、こちらの歩行者認識は体型を見ている。検出の条件は「全身が見えていること」が必要とされる。そのため大きな荷物を抱えるなどして、手足が見えないと歩行者と認識しないというのだ。こうした認識ロジックの違いは、各メーカーの工夫や努力の跡と言っていいだろう。

取材陣に解説してくれたのは、車両研究実験第3部主査4 関口弘幸さん。入社してすぐにEyeSight(Ver.2)の祖先となる「ADA(アクティブ・ドライビング・アシスト)」の開発に従事。以来、ソフトウエア開発など、開発の最前線でEyeSight(Ver.2)を育て上げてきた。EyeSight(Ver.2)開発の中心スタッフの1人である

進化し続けるEyeSight
 EyeSight(Ver.2)に話を戻すと、そうやって得られた画像データを正しく使うには、検出ロジックとは別に地道な状況データの積み上げも非常に重要だという。

 どういうことかと言えば、テストコースのように、周辺に何もなく認識しやすい場所であれば、システムの精度を高くすることは容易になる。しかし、リアルワールドでは、さまざまな道路状況に数多くの車両や歩行者、自転車などがクルマを取り巻く。たとえば、右に曲がってゆくコーナーがあり、その脇の駐車場に車両の後を見せる駐車車両があったらどうなるのか? また、道が曲がっているため、正面に歩道の歩行者が映り込んだら? そうしたときに間違えて緊急ブレーキを自動で作動されてしまっては、運転者は怖くてシステムを使うことができない。

 誤動作を防ぐためにEyeSight(Ver.2)の開発陣は、リアルワールドの道を走り続けて、さまざまなシーンを採取・解析し、システムに教え込んできた。10年ほど前から年間5万~10万kmを走行してデータを採取。「このシーンは危険なのでブレーキ」「このシーンは安全」といった具合の経験則を積み重ねることで、安心して使えるシステムに育てあげてきたのだ。

 システムのブラッシュアップは現在も続けられている。その成果が、今年5月のレガシィのマイナーチェンジに合わせて行われたEyeSight(Ver.2)の進化だ。これまでのEyeSight(Ver.2)は「歩行者を認識する」と名言しなかった。カメラで歩行者を認識していたが、精度的な熟成が進んでいなかったのだ。しかし、新バージョンでは「ゆっくりと道路を横断する歩行者を回避する」ことを謳うようになった。開発者いわく「システムの熟成に合わせて、少しずつできることを増やしている」という状況なのだ。

 他にも、全車速追従機能付きクルーズコントロールとアイドリングストップとの協調制御などといった改良が盛り込まれている。そうしたEyeSight(Ver.2)の進化の成果は、システムを採用する車種のマイナーチェンジなどのタイミングに合わせて反映される。現時点で最新かつ最高のシステムは新しいレガシィに搭載されているものなのだ。

CarテクノロジーWatch バックナンバー
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(鈴木ケンイチ )
2012年 6月 20日