トピック

ケンウッドの最新“彩速ナビ”「MDV-M907HDF」で採用されたフローティング機構。その開発秘話を“ミスター彩速ナビ”渋谷氏、マーケティング担当南氏が明かす

フローティングモデルの原型、実は2012年にできていた?

株式会社JVCケンウッド オートモーティブ分野 アフターマーケット事業企画本部 プロダクト エキスパートの渋谷英治氏(左)、企画およびマーケティング方面を担当する株式会社JVCケンウッド オートモーティブ分野 アフターマーケット事業部 国内営業統括部 営業企画G 課長の南拓司氏(右)

 “彩速(さいそく)ナビ”の愛称が付けられたケンウッド(JVCケンウッド)の据え置き型ナビ。その最新型となる2020年モデルが5月12日に発表された。今回リリースされたのは、フラグシップモデルに位置付けられる「タイプM」シリーズ。具体的には、2019年モデルから導入された9V型ディスプレイを搭載する「MDV-M907HDF」と「MDV-M907HDL」、7V型ディスプレイを搭載する「MDV-M807HDW」と「MDV-M807HD」の計4機種だ。

 すべてのモデルがHD(1280×720ピクセル)パネルを搭載と、なかなかに尖ったスペックとなっているが、その中でも注目なのは同社初となるフローティング機構を採用したMDV-M907HDF。9V型ディスプレイ自体は取り付けスペースが用意されているトヨタ車向けとして2019年モデルから設定されているが、この新型の登場により約230車種(取材時時点)まで装着可能な車種が広がることになった。

フローティング機構を採用した新型彩速ナビ「MDV-M907HDF」

 今回はこうしたモデルをリリースした背景などを、“ミスター彩速ナビ”ことJVCケンウッド オートモーティブ分野 アフターマーケット事業企画本部 プロダクト エキスパートの渋谷英治氏、そして企画およびマーケティング方面を担当するJVCケンウッド オートモーティブ分野 アフターマーケット事業部 国内営業統括部 営業企画G 課長の南拓司氏に伺った。

フローティング機構採用の秘話

 据え置き型ナビのディスプレイは、近年では7V型を採用するのが一般的だった。これは日本車におけるAV機器取り付けスペースが永らく2DIN(180×100mm)だったことが大きく、そのサイズに収まる最大のディスプレイが7V型だったわけだ。ナビ本体とディスプレイが分離していた時代にはもう少しバリエーションがあったものの、「設置スペースや装着の手間、見栄えなどを考えるとやはりワンボディが最適」と多くのユーザーが選択してきた結果でもある。

 その風向きが変わってきたのはごく最近のこと。ナビゲーションを装着するための専用パネルを用意することで、より大型のディスプレイを装着可能にしたのだ。ただ、これには問題もあった。インパネのデザインは当然ながら車種ごとに千差万別。それを用意するのはよほど売れ筋のクルマ以外はコスト面で見合わないため、どうしても装着できる車種が限られてしまったのだ。こうした制約から脱却するために生まれてきたのがフローティング機構なのだ。

「2019年モデルに9V型ディスプレイを搭載したのがきっかけ」と渋谷氏

――まずはフローティング機構の採用に至った経緯を教えてください。

渋谷氏:この商品が生まれるきっかけになったのは、2019年に発売した9V型HDモデル(MDV-M906HDL)ですね。「HDでキレイでサクサク動く」と非常に好評だったのですが、「自分のクルマに付かない」「彩速ナビの大きな画面が欲しい」というご要望を販売店さんから数多くいただきました。「売りやすい」「売れるか」ではなくて「自分が欲しい」と。お客さまも少なからず同じ意見なのではということで、海外モデルを含めて「検討してみよう」と機運が高まったという流れです。

HDクオリティで描かれる地図は抜群の美しさ

――9V型ディスプレイを多くの車種に取り付け可能にするには、何らかの工夫が必要になってきます。

渋谷氏:実は2012年ごろ、次期モデルの先行開発をしていた時期にフローティングモデルの原型になるものを作っているんです。当時はインダッシュが主流で、高額な商品が多かった。キットレスで使えるフローティングも残念ながら高額な商品になってしまうため、断念した経緯があります。実際に販売するとなるとキットだけで3万円~4万円、ナビ本体は20万円以上、全部で30~40万円みたいな構成になってしまいました。

――すでにフローティング機構を試していたと。でも、さすがにその金額では躊躇しますね。

渋谷氏:私は15万円以上(の商品)は作らないと常々言っています。自分も買えなくなってしまいますし(笑)。ちょっと頑張れば手が届くところにいないと皆さん楽しんでいただけないんじゃないかと。しかし、当時の構造ではそれ以上のお値段になってしまった。これは今出すべきものじゃないだろうということで手を降ろしました。

南氏:その時は8V型でした。私もその時に実機を見ていたので、「これは出たら売れるな」と楽しみにしていました。

7V型ディスプレイ(上)と9V型ディスプレイ(下)の比較。数字以上に9V型の方が大きく見える

――そんな経緯があったのですね。

渋谷氏:もう1つ理由があって、当時は「フローティング」「フリック&ピンチ」と、2つ大きなことをしようとしていました。これ(フリック&ピンチ)が本当に大変だったんですよ。夜も眠れない設計者もいたんじゃないかというぐらい大変だった。

――今やフリックやピンチイン/アウトでの操作は彩速ナビのウリにもなっています。

渋谷氏:「クルマでは絶対そんなことはありえない」「左手でそんなの操作できない」といった意見もありましたが、実現すれば「世の中、絶対動くぞ」という気持ちで進めました。それと重なってしまった。

――フリック&ピンチを優先したわけですね。

渋谷氏:その後は様子を見ていたのですが、9V型HDモデル発売後にこれ(フローティング)をなんとか装着したいという話を全国の販売店さんからいただいたという流れになります。

わずか1年あまりでのスピード開発を実現

 販売店からのプッシュが大きければ当然、営業サイドとしては無視できない。その結果、開発側にも大きな期待を伴ってプレッシャーがかけられることになる。2019年モデルの発売が同年1月、そして2020年モデルの発売に間に合わせるとなると、残された期間はわずか1年あまりしかない計算になる。

渋谷氏:1年でこれを作るのはキツかったですね。大画面が欲しいと南たち(営業サイド)から強い要望があって。これは作らなきゃいけないよね、と。

南氏:2012年にやってたじゃないですか、と。その時は15万円を超えてしまうからと諦めました。でも、やっぱり大画面は欲しい。

渋谷氏:「大画面が欲しい」「(装着用に)キットを買うと値段が高くなる」「2DIN設定しかない」というお客さまにいかにお応えするかを考えました。

――そこで、フローティング機構に再び目を付けた。

南氏:営業としては2012年に見せてもらっていただけに、やろうと思えばできるんだけど……ということを知っていて動いていただけに、余裕を持ちつつもプレッシャーをかけていました。

渋谷氏:先行検討をした資産はあったとはいえ、設計中心に今までにない頭を使わなきゃいけないし、ものすごく検証作業が多かった。

――苦労した点は?

渋谷氏:揺れですね。荒れた路面を再現する振動試験を行なうのですが、キチンとディスプレイが固定されずに振動してしまうと、画面を見続けられず気持ちわるくなってしまいます。そこでヒンジには異常と思えるほどがっちりとした金物を使ってしっかりと固定しています。

本体下部にディスプレイを保持するためのガッチリとしたステーが用意される

――なるほど。設計面でコダわった部分はありますか?

渋谷氏:ディスプレイ開閉部分のトルクですね。新入社員の女の子にも試してもらって「重めだけれども動かせる」ことを目指しました。信頼性を含めて、その追い込みに時間をかけています。

――何かエピソードがあれば教えてください。

渋谷氏:信頼性の部分は一番設計が苦労していました。トルクに関してはまた変更また変更で何回も呼び出されて確認してくれと。現場に行くとトルクを変えたやつがずらっと並んでいる。細かい違いになると本体をきっちり固定しないと差が分かりづらいので、30分かけて取り付け直してから「もう一度触ってみて」と。そんなこと言われてもさっきの覚えてないよなんて(笑)。

ディスプレイを開閉するためのトルク設定のため調整を繰り返した。上部には指をかけるための窪みも付けられている

――営業サイドからは他にも新型への注文はあったのでしょうか?

営業サイドから新型へのリクエストも

南氏:営業からはコンセプトは踏襲して“彩速”はブレないように、と。それ以外では「タイプZ」に付いていたHDMI入力を復活させて欲しいと伝えました。

HDMI入力を使ってスマホの映像をナビに表示することが可能

渋谷氏:それは結構断ったよね。でも9インチだけはいいよ、って。

南氏:HDMIで言えば出力を使って(リアモニターへの)HDミラーリングができれば飛行機みたいで面白いよねって、2年ぐらいずっと言っていて、それもこのタイミングでやろうよと。リアシートからだと前の風景が見られないから、ドラレコの映像を一緒に見られれば不満は少なくなる。

オプションの10.1V型リアモニター「LZ-1000HD」。地図やドラレコ映像をミラーリングして表示することができる

――そうして誕生したのがフローティング機構を採用したMDV-M907HDFになるわけですね。

渋谷氏:(通常モデルより)1万円ほど高くなってしまうんですが、場合によっては(装着用の)キットがいらない分、安く装着することができるかもしれないですね。

――1万円は安いですね!

渋谷氏:ちょっと無理してますけど(笑)。やはり前年に9V型を出したのが大きいですね。今回はパネルの構造を変えることに集中できたので。とはいえ、正直1年でできるかは不安でした。

ガッチリ装着のポイントは?

 わずかな開発期間で完成したMDV-M907HDF。実際にクルマに装着してみると、従来の7V型ディスプレイと比べると9V型ディスプレイのサイズ感は迫力モノ。実際にクルマに装着された状態でディスプレイ部に力を込めると、グッとした感触が手に伝わるとともにスムーズにディスプレイ部を手前に倒すことができた。カッチリとした剛性感がとても気持ちイイ感じだ。

――ディスプレイ部のポジションは前後方向は2段階2cm、上下方向は4段階3cmの調整が可能です。高さ方向は装着後にも調整可能ですが、基本的には装着前に位置を決めると考えた方がよさそうですね。

南氏:(一度装着してしまえば)動かすことはそうないだろうという判断で、“しっかり”というところをコンセプトにしています。

渋谷氏:推奨位置を公式サイトに掲載しています。お客さまの方で、使いやすさとか見た目とか気にするようであれば変えていただけます。

公式サイトに推奨装着位置を掲載

――なるほど。装着可能車種は約230車種となっていますが?

南氏:営業としては車種数が多くないと販売店さんに売っていただけませんので、この1年、車載グループと力を合わせて何とか230車種の取り付け確認を取りました。

短い期限の中、230車種への取り付け確認を目標にしたと南氏

――これは実車でやるんですか?

南氏:当社の車載(グループ)は実車で確認しないとOKしないんです。手作りの専用モックアップを用意し、技術者2名体制で現車確認を繰り返しました。

――で、ディスプレイを倒してチェックして……。

南氏:クリアランスが5mmあるから〇(マル)、と言ったような感じでクルマの装備品がモニターパネルに干渉しないか、最適な固定位置はどこかなど、決められた項目を1つひとつ確認していきます。

渋谷氏:最近はコラムシフトのクルマが減ってきて(インパネにシフトがあるクルマが増えたので)、倒したときにシフトレバーに干渉するとか確認しています。ただ、幸いにして致命的なものはなかったですね。

――どうやって確認用のクルマを集めるのですか?

南氏:実際に車両を購入したり、ツテを探したりとか、レンタカーを借りたりとか……。

渋谷氏:だれか社員が持っていないか? とか。

――地道な作業ですね。古いクルマはどうするのでしょうか?

南氏:販売店様への調査を実施したり、車両(車種)の保有台数を調べたり、現行・過去の売れ筋車種を再度調べ直したりと、さまざまなデータを分析した結果、230車種をカバーしていれば販売に必要な取付情報数としては十分であるという解を出しました。また、調査の前提として、10年前に遡って販売された車両の情報を集めることを関係者の間で決めました。

――それは営業サイドの仕事だったのでしょうか?

南氏:営業サイドと開発サイドの両方ですね。クルマが用意できそうだから一緒に調査に行こう! とフレキシブルに動きました。これだけいい商品なので、取付適合情報がしっかりしていないと安心して販売いただくことができません。自信を持って販売いただくには「230車種に装着OKです!」と言いたかった。50~100では終われないなと。ハードルは高かったのですが、目標をクリアできました。

渋谷氏:最初は1日2台、3台しか測定できなかったのが、段々慣れてきてポイントが分かると5台、6台と増えていって。グーっと増えていった感じです。

――期限があるとはいえ、ある程度本体のサイズが固まっていないと測定することはできないですよね?

渋谷氏:ここは変えられたら困るというところだけ先に追い込んで決めています。ほかは変えていきましたけどね(笑)。

――デザイン面では?

渋谷氏:レシオ(縦横比)は結構悩みました。縦型にして下にキーを配置するのが一般的なのですが、ハザードランプがあるので上下方向はあまり大きくできない。とはいえ、エアコンの吹き出し口もあるので横方向も制限が、といった感じで。

――ディスプレイのサイズが大きいと今までとは違う悩みが出てきますね。

渋谷氏:下にキーを置くと昔のテレビのような4:3に近くなって、古ぼけて見えてしまうということもあります。これを左右に置くだけで横の「抜け感」がぜんぜん変わってきます。お客さまにとって「かっこいいな」「付けてよかったな」と思っていただけるようなデザインじゃないと、ということでギリギリまで追い込みました。

彩速ナビが目指してきたモノ

「10人10色のお客さまに応えていくことができるようにブラッシュアップを行なった」と渋谷氏

 最後に渋谷英治氏に2020年モデルのまとめをお願いした。

渋谷氏:タイプMの「M」はマスターモデル。世の中の標準モデルにしたいという思いを込めて付けた名前です。価格は安くはないけれど買えなくはない。それで、どれだけ楽しんでいただけるかということを考えました。少し前までは性能がよければ商品を買っていただくことができましたが、今は少しマインドが変わってきたと感じています。

 クルマは安全に目的地にたどり着くのが目的で、その移動中にいかに安全に楽しむことができるかがナビゲーションの役割です。1画面で操作できて、安全を阻害することなく、スマホを通じてリアルタイムの情報まで手に入れられる。(オプションの)リアモニターを使えば飛行機のように2nd、3rdシートでも同じホーム画面を共有できる、こうした居住空間作りがひいては自動運転にもつながっていくのではないでしょうか。

 そういったところに目線を置いたモノづくりをしつつ、なおかつマスターモデルらしく10人10色のお客さまに応えていくことができるか。そんなことを考えたブラッシュアップを今回やっています。さらに、フローティング機構により、今まで取り付けられなかった方にもお応えできるようなカタチにした。それが2020年モデルです。


 2011年から脈々と受け継がれてきた彩速ナビのアイデンティティ。それは彩り鮮やかな映像と快適なレスポンス。そして9V型HDディスプレイの搭載により1段上のステージへと上がり、今年フローティング機構の採用により多くにユーザーが体験可能となった。車載専用モデルであるからこそのクオリティとパフォーマンスをぜひ体験して欲しい。

 なお、ケンウッドでは現在、彩速ナビHDシリーズ(「MDV-M907HDF」「MDV-M907HDL」「MDV-M807HDW」「MDV-M807HD」)と、「ナビ連動型ドライブレコーダー(前後2カメラ)」「HDリアモニター」といったスマート連携オプションの同時購入で最大2万円のキャッシュバックが受けられる「2020夏スマート連携キャッシュバックキャンペーン」を7月19日まで実施中。申し込みの締め切りは7月31日までとなっているので、気になる方はぜひキャンペーンサイトを確認していただきたい。